守るためなら⑨
「決まった!」
栞奈は見事な一撃に歓声を上げた。
アクション映画のワンシーンを見ているかのようだった。走り出しから刀を避けるところまで全てがすり合わせたようにことが運んでいた。
「ただの人間がお兄様に一撃を………………信じられない」
満里奈は地に伏したまま動かない英二に愕然とさせられていた。
どんなからくりなのだと、雪江へ問い質そうとすると、我先にと小さい手が上がった。
「『蜃気楼』というんだよ!『走馬灯』の応用技さ!」
「またあなたは…………」
博士の名づけ癖に雪江は頭痛を堪えるように頭を抱えてしまう。この人苦労人なんだな、と何となく察していた栞奈はこの瞬間から確信に変わった。
「で?その『蜃気楼』というのは?」
コントはもう飽きたとばかりに催促する満里奈に、雪江は「厚かましい奴」と悪態をつきつつも博士と口論するよりマシかと思い、嘆息してから説明に入った。
「カウンターの一種だと考えればいいわ。博士が応用と言ったように、迫る死を敢えてすれすれで回避することで相手に残像を見せるの。ま、手品みたいなものね」
「それだけでお兄様を欺いたというの?私には残像なんて見えなかったけど」
それは栞奈も同じだった。瞬きをせず戦いの行方を追っていたが、栞奈の目には走っていた和総が直前に急ブレーキをかけただけとしか映っていない。
「私達から見たらそうでしょうね。でも、攻撃を仕掛けた本人は違う。体験しないとしっくりこないけど、当たったと確信した直後に避けられると、脳は処理を追いかなくなって、一瞬の間だけそこにいると誤認してしまうの。残像という形でね。特に、高速で動く『戦士』にはより効果を発揮するわ」
「でも、それって少しでもタイミングをずればら上手くいかないんじゃ…」
栞奈の指摘は正しい。『蜃気楼』は言ってしまえば博打に等しい。コンマ数秒でも早ければ残像が生まれないし遅ければ斬り裂かれてしまう。
「心配いらないわよ。そんな簡単に失敗するようならすでに彼はこの世にいないわ」
「それは………そうですね」
否定のしようがなかった。雪江の言う通り、あれくらいは平然とできなければひと月前の時点ですでに死んでいる。
(つまり、それを狙えるまで極めていたという事?一体どれだけの修羅場を………)
満里奈は端正な顔から汗を垂れ流す青年に戦慄の目を向けてしまう。自身の能力を把握するだけでなく応用まで確立するのがいかに難しいことか。満里奈が修めた剣術のようにすでに完成された型は無く、それを教えてくれる師範はいない。独学で辿り着くしかない。
少なくとも、一国家を滅ぼした程度の実戦で身に付くものではない。
「まあほぼ初見殺しだから、二度以降は効きづらいけどね。それを一番効果的なタイミングで使うあたり、まだまだ隊長の経験値には敵わないわ」
雪江は肩で息をする和総に達観したような苦笑を漏らす。
「すごい……………!」
5桁の雪江にここまで言われる和総に栞奈キラキラしたものを目から発してしまう。
やはりただ者ではなかった。国を滅ぼしたというのは嘘ではなかったのだ。
天と地ほどの差のある強者を倒し、ヒーローに出会ったかのように栞奈は浮かれていた。
が、まだ終わりではなかった。
「だけど、相手もやっぱりただ者ではないわね」
「え?」
その一言で栞奈は我に返った。その直後だった。




