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守るためなら⑪

「続きやるけど、お前はまだ戦えるのか?」

「……………………………はあ、はあ」

 そう言われて、俺は息を整えながら弾切れになった銃を見た。

(届かなかったか…………)

 最後のは俺が出せる最高の一発だった。敵の死角に潜り込んで不意を衝くのはこれまで何度も使ってきた戦法だ。銃でやったのは初めてだったが、染みついた動きはひと月程度のブランクでは失くさなかったのは幸いだった。

 だが、英二には敵わなかった。

 原因は相手の反応速度が銃の速度を上回っていたからだ。

 これは『戦士』の力だけではない。窮地に陥った時の咄嗟の機転。銃口から自分のどこを狙っているかを瞬時に見切り、的確な防御をして見せた判断力。これらは一朝一夕では身に付くものではない。多くの修羅場を乗り越えたからこそ至れた領域だ。外の戦場にいたというのは嘘ではないのだろう。王国内でもここまで出来る6桁の『戦士』は少ないはずだ。正しく歴戦の戦士だ。

 そんな相手を俺は倒さなければならない。

 俺を殺すことが目的の維新軍は絶対に逃がしてはくれない。この場を生き延びるには英二という強大な敵に勝つしかない。明日は大事な大学の入学式があるのだ。大学生になる前に死ぬわけにはいかない。

 そして、何より……

「………………っ」

顔を上げると、こちらを心配そうに見つめる麗華と目が合う。

 心臓の鼓動がこちらにまで届いてしまいそうなくらいにハラハラとしているのが遠目でも分かった。自分も危ういというのに、そんなことは頭から零れ落ちてしまったかのように、ただただ、俺の身だけを案じている。

 こんなに俺を想ってくれている人を奪われたくない。一度は拒絶したというのにそれでも変わらず好きだと言ってくれた人を失いたくない。

 一度は違えてしまった約束を次こそは守るために俺は覚悟を決めた。

「栞奈ちゃん」

「えっ、え?私?」

 突然呼ばれて困惑する栞奈ちゃん。

 俺がやろうとしている賭けは、栞奈ちゃんを代わりに戦わせること、ではない。

 本人には申し訳ないが、用があるのは栞奈ちゃんではない。

「その刀を貸してくれ」

「か、刀?」

 そんなに予想外だったのか、豆鉄砲を食らったような顔をされてしまった。

「刀って、あなた使えるの⁈」

「初めて見るね………。いつもナイフとかを好んで使うのに」

 姉さん達も俺が刀を使うとは思ってもみなかったのか、仰天している。

 それもそのはずだ。俺は今まで刀で戦ったことは無い。実戦で使うのはこれが初めてだ。

 その俺が6桁の、しかも剣の達人と呼ぶべき相手に使おうとしているのだ。正気を疑われても仕方がない。

「いいから早く、説明している暇はないんだ」

「は、はい!」

 俺が急かすと栞奈は手に持った刀を鞘ごと放り投げた。

 それを左手で受け取る俺に英二は眉を寄せた。

「舐められたもんだな。この期に及んで俺と同じ土俵で戦うなんてよ。悪あがきにしてはセンスが無いぜ」

「素手よりはマシだろ。お前を殴って倒せるわけないんだから。こんな事なら銃以外にも持ってくるんだったよ」

 俺は後悔で嘆息すると、英二は納得がいかないのか肩を竦めた。

「そりゃそうだろうけどよ。他に借りる当てはないのか?」

「ないよ。姉さんにはお前の妹をけん制してもらわないといけないんだから」

 レオンは下で維新軍の足止め、博士は非戦闘員だから武器は持っていない。敵に借りるわけにもいかなかったから、消去法で栞奈ちゃんの刀しかなかったのだ。

 そこまで聞いて英二はようやく納得したのか、はあと渋々といった感じに息を零した。

「ま、言われてみればそれもそうか。でも分かってるのか?いくら武器があっても勝算が無ければ意味はないぞ。言っておくが俺は刀が相手ならどんな不意打ちだろうと見切れる自信があるぞ。それに、何度も同じ手でやられるほど馬鹿でもない」

