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守るためなら⑤

言い訳をさせて欲しい。

 俺は下へ降りるのを諦めたわけではない。下から来る維新軍をやり過ごした後はロビーへ行こうとしたのだ。

なのに、いくらやり過ごしても下から新たな維新軍が下からやってくるし、しかもさらに上に登ってくるものだから俺はさらに上へと非難せざるをえなくなったのだ。

4階に登れば維新軍も登ってきて5階へ。5階に駆け上がれば維新軍も駆け上がり6階へと、を繰り返すうちに屋上まで来ていた。俺を追いかけているのかと思ったが、どうも奴らは人を探しているようで、「どこに行った!」だの「探し出せ」だの叫びながら各階へ数人単位で探しに走っていた。それを最上階までくまなくやるものだから俺はやむなく屋上まで避難する羽目になったのだ。間抜けな話だが、力の無い俺は逃げるしかない。だから不可抗力だったと俺は訴えたい。

「……………………」

 こうして、一時的に非難するために屋上に来てしまったのだけど、そこに広がる光景は俺の想定していたものと大きく違っていた。

「和総さん……………」

 心配そうに呟く麗華と目が合うのが一番の誤算だった。ロビーにいるという前提で動いていたから、もし誰の邪魔もされずに下りられていたら今頃麗華とは会えず仕舞いだった。

それなら結果オーライではないかと言われれば答えはノーだ。それは先ほどの味方の反応を見ればお判りいただけるだろう。

「……………………………っ」

さっきから雪江姉さんの視線が怖い……。確かめるまでもなく俺がやらかしたせいだ。

俺達を助けるために色々と策を弄してくれたはずだ。優秀な姉さんのことだ、俺が来なかったら問題なく事件は解決していたのだろう。拳を握りしめている所からも怒りの丈が推し量れる。俺はこれ以上姉さんと目を合わせることが出来なかった。

「どうやら本物みたいね。たったひと月で動けるはずはないんだけど、標的から出向いてくれたのは好都合だわ。今ここで仕事を完遂させるとしましょうか」

 鮮やかな色の和服を着た少女は俺が本物と分かると好戦的に嗤った。

「あいつが一人で国と戦争したイカレ野郎なのか?写真と同じ顔だけど、ただの優男しか見えんな」

 その隣にいる着流しの男は俺から力を感じ取れないせいか半信半疑だった。

「空虚病のせいですよ。あれだけの事件を引き起こしたのだから発症していてもおかしくありません。だからこそ私たちは攻めたのでしょう?」

「そうだったな。ま、人違いでも損するわけでもないし、とりあえず殺っとくか」

 男は納得すると腰の刀を抜いて臨戦態勢に入ってしまった。感じ取れなくても、彼らは力を開放したのが分かる。

「「「っ」」」

 姉さん、レオン、栞奈ちゃんが警戒しているところから、五もしくは六桁はあると考えた方が良さそうだ。そんな二人に襲いかかられたら今の俺ではひとたまりもない。水羅さんとの約束もある手前、ここは姉さん達を頼るしかない。彼女ならまだ策を残しているはずだ。

「っと、その前に……」

少女が呟くと、少女は刀を地面と水平に構えると全力で薙いだ。

「「「っ!」」」

 ズバアァァッ!と石を削るような爆音を上げると、姉さんたちの足元に綺麗な裂け目ができていた。少女が振った刀と同じ方向だった。

「きゃっ」

つま先の数センチ手前に刻まれた亀裂にびっくりした博士は尻もちをつくと、手からタブレット端末を落としまう。

「戸沢幹也は呼ばせないわよ。入江雅人が来た時点であなた達の優位は無くなったのだから大人しくしていなさい。そこの二人もよ」

「「……………………っ」」

姉さんとレオンは服に取り付けてある指先くらいの小型機器からゆっくりと手を外した。ボタン一つで自分の現在地を送れる簡易通信機だ。

(幹也もここにきているのか………)

