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魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~  作者: 紗沙
第2章 呪いを治す聖女

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第24話 新たな街カマリ

 ハマルの街の宿を引き払い、レオとアリエスは馬車に乗ってカマリの街を目指していた。

 廃屋での一件などがあったために宿屋にはほとんど泊まらなかったが、予定よりも早く出るということで宿の店主は今までに見たことがない程晴れやかな笑顔だった。


 それを見たアリエスは若干、不機嫌になっていたが。


 馬車が北西の方向に向かってから、かなりの日数が経っている。

 その間、アリエスは目の前に居るが、基本的に目を瞑っているか眠っているかのどちらかだった。

 ハマルの街では色々なことがあったので、疲れていたのだろう。

 レオも彼女を起こすようなことはせずに、窓の外を警戒していた。


 しかし、今日は体力が回復したのか、アリエスは外をキラキラした目で眺めていた。

 ようやく目で見ることができるようになった光景に、彼女の心が弾んでいるのがよく分かる。


「そういえば、カマリの街はどんなところなんだ?」


 そんな彼女と会話をしたいと思い、レオは丁度良い話題を振る。

 アリエスは輝くような目のまま顔をレオの方に向け、笑顔で語り始めた。


「レオ様は、この大陸の東側には3つの大国があることはご存じですか?」


「いや、知らないな」


 1つが自分の属していた王国であることはなんとなく分かるが、もう2つは聞き覚えがない。

 そのため正直に答えると、レオに教えられるのが嬉しいのかアリエスは得意げな顔をした。


 以前は変身魔法を用いていたために無表情だったが、今では表情の変化が豊かだ。

 もしも獣耳があれば、ピコピコと動いていたに違いない。


「ではご説明しますね。

 まず、わたし達が出会ったデネブラ王国の王国領、そして法国領と帝国領があります。

 今までわたし達が居たハマルは王国領ですが、これから向かう先であるカマリは法国領ですね。

 帝国領はさらに西になります」


「なるほど」


「カマリは法国領ではあるのですが、王国領、帝国領とも近いので移動の要地になっている都市です。

 呪いを治す聖女の話はもちろん、ひょっとしたら他にも何か分かるかもしれません」


「呪いを治す聖女か……」


 呪いを治す聖女という言葉にレオは腕を組んで深く考え込む。

 もし仮に祝福で呪いを癒しているなら、それは目の前の少女と同じことをしている、ということになる。

 けれど、レオには一つ気がかりな点があった。


「……俺は、アリエスのような祝福を持っている人に会ったことがないんだ。

 それに呪いを治せる祝福があるっていうのも初めて聞いた……ひょっとして、そこまで珍しくないのか?」


 レオはアリエスのような祝福を知らない。

 けれどレオが知らないだけで、実はありふれているのかもしれない。

 自分は知らないことが多いからひょっとしたらそうなのかと思い尋ねたのだが、アリエスは首を横に振って否定の意を示した。


「いえ、わたしも聞いたことがありません。

 自分で言うのもなんですが、わたしだけだと思っていました」


「……やっぱり、そうだよな」


 アリエスの言葉にレオは自分の考えが間違いでなかったことに少しだけ安堵した。

 祝福は戦闘に関わることだから、それまで浅い知識だったらどうしようかと思っていたところだ。


「……わたしも一つ気になることがあります。

 呪いを解こうとしているわたし達が旅を始めたタイミングで出てきた呪いを治す聖女……ちょっと話が出来すぎていませんか?」


「……た、確かに」


 告げられた言葉に、レオは息を呑む。その可能性までは考えていなかった。

 ハマルの街で冒険者組合の受付嬢であるサリアから呪いの聖女の話を聞いたときにアリエスが何かを考えていたが、このことだったのかと合点がいった。


「考えすぎの可能性もありますが、一応呪いを癒す聖女さんと接触するときには注意した方がいいかもしれません。

 もちろん、わたしも注意を払いますが」


「……そうだね」


 とはいえいったい何を注意すれば良いのかレオには分からなかった。

 少しの不安と少しの緊張を抱えたまま、レオを乗せた馬車はカマリの街を目指していく。

 目的地は、すぐそこだった。




 ×××




 カマリの街に到着し、借馬車の停留所で馬車から降りて日の光を浴びる。

 窓のから外を確認もしたが、カマリの街は北と西を大河に囲まれた自然豊かな街のようだ。

 ハマルの街以上に自然の空気を感じることができた。


 振り返り、左手を伸ばし、馬車から下りようとするアリエスの右手を握る。

 無意識に行った行為だが、アリエスは「ふふ」と微笑んだ。


「もう目が見えるので大丈夫ですよ……でも、ありがとうございます」


「あ、そうか」


 確かに言われてみれば、アリエスはもう目が見えるのだからサポートは必要ない。

 けれどこれは、彼女の目が見えないということを知らない段階から自然と行っていたことだった。


「考えてみると、あの時からレオ様はわたしの目が見えないことに薄々気づいていたのかもしれませんね」


「いや、気づいていなかったよ……本当に、自然に出たというか……」


 実際には頼れる唯一の光がアリエスだけだったので、彼女を極力支えようと無意識に行ったことなのだが、どこか気恥ずかしくなり、レオは言葉を濁した。


「ところでレオ様、随分手慣れていますが、これまでにも何度か他の人をエスコートしたことが?」


「……え?」


 しかし、当のアリエスからはよく分からない質問をされてしまった。

 どことなく視線が冷たい気がする。

 ちょっとだけ不機嫌になっているような、そんな表情と雰囲気だ。


(えすこーとって何だ?)


