守るためなら⑥
「あの!止めなくてもいいんですか⁈」
始まろうとする死闘に栞奈は血相を変えて尋ねると、雪江は困ったように頬に手を当てた。
「そうしたいところだけど………」
満里奈はチラッと目だけ横を向くと満里奈が不敵に微笑みながら刀をちらつかせた。下手なことをしたら分かっているよね?とでも言うようだ。
「麗ちゃんがいる限り、私達は迂闊に動けないわ。待機以外にできることはないわね」
「でも相手は6桁ですよ?維新軍を沈めた一撃は驚きましたけど、あれは相手が悪すぎます」
和総が見せた一撃は栞奈にとっても衝撃的だった。
相手は3桁の『戦士』だった。力の無い者では不意打ちでもまず勝てない相手だというのに、和総は赤子を捻るように倒してしまったのだ。栞奈の中にある常識が揺るがすのには十分だった。
だからと言って、6桁の英二に勝てるかと聞かれれば栞奈は否定する。5桁の満里奈に惨敗して格上の強さを、恐ろしさを、身を持って知った立場から断言できる。それだけ、格上に勝つというのは困難なのだ。6桁とただの人間なんてその極みと言っていい。万に一つも勝てる見込みなんて無い。
雪江もそこは同意見のはずだ。栞奈以上の修羅場を経験しているプロの軍人ならそれがいかに無謀で愚かなのかが分からないはずがない。
そのはずなのに、雪江はスタンスを変えなかった。
「おそらくだけど、その心配もいらないわよ」
「どうしてそんなことが言えるんですか?」
「確証は無いけどね。見ていれば分かると思うわ。彼は抜けているけど勝算もなしに戦う人ではないから」
雪江はどこか達観した笑みで前を指すと、戦いが丁度始まろうとしていた。
「「……………………」」
10秒くらい睨み合ったの後、動き出したのは英二だった。
宣言通り、英二は手を抜かなかった。初手から刀が霞む速度でかまいたちを放った。第二部隊の副隊長が視認すらできなかった。不可視の斬撃である。
「…………」
その斬撃を和総はあっさりと避けて見せた。まるで飛んでくる場所が分かっていたかのようにその場でしゃがみ、背後の壁には首の高さに斬跡が刻まれた。
「ほお、初見で避けるかよ。維新軍でも数人しか避けられないのに。まぐれか?」
「さあな。一撃で殺すなら首かもって思っただけだ」
素っ気なく答える和総は何事も無かったかのように立ち上がる。明らかにそれだけではない避け方だったが、英二は見極めるように凝視しても和総の顔色は変わらなかった。
英二はすぐに諦め、笑みを深めた。
「簡単には教えてくれないか。だったらこれはどうだ?」
英二は手首を閃かせ、なんとかまいたちの連撃を繰り出した。速度は音速を超えている。いくら一撃は避けられても立て続けに来られたら、ただの人間の動きでは間に合わなくなる。
「っ!」
和総は健闘した。瞠目しながらも遅い動きで二発、三発と不可視の刃を避け続けた。
だが、限界はすぐだった。
「つっ!」
四発目で腰部分の服が切り裂かれた。肉まで届いたのか、痛みを堪えるように呻いてしまう。
足がもつれ、ふらつく和総に英二は淡々と刀を引いていた。
(これで終わりだな)
ただの人間がかまいたちを四発も避けたのは予想外だが、個々が限界だ。ここまでよくやったと和総に賞賛を送るという意味も込めて、止めの五発目を見舞おうとした。
が、雅人もただでやられたりは無かった。
体勢が悪い雅人は右手を突き出し、すかさず銃弾を放った。
狙いは外すことなく英二の額へ飛んで行った。
「ちっ」
無視できない英二は舌を弾くと、攻撃を中断し刃で銃弾を斬り落とした。
その間を利用して和総は体勢を整え、戦況は振り出しに戻った。
あとはそれの繰り返しだった。
「なに、これ………………………」
その光景に栞奈は絶句するしかなかった。
二人の戦いは理解の許容量を超えていた。かまいたちの連撃だけでも血の気が引いたというのに、それを避け続ける和総を目の当たりにした時は全身が戦慄いた。
「なんで避けられるの?斬撃が見えている?……いや、それじゃ間に合わない」
避け続ける雅人の動きに栞奈は説明が付けられなかった。
そもそも、音速を超える攻撃を見て避けるのは普通の人間には無理だ。仮に、人より優れた動体視力を持ち、刃の軌道が見えていたとしても足りない。音速と同等に動ける身体能力があって初めてできる芸当だ。
となると、和総は斬撃がどこに来るのか分かっているという事になる。
そんな未来予知みたいなことが本当に可能なのだろうか?
