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魔王討伐の勇者は国を追い出され、行く当てもない旅に出る ~最強最悪の呪いで全てを奪われた勇者が、大切なものを見つけて呪いを解くまで~  作者: 紗沙
第4章 魔王の影を払う少女

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第100話 アリエス、彼女をライバル認定

 火に包まれたアルティスは、突然発生した大雨により全ての火が沈下された。

 それと同時に街を襲撃していた全ての魔物は消失し、夜中の災害が嘘のように穏やかな早朝を迎えていた。

 降り注いだ雨は恵みの雨と呼ばれ、街の人たちは怪我人や倒壊した建物の対処に当たっている者がほとんどだ。


 だが恐ろしい厄災が終わったことを全員が理解しているのか、人々は疲れた顔をしながらも、どこか安心しきった顔をしていた。

 時間というのは恐ろしいもので、もう彼らの中では夜中の災害は過去のものとなり始めている。


 しかし、その災害がまだ終わっていない者達もいる。

 心の問題ではなく、実際に彼らの中で災害はまだ終わっていない。

 そんなレオ達はアルティスの街のバランの宿の用意された個室に集まっていた。


「そうか……エリシアが……」


 アリエスから今回の騒動の大まかな結末と、エリシアの今の状況を聞いたバランは深くため息を吐いた。

 エリシアの中に棲みついていたアトという邪悪な呪い。

 そしてそれがまだ上空に封じられていることを聞いたバランは頭を押さえる。


「このことは街の人には黙っておいてもらいたい」


「賛成だな。余計な情報で民衆を不安がらせる必要はない」


 バランの言葉に同調したのは、意外な人物だった。

 この部屋に集まったのはレオ達やバランだけではない。

 アルティスを守護する命を王国から受けているヴァンとスピカもまた、部屋に居た。


 ヴァンはちらりとレオを見て、鼻で笑う。


「結果はともかくとしてだ、てめぇなんで元凶を殺さなかった?

 そのエリシアとかいう女を殺せば全部解決だろうが」


「…………」


 ヴァンの言うことは的を射ている。

 世界を守護する役割を担う勇者である彼にとって、アルティスという多とエリシアという一のどちらを取るかなど明らかだからだ。

 それをよく分かっているからこそ、彼を刺激しないためにレオは黙っているしかなかった。


 けれど、結果は同じ。


「答えねえつもりか? 魔王から呪いを受けて腑抜けたのかてめえ!」


「…………」


 怒りで立ち上がろうとする隣の席のアリエスを制止し、レオはヴァンからの罵声を甘んじて受ける。

 やがてどれだけ罵倒してもレオに反応がないことで呆れかえったヴァンは大きな舌打ちをした。


「何のためにてめぇに任せたと思ってる……てめぇが出来ないなら、俺がやる」


「それはダメだ」


 ヴァンの実力を考慮しても、今のアトを壊すには十分すぎる。

 だが、それでは困るのだ。彼にエリシアを壊されては意味がない。

 しかし世界の守護者たるヴァンはレオの言葉に反応し、青筋を浮かべた。


「理想ばっかり語るんじゃねえ! 女は呪いと完全に融合しているんだろ!?

 なら殺すしかねえだろうが!」


「それでも……ダメだ」


「てめぇ……」


 レオを睨みつけていたヴァンは堪忍袋が切れたのか、窓に視線を向けた。

 何故かこの場に居るもう一人の勇者に向けて、彼は声を荒げる。


「シェイミ! 今すぐその女を下ろせ! 俺が殺す!」


 耳に届いた怒号で、窓から空をぼーっと見ていたシェイミは体ごと振り返った。

 無機質な瞳が、ヴァンを捉えている。


「ダメだ!」


 レオは思わず叫んだ。

 どういった思惑か知らないが、せっかくシェイミが時間を稼いでくれたのだ。

 エリシアを救うのではなく壊すという手段をどうしてもレオは受け入れられない。


「……あの子は殺さない」


 最初、レオはその言葉が自分の願望が見せた幻聴だと思った。

 しかし顔を上げてみれば、シェイミはいつもの無表情でヴァンを見ていて、そんな彼は返答で怒りに震えている。


(シェイミが……断った?)