 疑問に思ったものの、「いや」とレオはアリエスの問いに対して否定する。


「危なくないように支えたのはアリエスが初めてだよ」


「……そ、そうですか」


 エスコートの意味が分からないものの、アリエスに対して今やっているようなことを他の誰かにした記憶はない。

 そう伝えるとアリエスは馬車から降りて両足を地面につける。


「じゃ、じゃあ行きましょう。呪いを解ける聖女も探さないと」


「え?あ、そうだね」


 何故か会話を切り上げられてしまうものの、レオはアリエスの言葉に賛成する。

 目線を向けてみれば、カマリの街はそれぞれの国の領土の要地というだけあってハマルの街よりも規模が大きいようだった。


 行き交う人の数もハマルの街とは比べ物にならないほどだ。

 その分、レオに向けられる忌避の視線も多いのだが、もう今の彼らはそんな視線など気にはしない。


「お前さん達」


 しかし、ここに来て初めてレオ達は他人から声をかけられた。

 そちらの方向に目を向けると、一人の老人が立っていた。

 しかしレオと目が合いそうになるや否や、恐怖の感情を宿し、目線をすぐに外してしまう。


「う、噂の聖女様に会いに来たんか?」


「はい。詳しいことを教えていただきたいのですが、聖女様とはどこで会えるのでしょうか?」


 アリエスがすぐに老人との会話に入る。

 レオを見るのは厳しそうだが、アリエスなら問題ないと感じたのだろう、老人は彼女と目を合わせ、話し始めた。


「噂を聞いてこの街を訪れてくれたのは嬉しいのだが、残念ながらどこに居るかは分からないんだ。

 多くの人が路地裏の聖女を求めて訪れるのだがね……まったく、誰が広めているのやら」


「居ない……のですか?」


 路地裏の聖女という言葉も気になったが、それ以上に求めていた人物が存在しないことにレオ達はショックを受けていた。

 ご老人はレオをチラリと一瞥し、すぐに視線を外す。


「ああ、確かに貴方のような強い呪いを受けている人にとって、聖女は救いだろう。

 けれど……本当に居るのか、居るとしてもどこに居るのかは分からないんだ。

 彼女に治してもらったという人も居るようなのだが……」


「……かなり曖昧な話ですね」


「言っただろう、噂のようなものだと。

 けれど、もしも余裕があるなら少し探してみるのも良いかもしれない。

 とはいえ、砂漠の中で砂金を見つけるようなものだけれどね」


 そう言って老人は「じゃ、じゃあ」と言って歩き出してしまった。

 本当に偶然ここを通りかかって、自分たちの会話が聞こえたから声をかけただけなのだろう。

 自分の顔を見る前だったから、声をかけてしまったという方が正しいかもしれない。


 それでも、彼がレオ達の言葉を聞いて助けてくれたのは事実だ。

 そのことに、内心で感謝を述べた。


 レオは歩き去っていく老人の背中をじっと見つめ、体内の祝福を起動させる。


「レオ様?どうかしましたか?」


 じっと老人を見ているレオが気になったのだろう、アリエスが様子を伺う。


「いや、やっぱり噂なんだなと思ってね」


