第53話 微かな違和感
本日も昼過ぎからルシャ達が現れるのは知っていたために、レオ達はそれまで宿屋の一室で休むことにした。
とはいえレオはもう眠る気にはなれず、椅子に座っている。
部屋ではリベラとアリエスが安らかな寝息を立てて眠りについている。
二人とも大丈夫だと早朝は言っていたが、やはり寝ていなかったらしい。
(多分、俺のせいなんだろうな……)
いつもあの悪夢の光景を見るたびに、アリエスが左手を握ってくれていることを知っている。
刺客の襲撃で反応したときにアリエスとリベラはテーブルの席についていたので、間違いなく起きていてくれたのだろう。
いや、うなされている自分の声で起こしてしまったのかもしれない。
彼女の優しさに甘えてしまっている自分がいる。
けれど、それはアリエスの時間を奪うことでもある。
アリエスはそれでも手を握ると言ってくれるが、このままでいいのかと思ってしまう。
(ダメだな……悪いことばかり考える……もっと別の事を考えるか)
アリエスやリベラの負担を考えるなら、真っ先に解決すべきはルシャのことだ。
そう思い、レオは自分なりに状況について考えることにした。
(なにか光景から分かることはないか)
レオはルシャが息絶える瞬間を見ている唯一の存在である。
映った墓からリベラの死地が分かったように、ルシャの光景を思い出すことで何かが分かるのではないかと考えた。
思い出す。
薄汚れた光のない暗い地下牢。唯一の明かりは松明の明かりだけ。
そしてそこに古びた拘束具に繋がれるボロボロのルシャ。
気持ちが暗くなるものの、さらに思い出す。
彼女は最後の瞬間に神に祈ったけれどその祈りは聞き届けられることはなかった。
(……ダメだな。何も分からない)
最初から最後まで思い出してみても、気づける点はなかった。
囚われているなら、レオの手で助け出せるのは間違いないのだが。
かといって今から教会の地下に殴り込みに行ったところで、ルシャが囚われていないのなら意味はない。
(昼過ぎにルシャが現れなければ教会に乗り込むのもありだけど、現れた場合にどうするか……)
レオとしても、手が全くないわけではない。
例えば、元同僚である双子の勇者は二度自分に教会について警告している。
なら、なぜ警告をしてくるのか、それを聞くこともできるはずだ。
そんな事を思いながら、窓を閉め切った暗い部屋でレオは昼になるのをじっと待った。
×××
昼前にはアリエスとリベラは目を覚ました。
三人で宿屋の亭主が作ってくれた食事に手を付ける。
シェラの料理の方がおいしいとリベラは言ったものの、正直レオにはそれが身内贔屓には思えなかった。
その後、昨日訪れた教会前の広場へと向かう。
広場は相変わらずの人で賑わっていた。
「今日は列に並ばなくていいですね。ルシャ教皇の確認をすればいいですから」
アリエスの言葉にレオは頷く。
しばらくすれば周りの人がざわつき始める。
どうやら今日もルシャは広場に現れたようだ。
「相変わらず凄い人気」
リベラが周りを見回しながら気後れしたように呟く。
「ルシャ教皇、元気そうですね」
アリエスは遠くで立つルシャを見てそう言った。
レオも視線を向ければ、ルシャは昨日と同じ笑顔で相談に来た人に対応しているようだった。
その横にはサマカの姿もあるが、ルシャはまだ危害を加えられた様子はない。
(念のために、祝福と呪いも見るか)
あまり意味があるとは思わないが、何とはなしに祝福を開放し、左目でルシャを見つめる。
相変わらず膨大な量の金の光が、レオの目に映る。
祝福を見抜く力を弱めつつ、呪いを見る力を強める。黒い靄は見えない。
そして再び祝福を見る力を強めていく。
(……あれ?)
ふとその時、レオはあることに気づいた。
最大まで祝福を見る力を強め、ルシャをじっと見つめる。
(……気のせいか?)