一番現実味が無いのに、なぜかそれが一番しっくりきていしまうという矛盾に栞奈は頭を悩ませてしまう。
「あれが隊長の戦い方なのよ」
「どういう、ことですか?」
栞奈は胸の下で腕を組む雪江に、変な汗を垂らしながら尋ねた。
「あなたの予想の通り、彼があの見えない斬撃を避けられているのは攻撃が見えているからではないわ」
「じゃあどうやって、あの見えない斬撃を避けているんですか?」
答えを求める栞奈に雪江は少しだけ考えるそぶりを見せてから語った。
「戦争に勝つための条件って何だと思う?」
「え?いきなり何を…………」
覚えのある問われ方に狼狽えると、雪江は答えを求めていなかったのか、あっさりと答えを口にした。
「軍隊の数、個々の強さ、あとは武器の性能かしらね。真っ先に出てくるのがこの3つ」
「それはまあ………そうでしょうけど」
何を当たり前なことを、と口に出さずとも顔に出てしまう栞奈。
雪江は苦笑をすると、直後に真顔になって和総へ視線を戻した。
「でもね。隊長だけは違う答えだったの」
「どんな答えだったんですか?」
栞奈はとても興味を引かれた。国すら滅ぼす人間の答えだ。並みの兵士ではたどり着けない境地まで至っている違いない。
そんな期待の眼差しを向ける栞奈に、雪江は申し訳なさそうに肩を竦めた。
「『死なないこと』、だって」
「………………………ん?それだけ?」
あまりの極論に栞奈は怪訝な目を止められなかった。ある意味では誰も上げない答えではある。当たり前すぎて答えにもならないという意味でだが。
「まあ、気持ちは分かるわ。戦場は死なないだけで勝てるような甘い世界じゃないもの。負傷や疲労で簡単に人は動けなくなるものよ。私も最初聞いた時は何を言ってんだって思ったものよ」
雪江も同じだったのか、茶目っ気を含んだ苦笑を浮かべた。
「けど、あの事件の後でその意味がようやく分かったわ」
「あの事件って、ひと月前のですか?」
そうよ。と雪江は神妙に頷く。
「あの事件、いいえ戦争というべきね。あの時に限って言えば私の言った3つの勝因はどれも当てはまらなかったわ」
「3つ?2つじゃないんですか?」
数に関しては言うまでもない。武装だってどんなに良い物をそろえても国相手では限界があるであろうことも想像できる。
だが、強さまで当てはまったら理屈が通らない。それだけは外してはならない前提のはずだ。
確かめる必要があった。
「力を失う前の数値って、いくつだったんですか?」
「ひと月前の時点では、2000もなかったはずよ」
「よ、4桁⁈」
驚声が天高くに響き渡った。それだけ雅人の数値は衝撃だった。今日知ったばかりの栞奈でさえも口を大きく開いてしまうくらいに。
「それ、本当なんですか⁈4桁って第二部隊の副隊長より低いんじゃっ!」
真鍋の数値を聞いていた栞奈は衝撃の抜けきれないまま言及した。
「そうね。数値だけなら私やレオンよりも弱いわ。模擬戦を100戦やれば90勝は獲れる自信もある。実際、隊長との勝率が9率を下回った事は無いわね」
雪江は誇ったりせず、淡々と事実だけを述べた。それは統計的に証明された数字でもあった。しかも、運も含めた上での勝率だ。同条件での戦いだとさらに確率は下がる。一桁の差がど
れだけあるのかよくわかるデータだ。
「それでも、彼は国を相手に勝ってみせた。王国軍の誰も、あの幹也でさえ真似できない奇跡を成し遂げてしまったわ。彼だけが持つ特技、いいえ特殊能力のおかげでね」
「特殊能力…………………それってまさか」
この言葉が最後のピースとなって栞奈は一つ答えを描いた。
何故、斬撃を来る場所が分かるのか。
何故、戦争に勝つための条件に『死なない』なんて上げたのか。
何故、4桁しかないのに一人で国を滅ぼすことが出来たのか。
雪江からもたらされた複数の情報が一つの答えとなって急速に形作っていく。
ありえない、信じられないと頭で否定しようとしても全てに辻褄が合ってしまう。
「私達の隊長はね。自分の『死』を察知できるみたいなの」