 それは今までレオが見たこともない光景だった。

 普段から彼女は他者に興味が無く、それゆえに頼まれたことは概ね受け入れていた。

 それは彼女が親切とかそういうことではなく、ただ機械に対して依頼したことをこなされているような感覚だった。


 けれど、先ほどのシェイミの言葉にはしっかりと彼女の意志がある。

 何故かはわからないけれど、エリシアを殺させないというレオと同じ意志が。


「お前まで何言ってやがる! 考えるまでもないだろ!

 その女を殺せばすべて片がつく。なら、殺して終わりだ! 下ろせ!」


 しかしそうなればヴァンとしてもさらに怒りを感じるに決まっている。

 間違いなく合っているのは自分なのに、レオとシェイミに否定される彼の怒りは正当なものだ。


「やれシェイミ。しないのなら、王国に報告するぞ」


 その最終警告を聞いてレオはまずい、とは感じた。

 シェイミはレオとは違って王国に所属する勇者だ。

 命令違反をした勇者がどういった処罰を受けるのかは分からないが、彼女にとって良くない事なのは確かだ。


 助けてくれた彼女に自分たちのせいで不利益を被らせるわけにはいかないと思ったのだが。


「…………」


 当のシェイミは何も言うことなく無言で歩き出した。

 沈黙が落ちた部屋に、彼女の靴音だけがなぜか大きく響いた。


 彼女はゆっくりとヴァンとの距離を詰め、肉薄するほどの距離まで接近して彼を見上げる。

 身長が2m近い大柄なヴァンと、小柄な体型のシェイミ。

 しかしその距離にあって、シェイミは凶暴な表情をしたヴァンをいつもの無表情で見上げている。


「下ろさない」


「…………」


「下ろさない」


「……っ」


 二度、同じ言葉を発したことで、レオはシェイミが警告をしていると感じた。

 もしもこれ以上口出しをすれば、彼女はヴァンを壊すだろう。

 正しいことを言っているのはヴァンだが、彼とシェイミの間には隔絶するほどの実力差がある。


 それをヴァンも感じたのか、彼は忌々しげに奥歯をギリッと噛みしめた。


「勝手にしろ。だが、二度とこの街に夜中のような災害を起こすなよ」


 そう吐き捨て、ヴァンは部屋を後にする。

 後を慌てて追いかけるスピカを見ながら、レオは内心で彼に謝罪した。

 ヴァンの言うことは正しいし、怒る理由も道理が通っている。


 今回のエリシアの一件は、自分たちの身勝手にすぎないことはレオ自身が一番よく分かっている。

 でも、エリシアに関して譲ることはできない。


「……良かったのか?」


 ぼーっとヴァンが出て行った扉を見つめるシェイミに声を掛ければ、彼女はレオの方を向き、再び歩き出した。

 先ほどのヴァンと同じくらい肉薄するほどの距離に近づいた彼女は、同じように無機質な瞳をレオに向ける。

 その瞳を見返して、思わずレオは再度尋ねた。


「ヴァンの命令を無視して、本当に良かったのか?」


 勇者としての実力はシェイミの方が上だが、このアルティスという街で考えれば役職的にはヴァンの方が上になる。

 そんな彼に方針について筋の通ってない逆らい方をすれば、言われたとおりに王国で報告されて処罰されてもおかしくない。

 それでもエリシアを下ろさないと決めてくれた彼女が何を考えているのかを探るための質問だったのだが。


「あなたがやめろと言った」


 返ってきた言葉に、レオは困惑するしかなかった。

 確かに自分は彼女にエリシアを殺すなと頼んだ。

 なのにそれだけで、あのシェイミがやめる?


