第31話 孤児院のシスターに迫る魔の手
まるで母親に連れられる子供のように、アリエスに手を引かれてシェラの営む宿屋へと戻ってきたレオ。
彼はそのまま自室に連行され、ベッドへと無理やり座らせられた。
「えっと、とりあえず祝福で治さないと……あぁ、でもわたしの祝福はレオ様には……」
「あ、アリエス、もう大丈夫だから。
呪いで死の光景を見たときは痛かったけど、今は何ともないから」
「で、ですが、以前サルマン様の館では蹲る程ではなかったはずです! や、やはりどこか悪いのでは……」
あぁ、とレオは納得した。
確かにサルマンの館でアリエスを見たときに、右目の呪いが発動して光景を見た。
今回はその時とは違い蹲ったが。
「いや、それは驚いたからなんだ。
つい最近まで見ることなかったから油断してたというか、もう見ないと思ってたからというか……」
実際、サルマンの館でアリエスの死の光景を見たときと痛みの程度はそこまで変わらなかったように思える。
ただ、前回よりも少し期間が空いていたためなのだ。
「本当……ですか……?」
しかしアリエスは今にも泣きそうな顔でレオに尋ねてくる。
もしもここで本当は痛いなんて冗談を言い出した暁には、ずっと祝福をかけつづけてしまうことだろう。
レオは力強くコクコクと頷いた。
「そう……ですか……」
はぁ、と深く安堵の息を吐き、彼女は肩を下ろした。
つい先ほどまでレオの緊急事態だと思っていたために、緊張していた糸がようやく解けたような、そんな感じだ。
そんなアリエスに対し、内心でレオが必死に謝っていると、部屋にコンコンというノックの音が響いた。
鈍い音を立てて扉が開き、伺うような動作で宿主であるシェラが現れる。
「大丈夫ですか? なにやら鬼気迫る勢いで部屋に入っていきましたが……」
この宿に入るときに、当然受付に立っていたシェラにも二人は目撃されている。
余裕のなかった二人はシェラの方を見ていなかったが、シェラの方はそんな二人をしっかりと見ていたようだ。
あまりにも様子のおかしい二人に、心配して部屋を覗いてくれたのだろう。
「もしも何か必要ならば持ってきますが……」
「お騒がせしてすみません、ちょっと勘違いをしていまして……大丈夫です」
アリエスの言葉にシェラはほっと息を吐き、胸を撫で下ろした。
「……そうでしたか。ところで、なにか聖女については分かりましたか?」
ついでに世間話でもと思ったのだろう、シェラが今日のことについて聞いてくる。
「路地裏で聖女の情報を探したが、見つからなかった」
「路地裏の聖女、ですね。私もここ最近は全く噂を聞いていないので、なかなか難しいと思います」
レオの方を向いて、シェラは答える。
リベラのように目を見てくれるわけではないが、彼女もまたレオと会話をしてくれる数少ない人物の一人だ。
(そう考えると、この街にはきちんと話をしてくれる人が2人も居るのか)
ハマルや王都ではあまり見なかった人物が二人も居るということにしみじみとして、レオは続けて発言した。
「そういえば、西の端の孤児院にも行ったよ。リベラさんというシスターに会った」
「…………」
反応が無いのでチラリと様子を伺ってみると、シェラは目を見開いていた。
「そ、そうですか。良い方だと伺っていますよ。孤児院のリベラさん」
「そうなのか?」
「はい……元気そうでしたか?」
「ああ、元気そうではあったよ」
少しシェラの反応が気になったものの、ひょっとしたらリベラはこの街でも有名なのかもしれないと思った。
どうせならばと思い、彼女にリベラのことを聞いてみることにした。
「リベラさんはどんな人なんだ?」
「彼女はこの街の生まれですが、幼い頃に両親を亡くしまして、その後に孤児院に引き取られました。
今はその孤児院でシスターとして働いていると聞きます。
とても親切で優しい方だともっぱらの評判ですよ」
「そうなのか」
どうやらリベラはこの街でかなり有名人のようだ。
納得したところで、ふと全く話に参加しない白銀の少女の事を思い出し、彼女の方を見たのだが。
「…………」
ものすごく不貞腐れたような表情をしたアリエスが居た。
いかにも不機嫌ですという雰囲気を醸し出している。
(……え?)
