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守るためなら⑭

「お兄様が、負けた………?」

 絶対の信頼を寄せていた兄の敗北に、妹の満里奈はまだ現実を受け入れられていなかった。

「勝っちゃったわね………」

「もう慣れたと思ったけど、何度も驚かせてくれるよ…………」

 雪江と博士の二人は自分達の隊長がいかに非常識かを再認識していた。『戦士』の力が無いただの人間が6桁の怪物に勝つ。それがいかに規格外か、戦ったことの無い者でも理解してしまう。

「そんな……」

「あの、英二様が………」 

 麗華を拘束する維新軍の部下二人は恐れおののいていた。これが第零部隊隊長である入江和総の実力なのだと。

「あ、あれは……………」

 そんな中、栞奈は別の所で驚愕に襲われていた。その目には和総と血を滴り落としてる刀が映されていた。

(あの技は幻技〈陽炎〉⁈どうしてあの人が使えるの⁈)

 英二の腕を斬ったあの技は栞奈のよく知るものだった。

 腰を狙うと見せかけて刀を振り上げた動作は栞奈が使う幻技と全く同じだった。

 同じ流派を使う者と出会うことは珍しくは無い。しかし、栞奈の修めた技はとある事情で、王国での使う者がほぼいない。道場も、それを教える師範も今や存在していない。使える者がひっそり教えたなら可能だろうがそれが出来る人間を栞奈は一人しか知らない。

 体力の限界で刀を杖のようにして体を支えている和総に、すぐにでも問い詰めたかったが、事件はまだ終わっていない。

「さて、それじゃあ残りの仕事はこちらで請け負いましょうかね」

 劇的な勝利を飾った隊長に代わって副隊長はホルスターから自分の武器を取り出した。

 幸い、満里奈はまだ衝撃から立ち直れていない。この隙に麗華を助け出してしまおうした。

 その時、キュオオ―――――ンという独特な上空からの音で雪江は足を止めた。

「っ!やっと来た……」

 いち早く反応したのは満里奈だった。待ち詫びたばかりに空を見上げる満里奈に倣い、雪江達も顔を上げると、奇怪なものが上空に浮かんでいた。

 肉眼でもはっきり見えるその物体は、黒い球体の浮遊物だった。

「何、あれ。なんであんなものが浮いてるの?」

 栞奈は目を見張った。どういう原理で浮いているのかがまるで分らない。明らかに物理法則を無視している物体に、高校に上がったばかりの知識で説明できるはずも無かった。

「あれは外の…………どうしてこんなところにあるんだ?」

 見たことのある和総は日本にあるはずの無い浮遊物がここにある訳を満里奈に求めた。

「貰いものよ。懇意にしている国からのね。ヘリより機動力があって対物ライフルも通さない頑丈さもあるから重宝しているわ。音が変なのがいただけないけどね」

 満里奈は嬉々として答えると、部下のいるところへ下がり逃げる体勢を整えた。

「そうか。お前らが屋上にいたのはあれで逃げるためだったのか………」

「ええ、どっかの誰かに閉じ込められて計画が狂わせてくれたおかげでね。急で何台も呼ぶことができなかったから部下に内緒で逃げる羽目になったけどね」

 ロビーにいなかった真相を知る和総に満里奈は忌々しく皮肉を漏らした。こちらも真実を知ってるぞと言わんばかりだった。

「だから、下はあんな慌ててたのか、お前らが急にいなくなったから。レオンをあっさり行かせたのも逃げるのを邪魔されたくなかったからだな」

「ここにいる者しか教えてないもの。私達が優先すべきはこのお姫様の身柄よ。大義のために下の部下には尊い犠牲になってもらうわ。ま、大した人数でもないしね」

 簡単に仲間を見捨てようとする満里奈に、和総は不快感を隠さなかった。

「相変わらず嫌な考えだな。維新軍のそういうところ、俺は嫌いだ」

 表情筋を限界まで歪ませる栞奈を代弁するように、和総は吐き捨てた。

「何とでも言いなさい。今回の件ではっきりしたわ。あなたは危険すぎる。力が戻る前に無力化しないと、今後大きな障害になるわ。だから大きな戦力を犠牲にしてでもあなたのお姫様は貰っていくわ」

 動かない英二に一瞬だけ目を向けると満里奈は球体から下ろされた縄梯子を握った。

「次は交渉のテーブルで会いましょう。愚かな王が賢明な決断を下すことを祈っているわ」

「くっ。待て!」

 数総は体に鞭打って立ち上がるが、疲れ切った体では走っても間に合わない。間に合ったとしても『戦士』三人をかい潜って麗華を助け出すことは容易ではない。

「姉さん‼」

 この状況を打破するには同じ『戦士』しかいない。和総は優秀な副官に縋ろうとした。

「いいえ。大丈夫よ」

 ところが、雪江は動こうとはしなかった。全く慌てた様子もなく麗華を連れ去ろうとする維新軍を眺めるだけだった。

「何で!早くしないと麗華が!」

 和総は焦りを募らせると、その後ろから博士がやれやれと両手を広げた。

「一人忘れてやいないかい隊長君?第零部隊にはもう一人隊員がいるだろう?」

「え?」

 和総がその人物の名を上げようとした時だった。

 ドスンッ!と何かが球体に着弾した。

「な……………」

 耳をつんざく爆音で咄嗟に縄から手を放してしまった満里奈は音の出所を見つけて絶句した。

 煙を噴き出す球体が浮遊能力を失い、人気のない空地へと墜落していった。

 満里奈達はそのさまを呆然と眺めるしかなかった。

「なんで、対物ライフルでも貫通できない素材で作られているはずじゃ………」

「自分たちだけが持っているなんて思っていたのかい?あの鉱物なら私達も持っているよ。病院のシャッターが何でできていたかな?」

「………………………ぁ」

 満里奈は思い出した。英二すら斬れないと言わしめたあの頑丈なシャッターの存在を。6桁すら突破できない物質なんて早々あるものではない。

 同じ、もしくは同等の硬度を誇る物質同士を衝突させれば、確かにあのような結果は生み出せるだろう。

「でも、それだけであの装甲を貫くのは」

「それはうちのスナイパーの腕だね。あとは企業秘密かな」

 博士はお茶目に片眼を瞑ると人差し指を唇につけた。

「そんな………」

 満里奈はついに崩れ落ちた。

「これで万策尽きたわね」

 雪江はホルスターから銃を取り出すと、バンバンと麗華を囲む部下たちの肩に間髪入れずに着弾させた。 

 満里奈まで再起不能となったせいで身動きが取れなくなった部下は無抵抗に着弾し、倒れた。

「和総さん‼」

 麗華は解放されるなり走り出し和総へ抱きついた。

「しまっ…………」

 大事な人質を解放されてしまい、取り返そうと立ち上がる満里奈は後ろからの衝撃を貰って地に伏した。

「あなた達はもう詰んだのよ。観念しなさい」

「くっ…………………」

 満里奈は意識を保つことが出来ず、最後に雪江を睨みつけながら目を閉ざした。

 これで正真正銘、事件は終わった。

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