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守るためなら①

「ゔっ!」

 横っ面を殴られ階段を転げ落ちる男を栞奈は見送ると、鞘を納めたままの刀を下ろした。

「はあ……はあ……」

 弾む息は苦戦の程を物語っていた。英二や満里奈でなくてもここにいる維新軍はどれも三桁は下らない者ばかりで、900を超えていても楽勝というわけにいかなかった。上から奇襲され刃を抜く間も無かったせいで意識を奪うのが精いっぱいだった。

「急がないと………」

 栞奈は軽く息を整えてから新手が来る前に目的地へ向け階段を登った。

 敵はロビーに集中しているからか、上の階には維新軍があまりいなかった。雅人が呼んだ援軍のおかげなのかは分からないが、今の栞奈には都合が良かった。

 維新軍と戦いたくないわけではない。ただ、雅人と決別した手前、ロビーで彼と顔を合わせ

て戦うのはかなりバツが悪かった。それに満里奈や英二に出くわしても同じ結果を繰り返えす

だけだ。いくら憎くても、勝てないと相手にがむしゃらに挑むほど、栞奈は冷静を欠いていな

かった。

今後も戦う機会はある。そう自分に言い聞かせ、今回だけは雅人たちに譲り、栞奈は他を優

先することにした。

(おじいちゃん………)

 それはずっと気がかりだった祖父の安否を確かめることだ。唯一の家族を、肉親を二度と失いたくない栞奈は病室には入れなくても自分で直接安否を確認せずにはいられなかった。

「……………………」

 思い出すのは三年前、薄暗い一軒家のリビングで息絶える三人の家族だった。父を、母を、弟が重なり合うようにして殺されたあの日は、昨日のように覚えている。

 フローリングを埋め尽くさんばかりに流れる夥しい量の血を、その前に佇む『日滅』の入れ墨を刻んだ男の姿を栞奈は絶対に忘れない。

「…………………っ!」

 腹の底からせり上がる感情に吐き気を催しながらも、栞奈は歯を食いしばって階段を駆け上がった。

 戦闘を挟んだこともあり、楽な登頂ではなかった。足に乳酸が溜まるのを実感しながら栞奈は最後の階段を上り切った。

「ふう………」

 栞奈は一息だけ大きく息を吐くと、止まることなく踊り場を抜けた。祖父の病室はここから程なく近い。休みたい衝動に堪え、隣のエレベータ乗り場を過ぎ右に曲がった。

 その直後だった。

 栞奈の耳がエレベータの駆動音を拾った。

「え?」

 栞奈は足を止めた。一瞬気のせいかと思ったが足音を消したが聞き間違いではない。誰かがエレベータを使っている。

(誰が使って………)

 扉が開く前に死角に身を隠し、片目だけ物陰から出した。

「っ!」

中から出て来たのは予想外の人物だった。

「さあ、行くわよ。傷一つ付けるだけで価値が下がると思いなさい」

「「はっ」」

 ハイカラな和服を少女が二人の女性の部下を引き連れていた。

 栞奈にとっては記憶に新しく、因縁のある敵だった。

(確か、満里奈って人!なんでここにっ)

 栞奈は刀を強く握った。ロビーで完膚なきまでに敗北させられた屈辱を思い出し、すぐにでも死角から飛び出して一撃を食らわせたい衝動にかられたが、部下に抱えられる美女が目に入り、寸でのところで止まった。

「あの人は、もしかして入江さんの…………」

 ロビーでも見かけた美貌の持ち主は見間違いようがない。雅人が探していた麗華その人だった。まだ目を閉ざしたままなのか、抵抗もせず運ばれている。

(どこへ行こうとしているの?)

 栞奈は冷静に彼女たちの行方を目で追った。この最上階は病室しかなく、その全てに鍵が掛けられていて隠れられる場所すらない。そこに気づかない愚を満里奈が犯すとは思えなかった。

 ならばここに来たのはなぜなのか。

「えっ」

 栞奈は思わず声に出て口で手を押さえた。運よく満里奈達には聞こえていなかったみたいだが、声が出てしまうのも仕方なかった。

 満里奈達が向かったのが病室のある方ではなく栞奈が使った階段だったのだからだ。

(今から降りるの?いや、まさか…)

