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後始末と勧誘②

「皆が戻ってくるまで座って待ってようか。久しぶりに動いて疲れた………」

 姉さんを達を見送り、疲れをほぐすように体を伸ばすと、隣から麗華が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「ふふ。膝枕しましょうか?」

「……………遠慮しとくよ。外じゃ恥ずかしいし」

 俺が反応に困りながらフェンスに寄りかかると、麗華も笑いを堪えながら服が汚れるのも厭わず隣に腰を下ろした。

「ふう………」

 フェンスに寄りかかるなり、肺の中身を空っぽにする勢いで息を吐いた。

 今日は本当に疲れた。まさか、退院してた次の日に6桁と戦うことになるとは思わなかった。力も使えず体が鈍っていたこともありギリギリの戦いだった。

 とは言っても、かすり傷しかない俺を見れば圧勝だっただろうと突っ込んだかもしれない。そうなった一番の要因は英二の『かまいたち』と俺の『走馬灯』の相性が良かったからに他ならない。一撃一撃が必殺である不可視の斬撃が逆に俺の命を守ったのだ。後は相手が最後まで俺を警戒しているおかげもあった。しびれを切らして無警戒に接近戦に持ち込まれていたら、鈍った体では避けきれなかったかもしれない。初めてあの事件に感謝したくなったものだ。

 だから今回の勝因は偶然が重なったからに他ならない。次にまた同じ戦いをする羽目になったら勝てる保証はどこにもない。今後も維新軍は俺の命を狙ってくるだろうし、早急に『戦士』の力を取り戻さないとならないと痛感した。

 改めて水羅さんに相談したいところだけど、今日の事を知ったらまた怒られるんだろうなあ、とげんなりしていると、横から声がかかった。

「あの。一つ聞いてもいいですか?」

「ん?どうしたの?」

 立ったまま遠慮がちに尋ねられた栞奈ちゃんに俺は首を傾げた。

 事件が終わったというのに、神妙な顔をつけをやめない栞奈ちゃん。やっぱり維新軍について言いたいことがあるのでは、と思ったがそれは見当違いだった。

「どうして、あなたが幻技〈陽炎〉を使えたんですか?」

「かげろう?」

 最初何のことか分からなかったが、すぐに「あっ」と思い出した。

「もしかして、あいつの腕を吹っ飛ばしたやつか?」

「はい、あれはこの国での使用を禁止されているはずです。どこで教わったんですか?」

 栞奈ちゃんは俺の顔を真っすぐ射抜き言及してくる。力強い眼光は答えをくれるまで引き下ががらないという意思を感じた。

 別に秘密というわけではないから教えるのは吝かではない。が、その前に確かめておきたいことがあった。

「一つ、確認させてくれ。栞奈ちゃんは二年半前の暴動の生き残りか?」

 俺は座ったまま問い返すと、栞奈ちゃんは警戒するように目を細めた。

「何で、知っているんですか?」

 今にも食って掛かってきそうな栞奈ちゃんを刺激しないように俺はゆっくりと言葉を紡いだ。

「鎮静化させたのが第零部隊なんだよ。その縁で隆夫師匠に出会って剣術を教わるようになったんだ。体調崩して入院してからは教わっていないんだけど」

「……そうでしたか。隆夫は私の祖父なんです。随分前に師範を引退したので暴動には巻き込まれなかったんですけど、あなたに教えていたんですね………」

 栞奈ちゃんは安心したのか、尻もちをつくように座り込んだ。同じ流派を使う者に敏感に警戒してしまうみたいだ。

 それも仕方のない話だ。何を隠そう、あの暴動の引き起こしたのはスパイとして潜り込んだ維新軍なのだから。

 そのせいもあって、王国軍では『橋口軍刀術』の使用を禁じられている。裏切りの流派という最も不名誉な称号を頂戴したせいで。

「…………………?」

 麗華は何のことか分からず首を傾げている。麗華と出会う前の事件だから知らないのも当然だ。教えてあげたいところだが、傷が癒えていない当事者の前でベラベラと話すわけにはいかない。麗華には申し訳ないが、今は我慢してもらう他ない。

