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悪意の裏側で⑥

「もしもし、幹也か?和総だけど今どこいる?」

「ちょっ!」

 水羅は声が出そうになり、すぐに口を閉じた。看護婦達も電話の相手が意外過だったのか皆同じような顔で固まっていた。

『和総君?今はカフェにいるけど、どうして携帯からかけてこないんだい?』

 受話器の向こうでも驚きの声を出していた。見覚えなの無い番号から知った声が聞こえたのが不可解だったようだ。

 和総はすぐに本題に入った。

「病院の固定電話から掛けてるんだよ。それより病院について何か聞いてないか?」

『病院?聞いてないけど、何かあったの?』

 雅人の言い方で何か察したのか幹也の口調が変わった。和総はシャッターが閉まってからの経緯を大まかに説明した。

『維新軍に病院を占拠された⁉それ本当なのかい⁉』

「本当だよ。しかも麗華とはぐれちゃってさ。捕まったかもしれない」

『そんな………。彼女の実家には連絡したの?』

 幹也は心配そうに尋ねると和総は首を横に振った。

「まだ連絡はしてない。捕まったと確定したわけじゃないから下手に大事にしたくないんだ。ていうか、大事になる前に有耶無耶にしたい!もう怒られたくないので!」

 ズコッと、水羅は椅子からずれ落ちそうになった。これには幹也も呆れてしまう。

『それで俺に電話したのか。妥当だと言うのは立場的に微妙だけど、頼ってくれたのは素直に嬉しいよ。すぐに動かせる部隊がないか上に掛け合ってみるよ』

「ありがとう助かるよ。それじゃあ…………」

 これで何とかなりそうだ。と、肩を撫でおろした和総が通話を切ろうして。

『ちょっと待って雅人君。君に一つ話しておきたいことがあるんだ』

 幹也に呼び止められて雅人は離しかけた受話器を耳へ当てなおした。

「話?」

 何だろう、と幹也からの言葉を待っていたが幹也は逡巡するように沈黙していた。

「どうした?早く言えよ」

 焦れた和総が促すとようやく幹也は口を開いた。

『維新軍が病院を占拠した理由って何だと思う?』

「目的?そういえばまだ考えてなかったな。医療施設を攻めるのは常とう手段だけど………」

 シャッターが閉まってから大して時間が経っていないこともあり、そこまで考えが及んでいなかった。

「そういう聞き方をするってことは心当たりがあるのか?」

『うん。おそらく彼らの狙いは多分君だ』

 幹也ははっきりと告げた。確証は無くても確信は得ているような言い方だった。

 だが、そう言われてもすぐに納得できるものではなかった。

「どうして俺なんだ?維新軍に狙われる理由なんて無いはずだけど?」

 外ではともかく、日本国内では目立ったことはしていない。王国内で暗躍する維新軍に目をつけられる要素は無いはずだ。

『まだ裏が取れていないから車では言わなかったけど、維新軍が外と繋がっていると報告があったんだ』

「外って、他国と手を組んでいるのか?」

 意外に思いながらも和総はどこか納得していた。車の時からずっと疑問だったのだ。

維新軍はどうやって日本を上回る戦力を集めたのだろうかと。

 王国内にいる強力な『戦士』の殆どが王国軍に所属している。対抗できるだけの戦力をかき集めようとするなら、国内だけでは現実的ではない。収穫を終えた木からもう一度果実を採取しようとするのと同じだ。 

多くの果実が欲しければ別の木へ行った方がいいに決まっている。維新軍はそれを実践し、日本よりを上回る戦力を手に入れたということなのだろう。

「でも、それが今回の件とどう関係してるんだ?」

『肝心なのはどこの国と組んだかなんだ。落ち着いて聞いてほしい』

 受話器の向こうで深呼吸すると幹也は問題の中核へと踏み込んだ。

『その国の名前は〈イレム帝国〉だ』

「っ!その国って」

『そう。君が滅ぼした国の隣国だよ』

 和総は事態の深刻さを悟った。水羅にも話した通り国が滅べば周囲の国が気づかないはずがない。そこと維新軍が手を組んだということは……。

「じゃあ………維新軍はひと月前の事件を知っているのか?」

『間違いなくね。どのタイミングで手を結んでいたかは知らないけど、この速さで病院を占拠する速度を考えると前から繋がりがあったんだろうね』

 和総は口を震わせ、受話器を落としそうになった。

「と、いうことは………」

「お、おい……」

 変わりだす雰囲気に水羅はうろたえるが、和総は耳に入っていなかった。

 自分の命が狙われているからでない。あの事件に関わっている者は和総だけではないのだ。

「あいつらは麗華のことも知っているということだよな?」

『だろうね。むしろ知らない方が不自然だよ』

「やっぱり、そうだよな………」

和総は受話器を握りしめた。もしここで『力』が戻っていたら粉々に砕け散っていたかもしれない。それだけ和総の心の中は今、吹き荒れていた。

 これまで和総が冷静でいられたのは、維新軍が麗華を知らないと思っていたからだ。四御家の人間は当主以外の素顔が秘匿されいてる。維新軍のような組織に悪用されないためだ。