 こんなバカな話はない。エレベータで上ってすぐに階段を降りるなんて意味がない。誰かを撒くならまだわかるが、それにしては彼女たちに焦りが無さすぎる。

 栞奈の疑念通り、彼女たちは下へは降りるわけではない。むしろその逆だった。

 満里奈達はさらに上へ登って行った。

「その上って………」

 先も言ったがここは最上階だ。そこからさらに上となると………

(屋上?どうしてそんなところに)

「ふっ」

 屋上へ続く扉を満里奈新しい刀で一閃し斬り破った。

「やっぱり屋上にはあの頑丈なシャッタ―は無かったわね。これで目的は達せられそうだわ」

 陽の光に目を細め、満里奈達は屋上へと出てしまう。

 栞奈は音を立てないように後をつけると無くなった扉の陰に身を潜ませた。

「満里奈様。この後は……」

「時間までここへ待機しておきましょう。人質はフェンスに寄りかからせておきなさい」

「了解しました」

 部下は丁重に麗華をフェンス下ろした。

 麗華は刀を仕舞うと、麗華の前まで歩いてしゃがむとパシンッと平手打ちをかました。

「うっ」

 麗華は痛みで目を覚ますのを満里奈は冷然と見下ろした。

「目を覚ましなさい。いつまで眠っているつもり?」

「ここは……………」

 寝ぼけた目で周囲を見渡す麗華は隣に控える部下たちの服を見て意識を覚醒させた。

「あなた達は維新軍?…………そうだ。私は一階で気絶を……」

「あら、私たちを知っていたのね。流石は御園家のお嬢様だわ」

「っ!」

 その名を聞いて栞奈は大きく目を見開いた。

(御園家⁉それって四御家の⁉) 

 戸沢家と並ぶ名家を知らない人間はこの国にはいない。国王に次ぐ権力を持った家の娘。確かに維新軍が人質にする価値は十分すぎるくらいに高かった。なにより、雅人が探している人物というのが四御家の娘だったのが信じられなかった。

「私をどうするつもりですか?屋上のようですが、まさかここから逃走を?」

「あなたを抱えて逃げるのは目立ちすぎるから迎えが来るまで待機よ。あなたを起こしたのはそれまでに聞いておきたいことがあるのよ」

 満里奈はひざを折り、麗華と目線をおなじにすると単刀直入に尋ねた。

「入江和総はどこにいるの?」

「それを、私が教えると思っているのですか?」

 満里奈の、維新軍の目的を聞かされて、麗華は形の良い眉を寄せた。

「思っていないわ。あなたを攫ってしまえばどの道彼は出て来ざるを得ない。でもあなたを使わずに入江和総を始末できれば他の交渉に回せるでしょ?王国軍がやって来る様子もないし、少しは欲をかいてもいいと思わない?」

「…………くっ」

 麗華は小さく呻いてしまう。自分が捕まっていたせいで王国が、愛しい人が窮地に立たされようとしている。麗華は自身の価値はちゃんと理解している。このまま連れていかれてしまえばほぼ詰みだ。最悪維新軍との内紛にまで発展しかねない。

(どうすれば…………)

 それは栞奈も理解していた。四御家の人間を維新軍に渡してはいけない。どうにか隙をついて逃がせられないか、必死に頭を回転させる。

(力を使えば御園家の人を抱えて飛び降りことはできるけど、あの満里奈をどうにかしないと絶対に捕まる!)

 満里奈の実力は嫌というほど知っている。半端な隙では意味がない。せめて、麗華から離れてくれないと動けない。栞奈は動け、離れろと念じた。

 しかし、それに集中するあまり気づけなかった。背後から近づいて来る者に。

「おい、何してんだ。そこで」

「………!!」

 栞奈は心臓が止まりそうになった。

 声だけで誰かはすぐ分かった。というか忘れたくとも忘れられなかった。

 満里奈すら話にならない化け物の存など。

(全く気配が無かった‼)