「……どういうことですか?」


「あの老人は、まだ呪われたままだからさ」


 レオの視界の先を歩く老人の体を、薄くだが黒い靄が包んでいる。

 呪いを見抜く力が、彼は小さな呪いに蝕まれていると訴えている。

 もしも呪いを解く聖女が居るのなら、彼の呪いだって治っているだろう。


 居るかどうか分からない呪いを治せる聖女。

 そして居たとしても、どこに居るのか分からない。

 どうやら問題はそう簡単には解決しないようだ。


「レオ様は、他人の呪いが見えるのですか?」


「え?あ、ああ、そうだよ。

 呪いの他に祝福も見える……と言っても呪いは黒い靄で、祝福は金の光で見えるから、どんな呪いや祝福かは分からないけど。

 ちなみにアリエスの祝福だけは他のとは違って白い光なんだ」


「そうなのですか? 特別ということでしょうか? ちょっと嬉しいです」


 この祝福を見抜く力で、敵がどのくらい強いのかを予測できたので戦闘では有用だった。

 とはいえ、分かるのは呪いを受けているか、祝福を与えられているか、そしてそれがどのくらい大きいかということだけだ。


 アリエスだけが別の色で見えるということもあわせて伝えると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 なぜアリエスの祝福だけが白く見えるのかはレオにも分からないが、彼女が喜んでいるなら、それでいいだろう。


 けれど彼女と初めて出会ったとき、祝福はなにも映し出さなかったことを思い出し、レオは説明にさらに補足をする。


「それに変身魔法を使われると分からなくなるみたいで、アリエスが呪われているのは気づかなかったよ。

 まあ、アリエスの変身魔法の熟練度が高すぎたからだと思うけど」


「……わたしの変身魔法って、凄いんですか?」


 アリエスはレオの説明を聞いて目を見開いている。

 以前から思っていたことだが、この銀髪の少女は自分の事を過小評価している傾向がある。

 自分の事を棚に上げてそんなことを思いながら、レオは答えた。


「これまでほぼ毎日変身魔法を使っていたからだと思うけど、相当高いよ」


「そうなんですね……まあ、もう使うこともほとんどないと思いますが」


「それに、多分一度仕組みが分かったから、もう一度使われても今度は見抜けると思う」


「……え?」


 嘘でしょ?といった表情でレオを見上げるアリエス。

 しかしレオとしては事実なので、首を傾げるしかない。

 ややあって、アリエスは観念したように息を吐いた。


「レオ様って……本当にお強いんですね」


「えっと……ありがとう? ……とりあえず宿屋にでも行こうか」


「あ、冒険者組合が近くにあるらしいですね。そっちに先に行きましょうか」


 近くに冒険者組合の建物を見つけたアリエスが声を上げる。

 レオは頷いて、そちらに向けて足を踏み出した。


 その後ろを、アリエスがついてきてすぐに横に並ぶ。

 そんな彼女の顔は、どこか誇らしげであった。


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