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目的のためなら⑤

和総の祈りは届いていたのか。

 ドット柄のようにシャッターを閉ざす病院の前に数人の人影があった。

「あの中に二人が閉じ込められているのよね?」

「そのようです。電力会社の証言だと閉じ込めたのは彼自身みたいですけど」

 正面入り口の前で外観を眺める妙齢の美女に幹也は首肯する。和総からは要らないと言われたが、放ってはおけずここへ戻ってきていた。

「連絡をくれればすぐにでも電力を復活させてくれるみたいですけど、病院の中から操作しないと開けられない上に、電波障害も復活するみたいです」

「思っていたよりも状況が悪そうね。まさかシャッターにあんな細工をされていたなんて。タチの悪い悪戯をされたものね」

 大きな胸の下で腕を組み、形の顎に人差し指を当てる妙齢の美女。色気の無い軍服越しでも目を奪われるプロポーションだ。そのままファッション誌に載せられそうなくらい絵になっている。

「ところで、まだ敬語が抜けないの?もう私はあなたの上司じゃないのよ?」

「えっと、それは…………」

 キロッと睨まれ幹也は顔を引き攣らせた。

「早く治して頂戴。四御家の次期当主に敬語使われているなんて肩身が狭くてかなわないわ」

「そ、その治そうとはしているんですけど……、新人時代のトラウマが邪魔をしていて……」

幹也が情けなくゴニョゴニョすると、美女の目がさらに鋭くなった。

「誰が言い訳をしろと?」

「はい、すみません‼」

 幹也はシュバッと背筋を伸ばすと腰から九十度に曲げた。軍人らしい綺麗な姿勢だが、ファンが見たらがっかりする光景だった。

これはまだ時間がかかりそうね。と美女が頭痛を堪えている後ろから長身痩躯の男が美女の名を呼びながら近づいてきた。

「ダメっス雪江姉さん。何度か呼び出したんスけど、先輩と繋がらないっスね」

「ありがとう義嗣君。たく、何しているのかしら。着いたら連絡しろって言ったくせに」

 雪江は腰に手をやり閉ざされた病院へ鋭い目をやった。つり目というわけでもないのにやけに迫力があった。幹也は直立したまま動けない。

 義嗣は連絡を諦めてタブレットをポケットにしまうと肩を竦めた。

「先輩のことスから今頃『維新軍』に追われているんじゃないスか?」

「あり得るわね。何かやらかしてないといいけど」

 二人の懸念は半分正解だった。階段を下りる途中で維新軍を見かけたどっかの誰かさんはいまだロビーに辿り着いていなかった。

「どこか抜けてますからね。あの大学に受かるくらいだから頭は悪くないはずなんスけど、計画性が無いんスよねぇ」

「本当にねぇ。勉強できるけど、仕事ができないタイプなのよね」

 さんざんな言われようだった。ここに本人がいれば顔をしかめていただろう。

 そんな二人の会話に新たな声が入り込んできた。

「基本一手先しか読めないからね彼は。チェスや将棋も引くほど弱いし」

 声は病院の入り口だった。

 シャッターの前でパソコンをすばやくいじる少女が呆れと一緒に愚痴をこぼした。

「やはり中からじゃないと開けるのは無理だね。侵入経路くらい確保して欲しかったよ」

「博士でも難しいとなると、作戦を変えるしかないわね」

 雪江が頬に手を当てると博士はパソコンを閉じて立ち上がってスカートの埃を払った。

「この私が設計したからね。簡単にハッキングできないようにしたのが裏目に出たよ。おまけに見覚えの無い電波妨害なんて取り付けるなんて、舐めたことしてくれたものだ」

 綺麗というより愛らしい容姿の博士はその相貌を怒りで歪ませた。

「じゃあどうしますか?入り口は全部シャッターで閉ざされますけど、力づくで破ることが出来ないんスよね?」

「うん、前に一度試してみたけど少し凹ませるのが精いっぱいだったよ。かなり時間をかければできるかもしれないけど…」

「それはあまり得策だとは言えないわね。音でバレたら人質が何されるか分かったものでもないわ。他に入れる手段はないかしら博士」

 雪江は黒い壁に手を当てると背後に少女へ問いかけた。こういう時頼りになるのが博士だ。