 知識の無い栞奈にはカラクリは分からないが、そんなことを考えている余裕などなかった。目の前の脅威から逃れようと栞奈は全力で屋上へ飛び出してしまった。

「あら?私の前に現れてくれるなんて嬉しいわ」

「ぐっ!」

すかさず背後に回られた満里奈によって、組み伏せられてしまった。

「お兄様。お目覚めになられましたのね」

 栞奈の腕を捻りながら満里奈はにこやかに話しけるが、英二は栞奈に目もくれず満里奈へ鋭い眼光を向けた。

「なられたじゃねえよ。俺が寝ている間に連れ去りやがって何のつもりだ?」

「他意はありませんよ。気持ちよさそうに眠っていたので、起こすのが憚られただけです」

「本当かねぇ、まあいいけどよ。それよりも目覚めたみたいだな」

 英二はニヤァと口を曲げると、屋上を突っ切ると部下を端に寄せて麗華の前に立ち止まった。

「あなたは………」 

陽を遮るように立つ英二に麗華は嫌な顔を隠そうともしなかった。

「どうだ?俺の女になる決心はついたか?」

 英二は麗華の顎をくいっと上げるといきなり口説き始めた。

「………………………」

 栞奈は状況も忘れて呆然としていた。

「ちょっと、お兄様?それが誰と分かって口説かれているのですか?」

 満里奈も知らなかったのか、口が若干引き攣っていた。

 お兄様はお構いなしだった。

「関係ねえな。俺たちは維新軍だ。相手がどんな立場だろうが奪ってなんぼだろうが」

 英二はずいっと顔を近づけると顔をうっとりとさせた。

「何度見ても俺の好みドストライクだ。連れ去ろうとした俺の目に狂いはなかったぜ。戻ったら洗脳処理もしてもらわないとな。これだけの大物ならあいつも嫌とは言わないだろ」

(うわ、兄妹だ)

 妹に似たようなことをされかけた栞奈は血のつながりにドン引いた。

「それについては先ほどもお断りしたはずですよ」

 麗華は英二の手を弾くとフェンスに背をつけて距離を取った。

「私には心に決めた人がいます。その人以外と一緒になるつもりは露ほどもありません」

「さっきも聞いたよ、入江雅人だろ?あんな奴のどこがいいのか分からねえけどな」

「聞き捨てなりませんね。あなたにあの人の何を知っているというのですか?」

 麗華の声が低くなった。感情的になる麗華に英二は口の端がつり上がる。

「大体よ。あいつは本当にお前を愛しているのか?」

「何を言って………」

「俺は知ってるぜ。お前、あいつの二番目なんだろ?」

「………………」

「二番目?それって……」

 栞奈から疑問の声が上がる中、麗華の顔はさらに歪んだ。

「どうしてそれを………」

「お前たちのことならなんでも知ってるぜ。一番目がいなくなったから、代わりにお前を隣に置いたんだろ?顔が良いってのは得だよな。お前みたいな代わりが沢山作れるんだからよ」

 英二は両手を広げておどけてみせる。

「お前がいなくなっても同じだ。あの男はまた別の誰か隣に置くだけだ。三番目か四番目かは知らねえけど、入江雅人にとってお前は代理品としか考えてねえんだ。意地を張らねえでよ。お前も俺に乗り換えちまえよ。俺なら幸せにしてやるぜ?」

 それは悪魔の囁きだった。

 いくら自分が深く愛しても相手も同じくらい愛しているとは限らない。口では言ってもらえても、心の底では多数いる中の一人としか見ていないかもしれない。

 そんな不安を抱えてまで一緒になる必要はあるのだろうか。そこまで入江雅人にこだわる価値はあるのだろうか。

 英二は揺さぶるように、麗華を惑わした。

「…………………」

 麗華はガクッと首を折った。いや、折れたのは心の方か。

「あははははは‼ほら、早く俺の手を取れよ!」

 英二はより醜悪に嗤うと一歩下がって片膝たちになると、きざったらしく手を差し出した。

「っ!ダメ!」

 栞奈は強引に抜け出そうとするが、満里奈が力で押さえつけてしまう。

「やめておきなさい。あなたじゃかまいたちで真っ二つになるわよ」

「どいてっ‼」

怒声を飛ばしても満里奈は腕を緩めたりしなかった。今邪魔したら容赦なく殺してしまうと満里奈は良く知っていた

「ダメよ。わがままを言うなら今度こそあなたの意識を奪うわ」

 満里奈が力をさらに開放すると、栞奈はひるんで動けなくなってしまう。

 このままでは麗華は維新軍へ行ってしまう。

早まった判断はさせてはならない。雅人と直に話した栞奈には、いかに麗華を想っているかは、明らかだった。それをどうにか伝えようとしたが、それはいらない心配だった。

「ふふ、ふふふふふふ!代用品ですか。違いありませんね!」

 麗華だった。ツボに入ってしまったのか、口を隠しながら肩を震わせていた。

 英二は表情を消し、訝し気に眉をひそめた。

「何がおかしい」

「いえ、面白い例えをするなと思いまして。ですが、一つだけ違う所がありますよ」

「………どこが違うってんだ?」

「代用品になることを望んだのは私の方です」




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