第52話 深夜の襲撃
気配を察知はしていた。けれどそれが自分たちの部屋に踏み入らなければ無視するはずだった。
どれだけ心が弱っていても、レオは歴代最強の勇者である。
だからこそ、その瞬間、彼の体は弾けるように動いた。
右手に剣を取り出し、窓を破って侵入してきた襲撃者をただの一振りで吹き飛ばす。
まるで穀物かのように、大の大人である襲撃者は窓の外に放り出された。
窓からの刺客は夜空を舞い、夜の闇へと消える。
そうしてアリエスとリベラを護るために二人の目の前に着地したときには、全てが終わった後だった。
「え? え? なになに!?」
「襲撃……?」
二人は目の前で何が起こったのか全く追うことができず、気づいたときにはレオが目の前に居るような状態だった。
散らばっているガラスや木の破片などから襲撃を受けたことはなんとなく分かっているものの、まだ飲み込めてはいないようだ。
レオの耳が、一階の扉を開く音を聞いた。
「逃がすか」
おそらく襲撃者の内、待機していた者だろう。
襲撃が失敗した仲間の様子を見て、安全な場所に逃げようとしたか。
いずれにせよ、もう遅い。レオは捕捉したのだから、あとは地の果てまで追うのみ。
目にも止まらぬ速度で窓から身を投げ、逃げようとする刺客を上から強襲しようとしたとき。
「!?」
レオは驚き、宿屋の目の前に着地した。
逃げようとした刺客が強いと感じたからではない。すでに無力化させられていたからだ。
逃げようとした刺客は地面に伏して、そしてその上に双子の黒衣が乗り、首に剣を突き付けていた。
「スイード、メリナ」
「「こんばんは、レオさん、良い夜ですね」」
勇者仲間でもあったスイードとメリナが、なぜこんなところに。
そう思うと同時に、まるでそれを読んだかのように二人は答えた。
「言ったはずです」
「教会には気を付けろと」
「「あぁ、ご安心を。こんなことで貸しだなんて思いません」」
「レオさんならばこんな相手」
「数秒も要らないでしょうし」
確かに二人には教会に気を付けろと言われた。
なら、今日襲い掛かってきたのは教会からの刺客ということだろうか。
「レオ様!」
そんな事を思っていると、宿の入り口からアリエスとリベラが駆けてくる。
二人とも部屋に居るのが心細くなったのだろう。
せめて連れてこれればよかったのだが、さすがにあの場面では置いていくしかなかった。
誰か信頼できる、二人を護れるくらいの仲間がいればよいのだが。
「「それにしても、歴代最強の勇者を襲撃するなんて、運がない」」
そんな高望みなことを考えていると、スイードとメリナが無力化した刺客を見下ろしながら冷たく言い放った。
「さて、誰の放った刺客なのか」
「じっくりと吐いてもら――」
そう二人が言ったのと同時に、彼らが乗った刺客は口から血を吹き出した。
スイードはすぐにメリナを引き寄せ、彼女を護るかのように刺客から飛びのく。
そして刺客から距離を取り、彼をじっと観察し、静かに舌打ちをした。
「毒か」
正体を暴いたレオの一言にスイードは頷く。
「はい、そこまでは警戒していませんでした」
「……おそらく襲撃した刺客も」
自分が窓から吹き飛ばし、夜空に舞わせた刺客も、もうこの世にはいないだろう。
「まあいいでしょう」
「私達はこれで」
二人はそう言って、黒衣を夜の闇に溶かしていく。
一体なぜこのタイミングで二人が宿屋の前に居たのかは分からないけれど、助けてくれたことは事実。
レオは内心で二人に感謝を告げた。
×××
結局、その後は朝まで色々とすることができてしまった。
教会や組合の調査、そして宿屋の亭主との会話などをしているうちに、朝になってしまった。
宿屋を利用できなくなるかと思いきや、どうやら宿屋の店主は勇者であるスイード、メリナの二人と知り合いらしく、追い出されることはなかった。
勇者は戦闘が専門だったが、こういった外交関連もやっているとは、とレオは内心で二人に感心した。
そんなわけで新しい部屋に案内されたところだった。
今度の部屋は一階で、前回と同じく四人部屋だ。
「レオ様、あまり寝てないと思いますが、大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫。アリエスは平気?」
「はい、大丈夫です」
あのタイミングでまだ起きていた彼女を心配しての事だったのだが、アリエスは特に問題はないとはっきり告げた。
「ね、ねえレオ、もう大丈夫なのかな……」
とはいえもう一人は大丈夫ではなさそうだ。
リベラは先ほど襲撃されたことで恐怖が呼び起こされているのか、少し震えているようだ。
「大丈夫、刺客が一人も戻ってこないとなれば、再度送るようなことはしないはず。
それに誰かが来たところで、俺が何とかすればいいだけの話だよ」
安心させる意味で言ったのだが、リベラはこくりと頷いた後に縋るような目を向けてきた。
「……ねえレオ、これから先、ずっと宿屋の部屋は一緒にしようね。ずっと」
「ああ、構わないよ」
一本角の魔物に襲われたときには積年の仇敵ということで気が動転していたのだろう。
同じ敵でも、人間に命を狙われれば怖くなるということかと思い、レオは頷いた。
「……以前は同部屋をあれだけ嫌がっていたくせに」
思うところがあるのが、アリエスはジトっとした目でリベラを見ている。
その様子に内心で苦笑いをしながら、レオは窓から入ってくる朝日を見る。
「スイード達は教会に注意しろと言っていた……正直、俺は今回の襲撃がサマカ枢機卿の仕業ではないかと思っている」
「そうですね。可能性が一番高いと思います。どうしますか?」
「サマカは枢機卿だから、そう簡単にはいかないと思うよ。なにより彼がやったっていう証拠がないし」
どうやらアリエスもリベラも彼が一番怪しいと考えているようだ。
「とりあえず、ルシャ教皇が無事かどうかを確認しよう。
彼女が無事なら、とりあえずは大丈夫なはずだ。
それに右目の光景でルシャ教皇はボロボロの姿だった。結構余裕はあるように思える」
もしサマカが黒幕だとして、なぜ彼が自分達に刺客を放ったのかは分からない。
けれど、ルシャが息絶えるまでの余裕はかなりあるように思える。
アリエスのように即死するわけでも、リベラのように外に現れない呪いに蝕まれているわけでもないからだ。
アリエスとリベラは何かを考えるようなそぶりをしつつも、しっかりと頷いた。




