守るためなら⑬
「「「「「「………………………………」」」」」
屋上にいる全ての者がその瞬間を同じ表情で目に焼き付けた。
どんな表情なのかなど、語る必要は無かった。
宙に舞っているのは、刀を握った着流しの腕だった。
「なっ…………かっ、ぐっ…………………」
誰もが動けずにいる中、失った右腕から蛇口をひねったかのように溢れる血を左手で押さえながら英二は膝をついた。
「いくらお前でもそれじゃ戦えないだろ。決闘は俺の勝ちでいいよな」
和総は地に落ちる刀を蹴っ飛ばすと立てない英二を見下ろした。
英二は離れたところで転がる自分の腕へ信じられないような目をしてしまう。
「どう、して腕が…………。全身を………硬化して、いた……のに」
「『戦士』の力はそんな便利なものじゃないだろうが」
何を今さらと、和総は『戦士』の常識を語った。
「『戦士』っていうのは意識した場所を強化するんだ。全身をくまなく強化したつもりでも意識しきれていない部分はどうしても綻びが出来てしまう。どんなに経験を積んだ『戦士』でも僅かな隙間は生まれる」
「っ!」
「強化してない所なら俺でも刃を通せるよ」
和総は何でもないようにと言ってのけたが、それは口にする程簡単ではない。
「そんな…………お前には見えて、いたってのか?強化され……ていない……箇所が…」
『戦士』の力には色が無い。どこを強化したかなんて特殊な目がなければ見えるはずがない。
和総は首を横に振った。
「見えないよ。俺はただ、どうすれば死なずにすむのかが分かるだけだ」
これが和総の、『走馬灯』の真骨頂だった。
死なないというのは避けるだけではない。自分を殺そうとする敵を無力化しても同等の結果になる。和総は生き残るために英二の弱点を看破し、的確に斬り裂いたのだ。針に糸を通すように。
「だけど、それをやるには普通の人間だとハードルが高くてな。狙いを悟られないようにするのが難しかったんだ。試しに空の銃で顔を隠してみたんだけど成功できるかは賭けだったよ。もう一度同じ事しても上手く自信は無いな」
「そういう、ことだったのか………。胴体を……狙って…いたのは、フェイクだったのか。まんまと……嵌められた…ぜ……」
全てを理解した英二は、次第に目がに虚ろになっていった。
意識が失われる前に英二は最後に力を振り絞って、勝者を見上げた。
「一つ……聞かせろ。お前は一体………何者なんだ?あれだけのことが……できるんだ………。だたの…王の私兵じゃ……ねえだろ」
「死にかけてるのに、そんなことが気になるのか?」
本気で聞きたがっている英二に、特に隠しているつもりもない和総は変な奴だなと呟きつつ話してあげた。もう一分も意識も保てないだろうから大幅に省略して。
「俺がこの国に来たのが丁度三年前なんだよ。それまではお前と同じようなことをしてた」
「三年前………だと?じゃあ、お前は……………」
「俺は元々外の人間だよ」
英二は意識を朦朧とさせながらも虚ろな目を見開いた。
それが本当なら最低でも十年は地獄の戦場を生き抜いてきたことになる。戦争だらけの世界では子供が武器をもたされることは珍しくない。和総の見た目の年齢的にもその数字は矛盾しない。
「そう……か、俺の倍以上の年月…あの…地獄に……どうりで……勝てない…わけだ」
意識の限界を迎え、ゆっくり目を閉ざしながら英二は独り言のように呟いた。
「そんなことないよ。さっきも言ったけどこの決闘に勝てたのは運が良かっただけだ。こんな戦い方を何度も続けてたらいつか死ぬよ。次、戦う時が来たら力を戻したいところだな」
「ふん……どこ………までも…厄介…な……奴…だぜ……」
その一言を最後に英二は力尽き、倒れこんた。
決闘は静かに終わりを告げた。




