守るためなら④
「第…零部隊?それに国王軍って……」
どちらも聞いた事の無い名前だった。第零部隊もだが、王国軍ではなく国王軍と文字をひっくり返しているのはなぜなのか。謎は深まるばかりだった。
満里奈は優しく笑うと、栞奈のために説明してあげた。
「通常、王国軍は国のために戦うわ。それゆえに指揮権は国王に一任されていない。独裁を防ぐために、王国軍を動かすには四御家の同意も必要なの。だから王が動けと言っても四御家の誰かが反対すれば王国軍は動かない」
それは学校でも教わったから栞奈も知っている。『戦士』が多くいる王国軍だからこそ慎重にならなければならないと、当時の先生が言っていたのをよく覚えている。
「でもそれは、動き出すのに時間がかかるという弱点に繋がってしまう。いざという時に間に合わなければ洒落にならないわ。そういう時に頼りになるのが国王軍、通称『王の私兵』と呼ばれる第零部隊なのよ」
「王の私兵………そうか」
栞奈はそれを聞いてピンときた。
つまり、第零部隊とは『王国』ではなく『国王』のために動く部隊なのだと。
「国王の命令のみで動ける彼らは王国軍よりもフットワークが軽いわ。それで過去何度も国の窮地を救い、平和をもたらせている。この国が今も戦争をせずにいられるのは彼らの功績が大きいとも言えるでしょうね」
(それであの人は王国軍の援軍を断ったんだ………)
栞奈は穴だらけだったパズルに次々とピースがはめ込まれていくように納得していった。もし、あのまま王国軍に援軍を頼んでいたら、誰も間に合わず、麗華は維新軍に連れ去られていたかもしれない。
第零部隊だからこそ、この土壇場で満里奈達との対峙が叶っている。
「一度壊滅したって聞いたけど、もう復活させていたとは意外だったわ。あれだけの事があったのに入江和総も懲りないわね。しかも今は隊長なんでしょ?」
「そんな裏話まで知られていたのね。陛下を含めても数人しか知らないはずなのに」
これ以上は不毛だと悟った雪江はごまかすのをやめた。
「あなた、知りすぎているわね。『維新軍』私たちの事を知られるのは陛下にとっても不都合だし………。貴方達だけでもここで始末した方が吉かしら」
雪江は一瞬だけレオンと視線を合わせると、同時に腰を落とした。
「あらやる気?私たちはかまわないけど、人質がいることをお忘れかしら?」
満里奈は雪江たちが動き出す前に刀を抜くと、これ見よがしに切先を麗華に向けた。
それだけで雪江たちは動けなくなる。
「ふふ、そうよね。王国にとっては大事だものね。入江和総には特に」
「やっぱりあなた達の目的はやはり隊長の命なのね。そのために麗ちゃんを攫って……」
まだ確信を得られてなかった情報の裏が取れ、雪江は眉を寄せた。
「ええ、ひと月前の事件も当然調べ済みよ。そのせいで私たちの仕事も増えたわけだけど、今日やっと解放されるわ。さあ、このお姫様を殺されたくなければここに入江和総を呼びなさい。ここにいるのは分かっているわ」
「……………っ」
万事休すだと、栞奈はそう思わずにはいられなかった。満里奈は頭がキレる。そんな満里奈達がひと月前からこの日のためにあらゆる準備をしてきたのだ。多少予期せぬことが起きても二重にも三重にも策を巡らせているに違いない。
それを覆すことが雪江にできるのか、栞奈は前に立つ美女へ疑心を抱いてしまう。自分で何とかしたい衝動に駆られるが、素人の栞奈にどうこうできる状況でもない。不安を抱えながらも今は成り行きを見守るしかなかった。
「確かにこの病院にはいるけど、どこの病室かまでは私達も知らないわ」
雪江はしらを切るようにおどけて見せた。当然、それが通じるわけもなく。
「それを信じると思っているの?関係者が知らないわけがないでしょう」
