第32話 たった二文字の言葉
翌日、昼前にシェラの宿屋を出発したレオ達は、カマリの街の西端の孤児院に来ていた。
昨日の夜は予想通りにあの悪夢の光景を延々と見せられた。
目覚めたときにはアリエスが手を握ってくれていたが、それでも中々に辛いものがある。
最近は見ていなかったために、なおさら辛く感じるのだろう。
ボロボロの民家の壁に背を預けながら、右手を閉じて、開いてを繰り返す。
心の状態はあまり良くないが、体はいつも通り絶好調だ。
昨日と同じく、レオは少し離れたところで待機し、孤児院にはアリエスが顔を出している。
リベラに会い、彼女から話を聞こうと思ったのだが。
「どうやらリベラさんは不在のようです」
孤児院から小走りで戻ってきたアリエスはそう告げた。
「朝に孤児院での仕事をこなした後に、出発したらしいです。
シスターさん曰く、よくあることみたいで、もうすぐ帰ってくるらしいですよ」
孤児院で朝早くから働いているだけでなく、外にも出ているのか。
そういえば、昨日出会ったときも彼女は路地裏から孤児院に戻る途中だった。
孤児院のシスターという職業は色々と忙しいのだろう。
「……レオさん?」
そんなことを思っていると背後から声をかけられる。
振り返ると、そこには昨日出会ったリベラが同じ服装のままに立っていた。
手には籠を携えていて、買い物帰りなのが伺える。
彼女は瞳に恐怖を宿してはいるものの、まっすぐにレオを見つめていた。
「来てくれたんですね。ちょっと置いてきますので、少し待っていてください」
リベラは微笑み、小走りで孤児院の中へ入っていく。
その背中を追ったものの、右目が光景を見せることはなかった。
「アリエスの時と同じように、やっぱり一度しか右目は反応しないな」
隣に立つ白銀の少女にそう声をかける。
彼女はどこか冷たい目でレオを見ていたものの、言葉を聞くと少しだけ目を見開いた。
「……え、そ、そうなんですね。
とりあえずこの後、リベラさんからいろいろと話を聞いてみましょう」
挙動不審な様子にレオは内心で首を傾げるが、気にしないことにした。
しばらく待っていると、籠を孤児院に置いてきたであろうリベラが戻ってきた。
「行きましょう。せっかく来てくれたのですから、とっておきの場所に案内しますよ」
そう言って彼女はレオ達を引き連れて孤児院の外壁に沿って移動していく。
行く先は孤児院のさらに先の森の中のようだった。
しばらく森の中の狭い小道を歩くと、三人は開けた場所に出た。
「すごい……綺麗……」
隣に立つアリエスが呟く言葉に、レオも賛成だった。
目の前には、規模こそ小さいものの、色とりどりの花が広がっていた。
孤児院のさらに奥にこんな場所があったとは。
まるで人が居ないからこそ完成した、自然の絶景だった。
「ここ、とっておきの場所なんです。
子供たちは花を踏み荒らしてしまうので、ゆっくりと歩いてねっていつも注意するんですけどね」
振り返り、リベラは穏やかな笑みを浮かべる。
その様子を見て、アリエスが語りかけた。
「孤児院の中を見ましたが、良く清掃されていて、整理されていました。
子供達は良い子なんですね」
「はい……辛い中でもよくやってくれています。本当に良い子ばかりです」
リベラは孤児院の子供たちを誇らしく語る一方で、どこか遠くを見るような顔をしていた。
その表情が少し気になったのか、アリエスは首を傾げる。
「中も綺麗で、わたしの知っている孤児院とはずいぶん違っていましたけど、厳しいんですか?