「準備に時間がかかるけど、方法はあるよ。それなりに危険はあるけど」

「それくらいは許容範囲よ。ならそれを前提に作戦を立てましょう。皆集まって」

 雪江が号令をかけると、彼女を起点に義嗣と博士、幹也は円を作った。皆が雪江の指示を聞こうと耳を傾ける。

「レオンもこっちに来なさい。いつまでそこにいるつもり?」

 雪江は輪の中に入ろうとしないもう一人の少女を咎めた。

「…………………」

 義嗣よりも高い身長を持つレオンは雪江を一瞥してすぐ目を逸らしてしまう。乗ってきた車に寄りかかり、病院の外壁を眺めているレオンに幹也がハラハラし、雪江は額を押さえた。

「あのねぇ。この場では私に指揮が一任されているのよ?協力してくれないと、助けられる人も助けられないわ」

「……………………」

「それとも、彼を助けたくないの?」

「…………………っ」

 それを言われてしまえば無視するわけにはいなかった。扱いに慣れた雪江はどう言えばレオンを動かるか心得ていた。

 わずかに眉を寄せながら渋々輪の中に入るレオンを他の者たちは歓迎した。

「雪江君の言う通りだよレオン君。君の恩人を助けるためにもここは協力的にいこう」

 隣に来たレオンに博士は優しく背中を叩いた。年齢はレオンの方が上なのに、博士の方がお姉さんみたいだった。

「だ、大丈夫だよっ。雪江先輩の指揮は優秀だから、任せておけば間違いは無いよ!」

 幹也は雪江の機嫌を損ねないようにするのに必死だった。

「そうっスよレオンちゃん。先輩を心配する気持ちは分かるけど、ここは一つ姉さんを信じて」

「死ね」

「なんで僕だけ毒を吐くの⁉」

 義嗣は涙目で理不尽を叫んだ。ずっと仏頂面だったレオンだが、義嗣の時だけは生理的に受け付けないばかりに顔を顰めていた。義嗣はさめざめと泣いてしまう。

 話が脱線仕掛けると、雪江は手を叩いて流れを引き戻した。

「はいはい、おしゃべりはそこまでにしてさっさと作戦を立てるわよ。博士、病院への侵入手段を教えて貰えるかしら」

「了解。説明と言っても手段自体は難しくない。君たちなら簡単に侵入できるはずだ」

 そう言って博士はその手段を説明した。

「うん、その案で行きましょう。後は分担ね。とりあえず中へは私とレオンで行くわ。博士がいないとシャッターは開かないからレオンが護衛をしてちょうだい。いいわね?」

「…………………………」

 レオンは無言だがコクリと頷いた。一応協力してくれるみたいだ。

「幹也は外の野次馬対策とシャッターが開き次第人質の避難誘導をして。パニックを起こしてもあなたなら上手くやれるでしょう?」

「はい、すでに外の警備員には人が集まらないように周囲を見張ってもらっています。あと人員が必要だろうから俺の部隊を動かせるよう上に掛け合いました」

 電話ではいらないと言われた幹也だったが、絶対必要になるだろうと雪江たちの後すぐに呼んであった。病院の外なら維新軍も警戒しないだろうと踏んで。

「流石ね。それじゃあその人たちの指揮は任せるわよ」

「了解しました」

 全然敬語が抜けない幹也だが、咎める時間が惜しかった雪江はひとまず置いておいた。

「最後に義嗣君だけど………」

「彼は私が指示してもいいかい?」

 スッと博士が手を挙げ、皆の注目を集めた。

「念のため義嗣君にはこの地点で待機をして欲しいんだ」

「待機っスか?」

 博士は自分のタブレットを取り出し、素早く操作するとブルルと全員の端末が振動した。

「ここは………」

「憶測だけど、当たっていたら厄介な事になる。万が一に備えて配置についてくれ」

「了解っス。すぐに準備に取り掛かります」

 義嗣はビシッと敬礼をすると武器を取りに小走りで車へ向かった。

「私たちも行動に移りましょうか。猶予がどれくらいあるか分からない以上、迅速さがものを言うわ。侵入の準備はどれくらいかかりそう?」

「君たちが手伝ってくれれば10分でいけるよ」

「上出来ね。すぐに始めましょう」

 雪江は満足そうに頷くと最後にもう一度病院を見上げ、高らかに言い放った。

「さあ助けるわよ。手のかかる私たちの隊長を」 


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