 意味が分からない状況に混乱し始めた時。


「……近くないですか?」


 アリエスの恐ろしく低い声が、部屋に響き渡った。

 なぜか分からないが背筋が冷たくなる感触を覚えたのと同時、シェイミが素早く首をアリエスへと向ける。

 急なシェイミの行動にアリエスはビクッと反応したものの、まっすぐに視線を返した。


 交差するシェイミとアリエスの視線。

 しばらくしてシェイミはレオの元を離れ、アリエスの元に動き出す。

 彼女からは殺気や敵意のようなものは感じない。


 先ほどと同じように、肉薄するくらいの距離まで近づいたシェイミ。

 ほぼ背丈が同じであるアリエスとシェイミが触れ合えるほど接近している様子を見て、リベラは緊張した様子で二人を見ていた。

 じっと見つめ合う二人だが、やがて堪えきれなくなったのかアリエスが言葉を発した。


「レ、レオ様と近すぎます! そ、そんなに近づかなくてもいいじゃないですか!」


 やや大きな声で、アリエスははっきりとそう告げた。

 彼女が言うことは正しいし、レオとしてもあそこまで近づかなくてもいいとは思っていたのだが。


「そうしないと、聞き取れない」


「……はい?」


 シェイミの答えにアリエスは間抜けな返事をした。

 それはレオとしても、同じ気持ちだった。


「自分は耳が悪い。だから、近づかないと聞こえない」


 リベラに勢いよく見られたレオは首をはっきりと横に振る。

 勇者時代からシェイミとは知り合いではあるが、彼女の耳が悪いなど聞いたことがなかった。

 おそらくヴァンやカイルといった他の候補生達だって知らない筈だ。


 不意にレオは思い出した。

 レーヴァティで、シェイミが戦闘を辞めたのは自分が「退け」と叫んだときだ。

 昨夜エリシアを壊すのではなく封じてくれたとき、自分は「やめろ」と叫んだ。

 そして今ヴァンの言葉に対して、シェイミは「下ろさない」と答えた。

 王国に対する報告などは聞こえていないから、そのひとつ前の大きな声に答えたのではないだろうか。


「……だから、あんな至近距離で他の勇者と向かい合っていたのか」


 過去の光景を思い出し、レオは無意識に呟く。

 以前、シェイミが勇者候補生と今のアリエスくらいの距離感に居たことがあった。

 その時勇者候補生は近すぎるシェイミの距離に震えあがっていたので、格の違いを思い知らさせているのかと思っていたのだが、どうやら違うらしい。


 シェイミはピクリと反応し、レオの元に戻ってくる。

 先ほどと同じ、かなりの至近距離。


(いや、さっきより、というかアリエスの時より近くないか?)


「……いや、だからあんな至近距離で前に他の勇者候補生と向かい合っていたのかって」


 不思議に思ったものの、もう一度告げれば今度ははっきりと聞き取れたのかシェイミはこくりと頷いた。

 そしてさらに近づき、口を開く。


「……そう。だからこの距離であなたと話す」


 少しでも動けばぶつかるくらいの距離に居るシェイミ。

 いや、さっきもう少しだけ遠かったじゃないか、と言うよりも早く、アリエスの大きな声が響いた。


「レオ様! この人に聴覚を強化する祝福を使ってください! 早く!」


「あ、ああ」


 今にも、いや既に不機嫌なアリエスをこれ以上刺激しないために、レオの体は勝手に動き、素早くシェイミに祝福をかけた。

 金の光がシェイミを包むと同時にズカズカと足早に駆けてきたアリエスが彼女をレオから引き離す。


「これで聞こえます! 近づかなくて問題ありません!」


「…………」


 無言だが、シェイミにしては珍しく驚いている雰囲気が伝わってきた。

 初めて他者の声がよく聞こえるという状況に、もし彼女が表情豊かならば目を見開いていただろうとレオは思った。


 やがて、シェイミはレオをチラリと見た後にアリエスを見た。


「……な、なんですか」


「……名前は?」


「え? あ、アリエスです」


「…………」


「…………」


 名前を聞くだけ聞いて、二人は黙った。

 しかし視線はしっかりと絡み合っていて、彼女達にしか分からない意思疎通が行われていることは間違いなかった。


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