守るためなら⑩
「あ~危なかった~~。久しぶりに死を覚悟しちまったわ」
英二が頭を押さえながら立ち上がった。
「そ、そんな……。弾は頭に当たってたんじゃ………」
「当たっていたわ。並みの『戦士』ならそのまま貫通していたでしょうね」
雪江の目は捉えていた。
あまりに一瞬過ぎて栞奈の目では追いつけなかったようだが、和総の銃弾は英二のこめかみに弾かれて彼方へ跳弾していった。まるで分厚い鉄板に撃ち込んだように。
「骨の硬度を強化したのか」
呼吸を整えた和総は忌々しそうに顔を顰めた。勘違いする者は多いが、『戦士』が強化できるのは身体能力だけではない。五感や骨といった部分も例外なく強化することが出来る。万能とまではいかずとも、強化の範囲は多岐にわたる。
「間に合うかは賭けだったけどな。衝撃までは吸収しきれなくて軽く脳震盪になっちまったけど、派手に脳漿撒き散らすよりかはマシだ。皮膚を切っただけですんだからな」
だらぁ、と無視できない量の流血をしていながらも平然とする英二は、拾い上げた刀を肩に担いだ。これくらいでは降参してやらんと言うように。
「認めてやるよ。お前は紛れもなく強者だ。外の戦場で格下の『戦士』に一矢報われたことはあっても、ただの人間にやられたことはなかった。力を取り戻してなくて心底良かったと思うぜ。だからあいつはあんなに急かしていたんだな」
「?」
「ああいや、こっちの話だ。それより続きやるけど、お前はまだ戦えるのか?」
「……………………………」
和総は無言で弾切れになった銃を見やった。警報のせいでマガジンを持ってこれなかった。弾が無ければただの鈍器だ。それでは和総を守ってはくれない。
「一時はどうなるかと思ったけど、勝負あったわね」
不安を押し流すようにつぶやく満里奈。流石の満里奈もさっきの一発は肝を冷やしたようでそっと汗を拭っている。
栞奈は認められず、雪江と博士へ縋りついた。
「まだですよね?あの人はまだ奥の手を持っては………」
散々和総の強さを語ってきた雪江と博士だったが、この時ばかりは首を縦には振らなかった。
「あったとしても武器が無いと無理ね。絶望的な能力差があっても隊長なら奇跡を起こせると思ったけど、そう何度も都合よくはいかなかったわね………」
「隊長君の手札である『走馬灯』も『蜃気楼』基本はカウンター技だからね。このまま戦いを続けてもじり貧になるだけだ」
「そんな……………。ここまで頑張ったのに……」
あまりにも報われない現実に栞奈は落胆してしまう。どんなに頑張っても所詮はただの人間だという事実を叩きつけられたようで、自分の事のように腹を立ててしまう。
「……………………」
それは雪江も同じ気持ちだった。元は自業自得とはいえ、自分の部隊の隊長がやられるのは気分が穏やかでいられるわけがなかった。
(あの様子だと予備のマガジンも持ってなさそうね。隊長が殺される前に何とか不意をつきたいけど………)
雪江は離れたところにいる麗華を盗み見た。左右には満里奈達の部下がナイフを片手にこちらを警戒していた。和総が殺されるのを阻止できたとしても、代わりに麗華の命が散ることになるだけだ。両方を同時に救う術を雪江はもっていなかった。
(もう、どうしようもないの?)
諦めるしないのかと、雪江は歯を食いしばった。博士も悔し気に俯いてしまう。
だが、当の本人はまだ諦めていなかった。
「栞奈ちゃん」
和総の少女を呼ぶ声で、雪江たちは顔を上げた。
「え、えっ?私?」
突然呼ばれ、キョロキョロしてしまう栞奈に和総はある『お願い』をした。
その『お願い』は誰もが予想できないものだった。




