第34話 路地裏の聖女の正体
レオ達の旅の目的は大きく分けて2つある。
1つは、レオの右目の呪いを解くこと。これは説明不要だろう。
そして1つは、レオの呪いが見せる光景で死ぬ運命にある人を助けること。
今現在、レオ達はこの目的を果たすために行動していた。
そのためにリベラやシェラと会話を重ね、リベラの死ぬ定めを変えようとしたのだ。
そして今日もリベラを助ける為に彼女から話を聞こうと思っていたのだが。
まさかここでもう一つの目的に密接な関係がある人物と遭遇するとは夢にも思っていなかった。
「はぁ……はぁ……」
路地裏の民家の壁に手を置き、苦しそうな息をする一人の女性が目の前にいる。
外套を身に纏い、被ったフードからは灰色の長い髪が垂れていた。
前傾姿勢で胸を押さえているためにレオ達には気づいていないが、レオは彼女に見覚えがあった。
この街に来た日に出会った、灰色の髪の女性だ。
「……っ……あなた……達……」
女性がレオ達に気づき、顔を上げる。
灰色の瞳と目が合ったが、その奥の感情は変身魔法ゆえに読み取れないことをレオは知っている。
「なぜ変身魔法を使っている?」
だから、レオは先手を打った。
彼の言葉に女性は目を見開いたものの、すぐに笑顔を作る。
「何の話……ですかっ……使ってません」
「そうか……先に謝っておく、すまない」
事前に謝罪を述べ、レオは体内の祝福を開放する。
確認を取り、それでも彼女は変身魔法を使っていないと主張した。
それなら、解除されても文句は言えないだろう。
全てを暴く祝福が、灰色の女性にぶつけられる。
以前の月下の廃屋でアリエスの正体を明かした光の波は、今回も同じように隠されたものを暴いた。
「え……」
アリエスが驚いた声を上げ、レオも声こそ上げなかったものの、僅かに眉を動かした。
服装は変わらない。目の前の女性は外套を纏い、フードを被ったままだ。
けれどその灰色の髪は輝かんばかりの金色に代わり、無機質な灰色の瞳は綺麗な空色へと変貌した。
印象に残りにくい幸薄そうな顔は、穏やかな表情のそれへと変化していく。
それは、まさに今から会いに行こうとしていた孤児院のシスターであるリベラだった。
彼女は自分の体を見下ろし、視界の隅に金の髪が映るや否や、自分の変身魔法が暴かれたことを知ったのだろう。
わなわなと震え、瞳が僅かにだが揺れ動いていた。
「ちょっと、なにするの!」
「え……」
先ほど出なかった驚きの声が、レオの口から出た。
目の前にいる女性はリベラで間違いないが、彼女の目には明らかな敵意がある。
それに彼女の今の言葉遣いは、これまで会話してきた彼女とは違うようで。
そんなとき、ハッとした様子でリベラは目を見開き、必死に笑顔を作った。
「こ、困ります。きゅ、急に変身魔法を解かれては。い、今のは世を忍ぶ姿ですので……」
「忍べていませんでしたけどね」
「…………」
アリエスの言葉に、リベラはにっこりとした笑顔で応えた。
彼女の額には青筋が浮かんでいるようにも見える。
「前から思っていたんです。リベラさん、猫被ってるんじゃないかなって」
「いえいえ、被ってませんよ。孤児院のシスターは素敵な女性ですよ」
「レオ様は騙せてもわたしは騙せません」
「そんな、騙すなんて人聞きの悪い……」
アリエスとリベラはお互いに探り合うような会話をしている。
けれど、レオはそれどころではなかった。
変身魔法を暴く際に、全てを無効化する祝福を利用した。
そして姿を現した人物を見逃さないように、祝福と呪いを見抜く祝福も利用した。
普段とは違い、戦闘時と同じように最大限発揮されている左目の呪いを見抜く祝福が映し出している。
強い祝福の光にかき消されていた闇を。
リベラの体に見える、全身を包むような黒い靄を。
(……呪われている)
以前は祝福の光で隠されていたようだが、今はしっかりと目にすることができる。
その量はレオが今まで見てきたどの呪われた人よりも多かった。
これだけ多量の呪いに蝕まれた人物が平然としているのが信じられなくて、思わずレオは問いかけてしまった。
「その呪いは……どこで……?」
「……っ!」
はっきりと目を見開き、信じられないものを見る目でレオを見るリベラ。
今の反応で分かった。リベラは自分自身が呪いに蝕まれていることを知っている。
その上で周りには隠しているのだろうと。
しばし目を合わせて沈黙を保つレオとリベラ。
やがてリベラはレオの質問から逃れられないと観念したのか、息を吐いた。
「潮時かぁ……」
これまでの清楚なシスターとしての雰囲気を霧散させ、街娘のように彼女は呟く。
リベラはアリエスとレオを一瞥すると、体を横に向けた。
「全部話すよ。だから、ちょっとついてきて欲しいの。
まだ……やらないといけないことがあるから……さ」
急に態度を変えたリベラに戸惑いつつも、レオは頷いた。
×××
リベラに連れられる形で隠れるように訪れたのは、孤児院へとつながる路地裏だった。
彼女は前方の離れた位置に孤児院を捉え、何かを確認すると強く頷いた。
「じゃあ、ここで少し待っていて。別に遠くからなら見ていてもいいよ」
