第25話 レオ以外の勇者
このカマリの街にも、冒険者組合は当然ある。
冒険者は新しい街に移動したときに、組合に顔を出して街に在籍することを告げなくてはならない。
また移動する前には出立する街の冒険者組合にも顔を出すのが基本らしい。
そうすることで、別の街から名指しの依頼が来た時などに、該当する冒険者とその街の組合が連絡を取ることができるからだとか。
そんなことをアリエスから聞いたレオは、路銀のために依頼を受けることも含めて冒険者組合を訪れていた。
「…………」
「……この視線も、慣れたものですね」
組合のロビーは、レオの登場によって静まり返り、全員が忌避の視線を向けていた。
恐れながらも怖いもの見たさという、受ける側からすればストレスを感じるものを二人は受けている。
しかしレオもアリエスも涼しい顔で、気にしている様子はない。
二人はまっすぐに受付に向かって足を踏み出した。
(ん?)
誰もがレオ達から目線を逸らしているが、その中で一人の女性がレオの視界の隅に入った。
熱心に依頼書の張りだされた掲示板を見ている赤い髪の女性だ。
おっとりとした雰囲気ながら、真剣な様子でじっくりと掲示物を眺めている。
(……何かを、探している?)
なぜか彼女のことが少し気になったが、後ろ姿しか見えない。
流石に声をかけるわけにもいかないので、レオは視線を逸らした。
そのまま歩き、目を合わせようとしない受付嬢に冒険者証を提示した。
「は、はい。レオ様ですね……確認しました……い、依頼はどうしますか?」
「なるべく近場で出来る、討伐依頼をお願いします」
「え……」
目は合わせないものの、受付嬢はレオに尋ねたはずだった。
しかし返答が返ってきたのはその隣に立つ少女から。
受付嬢はどうすればよいのか分からなくなり、視線を左右に動かしていた。
「構わない、頼む」
「は、はい!」
レオの言葉に受付嬢は頷き、引き出しの書類に指を通し始める。
少し待つと、一枚の書類が受付に置かれた。
レオは紙を読むと、アリエスを見た。
同じく紙に目を通していた彼女はレオを見上げてこくりと頷いてくれた。
「これにする」
「は、はい! お願いします!」
受付嬢の言葉を聞いて、レオは紙を受け取る。
なぜか依頼を受けたいアリエスの思惑は分からないが、この組合を出た後で聞けばいいことだ。
彼女が依頼を受けるというなら、レオにとって断る必要はない。
「すみません、一本角の魔獣の件ですが……」
用事が終わり、踵を返して冒険者組合の出口に向かおうとしたときに、隣の受付に一人の女性が立っていた。
振り返る途中でチラリと見てみると、先ほど掲示板を熱心に見ていた赤髪の女性のようだった。
とはいえ自分には関係ないと思い、レオはアリエスを引きつれて歩き出す。
「今日も目撃情報はありませんね」
「……そうですか」
レオに対応した受付嬢とは別の受付嬢と赤髪の女性の会話が耳に入る。
それを余韻のように耳に残しながら、レオは出口に向かい、扉を開く。
外の太陽の光にわずかに目を細めたときには、赤髪の女性のことなど頭から消え去っていた。
冒険者組合を出て、出口から少しはずれた他の通行人の邪魔にならないところで立ち止まる。
アリエスはレオに言われるまでもなく、先ほどの説明を始めた。
「聖女についてはもう少し調べる必要がありそうですね。
依頼をこなしつつ、時間を見て街の人に話を聞いてみるなどするのがいいかもしれません。
そういった意味で、近場で出来る依頼をお願いしたのですが、よろしかったでしょうか?」
「なるほど、そういう意図だったのか。ありがとう、助かるよ」
隣で立ち止まり、少し心配そうな目で見てくるアリエスに対し、レオは答える。
今更アリエスに対して文句を言うなんてことはしない。
逆に色々と考えてくれている彼女には感謝しかないくらいだ。