満里奈は下らなそうに吐き捨てた。栞奈はここまでかと諦めかける。生半可な嘘ではすぐに看破してしまう。今の満里奈に死角はない。
けれど、雪江の姿勢は変わらなかった。
「本当に知らないのよ。暗殺者に狙われたせいで厳戒態勢を取られたんだから」
「暗殺者?」
「そうよ」
その反応を見てから雪江は話を続けた。
「下に第二部隊が沢山いたでしょう。不自然だと思わなかった?」
「それは思ったけど。まさか、入江和総を守るためだと?」
「ええ、次また敵が攻め込んでもすぐ対応できるように陛下が無理を言って警備させたのよ。人員を割きすげて第二部隊の隊長が文句を言っていたけど、あなた達が来たなら結果オーライだったわね」
「副隊長までいたのはそういうことだったのね。ただの警備にしては厳重過ぎると思ったわ」
点と点が繋がり満里奈は顔から笑みが消えた。雪江の話に嘘は見当たらない。つまり、ガチガチに守りを固められた敵地に満里奈達はのこのこと足を踏み入れてしまったのだ。飛んでいる虫が火の中に飛び込んでしまったように。
「さらに保険として、隊長の病室はごく一部の限られた人間にしか教えられていないわ。病院の関係者ですら担当医と数人看護士しか知られないような徹底ぶりよ。私達にも教えてくれてもいいじゃないって訴えたけど、把握できる人数は少ない方がいいからって断れたわ」
冷たいでしょ?と雪江は頬を小さく膨らませた。
(受付のミスを最小にする対策ね)
看護婦の証言との整合性も取れてしまった満里奈はこれも事実だと認めるしかなかった。
「本当に知らないみたいね。つまりあなたはこう言いたいのかしら。ここでこの女を殺しても私たちに利が無いと」
雪江たちが知らなければ脅しは意味をなさない。満里奈達の目的はあくまでも入江和総の抹殺だ。その鍵となる麗華を失えば作戦自体が水泡に帰してしまう。
それに、最初から満里奈はこの場で麗華を殺すつもりなんて無かった。
元々、満里奈が屋上に来た理由は麗華を連れてここから脱出するためなのだから。
(まだ準備まで時間があるわね。できていたとしてもこのお姫様を抱えながらあの二人から逃げるのは簡単じゃない…。確実に逃げるためにもどうにかして追い払いたいけど……)
そのために人質を使った脅しをしてみたが、見事に空振りに終わってしまった。
となれば、残された手段は一つしかない。
「どうやら、戦わないとならないみたいね」
満里奈は刀を麗華から離すと、観念するよう両手で刀を構えた。
「でも、あなた達では私たちには勝てないわよ。二人とも第二部隊の副隊長くらいの強さはありそうだけど、私のお兄様は6桁もある強者よ。束になっても歯が立たないと思いなさい」
「確かに、6桁では私たち二人がかりでも勝てないでしょうね」
雪江はあっさりと認めた。雪江もプロだ。一度の手合いで実力差に気づけないほど鈍くない。
「でも私達だけならの話よ」
直後に意味深な言い方をされ、満里奈は胸騒ぎを覚えた。
「他に隠し玉でもいるの?第零部隊にあなた達以上に強いのなんて……」
「下に戸沢幹也が待機しているわ」
「「………っ」」
英二と満里奈がピクリと眉を動かした。二人にとって、維新軍にとってその名は無視できなかった。
「病院に取り残されている一般人を避難誘導させるために待機してもらっているんだけど、助けを求めれば私達みたいに一瞬で屋上へ来れる手はずになっているわ」
「はったり……と片付けるのは短絡的ね。妨害電波を切られたことで中からでも連絡できるものね。誰かが連絡を入れた可能性は十分に考えられるわ……」
それが本当なら、この場の戦力図がひっくり返る。幹也なら一人で英二と十分以上に渡り合える。そうなれば、満里奈は雪江とレオンの二人と戦うことになってしまう。