なぜ彼女がこんなに不機嫌なのか分からず、レオは困惑する。
ひょっとしたら何かしてしまったのだろうか。先ほどまでは心配してくれていたのだが。
「あまり他人の事を詳しく言うのは良くないので、リベラさんに関しては、あとは本人に聞いてくださいね。
それでは、もう夜も遅いのでおやすみなさい」
ちょうどよい時間帯だからなのか、それとも白銀の少女の圧を感じ取ったのかは定かではないが、シェラはお辞儀をすると部屋を後にした。
パタン、という音が部屋に響いた。
残ったのは不機嫌な白銀の少女と、小さく縮こまっているように見える最強の勇者だった。
「えっと……その……」
何といえばよいのか分からず逡巡するレオに対し、アリエスは目じりを下げて息を吐いた。
そのままレオの向かいのベッドに腰かけ、まっすぐに見つめ返してくる。
しかしもう不機嫌な様子はどこにもなかった。
「まあいいです。それよりレオ様、呪いの光景について教えてください。
見たんですよね、リベラさんの亡くなるところを」
「ああ」
レオは頷き、右目が見せた光景を話し始める。
「といっても、そこまで複雑じゃないよ。リベラさんがベッドで横になって、静かにという感じだ」
「リベラさんは、先ほど見たリベラさんのままでしたか?」
「そうだと思う」
少なくとも年老いているようには見えなかったという意味で返事をすると、アリエスは考え始めた。
いつもの、右手で拳をつくり、人差し指の付け根付近を唇に当てる姿勢だ。
「老衰でないし、ベッドで亡くなったことを考えると病気でしょうか?」
「怪我をしている様子はなかったし、見えた光景はそれだけだったよ。
多分そうだと思う」
アリエスの言う通り、病気でリベラが亡くなるという線が一番濃厚だ。
「……なんだか、普通ではありませんか?
そんな死因ならば、ありふれていてどんな人にでもレオ様の目が反応しそうなものですが」
「……確かに」
「それに、わたしは今までレオ様の右目の見せる光景が、レオ様自身でなんとかできるものだと思っていました。
レオ様だからこそ、あの魔物からわたしを救ってくれたのだと……けれど、リベラさんが病死ならば、レオ様が救うことはできません。
わ、わたしもレオ様の一部として考えるなら、話は別ですが」
どこか赤くなった顔で告げるアリエスに対し、レオは納得して頷く。
アリエスのとき、呪いが見せた光景は魔物に殺される彼女だった。
だからこそ魔物を咄嗟に倒せたのだが、今回は少し事情が異なってくる。
レオは他者に対して壊す、壊されるというイメージしか持てないため、癒す祝福を使うことができない。
そのため、レオが病死するリベラを救うことは不可能だ。
むしろそれが出来るのはアリエスということになる。
自分が受けた呪いのことながら理解不能な状況に、頭を抱えそうになった時。
「レオ様、一つだけ質問しても良いでしょうか?」
アリエスが不意に尋ねてきた。
しっかりと頷くと、アリエスは右手を下ろしてずいっと前のめりになる。
「レオ様の目的は呪いを解除すること、というのは理解しています。
ですが呪いが見せる光景も何とかしたいと思っている……合っていますか?」
「……そうだね。呪いは解きたいけど、同時に何度も見ている人を助けたいとも思うよ」
これまで救ってきた目に見えない人とは全く違う、目に見える人を救うということ。
それが難しいことであるのはアリエスの件でよく分かっているけれど、レオはそれを諦めたくなかった。
アリエスは大きく頷き、花のような笑みを浮かべる。
「レオ様ならそう言うと思っていました。それに従います。
なら、この旅の目的はレオ様の呪いを治すことと、呪いが見せる死の運命を回避すること、ですね」
レオとアリエス。主人と奴隷という関係でありながら、二人の心は同じだった。
「それなら、明日はお昼くらいに今日行った孤児院に行ってみましょう。
リベラさんと話をすれば、呪いが見せた光景について何か分かるかもしれません。
流石に何も言わずにわたしの祝福を使用するのはバレてしまうので出来ませんが、もしもリベラさんが重い病気にかかっているとの事でしたら、力を使うのもやむなしです」
「ああ、そうしよう。呪いを治す聖女や路地裏の聖女の事は気になるけど、今はリベラさんの死の運命を変えることが大切だ」
二人して頷き合い、明日の目標を共有するのと、シェラによって夕食の合図のノックの音が響くのは同時だった。