なんだろうか、心なしかルシャの祝福の量が減っている気がするのだ。
本当に少しのようにも思えるが、昨日はもう少し多かった気がする。
それによく見ると、祝福が少し揺らいでいるような、そんな気さえした。
「レオ様?」
「え? ああ、ルシャ教皇は無事みたいだ。祝福の量が少し減っている気がするけど」
アリエスに話しかけられ、レオは答える。
念のためにルシャの祝福についても共有すると、リベラは不思議そうに首を傾げた。
「祝福って減らないよね?」
「ああ、減らない。減ったと言っても本当に少しで見間違いかもしれない」
「ルシャ教皇ほどの祝福は見たことがないって言っていたから、それで多く捉えちゃったんじゃ?」
リベラの言葉に、レオは確かにと思った。
その可能性は十分にあると言えるだろう。
「……もしルシャ教皇が何かの原因で祝福を失っているなら、それが原因の可能性もありますね。
一応覚えておいて良いと思います。レオ様、明日も念のために確認してください」
「ああ」
アリエスの意見には全面的に賛成なので、レオは肯定の意を示した。
そのとき、隣でじっとルシャを見るリベラにレオは気づく。
「リベラ?」
声をかけると、彼女はレオを見て、いたずらに笑った。
「ねえ、ちょっと面白いことしない?」
リベラの突然の発言に、レオとアリエスは顔を見合わせた。
×××
「あら、昨日ぶりですね、レオさん」
「ああ、今日は相談というか、挨拶のようなものだ」
リベラの面白いこととは、列に並び、ルシャと面会するというものだった。
とはいえ相談することなどないので、簡単な挨拶をするだけである。
なぜそんなことをするのか、それはルシャの隣に立つ男を見れば明らかだった。
(ここまで分かりやすいのも珍しいな)
ルシャの隣に立つ枢機卿、サマカは目を見開いてアリエス達を見ている。
その拳は少し震えていて、目には怒りや恐怖といった感情が見て取れた。
レオは他者の感情を瞳の奥から少し読み取ることができるが、今のサマカの態度はあからさますぎてほとんどの人が気付くだろう。
アリエスやリベラも、睨むようにサマカを見ている。
「昨日はありがとう。おかげで気が晴れた。他の人の邪魔になるから、これで」
「はい、あなた達に神の加護がありますように」
ただ挨拶に訪れただけのレオ達に対しても、昨日と同じようにルシャは祈りを捧げてくれた。
彼女の後ろに立つファイとララも同じように祈りを捧げてくれる。
サマカが彼らから遅れて祈りだしたのが、やけに印象に残った。
列を外れ、レオ達は広場を横切り、離れた場所まで来る。
人通りの少ない隅に位置し、近くに誰も居ない事を確認して、振り返ってアリエスとリベラに目配りをする。
「……あれは確定ですね」
「あんな分かりやすくて枢機卿って務まるの?」
呆れたように呟く二人に、レオは全面的に賛成だった。
あれでは自分がやりましたと言っているようなものだ。
「サマカ枢機卿の単独犯でしょうね。ルシャ教皇達からは動揺も何も読み取れませんでした」
「アリエス、ルシャ教皇のこと疑っていたの?」
「……念のためですよ」
非難するようなリベラの言葉にアリエスは否定をするが、レオは彼女が本心からそう言っていないのではないかとなんとなく思った。
彼女は、おそらくルシャすらも疑っている。
「どうする? 教会に入るか? 一応方法はあるが」
「以前の領主邸宅に忍び込んだ方法ですね。アリだとは思います」
「……レオって何でもできるのね」
遠くを見るリベラに対し、レオは否定しようとしたが、アリエスがその前に否定してくれた。
「はい、レオ様ですから」
否定ではなく全面肯定だった。
呆れたような顔でアリエスを見るリベラの気持ちも分からないでもない。
ありがたいことではあるのだが、アリエスは自分に対して評価が高すぎはしないだろうか、とレオは内心で思った。
「……とりあえず、教会の裏口にでも行こう。流石にここから使うわけにはいかない」
姿を隠す祝福を使うにしても、今この場ではない。
もっと人の少ないところで使い、なるべく人目に付かない道のりで侵入すべきだ。
それをよく分かっているアリエスは頷き、よく分かっていないがレオについていけばいいと思っているであろうリベラも頷いた。
そしてレオが先頭で移動をし始める。
大通りを進み、教会の裏手に回ろうと角を曲がったとき。
「「こんにちは、レオさん」」
目の前に、黒衣の双子の勇者が現れた。




