表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/49

悪意の裏側で⑦

めちゃくちゃ予想外だったと言わんばかりに困る和総に水羅は呆然としてしまう。

「いや、載せるわけねえだろ。生命維持にも使われる電気を悪戯で止められたら洒落にならないんだから。いくら停電用の蓄電池が備えているからっておいそれと案内図に描かねえよ」

「え…………そうなの?」

 和総の顔から汗がにじみ始めた。

「ちなみに、水羅さんはどこか知ってたりは?」

「変電室って所で出来るって聞いたけど、装置が複雑すぎるから電力会社に管理を一任しているはずだ。素人が扱えるものじゃないな。下手にいじって取り返しのつかなことになるのは避けた方が良い」

「マジか……ブレーカーのスイッチ一つで消せるものじゃないんだ。……計算が狂った」

「そんな腹積もりだったのか?」

 なんて浅はかなのだろうと、水羅達は開いた口が塞がらなかった。

色々台無しな和総は汗の量を三倍にすると頭を抱えた。英傑はもういなかった。

「ヤバイどうしよう…。早くしないと逃げられるかもしれないのに。そうだ!水羅さんなら頑張ればできるんじゃない?ほら頭いいしさ」

「無茶ぶりするんじゃねえよ!私だって完全に専門外だっての!」

水羅の怒りはもっともだった。いくら頭が良くても勉強をしていない分野の知識なんてあるわけが無い。医学の知識がない政治家に手術しろと言っているようなものだ。

「そうか~~。なあ、何か他に手は無いかな?」

「そう言われてもな………」

 頭を掻きむしる和総の代わりに何とか案を絞ろうとする水羅。しかし、攻め込まれた敵を封じ込める策なんて医師である水羅がすぐに浮かぶわけもなく…………。

「いっそ電気の供給自体を断っちまえば楽なんだけどなぁ。蓄電池も一時間は保つし」

 このような短絡的な案しか浮かばず、看護婦達の失笑を買った。いくら頭が良くても咄嗟に妙案なんか浮かぶはずがない。水羅も何も言わないよりはマシ程度で、むしろ場を和ませるつもりの冗談だった。