そう言ったリベラの体を光が包む。変身魔法特有の光だ。
その光が晴れたとき、リベラは背の高い商人のような姿へと変わっていた。
(……だからリベラは変身魔法には、ほころびがあったのか)
変身魔法は姿を変えるが、変身の精度には高い練度が必要だ。
アリエスのように一つの姿に毎回変わるなら、それを繰り返せば繰り返すほどに精度は上がっていく。
現に、かなり長い年月使い続けたアリエスの変身魔法を見抜くことはレオをもってしても至難の業だった。
けれどリベラは灰色の髪の幸薄そうな女性と、今の商人の二つの姿を持っている。
これらの姿を入れ替えて使っているのなら、いつまで経っても変身魔法の精度はなかなか上がらない。
以前路地裏でぶつかったときに一瞬で見抜けたのはアリエスという経験があったことが大きいが、それも理由の一つだったようだ。
「じゃあ、行ってくるから。少し待っていてね」
背の高い青年の姿なのにもかかわらず、リベラの高い女性的な声が聞こえてきて、ちぐはぐな印象を受けた。
けれどリベラはレオ達に構うことなく、彼らの横をすり抜けて孤児院へと向かう。
振り返り、路地裏から視線だけを向けてリベラの動向を見守るレオ達。
孤児院の前にたどり着き、リベラの扮した商人はドアをノックする。
やがて扉が開き、変身前のリベラが着ていたようなシスター服を纏った修道女が現れた。
「……何か話していますね」
アリエスの言う通り、シスターと商人は何か会話をしている。
祝福を発動し、会話を盗み聞きしようかと思ったときに、リベラは懐から袋を取り出してシスターへと手渡した。
「金貨袋? どうする? 祝福で声を聞くこともできると思うけど」
「まあ、この後リベラさんが話してくれると思いますし、待ちましょう」
「分かった」
しっかりとアリエスの意見を聞き、レオはそれに従った。
リベラから金貨袋のようなものを受け取ったシスターはかしこまっていたが、やがて頭を何度も何度も下げながらそれを大事そうに懐へとしまった。
孤児院のシスターは心から商人に感謝を告げているように見受けられた。
リベラが変装した商人は笑顔で手を振り、孤児院を後にする。
孤児院のシスターは魔法に詳しいわけではなさそうだったので、彼女にリベラの変装が見抜けた可能性は0だろう。
やがて孤児院の敷地を抜け、商人はレオ達の待つ路地裏へと戻ってくる。
彼女はそこで孤児院の方を注意深く何回か見て、変身魔法を解除した。
「……待たせてごめんね。それで、話すのはここでいい?」
「はい。構いません。レオ様、もし誰か来たら教えていただけますか? わたしでは聞き逃してしまいますので」
「分かった」
レオは頷き、辺りの気配を探る。思った通りではあるが、知覚出来る範囲にレオ達三人以外の人は居ないようだ。
リベラを見て、大丈夫だという意味を込めて頷くと、彼女も頷き返してくれた。
「約束通り全部話すけど、何から話せばいいかな。何か聞きたいことはある?」
リベラは呆気からんとした表情でレオ達に尋ねる。
聞きたいことはいっぱいある。
なぜ変身魔法を使っているのか。なぜ呪いを身に受けているのか。
けれどそんなことよりも。
「お前は……何者だ」
それらを全て含めて、レオは目の前の女性がよく分からなくなっていた。
彼女はいったい誰なのか。それが真っ先に口から出た疑問だった。
「何者って孤児院のシスターだけど……ってそんなのは求めてない答えだよね。
……あなた達が聞きたいことに答えるなら、私はリベラ・エンティア。
数年前の路地裏の聖女にして、今街で噂になっている呪いを治す聖女だよ」
衝撃だった。
二人の聖女が同一人物だったこともそうだし、それがリベラだったことにも驚きだ。
「良かったんですか? 言ってしまって。状況を見るに、隠していたんでしょう?」
アリエスの当然の疑問に、リベラは苦笑いする。
「レオさんだけならともかく、アリエスさんまでは言いくるめないでしょう。
貴方たちは私が変身魔法で路地裏の聖女に化けていることを知った。
そしてレオさんは私が呪われていること、そして祝福を持っていることを知っている。
そこら辺を詰められたら、隠し通せなくていつかはバレることだから」
ふぅ、と息を吐き、リベラはまっすぐにレオを見つめる。
その目にはもはや恐怖の色はなく、ただ強い意志が見て取れた。
「まず謝っておくね。
私は確かに呪いを治す聖女と呼ばれているけれど、レオさんの呪いを治すことはできません」
「……どういうことだ?」
急に出てきた拒絶の言葉に、レオは戸惑う。
リベラは首を横に振り、彼の勘違いを訂正しようとする。
「別に私に治す意志がないわけじゃないの。私はレオさんを助けたいと思ってる。
これは本当だよ。でも、私はあなたの呪いを治せない。
私があなたの呪いを治せば、私は死んでしまうから」
呪いを治すのに、リベラが死んでしまう。
その二つが結びつかなかったものの、リベラはすぐに答えを教えてくれた。
「私の祝福は呪いを治すのではなく、呪いを自分に移すものだから」
その言葉に呼応するかのように路地裏を強い風が通り抜け、リベラの金の髪を揺らした。