 きっと病院の前で待機しているのだろう。来なくていいと言ったのに本当にいい奴だ。

「次呼ぼうと素振りでも見せたらうちの部下がお姫様の首をはねるわ。加勢もさせない。あなた達にできることは入江雅人を殺されるところを黙ってみているだけと知りなさい」

「嬉しそうな顔をしちゃって、憎たらしい………」

 少女に勝ち誇った顔をされ、姉さんは思いっきり顔を歪ませた。

「完全に形成が逆転してしまったね。ここから巻き返すのは難しいか……」

「………………………」

 博士は飄々と肩を竦めるも表情が硬い。あまり表情を見せないレオンも眉を寄せている。

「そういうわけだから、あなたにはここで死んでもらうわよ」

 麗華を部下に預けた少女は刀を持ち上げると陽の光を反射させる切っ先をこちらに向けた。

 博士の言う通り万事休すだった。誰も動けない今、自分でどうにかするしかない。

(やるしかないのか………)

 俺は覚悟を決めようと銃を握りしめると、着流しの男が少女を押しのけて前に出た。

「待て、ここは俺にやらせろよ」

「お兄様?」

「ただの人間相手に、二人がしゃしゃり出るなんて良い笑いものだろうがよ。そこの下っ端二人に任せてもいいんだけど、こいつは個人的に殺っておきたくてな」

 困惑する少女を無視して後ろへ下がらせると、男は刀を肩に担ぎながら俺の前に立った。

 何のつもりだろうかと、警戒する俺に男はこんなことをのたまった。

「というわけでよ入江和総。ちと俺と決闘しねえか?」

「決闘?……………俺とお前だけで戦うということか?」

 俺は慎重に思考し、問いかけると男は頷いた。

「そうだ。お前が勝ったら人質を返してやる。悪い話じゃないだろ?」

「一対一で⁉ただの人間が『戦士』に勝てるわけないじゃないですか!」

 声を上げたのは栞奈ちゃんだった。それに対し男は呆れるように両手を広げた。

「何甘ちゃんなこと言ってんだ。二対一になるところを譲歩してやってんだぜ?断ったところでこいつが生き残る可能性なんて無いだろうが」

「それは……………」

 栞奈ちゃんは言い返せず悔しそうに歯噛みした。この男の言う通り、決闘自体は俺にとっても悪い話ではない。だが………

「目的はなんだ?」

 男の方にメリットがあるとは思えなかった。

 何か戦略があるのか、それとも自信から来るだたの道楽なのか、真意を質さないことにはおいそれと承諾はできない。

「そんな怪しまなくていい。俺が勝ったら譲ってほしいモンがあんだよ」

 男はそう言うと、後ろから麗華を強引に引っ張って自分の傍らに付けた。

「お前の女、俺にくれよ」

「は?」

 カチン、と俺の中にあるスイッチが切り替わった。

「こんな事しなくてもお前が死ねば問題ないんだけよ。惚れた女は自分の力で奪い取らないと格好つかないだろ?今のお前でも殺せば箔が付くし、この女の心も折れるだろうしな」