街がかなり支援金を出しているのではないかと思ったのですが」
「以前は十分なほどの支援金を頂いていたのですが……今の領主代理さんになってから打ち切られてしまいまいて……中のものはほとんど領主さんの頃のものなんです」
領主代理に関しては先日アリエスが街で聞き込みを行ってくれた時に、あまり街の人には受け入れられていない印象を受けていた。
保守的で保身的という話を聞いていたが、孤児院に対しても支援を打ち切ってしまったようだ。
リベラはアリエスの表情が曇ったのを感じたのだろう、慌てたように口に出した。
「あ、でも亡くなった両親の知り合いの商人さんが助けてくれていますので、大丈夫ですよ。
かなり成功しているみたいで、多額の寄付をしていただいています」
「そうなんですね。それは良かったです……けれど、根本的な解決にはなっていませんよね……」
「はい。けれど不安になっていてもなにも変わりませんから。
だから、出来ることを、出来る範囲でしっかりとこなしているんですよ」
なかなかうまくいかないんですけどね、と苦笑いするリベラを見て、今度はレオが質問をする。
「両親は病死か?」
なにかリベラの死のヒントになるかと思い、問いかけたのだが、リベラは静かに首を横に振った。
「……いいえ、父も母も魔物に襲われて命を落としたと聞いています。
父は剣に長けていて、母も魔法の才能に溢れていました。
私は剣の方はさっぱりでしたが、母から色んな初歩的な魔法を教わったりしてたんですよ。
けれど、一本角の魔物に街の外で襲われて、そのまま……」
「そうだったんですね……」
アリエスが悲痛な表情で聞いている。
境遇が少し自分と似ているところがあり、思うところがあるのだろう。
けれどレオはそれ以上に、とある言葉が気になっていた。
(一本角の魔物……)
つい最近、その言葉をどこかで聞いた気がする。
どこだったか。呪われる前か、それとも後か定かではないが、聞き覚えがある。
「その後はこの孤児院に引き取られて、そのままずっとお世話になっています。
少しでも恩を返せればなと、そう思っていますよ」
「シェラさんとはどんな関係なんですか?」
「…………」
頭に引っかかる単語に悩むレオを他所に、アリエスとリベラは会話を繰り広げる。
しかしシェラの話になって、リベラは口を噤んだ。
少し話そうかどうか逡巡した後で、彼女はゆっくりと声を発した。
「……シェラとは……幼馴染なんです……といっても、最近は全然会話をしていません」
リベラは寂しげに目を伏せて、そう告げた。
悲しみ、寂しさ、諦め、そういったさまざまな負の感情が見て取れた。
なんとなく重い雰囲気になり、それを打破すべくレオはまた違った質問をする。
「話は変わるのだが、最近、調子が悪いとかないか。
病気がちだとか、そういうのでもいい」
レオが聞きたかったのは、右目の見せる光景に関連することだった。
あのベッドで死んでいたリベラの死因が病死ならば、なにか兆候がある筈だ。
そう思ったのだが。
「ない」
まるで世界が凍ったかのような、そんな感覚。
返ってきたのは、あまりにも冷たい二文字だった。
さっきまでの落ち着いた印象のシスターとしての彼女の口調とはかけ離れた、明確な否定の言葉。
それは、あの王都の宿でのアリエスの拒絶を想起させた。
俯いていたリベラはまるで正気に戻ったかのようにハッとし、両手で違うという意思表示をする。
「ご、ごめんなさい! な、ないですよ、健康そのものです!」
言葉とは裏腹に、これまでの一連の流れがリベラの体に何かが起きていることを示していた。
けれど、聞いたところで今のリベラは答えてはくれないだろう。
「あ、えっと、そろそろお戻りになりますか? もう昼過ぎですし」
「そ、そうですね。そろそろ宿に戻りますね」
アリエスも同じことを思ったのか、リベラの言葉に賛成の意を示した。
リベラはこれ以上話をしたくないという雰囲気で、花畑を後にする。
その後に、レオもアリエスもついていくしかなかった。
来た時と同じ道を通り、再び孤児院の門へと。
リベラは孤児院に戻ることなく、レオとアリエスを路地裏の入口へと案内してくれた。
どうやら、最後まで送ってくれるようだ。
「……ありがとうございます。それではわたし達はこれで失礼します」
「……はい。それではまた」
礼を述べたアリエスに続いて歩き出し、リベラの隣を通り過ぎる。
その際、彼女は何も言わなかった。
「待ってください」
しかし彼女のそばを通り過ぎ、しばらく歩いたところで背中に声がかけられる。
「……シェラは……元気でしたか?」
昨日と同じ質問にレオは不思議に思いつつ、体を横に向けて首だけで振り返る。
「昨日も言ったけど、元気――」
「呪いは……受けていませんでしたか?」
それは、まるで祈るかのような声だった。
「……呪いは受けてない」
本人から聞いたわけではないけれど、レオが祝福を通してみたときにシェラからは祝福も呪いも検知されなかった。
だから彼女は呪われていない。異常ではない、正常な人だ。
「……そう」
それっきり、リベラは黙り込んでしまった。
しばらく彼女の様子を見ていたが、なにかを話すつもりもなさそうだ。
「ない」と「そう」。
たった二文字のそれらの言葉に、リベラの全てが詰め込まれているようだった。
「リベラさん、あなたはどんな祝福を持っているんですか?」
レオの左目は先ほどからリベラを映している。
正確には、発動した祝福が見せる、彼女の体を包む金色の光を。
それは、リベラが祝福を所持しているという証拠だった。
隣に立つ白銀の少女のような真っ白なものではなく、一般的な金色だが。
リベラは目を見開き、そして笑みを浮かべた。作ったような、笑顔だった。
「大した祝福じゃありませんよ」
「……そうか。また来る」
そう言ってレオはリベラから視線を外し、路地裏に向けて歩き出す。
彼の目が捕らえたリベラの祝福は、普通の祝福よりも遥かに大きなものだった。