「そうだったのか。ようやくすべてが繋がったよ。王国軍に入ればって言ったのは無神経だったんだな。ゴメン」

 俺は座ったまま頭を下げて謝罪した。もう少し考えてから言うべきだった。数値の測定後に苗字を言いたがらなかった時点で理由を考えるべきだった。

「いえ、こちらも悪い態度をとってすみませんでした」

 栞奈ちゃんも非礼を詫び、互いに頭を下げあったことで、この話は痛み分けという事にした。 

 勿論、俺は下での態度は最初から気にしていない。

「でも、そうか。栞奈ちゃんが師匠の孫だったのか…………」

「?」

「実はさ、今日この病院に来たのは師匠のお見舞いも兼ねてたんだ。俺に優秀な『戦士』を紹介するからってさ」

「優秀な?」

 栞奈ちゃんは首を傾げた。

 誰の事なんだろうと考えている顔だ。俺は苦笑して立ち上がると、栞奈ちゃんに手を差し伸べた。

「栞奈ちゃん」

「はい?」

「俺の部隊に入らないか?」

「え?ええ⁈」

 自分だとは想像していなかったのか、素っ頓狂な声を上げた栞奈ちゃんは差し出す俺の手を半信半疑で眺める。

「お爺ちゃんが言っていた優秀な『戦士』って、私…なんですか?」

「確認していないけど、多分間違ってないと思うよ。違ったとしても説得すれば問題無いだろ」

「本当に大丈夫なんですか?」

 栞奈ちゃんは不安になっているが、俺には間違っていない確信があった。

 以前、稽古の合間に師匠は孫の話をしてくれたことがあったのだ。

 あの暴動以来、何かに取りつかれたように鍛錬をするようになったと。いつか、暴走して身を滅ぼすのではないかと。そうなる前に、可能なら第零部隊に入れてくれないかと言われた。

 それを今日、正式に頼もうとしたのだろう。あそこまでの憎悪を見てしまえば一人にしておくのは不安にもなる。監視してくれる誰かに預けたい気持ちにもなるってものだ。

「これは栞奈ちゃんにとっても悪い話ではないはずだよ」

「何がですか?」

 迷った素振りを見せる栞奈ちゃんに国王軍のメリット伝えた。

「俺達は『国王軍』だ。王国軍のルールを破っても誰も咎めない。俺が〈陽炎〉を使ったのが良い証拠だろ?」

「それじゃあ私も?」

 期待の眼差しを向ける栞奈ちゃんに俺ははっきりと首を縦に振った。

「存分に使っていい。これから維新軍と戦いも増えるだろうから戦力が増えるのはこちらとしても助かるよ。他の仕事も任せる事もあるだろうけど、復讐に関係ないことはなるべくさせないように配慮するよ。どうかな?」

「どうしてそこまでしてくれるんですか?」

 条件が破格過ぎたのか、栞奈ちゃんは困惑していた。復讐に捕らわれている者を手伝おうとする俺が異質に見えているのだろう。

 俺は苦笑をして差し出したままの手を引っ込め、空を見上げた。あの時と同じ、青い空が俺の視界いっぱいに広がっていた。

「気持ちが分かるから。かな」

「気持ちが?」

「俺も、国と戦った動機が復讐だったから」

「…………………………ッ」

 栞奈はギョッと麗華を盗み見た。麗華は俯くだけだった。

「復讐はするものじゃないって言う人もいるけどさ、それでしか晴らせない感情もあると思うんだ。だから君が復讐をしたいなら止めるつもりはない。独断専行は困るけど、しないのなら手伝いを惜しむつもりはないよ」

「入江さん…………」

 栞奈ちゃんは瞳を潤ませた。できるはずの無いと、そう思っていた味方を得た。それがどんな感情を生むのか、俺はよく知っていた。

 知らなくても、頬を流れる雫が全てを教えてくれる。

「だから、俺と一緒に維新軍と戦ってくれないか?橋口、栞奈さん」

 俺はもう一度栞奈ちゃんへ手を差し出した。

「……………………はい」

 栞奈ちゃんはしばし考えた後、俺の手を取り立ち上がった。

 これが彼女にとっての吉となるのか、凶となるかはまだ分からない。

 それは今後、彼女の行動が決めることだ。


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