新しい物語③
「っ?」
出所はテレビからだった。ずっと流れていたニュース番組が映像を切り替えたようだ。
画面の真ん中には長机の上に四つのスタンドマイクが設置さている。記者会見を開くのか、画面の下には沢山のカメラを構えた記者達が主役の登場を待ち侘びていた。
姿を現したのはすぐ、数分後の事だった。舞台袖から出てきた4人の男たちを沢山のフラッシュに出迎えた。
「あれ?」
和総はその4人に見覚えがあった。和総だけじゃない。この国に住んでいたら誰しも一度は見た事がある人達だ。
「………」
和総はチラッと、麗華の横顔を見やり、すぐに視線を戻した。
会見はテレビから見て一番左にいる男から始まった。
『本日は我々【四御家】の会見にお集まりいただき、ありがとうございます。この場は戸沢家当主、戸沢成久が代表で話をさせていただきます』
カシャカシャカシャッ!とカメラが戸沢家当主に集中した。目が開けられないくらいの光量を浴びせられても彼は目を閉ざすことなく、真っ直ぐ、カメラのレンズから目を離さなかった。他の3人も同様だった。
決して、写りを良くしようとしているわけではない。ただ真摯に、使命を全うしようと覚悟する男の顔だ。それだけ【四御家】は責任ある立場にある。
【四御家】とは国王の次に権力を持つ四つの家を指す。 日本が王国になってから代々国王と共に国の行く末を決め、その度に【四御家】の当主達が説明の場を設けたという。
だから、国民の間ではこう囁かれている。
【四御家】が姿を現す時、歴史が動くもしくは動いた後であると。
フラッシュが落ち着くのを待ってから戸沢家の当主は口を開いた。
『今回お伝えしたいことは軍に関してです。まずはこちらをご覧ください』
そう言うと、自身の背後の映像を注目させた。
映し出されたのは長方形の『世界地図』だった。島国である日本を中心に描かれた世界の全体図は学校の教科書にも載っているごくありふれたものだ。特段珍しいものではない。
しかし、それは"王国民"ならばの話だ。
王国になる前の日本人がその地図を見たら全員が首を傾げることだろう。日本に対してではない。それ以外の島や大陸に対してだ。
それらを見た瞬間、彼らは口を揃えてこう言うはずだ。
"そこ"は一体どこなのだ、と。
『我が国がこの世界に迷い込んで100年』
戸沢家の当主が告げたのが真相だった。世に『国家転移』と呼ばれる歴史的大事件だ。
今いるここは【地球】ではない。今から100年前、俗に『異世界』と言われる場所に日本は飛ばされてしまったのだ。
なぜ転移したのか、どうやって転移したのか、多くが謎に包まれている。
何か意味があるのか、それとも単なる事故なのか、何もかもわかっていない。
ただ、ハッキリしていることがあるとすれば一つ。
『国家転移』はこの国に決して幸福をもたらすことは無い、ということだ。
この世界はあまりにも平和からかけ離れている。
『各地で紛争が繰り広げられているこの世界で、我々は今日まで平和を保ってきました。これも先人の、ひいては皆様が尽力してくれたおかげです。しかし、最近の調査で紛争の範囲が拡大しつつあることが分かりました。こちらをご覧ください』
前置きをしてから背後の映像に注目させた。誰かが操作したのか、世界地図に赤、青、黄の3色が追加されていた。配色は平等ではなく、赤が約7割、黄が約3割、その2色の隙間を埋めるように塗られていたのが青だ。島国である日本も青で塗られている。
『この3色は現在の紛争状況を示しています。赤は紛争が続いている地域、黄色は休戦中の地域、青は争いが無い地域となっています。例年は多くても半分くらいしか埋まらない赤ですが、たった一ヶ月で急速な拡大してしていると報告がありました』
モニターを二分割し、世界地図をもう一つ増やすと比較は容易だった。素人でも赤の侵食具合がはっきりと見てとれる。
『『『『『………』』』』』
記者達に緊張が走ったのが画面越しに伝わってきた。こんなものを見せられてしまえば他人事ではいられない。この世界の情勢をこまめに調べている者程、事の深刻さが理解してしまう。
しかし、事態はその者達の想像すらも超えていた。
『この不自然な拡大には多くの国の侵攻が端を発しています』
戸沢家当主の話は続く。
あくまでも冷静に、聞いている者を安心させるように、それが告げられた。
『その中に我が国への侵略を企てている国があることが判明しました』
『『『『『っ!!!』』』』』
その事実は会場を騒然とさせるのに十分だった。まだ終わっていないのに、会見そっちのけで近くの人と議論を始めてしまう者が続出する。分からない事は質問すればいいのに、混乱のあまり頭から抜け落ちてしまったようだ。
だけど、彼らを責めることは出来ない。そうなってしまうのも仕方ない。
こんなの、100年も保ってきた平和がいきなり終わりますと言っているようなものだ。テレビで見ている視聴者も同じ反応しているに違いない。
司会者が「静粛にお願いいたします!」と必死に注意を呼びかけても声は届かない。このまま会見は終わってしまうかと思われた。
が、そうはならなかった。
『根拠といたしましては』
『『『『『…………っ』』』』』
ピタリ、と場が静まり返った。
特に大きな声を出しているわけではない。なのに、不思議な力が働いたかのように、たった一言で全員が戸沢家当主へ耳を傾けていた。
戸沢家当主は何事もなかったかのように続けた。
『侵攻を受けている国の半数が日本王国と同盟を結んでいる国々であると調査隊から報告が上がりました。しかも、これ重大な取引をしている国ばかりが狙われている』
戸沢家当主の声は、静まる会見の場によく通った。
話しだす者達はもういない。
『この外堀を埋めるような攻め方を偶然と片付けるには危険すぎると判断しました。今はまだ、どの国も水際で抑えられているみたいですが、いつまでもつかは分かりません。状況次第ではこちらから援軍を送ることも視野に入れなければならないと考えています。そのための軍備費を皆様の血税から使うことになりますが、どうかご理解下さい』
戸沢家当主が言うのを合図に、【四御家】は立ち上がり深々と腰を折った。
カメラマンは金縛りが解けたように肩を跳ねさせると、土砂降りのようなフラッシュを【四御家】へ浴びせた。
彼らはフラッシュが落ち着くまで頭を下げ続けた。