「良かったです。では、順番が逆になってしまいましたが、宿を取りに行きましょう。
何泊出来るか分かりませんが……なるべく多く泊まれるように努力はしてみます」
「ああ、ありがとう。本当に助かる」
通りの向こうに宿屋の看板を見つけ、二人はそちらの方向へと歩き出す。
「あ、レオさん!」
「え?」
不意に背後から聞こえた声に振り返る。
レオが振り返ることで、その場にいた全員が反射的に顔を背けた。
けれどレオはそれよりも、自分に走り寄ってくる影から目を離せなかった。
伸びた黒髪を風に揺らす、一人の少年。
前髪は伸びきって両眼を見ることは叶わないが、その視線がレオから外されていることは間違いなかった。
その背後からは同じく黒髪の少女が駆けてくる。
こちらは前髪をしっかりと整えているものの、少年をしっかりと見て、レオのことは視界にすら入れていない。
「……カイル?」
見覚えのある姿にレオは思わず呟く。
その言葉が届いたのか、少年は嬉しそうな顔をした。
彼はやがてレオの前まで駆けつける。
それから少し遅れて少女も追いついた。
「レオさん! お久しぶりです! レオさんが急に居なくなって、驚いたんですよ!」
感極まった様子で話し始めるカイル。その様子からはレオに対する憧れや尊敬の念が見て取れた。
ふと、背後に回りこんだアリエスに気づく。
どうやらレオの知り合いということで、少し距離を置いてくれたらしく、首を傾げて不思議そうにカイルを見ている。
「……どなたですか?」
「俺の勇者仲間で、カイル。隣はヘレナ。
カイル、ヘレナ、こっちはアリエス」
「よろしくお願いします!」
レオの説明に、アリエスは納得したように二人を見た。
カイルと呼ばれた少年はひざ下ほどまである、切れ目の入った黒をモチーフにしたコートを身に纏っている。
その下は黒のシャツと黒の長ズボンのようで、傭兵のような出で立ちだった。
戦闘時に動きやすい服装のようにも見受けられるが、武器は携えていない。
彼はレオを慕っているのが態度からよく分かる。
呪いのせいで目線は向けられないが、それでも彼を敬愛しているのは間違いない。
この少年に関してはアリエスの中でも、きっと評価が高いだろう。
「…………」
一方でもう一人のヘレナと呼ばれた少女はレオを視界に入れてすらいない。
顔はどこか不機嫌で、今すぐに会話を辞めてどこかへ去りたいという雰囲気を隠すことさえしていない。
彼女は上半身留められた足首くらいまであるロングコートに身を包み、カイルと同じように黒の長ズボンを身に着けている。
コートで見えないものの、上に身に着けているシャツも女性用であるだけで色は黒だろう。
何も身に着けていないカイルとは対照的に、ヘレナは腰に一振りのナイフを身に着けていた。
真っ黒な衣装に身を包んだ、傭兵のような男女のペア。
それがカイルとヘレナの印象だった。
「呪われたから、話すのもきついか」
「あ、あはは……まあ、正直。
でも色々と大変だったと思いますし、なにか力になれたかもしれないのに……あ、でも僕じゃ助けにはなれないか」
カイルと短いながらも会話を広げるレオ。
自分のことは恐れているけれど、それでも会話を必死に続けてくれるカイルに内心で感謝を述べていた。
カイルは勇者時代の後輩で、よく慕ってくれていた。
もう今は勇者ではないけれど、カイルやヘレナのような後輩勇者に会うのは嬉しいものだ。
カイルも久しぶりにレオと話せてうれしいのか、雰囲気が柔らかい。
けれど、それはレオとカイルだけのようで。
「……勇者の癖に呪われるってどうなんですかね」
ポツリと呟かれた言葉に、その場が凍り付く。
カイルの隣に立つヘレナが、レオに目も向けることなく悪態をついた。
レオもカイルも、何も言えなかった。
「だから今、治そうとしています」
けれど、レオの後ろからアリエスはヘレナにしっかりと告げる。
彼女の顔を見て、まっすぐに。
