第43話 二人目の同行者
馬に乗り、レオとアリエスはカマリの街へと帰還する。
あのあと、意識を失っている冒険者たちを馬車に乗せ、レオは彼らの乗ってきた馬を引く形で歩くこととなった。
結果としてかなり時間はかかったものの、無事に翌日の朝方には戻ってくることができた。
リベラとシェラはレオの歩みについてきてくれはしたが、途中で馬車に戻って冒険者の容態を見てくれたりしていた。
一方でアリエスはレオから片時も離れずに、時を見ては祝福でレオの呪いを治していた。
パフォーマンスに影響は出ないものの、自分の中の呪いが少しずつ小さくなることが分かる。
完全に消えるにはまだまだ時間がかかりそうだが。
「やっと、戻ってこれましたね」
「ああ、長かったな」
「レオさんもアリエスさんも、お疲れ様でした。宿でゆっくりと休んでください。
いくらでも使って構いませんから」
シェラと会話をしつつ、門をくぐる。
やっと戻ってきたといった感想を抱いたとき。
「……?」
不意にレオは振り返る。
「レオ様?」
「え?……あ、ああ、なんでもない」
そう言ってレオはすれ違った黒いフードの後ろ姿から目を外す。
あの人物と、どこかで前にもあった気がしたのだが、気のせいかと思い再び歩き出した。
一行はそのまま大通りを歩き、冒険者組合の前まで。
すると丁度良いタイミングで、受付嬢の一人が出勤してきたタイミングだった。
「シェラさん!? 良かった、昨日戻ってこないから心配したんですよ!」
「ごめんなさい。ちょっと魔物に襲われてしまいまして……けれどレオさんが助けてくれたので大丈夫です。
雇った三人の冒険者さん達は怪我をして馬車で休んでいますが、一本角の魔物はレオさんが倒してくれました」
「い、一本角の魔物ですか!?」
シェラの説明に驚き、声を荒げる受付嬢。
その言葉に、何事かと周りがざわつき始めるのを聞いて、彼女はすぐに表情を切り替えた。
「と、とりあえず中の冒険者さんは組合の人に頼んで病院に運んでもらいますね。
皆さんはとりあえず中にどうぞ」
そう言って組合に入っていく受付嬢に続いて中に入っていくシェラ。
振り返ればリベラも馬車から降りてきていた。
組合の中は騒がしいので、まだ朝だが人がまあまあいるのだろう。
馬車の冒険者は任せ、レオは組合の入り口の階段を上る。
背後のアリエスをチラリと見れば、やや疲れた様子の彼女が目に入った。
「アリエス、大丈夫?」
「……はい」
彼女の返事にどこか引っ掛かりつつも、レオは気にすることなく足を踏み出した。
×××
冒険者組合では、一本角の魔物を倒したということで莫大な報酬を手に入れることができた。
その後宿屋に戻ったレオは、アリエスが疲れているにもかかわらず祝福をかけようとする姿を見て、無理を言って寝かせる事にした。
最初は渋っていたアリエスだが、レオのまっすぐな目に負け、ベッドに入ってくれた。
夜通しの行進に、祝福の連続使用で彼女の体力は限界だったのか、すぐに穏やかな寝息が聞こえてきた。
結果として体内の呪いは本当に少しずつだが消えているので、アリエスには感謝しかない。
そして夕暮れになり、アリエスが目を覚ましたタイミングでまるで見ていたかのようにシェラとリベラが部屋を訪れた。
「レオさん……大丈夫?」
「大丈夫だ。
全く支障はないし、アリエスがこうして治してくれているから気にしなくていい」
心底心配そうな目を向けるリベラに対し、アリエスに現在進行形で治療されているレオは軽い調子で答える。
「レオさん、落ち着くまでここはどれだけ使っても構いませんからね。それにお代も大丈夫です。
命の恩人からお金を取ろうなんて、お父さんに怒られちゃいますから」
「ありがとう」
そう言って微笑むシェラに、レオは正直に感謝を告げる。
宿屋を使わせてくれるのはありがたいし、金銭を使用しなくていいというのも、とてもありがたかった。
