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目的のためなら①

「え?入江和総?」

 俺の名を聞いた彼女はギョッとした目でまじまじとこちらの顔を眺めてきた。

何だか聞いたことはあるけど想像と違った、みたいな反応だ。

「あれ、もしかして俺のこと知ってるのか?」

「そ、その知っているというか、ついさっきもその名前を聞いたばかりでして……」

 彼女は頬を染め、目を逸らすとロビーでのやり取りを全て語ってくれた。

幹也の推理した通り、『維新軍』が俺を殺すためにこの病院へ乗り込んできたようだ。

「そうか、『維新軍』が俺を……」

「はい、国を潰すのに邪魔だから入院しているうちに始末すると言っていました。その服を見る限りだと入院しているようには見えませんけど………」

「昨日退院したばかりなんだよ。今日は経過検診に来たんだけど、タイミングが悪かったな」

 どの道行かなければならなかったとはいえ、忸怩たる思いは拭えなかった。こんなことなら麗華だけでも家に居させればよかったと先に立たない後悔までしてしまう。そうすれば今回の件に巻き込まれることは無かった。

 未だ行方知れずなのがもどかしい。ロビーに捕まっていない事を祈りたいが、それは希望的観測でしかない。

ロビーから逃げてきた彼女なら何か知っているだろうか。

「聞きたいんだけどさ、ロビーの人質に長い黒髪でやたら美人な人はいなかったか?」

「黒髪の美人ですか?もしかして一人だけ別の所に隔離されていた人でしょうか。気を失ってましたけど長い黒髪で、すごく綺麗な人でした」

「…………………そうか」

 麗華で間違いなさそうだ。

 長い黒髪はこの国に沢山いるが、他の人質と一緒にしていないという時点で、特別扱いしていると言っているようなものだ。やっぱり『維新軍』は麗華の存在を知ってたみたいだ。

 すぐにでも助けに行きたい。けれど力の無い俺では木乃伊取りが木乃伊になるだけだ。仲間

の到着を待つことしか俺にやれることはない。ひと月前のように敵陣へ突っ込めたらどんなに

楽だったかと、狂った考えが頭を過ってしまう。悪い癖だな、と俺は自嘲しながらタブレット

で時間を確認した。

(水羅さんのところを出て15分は経ったか………。幹也のことだからすぐに連絡してくれ 

ただろうけど、それでもあと20分は来ないと考えた方がいいな)

 デジタル表示の時計はまだ動くべきではないと俺に告げてくる。せめて、少しでも早く行動できるように着いたらすぐに連絡をもらえるようメッセージだけでも送っておこう。

「あ、あの………」

 タブレットをいじり始めた俺に彼女は遠慮がちに声をかけた。

「ああゴメン。人前でいじるのはよくなかったよな」

 人前で勝手にいじったことを詫びると短文を送ってスリープ状態にした。

「いえ大丈夫です。あの、私も一つ聞いてもいいですか?」

「いいけど、何を聞きたいんだ?」

 俺は首を捻ると彼女は腿の上で指を組みながらチラチラこちらの顔を伺いながら口を開いた。

「国と一人で戦争したって本当なんですか?しかも勝ったって………」

 その声は遠慮がちながら疑心に満ちていた。本当に一人で勝てるのかと、問われたようだ。

 話を聞いただけでは納得できないのだろう。俺も聞かされる立場だったら簡単に信

じたりはしない。それくらい現実離れしている自覚がある。

「すっ、すみません不躾に。でもどうしても気になってしまって………」

失礼と自覚しているのか罪悪感でうつむいてしまった。俺は苦笑すると、時間もあることだ

し、正直に話してあげた。

「信じられないかもれしれないけど、一応本当だよ」

「そ、そうなんですか?でもその、あなたには力が…………」

 正直に話しても彼女はすぐには納得しなかった。

 彼女も『戦士』だから俺に力が無いことにはすでに気づいていたみたいだ。

だけど、彼女の言い方には引っかかる。かまをかけるつもりはないが一つ確認してみよう。

「かなり無茶したから力が使えなくなっていているんだよ。ほら、空虚病ってやつ」

「空虚病?それは何ですか?」

 やっぱり、聞いたことが無かったか。『戦士』なら誰もが知っている知識のはずなのに。

一度でも聞いた事があれば、まずそこを疑わなければおかしい。

「教習所は行ってないのか?そのあたりも教えて貰えるはずだけど」

『戦士』になった者は最低一回、専門の教習所で講習を受けることが義務付けられている。

 俺の記憶では空虚病は最初の講習でも教わるはずだ。

「実はまだ一度も受けられてないんです。だから『戦士』について何も知らなくて……」

 彼女は言いづらそうに、知らない理由を教えてくれた。

「一度も?力を使えるようになったのは最近なのか?」

「三年前からです。本当は目覚めてすぐに受けるはずだったんですけど、事情があって……」

「事情ね……。まあ、受ける時期は指定されていないから違反ではないか」

 俺はこれ以上言及するのを控えた。

 どうやら彼女は訳アリみたいだ。力はある日突然目覚めることがあるから、講習は一年中受けられるようになっている。なのに、三年経っても受けていないというのは、それだけ深い『事情』があるということだ。それを口にした時の彼女の苦々しい表情がそれを物語っている。 

「じゃあ自分の数値も知らないのか?」

「知らないです。その数値というのも今日知ったばかりなので………」

 そう言うと彼女はギリと歯に力が入った。それは悔しさなのか、別の感情なのかは俺には判別できない。ただ、彼女は自分の現状をよく思っていないということだけは分かる。

 俺は右手にあるタブレットをちらっと見て彼女にある提案をしてみた。


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