「そんなの関係ねえよ。そいつを呼ぶ前にこいつら片付けりゃ済む話だろうが。そうすれば二対一だ。こちらに分がある」
「落ち着いてくださいお兄様、それはリスクが高すぎます。あれを見てください」
いきり立つ兄をなだめながら、満里奈は博士の持つタブレットを注目させた。
「あの端末がその連絡手段なら、操作一つで繋がるようにしてあるはずです。あの二人に連絡手段が無いとも限りません。一瞬で三人を無力化するのはお兄様でも厳しいでしょう?」
「………ちっ」
不満そうに舌打ちをする英二。いくら圧倒できるとはいえ、一瞬で五桁の『覚醒者』を二人も鎮められる自信まではなかった。
「分かってくれたみたいね。あなた達に残された選択肢は二つよ。戸沢幹也と戦うか、おとなしく麗ちゃんを返すかよ。返してくれるのなら今回は見逃してあげてもいいけど、そうでない場合は覚悟することね」
「………………」
満里奈は口を閉ざして黙り込んでしまった。それは自分たちが詰みであるのを認めると同義だった。
「すごい…………」
栞奈は感嘆を漏らした。
不利だった戦況があっという間にひっくり返してしまった。雪江の話がどこまで本当かは分からないが、はったりだったとしても本当かもと疑っている時点で雪江のペースだ。
しかもこれは栞奈の知る由も無いことだが、この作戦は屋上に着いてから考えたものだった。
(咄嗟だったけど、上手く行ってよかったわ。維新軍が屋上にいる理由は分からないけど、逃げられたとしても義嗣君が何とかしてくれるでしょう。博士もそのつもりで配置したのでしょうし、余程のいレギュラーが起こらない限りは負けることはないわね)
あとは自分たちの勝利を確たるものに昇華させるだけだと、雪江は詰めの作業に入ろうとする。満里奈なら、ここから別の打開策を思いつくかもしれないが、そんな時間を与える程雪江は甘くない。
「さあ、どちらにする?分かっていると思うけど、下にいる部下を頼っても無意味よ。その時はすぐに戸沢幹也が呼ばせてもらうわ。時間稼ぎをされても面白くないから5秒経っても答えが無い場合も戦う意思があると解釈させてもらうわ」
「…………っ!」
雪江は喉元に刃物を突き立てるように追い詰める。満里奈達の表情は険しい。彼女たちに、この状況を打開する術はもうない。
雪江は止めを刺そうと最後の一手を指そうとした。
「ほら、さっさと麗ちゃん………を」
カウントダウンをする寸前だった。
人の気配でも感じたのか、雪江はふと階段の方へ目を向け、『を』の形に口を開けたまま固まった。
「はあ、はあ、くそっ。結局屋上まで来る羽目になってしまった……。早く……ロビーへ、行かないと、いけないのに………」
そこには、起こらないはずのイレギュラーが満里奈と雪江の間で膝に手をついていた。
栞奈もその人物を見て雪江と同じ顔になっていた。
「あなたはっ!」
「ん?その声は栞奈ちゃん?どうしてここに……………って」
栞奈の声に呼吸を整えたイレギュラ―は顔を上げると、目の前の光景にようやく気が付いた。
「ああ……………」
顔に手をやり、天を仰ぐ雪江。
「…………………………」
「まーた、すごいタイミングで来るね。君は」
無言を貫くレオンの隣で博士はもう苦笑するしかなかった。
「なんで……どうしてここに」
麗華は信じられないとばかりに最愛の人へ青い顔をさらしてしまう。
「まさか…………」
写真で見たことがある満里奈はその顔を知っていた。
ずっと探していた人物が予期しないタイミングで目の前に現れたせいで確信を得るのに数瞬の間を要したが間違いなかった。
「もしかして、タイミング悪かった?」
最後に全てを察した元凶、入江和総は自分の所業を誤魔化すように笑うのだった。