「だろうな。俺も何度も同じ手が通用すると考えるほど楽天的じゃないよ」

 こいつは6桁な上に外の戦場を生き抜いてきた猛者だ。簡単に隙を晒してくれるはずもない。

 こういう相手はとても戦いにくい。

 英二はニヤリと人の悪いを笑みを浮かべる。

「なら、どんな手俺に勝つつもりだ?真っ向から斬り合えないお前が勝つ方法なんて不意打ちしかないだろうに」

「………………………」

 やっぱりバレてたか……。

 武器を変えたところで戦い方が変わるわけではない。力でも技でも劣る俺には懐に入り、不意を突くことでしかあの男を倒す方法が無い。

 一度しか無かったチャンスをものにできなかった時点で俺の勝利は絶望的だ。

 だとしても、俺に諦めるという選択は存在しない。

「それでも、まだ俺と戦う気なんだろ?」

「当たり前だ。麗華をお前に奪われるわけにはいかないからな」

「ふーん、奪われるわけにはいかないねえ。そんなにこの女が大事なのか?」

「は?何を言ってるんだ?」

 何を今さらと訝しんでいると、英二は構えを解いて、刀を肩に乗せた。

「いや、自分が死にたくないから戦いを続けるって言うと思ってたから驚いたんだ。てっきりあの女は代用品だとばかり思っていたからよ」

「代用品?何のだ?」

 何を言っているのか分からず首を傾げてしまう。

「……まあ、分からなくてもいいや。余程あの別嬪が大事なんだなってことだ」

「当然だ。俺はもう失うわけにはいかないんだよ。そのためだったら誰が相手でも戦うと決めている」

「それが国でもか?」

「そうだよ」

 俺は断言すると、英二はつまらなそうに鼻を鳴らした。

「どうしてそこまでして戦うんだ?何があっても死なない自信があるからか?」

「そんな自信は無いよ。俺は不死身じゃない。死ぬときはあっさり死ぬよ」

 博士に名付けて貰った『走馬灯』は万能ではない。いくら死を察知できも体が付いてこられなければ避けることはできない。『戦士』の力が使えないと特にそれを痛感した。

「じゃあ、どうしてだ?」

「命より大切だからだよ」

「っ」

 英二は大きく目を見開いた。離れたところで麗華が顔を真っ赤にしていた。そういえば、本人の前でちゃんと言ったことなかったかもしれない。

「俺は一度大切な人を失ったんだ。ずっと一緒にいてくれると言ってくれた人を俺は守れなかった」

 あの日の事は昨日ように思い出せる。まだ20年も生きてはいないが、あの時程後悔と無力さに打ちひしがれたことは今後無いかもしれない。人生で一番と言っていい。

「だからもう二度と失いたくない。麗華を守るためだったら俺は国とだって戦争すると俺は誓ったんだ」

「あはは、惚れた女のためならってやつか。カッコいいのは見た目だけではなかったわけだ。俺も女だったら惚れちまいそうだぜ」

 英二は冗談交じりに笑うと、刀を下ろし、構え直した。

「なら、その言葉がどこまで本気なのか俺に見せてみろ!できなければ大人しく俺に斬られて死ね!」

 ぶわっと、英二の殺気が勢いを増した。次で決着をつける気だ。

 緊張が最大まで高まり、屋上にいる全員に伝わっていく。麗華も雪江姉さんも、博士も栞奈ちゃんも固唾を飲んで勝負の行方を見守っている。

「そして、あの女は貰っていく。まだ勝てる見込みがあるならかかって来い」

「……………………」

 俺は刀を握る手に力をこめ、必死にこの決闘の勝機を模索していた。

 俺が勝つには二つの大きな障害がある。

 一つは懐に入り込むこと。刀で戦う以上、刃が当たる間合いに接近しないと話にならない。投げるのなんてもっての外だ。

 仮に、上手く懐に潜り込めたとしても、常人のそくでしか振れない刀に英二が反応できないわけがない。銃弾の時のように体を固められて弾かれてしまう。刃を通すには強化されていない部分を狙う他ない。

 この二つをどうにかしなければ俺に勝機は無い。あっさり英二に斬り捨てられ俺はこの世を去るだろう。 

 せめてあと一手打つことができれば状況も変わるだろうが、そんな都合よくそんなものが出てくるとは思えない。

 それに敵ものんびり待ってくれるわけもない。

「どうした?かかってこないならこっちからいくぞ」

「っ!」

 こうなったら一か八かだと、俺は刀を鞘から抜こうと、銃を撃てようとした。その時だった。

(………………あ)

 天啓が降りたように、俺はある一手を思いついた。

 どこまでうまくいくかは未知数だが、検討する暇は無い。

 大博打になるだろうが、俺は決着をつけるべく鯉口を切り、片手で刀を抜いた。


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