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守るためなら③

「っ!」

「え?」

 麗華から発せられた言葉は満里奈を瞠目させ、栞奈を唖然とさせた。

「自分から…………だと?」

 英二は持っていた刀を落としそうになるくらいの衝撃を受けた。他の人間だったらそこまで驚かなかっただろう。誇り高い四御家から言い出さなければ。

「私はあの人に三度救われています」

 麗華は宝物を触れるように胸に手を添えた。

「一度目は私に希望をもたらせてくれた。二度目は前へ進む勇気をくれた。そして三度目は私を絶望の淵から掬い上げてくれました。ここまでされたら好きならないわけがないでしょう?」

「お前の好感度を稼ぐためかもしれねえぜ?美女に好かれるために助けるなんてよくある話だ」

「そんな器用な人ではありませんよ」

「どうしてそんなことが言い切れる……」

 何を言っても折れない麗華に英二もヘラヘラするのをやめた。そして理解できなかった。なぜこの女はここまで入江雅人を信じられるのか。

「簡単ですよ」

 麗華は優しく笑った。悟りを開くのとは違う、全てを信じきるような透明な笑みで言った。

「好感度を稼ぐためだけに、一人で国と戦争するような人なんていませんから」

「「「…………………………………」」」

 誰も何も言えなかった。この場に風が吹かなれば時が止まったかと錯覚するくらいに場が静寂に包まれた。

「だから私は自分の全てをあの人に捧げると決めました。あなたが言うとおりの代理品だったとしても、後から私以外の誰かを選んでしまったとしても私からあの人を諦めることはありません。決して」

 ほんのひと欠片の迷いもなく、最後の部分を強調させて麗華は告げた。

「「「「「………………」」」」」

 気が付くとここにいる誰もが動けずにいた。それは栞奈は例外ではない。

 栞奈は麗華が『戦士』では無いことを見抜いていた。英二も満里奈もその他部下二人も漏れなく『戦士』だというのに、その全員を圧倒して見せた。

(これが、四御家のカリスマ)

 これが上に立つ者の威風なのだと栞奈は初めて知った。

 実を言うと、王族や四御家には『戦士』が殆どいない。絶対数が少ないのも一因だが、一番の原因は『戦士』は遺伝しないところにある。

どういう因果か『戦士』が誕生するのはランダムで、ある日突然目覚める者もいれば普通の親からいきなり『戦士』が生まれる事もある。そのせいもあって、王族も四御家も戸沢幹也を含めて三人しか『戦士』がいない。もし、王国軍が謀反でも起こしたら国は簡単に崩壊する。そんな崖っぷちに彼らは常に立っているのだ。

 それなのに、100年も経つ今でもこの国が王国として成り立っているのは、ひとえに彼らのカリスマ性が人々に影響を与えているからだった。力ある者もない者も含め、王族を、ひいては四御家を信頼し、尊敬している。力が遺伝されなくても、受け継がれているものが確かにあった。

「ふっ、力もねえくせにその強気な態度、ますます気に入ったぜ」

 英二はゾクッとした顔になると、今度は麗華の顎を掴み強引に顔を近づけた。

「こうなったら無理やりにでも奪っちまうとするか。そっちの方が俺好みだしな」

「っ!」

麗華は逃れようと手を突き出すが、英二の体はびくともしない。腕をつかみ、力で無理やり引き寄せた。

「まずっ…………」

「行かせないって言ったはずよ」

 栞奈は飛び出そうとするが満里奈のせいで動くことが出来ない。

 その間も英二の唇は麗華の唇へ寄せていく。

(このままじゃ……………)

 絶対絶命だった。栞奈の焦りは最大にまで高まる。話したことも無い間柄なのに麗華があの英二に穢されるのはどうしてか我慢ならなかった。

(誰か、助けて!)

 栞奈は両目を瞑った、その時だった。

 ガッ、とフェンスから音が鳴った。

「?」

「なんだ?」

 満里奈と英二が訝し気に音の鳴る方に目を向けると、鉤爪の付いた縄がフェンスに引っ掛けられていた。すると、その縄から引っ張られるようにして二つの影が屋上へ躍り出た。

「えええっ⁉」

 栞奈が仰天していると太陽を背にして飛ぶ二つ、いや三つの影は重力に従いながら屋上へ華麗に着地した。

満里奈は警戒心を高めた。相手は王国軍の軍服を着ている。明らかに敵だ。

「誰………………」

 しかし、誰何する暇はなかった。

 三人のうち二人が着地するなり俊足で満里奈に迫った。

「ふんっ」

 グローブをつけた長身の少女の拳が満里奈に襲い掛かってきた。

 音速を超える剛拳を何とか目でとらえられた満里奈は反射的に栞奈の腕を離し、刀を抜いて受け止めた。

「ぐうっ!」

 威力は相当だった。速度で上乗せされたこともあり踏ん張りきれず吹き飛ばされてしまう。

 一回転して何とか足から着地させると、その横をもう一人の美女が抜き去った。

(しまった。こっちは囮!)

