第49話 情報の共有は大事
「どういうこと? 私達、歴史に興味があるからこの街を訪れたわけじゃないと思うんだけど」
リベラの当然の疑問に、アリエスは先頭を歩くレオに質問を投げかけることで答えの代わりとした。
「……レオ様、光景を見たんですよね?」
「ああ、見た」
アリエスの問いに答えるものの、リベラは依然として不可解な表情を浮かべている。
やがて、彼女は恐る恐るといった様子で、レオを見ながら尋ねた。
「まさかと思うけど……レオって未来も見えるの?」
「何を言っているんですか? レオ様の呪いの右目ですよ」
「…………」
リベラの質問にアリエスは答えるものの、リベラの表情は晴れない。
それどころか、アリエスも首を傾げる始末だ。
彼女たちの様子を見て、レオはようやくあることに気づいた。
(そういえば、アリエスは俺の目の見せる光景について話していない)
自分の記憶が確かならば、リベラは説明を受けていないはずだ。
それならばとレオは思い、辺りを見回す。
すぐに路地裏に通じる通路を見つけ、そちらに足を向けた。
宿や冒険者組合までは遠いものの、こんな大通りで話すことではない。
路地裏に入り、辺りに人が居ないか確認しながら話そう。
そう思い路地裏に入ると、二人は不思議そうな顔をしながらもレオについてきた。
「あ、あの、レオ様――」
「アリエス、多分だけど、俺の目の事をリベラに話してない気がする」
「……え?」
思いもよらないことを言われたアリエスは、目を見開き、リベラに視線を向ける。
当事者でもあるリベラは、うんうん、と深く頷いた。
「レオがどれだけ強いかとか、最強の勇者だとかは聞いたけど、そういう大事な話は聞いてないかな」
大事な、という部分をやや強調したリベラの言葉に、アリエスは縮こまる。
レオに関することを熱心に話していたために、彼女は話した気になっていたのだろう。
レオは今回ばかりは、自身の右目について自分で説明をすることにした。
「俺の右目はある人のいつか訪れる死を映す……けど、同時に鋭い痛みが走るんだ。
そして一度光景を見ると、それを解決するまで寝ている間はずっと見続けるようになる。
最近はアリエスに手を握ってもらうことで、なんとか耐えられているけど」
神妙な顔で聞いていたリベラは腕を組み、何かを考え込み始めた。
「……なるほど。レオが今まで見たのは、どんな光景なの?」
「全部で2回。アリエスが死ぬところと、リベラが死ぬところだ。
あ、いや、正確にはリベラが死ぬところは2回見たから、全部で3回だな」
「私……たち?」
「ああ、リベラのは呪いを移しすぎて死ぬ光景と、一本角の魔物に殺される光景だ」
月下の廃屋でのアリエスの死。
誰も居ない一室でのリベラの病死。
そして、墓場でのリベラの死。
それらを思い出しながら語っているうちに、少しだけ寒気を感じる。
今はもう見なくなった光景でも、何度も何度も見せられたことによる精神的な傷は治るのに時間がかかりそうだ。
あの「死」の光景は、何度見ても慣れるものではない。
「わたし達の旅の目的は、もちろんレオ様の呪いを治すことです。
ですが同時に、レオ様の右目が見せる光景で死んでしまう人を助けるというのも目的になっています。
カマリの街ではリベラさんの死の光景を見たので、それを解決するために動いていました」
「……なるほど……結果としてその右目のお陰で私は助かったってことだね。
ありがとう、レオ」
「いや……」
リベラの改めてのお礼に少し気恥しくなり、短く返事をしてしまう。
しかし彼女はそんなことは気にしていないようだ。
「……それで今回はどんな光景を見たの? ルシャ教皇なんだよね?」
リベラに対しはっきりと頷き、アリエスにも視線を向け、レオは見た光景を詳しく語る。
「場所は日差しのないことから考えて、おそらく地下牢だ。
そこでボロボロのルシャ教皇が鎖に繋がれていた」
「だから地下や牢屋の事を聞いたんですね。急に聞くから、わたし驚いてしまいました」
苦笑いするアリエスに対し、レオは小さくすまないと謝罪した。
確かに考えなしの質問だったと思う。
アリエスは何とか対処してくれたが、次回からはああいった質問は避けるようにしよう。
そう思い、気を付けるように自分に言い聞かせた。
「……つまりレオの呪いは他者に不快感、恐怖感を与えることと、誰かが死ぬ光景を見せるってことでいいの?」
「ああ、そうなる」
「……なんか、死ぬ光景を見せるのはレオを助けているみたいだね。
だってレオの力で、その人の死の運命を回避できるんでしょ?」
リベラが言っていることは、以前アリエスにも言われたことだ。
この右目は人の視線や痛みといった色々と困る問題を持ってくるが、見せる光景に関しては今のところは助かっている部分もある。
「まるで、二つの呪いがあるみたいだね。あ、でもこの場合は呪いと祝福か」
「……未来を見せる代わりに激痛を与えて精神的に追い詰めてくる祝福なんて最悪ですけどね」
これまで考えていなかった右目の中に二つの力があるという考えを、アリエスはあまり妥当と考えていないようだ。
確かにそんな祝福は嫌すぎるし、レオとしてもこの未来を見せる呪いが祝福のようには感じられない。
かといって、今体内にあるリベラから移した呪いとも異なるように思えるが。
「……ではレオ様、レーヴァティでの目的はルシャ教皇を助けるということでよろしいですか?」
そんなことを考えていると、アリエスが真剣な表情で見つめ、そして聞いてきた。
答えは決まっている。カマリの街でも確認したとおり、救える人が居るなら救う。
「ああ、自分の目の前の人は救いたい」
それが自分の元々の存在意義であり、理由だから。
かつては「世界」を救うためだったのが、「目に見える人」を救うためになったけれど。
そう言って返事と併せて頷く。
「…………」
けれどアリエスは何かを言おうとはしたものの、結局何も言うことなく口を噤んでしまった。
リベラもまた、この雰囲気によるものなのか、黙って事の成り行きを見守っている。
「……分かりました。ではとりあえず街で情報収集するのはいかがでしょうか。
あのサマカという枢機卿が怪しいですが、そういった点も踏まえて色々な情報を聞ければと思います」
やがてアリエスは話題を変え、今後の流れについて提案してきた。
その言葉の隅には先ほどの話はもう終わり、という意思が込められている気がした。
「そうだな。そうしよう」
レオはそう答えるものの、心の中では一つの疑問が燻っていた。
(……俺は、間違っているのか?)
分からない。以前の勇者レオならば、今の選択はなに一つ間違っていない。
そして今のレオとしても、その選択は間違っていないように思える。
この右目が見せる人を救う。
それをしたからこそアリエスやリベラとこうして過ごせているというのもある。
そして何より、アリエスは間違っていることは間違っていると言ってくれる。
だから今の自分は間違ってはいないはずだ。
けれど、アリエスが見せた表情は暗く、何かを堪えているようだった。
とはいえ、では何が正しいのかなど分かる筈もなく、当のアリエスも会話を切り上げてしまっている。
結局、レオはぎこちない雰囲気のまま大通りに向かって足を踏み出した。
どちらにせよ、この路地裏に居てもできることはないのだ。
なら、アリエスの言う通り情報収集をするなどして集中した方が良い。
そう思い、無表情で歩き出したレオの背中をリベラがじっと見つめていた。