「よし、その案で行こう」

 なのに、和総は採用してしまった。

「えっ、おい今なんて………」

一人、眼鏡の奥で目を輝かせる雅人に水羅は聞き返さずにはいられなかった。

「電力会社に止めてもらうんだよ。電話でさ!」

「はあ⁉本気で言ってんのか⁉」

 採用されるなんて思いもよらず、水羅は目と口をあんぐりと開けた。

 和総は止まらなかった。

「本気も本気だよ。あの、電話番号を調べてもらえます?今ならネットも繋がるはずなので」

「は、はい。すぐに検索します!」

 面食らう水羅を置き去りにして、和総はあれよあれよという間に行動を始めてしまう。

「ありました。これです」

「ありがとうございます。すぐにかけよう」

 和総はもう一度固受話器を取ると看護婦が自分の端末で調べてくれた番号を押し始める。

「待て待て!部外者が頼んで止めてもらえるわけねえだろ!いたずら電話と思われるのがオチだって‼」

 水羅は慌てて止めに入っても和総の指は番号を押し手続けた。

「それくらいは俺でも分かるよ。だから奥の手を使う」

「奥の手だと?」

 本当に何をしでかすのかとハラハラする中、雅人は通話を始めた。

「もしもし、御園家からの要請です。王立病院の電源を落としてください」

「うおおおおおおおおおおおおおい、何言ってんだテメエ!」

 室内が今まで以上の混乱に見舞われた。その名はこの国では特別な意味を持つ。その名を和総は躊躇いもなく使ったからだ。雅人は手段を選んでいなかった。

「入江和総って言えば伝わるので後で確認してください。今は時間が惜しいのですぐにお願いしたいんです。え?事情を聞かないと実行できない?」

 電力会社も受話器の向こうでも混乱しているのが手に取るように伝わった。それが普通の反応だ。重要な電子機器もある病院の電源を切れと言われてすんなり従えるわけがない。

 やむなく、和総は事情を説明した。

「といったことがありまして、そいつらを逃がさないためにシャッターを開けないようにしたいんです。はい、はいそれでお願いします」

 どうにかして納得させられたのか、和総は受話器を置いた。

「よし、これで何とかなりそうだ」

「本当かそれ?」

 ふうっと汗をぬぐう和総に水羅は非難するように半眼で睨んだ。

「こんな見切り発車でずっとやってきたのか?国を一人で潰した奴とは思えねえな」

「こ、これでも時間が無い中で一生懸命考えたんだよ。作戦を考えるのは得意じゃないし……」

 和総は言い訳しながら両手の人差し指を突き合せた。もっと良い手があったと言われても、和総にはあれ以上の案は浮かばなかった。

「まあ、私じゃここまで考えられなかっただろうから文句を言えた口ではないか」

 そこは水羅も弁えていた。和総の立てた作戦は完璧とは言い難いが、相手の行動を読んで作戦を立てるというのは言うほど簡単ではないのだ。

「てか、良かったのか?あの名前を使っちまってよ。バレたらヤベエだろ」

 それ以上に和総が電力会社に『あの名前』を口にしたのが気になっていた。和総はその名に苦手意識を持っていたはずだ。無断で使うことにためらいは無かったのだろうか。

和総は諦めたように嘆息した。

「仕方ないだろ、麗華を連れてかれたら本末転倒なんだから。奪われるくらいなら説教くらい甘んじて受けるさ。娘が『維新軍』に捕まったらあの家は黙ってないだろうしな」

 背に腹は代えられないと和総は盛大に肩を竦めた。麗華が危ないからとはいえ、あれだけ怯えていた名を使う和総の胆力に水羅はもはや笑うしかなかった。

「全く……、テメエは大物なのか間抜けなのか分からねえな………」

「どっちでもいいよ。それより電気が消えたら俺はここを出るから戸締りはしっかりしといて」

 和総はどうでもよさそうに言うとシャッターから携帯をはがし、支度を始めた。

「どこへ行くんだよ。外はまだ維新軍が徘徊してるだろ?」

「戦力は多すぎて困ることは無いからな。ロビー以外にも第二部隊がいないか探してくるよ。俺だけ何もしないっていうのも皆に悪いからさ」

 和総は剥がした携帯をポケットにしまうと明かりが消えるのを待った。

 その時はすぐに訪れた。一分と経たずにブツンッと室内が一気に黒に染まった。

「本当に行くのか?見つかったらおしまいだぞ?」

「侮らないでくれよ水羅さん。こういうのには慣れてるから」

 心配性な水羅に和総は苦笑すると扉を開け診察室を出た。

「……………よし」

 カチッと扉から施錠の音が聞こえてから和総は行動を始めた。

 陽の光が入らない真っ暗な廊下を和総は迷わずに進んでいく。

運の良いことに維新軍とすれちがうことなく、時間内に目的地へたどり着いた。

(ここか)

 和総は扉の前に立つと周囲に人の気配がないのを確認してから中へ入った。

そこは第二部隊の臨時待機所だった。孤立した隊員が味方と合流するためにここへ戻ってくるだろうと踏んだ和総は明かりを消して逃げやすい環境を作ったのだ。何度も警備に来ている彼らなら暗くても迷うことは無いだろうと信じて。

「誰もいない……か。全滅したとは考えたくないけど………」

 廊下以上に真っ暗な待機所は痛いくらいに静かだった。何も見えなくても物音一つしない空間は無人であるのと同義だった。

「停電が終わるまであと三分くらいか……。一人でも来てくれたら恩の字だけど、最悪俺一人で行動することも考えた方が良さそうだな。お、電波が回復してる」

 シャッターの電源を落とした恩恵で外と繋がることができた雅人は、病院へ向かっている自分の部隊へ連絡を取ろうとタブレットをポケットから取り出した。

その時だった。

「ん?足音が聞こえる……」

 タタタと微かな床を叩く音が和総の鼓膜を震わせた。そういう音に敏感な雅人はその音を気のせいだと片づけず扉の近くで耳を澄ませた。

「これは、誰か追われてるな」

 複数の足音でそこまで読み取れた和総は追われている者を助けるためドアノブに手をかけた。明かりがつくまであと2分以上ある。この部屋が曲がり角であることを利用して先頭だけ中に入れてすぐに閉じれば後続を撒けるかもしれない。成功するという保証は無いが、見捨てるわけにはいかなかった。

「…………………」

 和総は目を閉じ、耳を澄ませて足音が扉に近づくすれすれを測って扉を開けた。

「ぐふうっ!」

 あとは先に語った通りだ。

 こうして、和総は少女と出会った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