 男は見せつけるようにして嫌がる麗華を抱き寄せた。俺を挑発するように。

 その思惑通り、俺の頭は沸騰しそうなくらいに血が上っていた。

「ちょっと、隊長⁈」

「おいおい、あれ不味くないかい?」

 姉さんと博士が慌ただしくなる中、俺の意識は戦いへと傾いていった。

水羅さんとの約束も、力が無いという事実も、何もかもがどうでもよくなった。

この男は言ってはならないことを言った。俺の大切な人を奪うと。ひと月前と同じように。

それだけは許してはならない。

「和総さん、戦ってはダメです!私は大丈夫ですから!」

 駆け出そうとして部下たちに止められながらも、必死に決闘をやめさせようする麗華の声を聞きながら俺は眼前の敵へ視線を向けた。

「で、どうする?俺との決闘、受けるのか?受けないのか?」

「……………………」

 聞かれるまでもなく、俺の答えは決まっていた。

 俺はホルスターから拳銃を取り出し、意志を示した。

「俺が勝ったら麗華を返してくれるんだろうな?」

「ああ、約束してやるよ。勝てたら、だけどな」

「分かった。その決闘、受けるよ」

 俺が宣言すると、男はさらに笑みを深くした。

「そう来なくちゃな。言っておくが手加減はするつもりはねえぞ、負けられない戦いなんでな。路傍の石が相手でも遊びなしで行かせてもらう。瞬殺されても恨むなよ」

 男は担いだ刀を下ろし、両足の重心を均等にさせると、目の色が変わった。力を感じなくても伝わってくる。本気の殺気が俺の全身を貫いた。

「「「「…………………」」」」

誰もが固唾を飲んで戦いの行方を見守る中、俺は殺意を浴びながら場違いにも懐かしさを覚

えてしまっていた。

思い起こされるのはひと月前、たった一人で行ったあの戦いだ。一瞬でも気を緩めれば死に追いつかれるあの時間は昨日の事のように覚えている。

それに加え、今回は一撃も攻撃をもらえない。『戦士』の攻撃をただの人間が受け止められるわけがない。一撃も食らわずに6桁の怪物に勝つ。これは姉さん達でも不可能な勝利条件だ。普通だったら逃げて然るべきなのだと、ついさっきまでは俺もそう思っていた。

 だけど、麗華を奪おうとしているのなら逃げるわけにはいかない。

麗華は誰にも渡さない。それはひと月より前からの誓いだ。その誓いを嘘にしないためにも、この強大な敵をたおさなければならない。

 それに、勝算の無い戦いをするほど俺も馬鹿ではない。

「恨みはしないよ。むしろ殺す気で来られる方が好都合だろうし」

「はあ?何言ってんだ?」

 怪訝な顔をする男に俺は答えなかった。

 代わりに左へ一歩ずれ、後ろから通り過ぎる大きな弾丸へ銃のグリップを叩き込んだ。

「がはっ!」

 倒れたのは下から上ってきた維新軍の男だった。

 無抵抗で後頭部に打撃を貰った下っ端と思しき男はナイフを持ったまま横で伸びていた。

「へえ」

 姉さん達が唖然として俺と維新軍を交互に眺めていると、男は面白そうに声を漏らした。

「もうここまで来たのか。なあ、これじゃ戦いにくいから見張りを立ててもいいか?」

「いいけど、誰を立たせるんだ?こっちからは出さんぞ」

 言われるまでもない。人質の監視もあるのに、味方の邪魔まで押し付けるなんて厚かましい

ことはしない。頼む相手はすでに決めている。

「レオン、頼めるか?」

「はい、お任せを」

 レオンは呼ばれた瞬間、忠犬のように俺の傍へ駆け寄った。ずっと指示が欲しいと視線が刺さっていたから丁度良かった。姉さんは何か言いたそうだったけど、この場では一番の適任だし、遠慮なく任せることにしよう。

「姉さんは栞奈ちゃんと博士を守ってくれ。念のため距離も離れほしい」

「………了解。二人ともこっちへ」

 姉さんため息をこぼすと博士と栞奈ちゃんと一緒に下がった。

「お前たちも下がれ」

「行くわよ。あなたたち」

 男も指示を出し、少女も部下と麗華を伴って下がった。

 これで、準備は整った。

「路傍の石と言ったのは訂正してやるよ。お前がどうして国を潰せたのかが少し納得できた」

 男は俺に向き合い刀を鞘にしまうと、姿勢を改めた。対等な敵と戦う礼儀作法のように。

「名を名乗らせてもらおう。俺は未城英二。維新軍第六位幹部だ。お前も一応名乗っとけ」

「…………国王軍第零部隊隊長、入江和総だ」

 相手に合わせるように自己紹介すると、互いに試合をするように武器を差し向けあった

 ひと月ぶりの……命を賭けた戦いが始まろうとしていた。


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