 すぐに追いかけようとしたが遅かった。

もう一人はすでに、麗華の方へ手を伸ばしていた。

「おっと、そいつはさせねえぜ」

 それは英二が許さなかった。不意打ちをものともせずに麗華へ伸びる手を掴むと力任せに放り投げてしまう。

「ちっ」

 空中で舌を弾いた美女はバク転で距離を取ると栞奈のいるところまで下がった。

「やっぱりダメだったわ。不意をつけば助け出されると思ったけど……そっちは上手く助け出せたみたいね」

「……………………」

 長身の少女は何も答えなかったが、それが通常運転なのか、美女は咎めることも無く座り込む栞奈へ手を差し伸べた。

「大丈夫?危ないから下がっていて」

「は、はい。ありがとうございます……」

 栞奈は戸惑いながらも美女の手を取り立ち上がると、邪魔にならないように後ろへ下がった。

(王国軍………?)

 栞奈は助けてくれた二人の姿を後ろから凝視した。

 着ている服は王国軍と全く同じ軍服だ。テレビで見たことあるから間違い。なのに、栞奈は猛烈な違和感に襲われていた。どこがと聞かれたら答えに窮してしまうが何かが違うと記憶の奥が囁く。本物なしで間違い探しをさせられているみたいでモヤモヤしてしまう。

「不意打ちとはやってくれたわね。こんなに早く王国軍が来るなんて予定外だったわ」

栞奈を奪われた満里奈は恨みがましく睨んだ。

「あらゴメンなさい。こっちも屋上に人がいるとは思わなくて余裕が無かったのよ」

 満里奈の本気の殺気を、妙齢の美女は微笑すら浮かべ、そよ風のように受け流していた。

(ふーん。つまり屋上へ上がって着地するまでのわずかな時間で状況を把握し、行動を起こしたってわけ?しかも隣の子に指示まで出して。面倒なのが現れたわね)

 満里奈は警戒レベルを一気に引き上げた。一瞬で状況を把握し、実行に移せる者など王国軍の中でも隊長クラスと見て差し支えはない。

 だが、それくらいの優秀な兵士がいるのならマークしていないのはおかしい。

 一体どこの部隊だろうか。満里奈は確認しようと軍服の袖に視線を集中させると、その後ろからもう一人、白衣を着た愛らしい少女が美女たちに近づいた。

「だけど、私には一言あってもよかったんじゃないかい?いきなり飛び出すからびっくりしたじゃないか」

少女は腰に手を当てぷくりと小さい頬を膨らませた。

「言う暇が無かったのよ。大切な友達でもある麗ちゃんが知らない男に乱暴されそうになるのを見せられたらじっとしていられないでしょ?」

 雪江はそう言いながら英二へ鋭い視線を突き刺した。今は麗華から離れているが、次触れたら容赦しない。とその目はそう訴えていた。

「雪江さん………」

麗華は感激で思わず美女の名を漏らした。

「雪江?その名前って……」

 満里奈は何か思い出したのか、目を大きく開くと、

「ふふ、あはははははははははははっ!」

 狂ったように笑い声をあげた。

 唐突の笑声に雪江たちは嫌な予感を感じ、眉をひそめた。

「何?人の名前を笑うなんて、失礼じゃない?」

「ごめんなさい、馬鹿にしたわけじゃないの。ようやく確信を得られて嬉しかったのよ」

「確信?」

「顔は知らなかったけど、雪江という名前は聞いた事があるわ。入江和総の副官の名前ね?」

「えッ」

栞奈は驚きが声に出てしまった。麗華がしまったと口を押さえても、雪江たちの表情は小動もしなかった。

「何の話かしら。入江和総なんて知らないけど?」

「ごまかさなくてもいいのよ。その軍服を見れば一目瞭然だから」

 満里奈は雪江の右腕を指さした。

「王国軍は軍服の腕に必ず所属部隊のワッペンが縫い付けてあるはずなのに、あなた達の腕に所属部隊のワッペンが付いていない。どうしてかしら?」

「………………あっ」

 栞奈ははっとして雪江たちの袖を見ると、満里奈の言う通りそこには王国軍であることを示すものは何もついていなかった。下にいた第二部隊がそうだったように、王国の軍服に部隊を示すワッペンが縫い付けられている。それを目にしたから雪江の軍服に違和感があったのだ。

「答えは簡単。あなた達は王国軍ではないからよ。入江和総と同じでね」

(それって…………)

 栞奈も入江和総本人から似たような話を聞いていた。途中で邪魔が入って聞けずじまいになってしまった話だ。「正確には違う」と本人も語っていたが、それなら彼らはどこに所属しているというのだろうか。少なくともどこにも所属していないということはないはずだ。

それらの疑問の全てを、満里奈が解消してくれた。

「そうでしょう?『国王軍第零部隊』さん」


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