とはいえ、レオ自身も分かっていることだ。もうこの街ですることは、無い。
「でも、明日には出て行くよ。この街で出来ることはしたから呪いを解くために西に行く」
「そうですか……寂しくなりますね」
心底残念そうな顔で呟くシェラ。
少しぎこちなくはあるけれど、レオに目を向けてくれる。
その奥には恐怖の感情があるが、それでも目を合わせて会話できるくらいには打ち解けてくれたようだ。
そして、そんな女性はもう一人。
「レオさん……お願いがあるんだけど……」
そんなもう一人であるリベラはレオの目をまっすぐ見てくる。
瞳の奥には恐怖の感情は全くなく、正面からレオの視線を受け止めてくれていた。
そんな彼女は不安げな表情をしていたが、やがて意を決したように口を開いた。
「レオさんの旅に、私も連れて行ってくれないかな」
「……え?」
「私はレオさんに救われた。だから少しでも恩返しをしたいの……ダメかな?」
突然の言葉にレオは押し黙ってしまう。
確かに以前、彼女に一緒に来ないかと誘ったことはある。
けれどそれはリベラの中に呪いがあったからで、今の彼女は健康そのものだ。
それに、彼女には護るべきものがある筈だ。
「でも……孤児院は?」
「領主様が昼間のうちに領主代理を罷免して、街の体制を見直したらしいんです。
その中にリベラの孤児院の事もあって、支援金が戻ることが発表されたそうですよ」
「うん、孤児院についてもレオさんのお陰だよ」
「そうか」
穏やかに微笑む二人に対して、レオは内心で息を吐く。
リベラとシェラの二人はこれまでとは違い、何も抱えていない。
本当の意味で二人は過去の呪縛から解放されたのだろう。それなら、自分が何か言う必要はない。
そんなことを思ったものの、レオは思わずアリエスを見た。
目の合ったアリエスはレオの言いたいことを理解したのか、リベラの方を向く。
アリエスとリベラのまっすぐな視線同士がぶつかり合う。
二人がその間に何を思っていたのかはレオには分からない。
けれど、二人の間では確かに伝わったのだろう。
やがてアリエスはリベラから視線を外し、レオを見て微笑んだ。
「レオ様に委ねますが、わたしは構いませんよ」
「そうか……なら一緒に行こう、リベラさん」
アリエスの言葉に、レオは即答した。
レオからしてもアリエスと同じで意思疎通ができる人物はありがたい。
それにリベラは周辺地理の事にも詳しいだろう。
アリエスを信じていないわけではないが、自分よりも頼りになる人の事を、レオが拒絶するはずがなかった。
「ふふっ……リベラでいいよ。本当にありがとう。
迷惑かけちゃうかもしれないけど、よろしくね、レオ」
「レオ様を……呼び捨て?」
「い、いや、それくらいは許してほしいんだけど……」
「……まあいいでしょう」
アリエスの絶対零度の視線で縮こまるリベラを見て、早くも二人の力関係が決まりつつあることにレオは気づかなかった。
「次の目的地はどこになるんだ?」
「次は法国の首都であるレーヴァティですね。ここから南西にあるやや大きな国家です」
「レーヴァティは私の孤児院と同じ教会の総本山なんだ。
といっても、孤児院は末端中の末端で、名前だけ借りているみたいな感じなんだけどね」
アリエスとリベラ両者の説明に、レオは内心で感心する。
教会の総本山というのはよく分からないが、何か呪いに関するヒントはあるだろうか。
「聞いた話によると、呪いを解くための研究をしていて、いくつかの解除に成功しているみたいです。ひょっとしたらレオさんの呪いを解く鍵があるかもしれませんね」
シェラの補足説明を聞きながら、レオは小さく期待をする。
呪いを解ける、というのが今まで失敗に終わってきたものの、こればっかりはどうしようもない。
少しでも可能性があるなら、期待してしまうのだ。
「治せると良いですね、レオ様」
「ああ、そうだな」
少し暗い表情のアリエスに微笑みかけ、レオはそう答えた。