いくら価値があっても本人の顔を知らなければ利用されることはない。麗華を捕まえても猫に小判だと高をくくっていたのだ。

 その安心材料が最初から無かったとしたら、事情は大きく変わる。

「なあ、お前の言ったことが全て本当だったとしたら、麗華はどうなると思う?」

 和総は慎重に、そして確認するように幹也へ意見を求めた。

「維新軍がどこまで俺のことを把握してるかは分からない。けどこの広い病院で、しかも眼鏡で変装してる俺を探すのは人数がいても時間がかかる。敵の援軍が来るリスクを考えたら短時間で済ませたいはずだ。そんな折に麗華を手中に入れたら、奴らはどうすると思う?」

『……………彼女を人質に君の命を差し出せ。くらいはするだろうね。そしてこの場にとどまる理由もなくなる』

「そうか」

 和総は呟くと目を閉じた。心を落ち着かせているようにも、気持ちを整理しているようにも見えるが、水羅には葛藤しているように見えた。

『とにかく、援軍を急がせるよ。俺も直接………』

「やっぱり援軍は呼ばなくていい」

『え?』

 和総は目を開けるなり何を言うのかと思えば、援軍を断ってしまった。

「テメエまさか‼」

 嫌な予感が的中したと立ち上がろうとする水羅を和総は手で止めた。

 約束は破らないと、そう伝えるために。

「代わりに俺の部隊を呼んでくれ」

「!」

 水羅は目を張った。看護婦たちはしっくり来ていないようだが、和総の事情を大体知っている水羅には和総が所属している部隊も把握している。だからこそ驚いた。

「部隊の選別なんてやってたら時間がかかりすぎるだろ?俺の部隊ならすぐに動けるはずだから、悪いけど幹也から連絡してくれないか?」

『番号を知っているからできないことはないけど、君の口から言うわけにはいかないの?』

 幹也は少し嫌そうにしていたが、和総は要求を押し通した。

「その間にやっておきたいことがあるんだ。麗華がいつ連れ去られるか分からないから、時間はなるべく節約したい」

『それもそうだね…………分かった。じゃあ連絡はこちらで引き受けるよ』

「ゴメンな。せっかくの休みなのに仕事を押し付けて………」

 雅人が申し訳なさそうに謝罪すると、受話器の向こうで苦笑が漏れた。

『これくらいお安い御用だよ。その代わり、ちゃんと連絡はするから彼らが来るまでは無茶しないでよ。今戦えないんでしょ?』

「知ってたのか?」

 車では言わなかった話に和総が意外そうにすると、受話器越しに苦笑がまた漏れた。

『陛下から聞いたんだよ。君と別れた後に復帰するって話したらため息交じりに教えてくれたよ。無茶しかできんのかあいつは、だってさ』

「あのおしゃべりめ………」 

 せっかく黙っていたのに、と和総がイラッとするあまり国の頂点へ不敬な発言をしてしまう。幹也は咎めるどころか声を上げて笑った。

「あははっ。それだけ心配されているんだよ。俺だってそうさ。だから、これだけは忘れな

いで欲しい。君がいなくなって悲しむのは麗華ちゃんだけじゃないって」

「心配しなくていいよ。俺だって何度もあんな無茶をしたくないからな。力が戻るまで無理をしないって約束もしてあるし」

『その言葉信じるからね。これ以上無駄話するわけにはいかないからすぐに取り掛かるよ』

「ああ、頼んだ」

 その一言にありったけの信頼を込めて和総は受話器を置いた。

「さて……。オレもすぐに取り掛からないとな」

そう呟く和総は雰囲気が少し柔らかくなっていた。幹也との無駄話が功を奏したのか、刺々しさは無くなり、水羅達は無意識に肩の力を抜いた。

「すいません、病院内の地図ありますか?」

「は、はい。一応案内図ならここに……」

看護婦が持っていた案内図を受け取ると水羅の机に広げた。

「なあ、何をするつもりだ?」

 和総が自分の机で地図を広げると水羅は不思議そうしていた。和総側だけの話を聞いていても事態が思うよりも悪いことも察しがついている。そのうえで和総が何をしようとしているのか、水羅はまったく見当がついていなかった。

 和総は案内図を右手の人さし指でなぞりながら答えた。

「維新軍の足止めをしたいんだ」

「足止め?」

「俺の部隊でも来るまでに最速で30分はかかるはずだ。それまであいつらが逃げずにいてくれている保証は無いだろ?麗華だけなら連れ去るのに手間はかからないしな」

「それはそうだろうけど、どうやって足止めするつもりだ?」

「このシャッターを利用しようと思う」

 和総は地図から目を逸らさず左手でシャッターを指さした。あたかもそれっぽい説明だったが、それだけでは水羅の疑問は解消されない。

「閉じ込めるってことか?でもよ、あいつらが下ろしたのなら開けて逃げることもできるだろ」

「それを出来なくすればいいんだよ。開閉は電動だから電源を落とすだけでいけるはずだ。強度は折り紙付きだから力づくで開けることも壊すこともできない」

 人差し指を動かす和総は自信に満ちていた。麗華に危険が迫っているからなのか、すごく頼もしかった。さっきまでの水羅に怒られていた情けない彼はどこにもいない。

一人で国と戦い、勝利した英傑がそこにいた。

「ただ……」

 看護婦達からも尊敬を集めていた和総は、不意に地図をなぞる指を止めると腕を組んだ。

「それが出来る場所が載ってないのはなぜなんだ?」

「は?」


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