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守るためなら⑦

「『死』を避ける……本当にそんなことができるなんて」

 奇しくも、栞奈が導いたのと同じ答えが雪江の口からもたらされた。

「動物が元来持つ生存本能に近いのかもしれないわね。生き延びるためにあらゆる死を避けられる稀有な力よ。『戦士』の力を失っても使えるかは心配だったけど、どうやら無関係だったみたいね」

 呆れた声を出す雪江と一緒に栞奈も改めて和総の姿を瞳に映した。

 よく見ると、和総の動きはおかしかった。

 英二の動きが速すぎて最初は気が付かなったが、和総は刀を振る前に動き出していた。まるで、そのタイミングでないと間に合わないのがわかっていたかのように、相手の動きを殆ど見ずに動いている。

 それを裏付けるのが、決闘をする前に無力化した維新軍の末端だ。後ろから突っ込んで来たのに、和総は振り返りすらしなかった。

 それはある種の未来予知と呼んでいいものかもしれない。漫画やアニメの世界でしか聞かないような能力が雅人を今日まで生かしていたのだ。

「私たちは『走馬灯』と呼んでいるよ」

 後ろから補足するように博士も混ざってきた。

「『走馬灯』って、確か死に際に生き残ろうと脳が高速で記憶を遡る……でしたっけ?」

「そう!死が迫るほどに強くなる。中々イカした名前だろ?私が考えたんだ!」

 栞奈が聞きかじりの知識を広げると博士は激しく反応して見せた。

「は、はあ…………」

 栞奈は曖昧に返事してしまう。何だか少し意味合いが違うような気がしないでもなかったが、会って間もない年下の女の子に目をキラキラされては安易に否定できなかった。

「使ってる人殆どいないけどね。意味とか全然合っていないし」

 雪江は容赦しなかった。博士がぷくっと頬を膨らませた。

「カッコいいんだからいいじゃないか!」

「カッコいいからってどんな名前でもいいわけじゃないでしょ。隊長本人も過去は遡ってはいないってはっきり言っていたじゃない」

「むう~~~~っ。痛いところを付くなんてなんて大人げないぞ!」

 正論で畳みかけられて余計にむくれてしまう栞奈。名前の由来が思った以上にお年頃過ぎて栞奈は反応に困ってしまった。

「こんな時だというのに漫才が出来るなんて余裕があるのね。第零部隊は」

「!」

 こちらに近づいてくる少女の声に栞奈は即座に身構えた。

「盗み聞きなんて趣味が悪いわよ。あなたに教えたつもりはないのだけど?」

「いいじゃないその子には教えてあげたじゃない」

「この子はいいのよ。隊長と知り合いみたいだし、あなたみたいな悪党でもなさそうだしね」

「あらあら厳しいわね。傷ついちゃうわ」

 そう言いながらコロコロ笑う満里奈。まともに相手するのが馬鹿らしくなったのか、雪江はため息をこぼして話題を変えた。

「麗ちゃんを見ていなくていいの?」

「部下に任せてあるわ。そちらが一人いなくなったおかげで自由に動けるようになったから」

 刀を抜こうとする栞奈を手で制しながら雪江が前に出ると満里奈は立ち止まり、両手を上げて戦わない意思を見せた。

「それにしても、死を察知できる人間が実在するなんて驚きだわ。今の状態でお兄様のかまいたちを避けられるなら、国中の『戦士』からの猛攻も凌げるのも嘘では無いのでしょうね。ひと月前は『戦士』の力を失っていなかったわけでしょ?」

