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魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~  作者: 紗沙
第2章 呪いを治す聖女

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第42話 人を救えたレオと、アリエスの思い

 急いでリベラに駆け付ければ、彼女を包む呪いの量は以前見た時よりも遥かに量を増していた。

 前回見た時ですらあまり時間がないと言っていた。

 それなら、今の状況が意味するものはリベラの死だ。


「ぐっ……」


 右目が疼き、光景を見せてくる。


「っ! アリエス! アリエス!」


 その痛みを振り切るように、白銀の少女の名を叫んだ。

 この場所で呪いに犯されて死ぬリベラの光景など見る必要はない。

 そんなものに、時間を奪われている場合じゃない。


 坂の下で冒険者を治していたアリエスは慌てて駆けてきてくれた。

 そしてシェラの腕の中に居るリベラを見るや否や、目を見開く。


「移し……たんですか……」


「アリエス!」


「っ……はい!」


 一瞬動揺したアリエスだが、すぐにレオの声に反応し、弾けるように動く。

 リベラの手を小さな両手で握り、祝福を発動させ、彼女の中の呪いを消そうとする。


「だめ……です……呪いの量が多すぎて……このままじゃ……」


 レオは奥歯を強く噛みしめる。

 左目が移しているリベラの呪いの総量は前回の数倍だ。

 アリエスのお陰で少しずつ消えてはいるが、間に合わない。


 このままでは、アリエスが呪いを消す前にリベラが死ぬ。


「シェラ……ごめんね……私っ……本当は呪いを移せるの……でもっ……おじさんっ……助けられなかった」


 目を開き、シェラの名前を呼ぶリベラ。

 その目には涙がたまり、目じりから一筋流れた。

 過去に助けられなかったことと、その過去を伝えられなかったことの両方を、彼女はまだ悔いている。


「いいのっ……私、なんとなく分かっていたのっ……でも……でも……」


 シェラは彼女の手を強く強く握り、涙のこぼれる目で語り掛ける。


「なんで移したの! こんなの、私もお父さんもやって欲しいなんて思ってない!

 お父さんを助けてくれなかったとか、本当の事を言わなかったとか、そんなことで怒るわけない!」


 首を横に振り、涙でくしゃくしゃになった顔でシェラはリベラに叫ぶ。


「でも、でもこれだけは許せない! 死なないで……死なないでよ!

 私を一人にしないでよっ……なんで全部ひとりで抱えるのよ……頼ってよ! 話してよ!

 リベラのばか……ばかっ!」


「ごめんね……ごめんねっ……」


 弱々しい声のままシェラに答えるリベラ。

 彼女の残された時間が少ないのは、誰の目にも明らかだった。


(なんとか……ならないのか……)


 この状況に、レオは自問する。

 アリエスは今なお祝福で呪いを治してくれているが、リベラの命は風前の灯火だ。

 けれどリベラを救えるのはアリエスしか居ない。何もできない自分が、もどかしかった。


「アリエス……なんとか……なんとかならないか」


「……わたし以外にもう一人呪いを治せる人が居たとしても、もう……」


 頼りの綱であるアリエスがお手上げである以上、自分に良い案が思い浮かぶはずもない。

 アリエスは今も、ああでもないこうでもないと言いながら考えを巡らせてくれているが、答えは出ないようだ。

 ここでリベラは終わるしかないのか。


「もう少し早ければ……せめて呪いを移す前なら……」


「呪いを……移す……」


 レオの言葉にアリエスは目を見開いた。

 ハッとした表情のままにリベラを見て、そしてレオを見て、顔を歪めた。

 その表情の変化をレオは見逃さなかった。


「アリエス?」


「……っ」


「アリエス、方法があるなら教えてくれ!」


「で、ですがっ……」


「頼む……」


 レオの必死の言葉にアリエスは目を伏せる。

 言いたくないという気持ちが、全身から伝わってきた。


「だ、ダメです……こんな……こんなの――」


「アリエス!」


 答えを言おうとしないアリエスに対して、レオは声を荒げる。

 可能性が少しでもあるなら、レオはそれにかけたかった。

 レオの言葉にアリエスは何かを堪えるように下を向く。


「……っ、リベラさん」


「……なに?」


 自身の死を自覚し、やや力のない返事を返すリベラ。


「あなたが持っているのは呪いを移す祝福です。その祝福を他者から自分に移すことができるなら……おそらく……自分から他者に移すこともできるはずです」


 その言葉に、リベラとシェラが目を見開いた。


「だめっ……私のは一気にしか移せない……だから、こんなの……移したら……」


「それはっ……でもっ……」


 リベラもシェラもアリエスの意見を否定する。

 リベラは生きたい。シェラはリベラに生きて欲しい。

 けれどそれは、他者を奪ってでも叶えたい願いではない。

 大切な人を失った彼女達だからこそ、その選択はできないのだろう。


 ――なら、奪われない他者なら?