その視線を感じただろうヘレナはアリエスに目を向けた。
茶色の瞳がアリエスの顔を捉え、その動きが下へと向かう。
首辺りで奴隷の首輪を視界に入れ、彼女は顔を顰めた。
その表情を見たアリエスもまた、剣呑な雰囲気を出す。
「……レ、レオさんは呪いを解くためにカマリに来たんですよね? 目的はやっぱり呪いを癒す聖女ですか?」
「ああ……でも居るかどうかも分からなくてな」
アリエスとヘレナ、二人の一触即発な雰囲気に耐え切れなくなったカイルが話題を逸らす。
彼も呪いを癒す聖女のことは知っているようだ。
正直、レオもどうしようとか思っていたところなので助かった。
表には出さないが、内心で胸を撫で下ろしたくらいだ。
「もういいでしょ、カイル」
「え、で、でも……」
「もう勇者でもない人に、そんなに関わる必要もないわ」
ヘレナがカイルの手を取り、彼をレオから引き離そうとする。
あんまりな物言いに、背後に立つ白銀の少女の怒気が膨れ上がるのをレオは感じた。
「……今までお世話になった人に、その態度ってどうなんですか?」
「部外者は黙っててくれるかしら? ……奴隷風情に何か言われる筋合いはないわ」
「…………」
またしてもにらみ合う二人の少女。
彼女たちはお互いに大切なもののために相手と対立している。
ヘレナはカイルのために、アリエスはレオのために。
けれど、それがもう一人いるとは誰も考えられなかったのだろう。
「は?」
刹那、カイルとヘレナを尋常ではない重圧が襲う。
二人は自分達が壊されるという感覚を覚えただろう。だってレオが、そうさせたのだから。
圧倒的強者の放つ威圧感に、二人の勇者は目を見開き、冷や汗をかいている。
それでも、ヘレナはカイルの手を引いた。
「……っ……行きましょ」
流石勇者というべきか、レオの重圧に驚きはしたものの、そこら辺の冒険者のように怯みはしない。
その様子に、レオは重圧を引っ込めた。正気に戻ったと言った方が正しい。
先ほどはアリエスを貶され、無意識で重圧を放ってしまったが、よくよく考えれば別に彼女が危険に晒されたわけではない。
それに考えなしに勇者の力を使うなとハマルの街で言われたばかりだ。
結局、勇者仲間だった2人は立ち止まることなくそのまま歩き去ってしまった。
カイルだけは名残惜しそうにレオの方を向こうとしていたが、すぐにヘレナに何かを言われて向くのを辞めていた。
その光景が、かつて見た二人の関係性と全く同じで、思わず笑みがこぼれた。
レオは外見に表情が出ないので、内面で微笑んだだけだったが。
「相変わらずだな、あの二人も」
そう呟いて、できればもう少しカイルから聖女について話を聞きたかったなと思ったところで、レオは自分の後ろから恐ろしい目でヘレナを見つめるアリエスに気づいた。
そして同時に思い出す。
自分が、アリエスの言いつけを破って勇者の力を開放したことに。
「あ、その……ごめん」
「え……なんでレオ様が謝るんですか?」
後ろ姿のヘレナに対して威嚇のような雰囲気を出していたアリエスは、突然のレオの謝罪に困惑していた。
「いや、アリエスに勇者の力、軽々しく街中で使うなって言われていたのに」
「ああ……でもさっきのは勇者の力ではないですよね? 祝福も、あの凄い剣も使っていませんでしたし」
「そ、そうか」
どうやら怒っていないし、自分が間違えたわけでもなさそうだ。
良かったと思い安堵の息を吐くと、アリエスは「あ、でも」と呟いた。
何かまずいことをしたかと思い、改めて彼女を見ると、ぞっとするほど綺麗な笑みで返された。
「あの勇者たち……特にヘレナという勇者さんには全ての祝福を開放して、すっごい剣も出して威圧して良かったと思います、はい」
「…………」
「あ、もちろん冗談です」
「は、はは……」
――絶対冗談じゃなかっただろ。
レオは、アリエスを絶対に怒らせないと心に決めた。