「そうね」

 雪江は素っ気なく最低限の受け答えしかしなかった。余計な情報を与える気がないという意思表示なのだろう。

 それを聞いた満里奈は絶望することはなく、安堵の表情を浮かべた。

「だったら尚の事、今潰そうとした私たちの判断は間違っていなかったという事ね。力が戻っていたら私達だけでは手に負えなかったけど、今の彼なら問題なく終わりそう」

「どういう意味かしら?」

「今の彼ではお兄様には勝てないって言っているのよ」

 目を細める雪江に満里奈は挑戦的に嗤った。

「相手の攻撃を避けられても自分の攻撃を当てなければ敵は倒せない。現に彼の銃弾は全て斬られている。接近して撃つことができれば不意を突けるかもしれないけど、凡人の足じゃ厳しいわね」

「………………………」

(そうだ。今のあの人は………)

 黙る雪江の横で栞奈は一人で納得してしまった。現に和総は一度も英二に攻撃できておらず、手に持つ武器は牽制の役割しか果たしていない。不可視の斬撃を避けたインパクトが大きすぎて勘違いしそうになるが、雅人はずっと防戦一方なのだ。

「で、でも!相手も攻撃が当たらないなら焦れて隙を見せるかも…………」

 悪あがきのように反論すると、満里奈は眦を吊り上げた。

「甘く見ないで欲しいわね。軽い性格だから誤解されがちだけど、何の苦労もなしに6桁まで上ったわけでないわ。ああ見えてお兄様は努力家よ。強くなるために、文字通り死に物狂いで戦ってきたのだから」

 満里奈は冷静にかまいたちを放つ英二へ視線を寄せる。その目は敬意が込められていた。

「あの人は力をつけるために五年もの間、外の世界で戦い続けたわ」

「外の世界………」

 その言葉の意味する場所は一つしかない。平和なこの国の外、終わらない戦いを続けている地獄のような世界のことだ。

「私はすぐに音を上げて国へ戻ったけどね、お兄様は一人でいろんな戦場を戦い抜いたわ。お兄様の強さは桁だけではないのよ。多くの実戦が今のお兄様を作り上げているわ。生まれ持った才能のおかげで勝てただけの幸運野郎とは潜り抜けた修羅場の数が違うのよ」

「確かに、五年も外の世界で戦い続ければ嫌でも強くなるでしょうね。6桁なのも納得だわ」

 雪江の声音には英二への微かな称賛が込められていた。

「………………」

 避け続ける和総へ英二は淡々とかまいたちを放ち続けていた。

 もう何十と放っても倒れない敵に英二は焦れることはなかった。これだけの力の差があれば接近戦に持ち込んでもいいのに、その選択をせず千日手のような戦いを続けている。

「弾切れを待っているのね」

 雪江は瞬時に英二の狙いを看破した。

「隊長はすでに6発撃っているわ。あのハンドガンの弾数は最大で8発。マガジンを入れ替える間は無いだろうからあと2発で隊長は丸裸も同然になるわ。力をつけても驕らず戦えるのはかなり厄介ね」

「そんなっ。どうにかならないんですか⁈」

 栞奈が必死に考えても、雅人が助かる道はどこにもなかった。命綱となっていた銃が無ければかまいたちを避け続けることはできない。避けられなければ和総に待つのは死のみだ。

「平気よ」

 それすら何の問題ないとばかりに雪江は満里奈へ鼻を鳴らした。

「あなたの言葉を使うなら、うちの隊長を甘く見ないでくれる?ってところかしらね」

「なんですって?」

「そもそも、死を察知できるのをどうやって知ったと思っているの?ぬくぬくとこの国で過ごして偶然発見したとでも?」

「っ、それは………」

 はっとしたように満里奈は肩を揺らした。雪江の言う通りだ。どんな才能でも発揮する場がなければそれは無いのと同じだ。それを使いこなそうとするのなら言わずもがなだ。

ではどうやって、彼は自分の才能を自覚したのだろうか。

「見てごらんなさい。おそらく最後の一発になったら戦局は変わるはずよ」

 雪江はそう言うと、細い指で雅人を指した。

 それと同時に7発目の銃声が空気を震わした。

「死なない、というのは避けるだけでは成立しないのよ」


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