「俺に、移せ」


 レオの言葉に、アリエスの顔がくしゃくしゃに歪んだ。

 涙目のまま目を見開いたシェラが生気の抜けた声を出す。


「なにを……言って……」


「俺なら呪いに耐えられるはずだ。もうそれしか方法はない」


 レオはこの場で取れるたった一つの方法を告げ、リベラの手を握った。

 リベラは涙ながらに首を横に振り、拒絶の意を示す。


「だめ……だめっ……そんなの……」


「俺を信じろ。呪いなんて、なんとかするから」


「レオ様、わたしがすぐに治します。どれだけ時間をかけても、限界を迎えても、必ず治しますから……だからっ……」


「いいんだ。ありがとう、アリエス」


 ありがとう、俺のしたいことを分かってくれて。

 そう言った意味で彼女を見れば、アリエスは泣きそうな顔を伏せてしまった。


「やれ」


「でも……でもっ……」


「さっきも言っただろ。俺は呪いなんかじゃ死なない」


 少しでもリベラを安心させるために体内の祝福を完全に開放する。

 力の渦が巻き起こり、4人を優しく包む。

 その光を見て、リベラは目を見開き、「綺麗」と呟いた。


「信じてっ……いいの?」


「ああ」


「助かって……いいのっ?」


「ああ、もういいんだ。もう一人で抱え込まなくていい」


 目をシェラに向ける。彼女はしっかりと頷き、リベラの手を強く握った。


 自らの祝福に翻弄され、お世話になった人を失い、そしてその秘密を抱え続けてきた聖女は、最後の最後にようやく求めてくれた。


「信じる……お願いレオさん、助けて……たすけてっ」


「ああ」


 意味は得た。助けを求められた。

 ならば、あとはそれに答えるのみ。

 勇者としてではなく、ただのレオとして、「目に見える」リベラを救う。


 リベラと繋がった手を通じて、彼女の体内に蓄積した呪いがレオに流れ込んでくる。

 普段ならば祝福により妨げられるはずのそれを、レオは意図的に受け入れた。

 次々と入ってくる、暗く重い感覚。あれだけ絶好調だった体が、ついに不調を訴える。


 だが、それがどうした。


 リベラからすべての呪いを受け取った瞬間、レオは自分自身に命じる。

 呪いを、踏みつぶせと。

 それだけで体中の全ての祝福は反応し、体内にある異物に対して行動を起こす。


 まるで泥水を小さな壺に押し込めるかのように、それを凝縮させる。

 消えはしない。けれど、それならおとなしくしていろ。

 体内にただ在るだけの存在になれ。お前が何をしようとも構わない。


 けれどそれで、俺の体を少しでも害せると思うな。

 少なくともお前は、右目とは違い捉えられる、正常な呪いなのだから。


「……大丈夫だ」


 全てが終わり、レオはゆっくりと口にする。

 それを聞いて体が楽になったリベラは起き上がり、手を強く握った。


「ごめんなさいっ……ごめんなさいっ……」


「レオさん……ごめんなさいっ……でも、ありがとうっ……」


「いいんだ。俺はなんともないから」


 泣きじゃくるリベラとシェラに対し、レオはそう告げ、自分の右手を握って開いてを繰り返す。

 祝福は呪いを完全に押さえ込んでいる。これなら戦闘に支障はなさそうだ。

 多少出力は落ちるかもしれないが、そこまで弱体化するわけではない。


 それに呪いに関してもアリエスが時間をかけて治してくれるはずだ。

 いつか体内から完全に消えるだろうから、問題はない。


 レオが視線を向けると、アリエスは俯いたままで小さく頷いた。


「残りの怪我人は2人ですね。わたしが治療してきますので、レオ様はここに。

 シェラさん、もし薬などを持っていたらそちらの方に使ってあげてください」


「は、はい……」


 流石アリエス、とレオは舌を巻く。

 今の一連の動作だけでやって欲しいことをくみ取ってくれたようだ。

 シェラに指示を出して、彼女は怪我をした冒険者の方に歩いていく。


「レオさん……大丈夫……なのっ?」


 今なお泣いているリベラを安心させるために、レオは微笑む。

 体は問題ないし、右目も光景を映さない。

 それに、今までずっと見ていた死からリベラを救うこともできた。


(目に見える人を救うっていうのは、やっぱり難しいな……)


 本当に大変だった。リベラを救うために、持てる全てを使ったと言ってもいい。

 どれか一つでも、誰か一人でも欠けていれば無理だっただろう。

 難しくて、大変で、辛くて、けれど。


「悪くない」


 目に見える二人目を救ったレオの心は、晴れ渡っていた。




 ×××




 怪我をして意識を失っている冒険者を治し終え、アリエスは上げていた腕を静かに下ろす。


「…………」


 右の拳を強く握りしめ、拳を頭上に掲げ、そのまま強く振り下ろした。

 拳は地面にぶつかるものの、音を立てることはない。ただジンッとした痛みが伝わるだけだ。


「わたしは……わたしはっ……」


 嗚咽のような声を絞り出す。

 何のための祝福だ、と自分自身を殴りたくなる衝動に駆られる。


 レオを治すこともできず、リベラも救うこともできず、結局できたのはレオに呪いを移すという最悪の方法を提示することだけ。

 救ってもらった主を苦しめて彼の願いを叶えるなど、なんと恩知らずか。


 アリエスはレオに救われて変わった。

 目は見えるようになり、新しく祝福を開花させた。活動的になり、よく笑うようになった。

 けれど、たった一つだけ彼女の中で変わらないものがある。


 アリエスは昔も、そして今でさえ、自分のことが一番嫌いだ。


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