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悪意の裏側で⑤

「おいっ、おい!目を覚ませ‼」

「う………ん」

 全身を揺さぶられるような刺激に襲われ、俺は目を開けた。

 手をついて起き上がると、横には主治医の水羅さんが心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。

「あれ、水羅さん?どうしてここに………」

「廊下の方ですげえ音がしたから様子を見に来たんだよ。そしたらエレベータの近くでテメエが倒れているからぶったまげてたところだ。こんなところで何があったんだ?」

「何がって…………そうだ、麗華‼」

 俺は気絶する前の事を思い出し、慌てて立ち上がった。辺りを探してみるが、通路にもエレベータ前にも麗華はいない。

(やられた……)

 俺は拳を握りしめた。またしても麗華を奪われてしまった。

「おい、どうしたってんだよ。何でテメエは一人しかいねえんだ。説明しろ!」

 歯噛みする俺の肩を掴み、水羅さんが説明を求めた。さっきまで一緒にいた麗華がいない時点で嫌な予感はしていたのだろう。俺に劣らず、彼女はかなり焦っていた。

 そのおかげもあるのか、少し冷静になれた俺は一度探すのをやめ、包み隠さずこれまでの経緯を話した。

「何ぃ⁈麗華様が『維新軍』の侍野郎に攫われただと⁈洒落になってねえぞ!」

「グエッ!」

 しかし、最後まで説明はさせてはくれなかった。

 麗華が攫われた話をした途端、泡食った水羅さんに胸倉を掴まれ、ガックンガックンと揺さぶられてしまう。

「『四御家』の人間が敵に捕まる意味が分かってんのか⁈世間に知れたら国中がパニックになる大事件だぞ!」

「わ、分かってる!分かってるから手を離じで!手刀食らって首痛いんだから!」

 俺は首が悪化する前に、水羅さんの両手を掴み強引に首から離してどうにか宥めた。

 水羅さんはまだ暴れたそうにしていたが、そんな事をしても麗華は帰ってこないと考えるだけの理性は残っていたのか、俺の手を離し不服そうに腕を組んだ。

「『維新軍』の事は知ってる。そんな奴らが何であの方を知ってたんだよ。『四御家』は当主以外は顔も知られてないんじゃなかったか?」

「そのはずなんだけど、俺もいきなり現れてすぐに吹っ飛ばされたから何が何だか………。質問してもまともに答えてくれなかったし」

 俺は情けない顔で、鈍く痛む首の後ろをさする。痣になっているのか、触ったところは微かに腫れていた。

「そうか。『維新軍』なら相手は『亜人士』だもんな。死ななかっただけでも儲けもんか。その、よく生きてたな」

 その痣が見えたのか、水羅さんの目から怒りが一気に引き、バツが悪そうに頬を掻いた。やり過ぎた自覚があったのだろう。俺は気にいてなかったので、苦笑で済ませた。

「多分だけど、最初から殺す気は無かったんだと思う。あの侍みたいな人は相当強いはずだから、本気で殴られていたら俺の首は吹き飛んでたんじゃないかな」

「そんなに強かったのか?その侍野郎は」

 水羅さんは信じられないとばかりに瞠目した。『亜人士』のことが詳しくなくとも、素手で人の首を吹き飛ばすのにどれだけの腕力が必要なのかは、医者だからよく知っているのだろう。

 俺は間違いないと首肯した。

「力を失ってるから正確には計れなかったけど、多分『王国軍』の隊長に近い力と実力はあるんじゃないかな」

「そこまでかよ…………」

 水羅さんはことの深刻さに頭を抱えた。

「不味いな………。今は第二部隊が警備についてくれているが、今日に限って隊長は別件でいないんだ。代わりに副隊長が指揮を執ってるんだが、侍野郎相手にどこまで戦える?」

「第二部隊の副隊長は真鍋さんか。確か5桁の『獣士』だから相性は悪くないはずだよ。勝つのは流石に厳しいだろうけど、頭も良いし実戦経験も豊富な人だから上手く立ち回ってくれるんじゃないかな?」

 一度、一緒に戦ったことがあるから真鍋さんの強さは知っている。”5桁”の力に胡坐をかかず、鍛錬にも妥協しない人だ。不意打ちを食らわない限り、簡単にやられたりはしないはずだ。

 その間に隊長を呼び戻すことができれば、この絶望をひっくり返せるはずだ。

「テメエがそこまで言うならすぐに占領される心配はないわけか。けどよ………」

 水羅さんもそう考えていると思っていたが、何故か瞳に心配の色が抜けない。

「それでも時間稼ぎが精一杯だろ?他に強い奴らがいなかったとしても、侍野郎を倒さねえ限りジリ貧だぞ?」

「ん?それはそうでしょ。その間に増援の連絡をすれば………」

 最初、水羅さんの言いたいことが分からず首を捻ると、連絡を取るためにポケットからタブレット端末を取り出した。

 ところが、画面の右上は『圏外』と表示されていた。

「えっ、何で?」

 俺は間の抜けた声をあげてしまった。

 ここは地下や精密機器があるところを除いて電波が入るようになっている。入院中に何度か麗華と連絡を取り合っていたから間違いない。

 試しに端末を振ったり、動き回って場所を変えてみたが、『圏外』の文字は変わらない。人の行き交いが多いエレベータ付近でそうなら他の場所でも同じはずだ。

 つまり、この病院は孤立無援状態になったということだ。

「やっぱり気づいてなかったか………」

 すると、隣から案の定とばかりに嘆息の声が聞こえた。

「やっぱり?水羅さん何か知ってるの?」

 俺が尋ねると、水羅さんはエレベータ横の黒いシャッターを指さした。

「あのシャッターが下りてから電波が入らなくなったんだ。一緒にいた看護婦達のも全滅だった」

「あれに電波を通さなくするなんか機能あったっけ?そんな説明は無かった気がするんだけど………」

 エレベータ横のシャッターを見ながら記憶を探るが、そんな覚えはなかった。避難民を守るための要塞でもあるのに、外部と連絡できなくするなんてデメリットしかない。

「私だって聞いてねえよ。少なくとも、前に試験動作をした時は圏外になんてなってなかった」

「それじゃあ、今日に限って繋がらなくなったということ?敵が侵入したタイミングで?なんか都合が良すぎる気がするんだけど………」

 絶対とまでは言い切れないが、何か作為的なものを感じずにはいられなかった。

 その予想が当たっていると仮定して、外と連絡が取れなくなって都合が良い『組織』があるとすれば…………

「まさか、『維新軍』が?」

 それしかない答えを上げると、水羅も首を縦に振った。

「私もそれしかねえと思う。というか、ここにきて第三勢力の仕業だったとしたら色んな意味でお手上げだから願望でもあるか。ま、『維新軍』の仕業でほぼ間違いねえだろうさ」

 水羅さんのお墨付きをもらい。俺は自分の予想が当たっていると確信を深めることができた。医者なだけあって水羅さんも頭が良いから信用できる。

 だから、ここからは犯人を『維新軍』として話を進めることにした。

「でも、どうやってやったんだろう。病院全体に電波が入らないようにするなんて大掛かりこと、一日や二日で出来るとは思えないんだけど………」

「方法については私にも分かんねえが、最低でも数か月はかかっただろうぜ。しかも私達も含めた関係者全員の目を盗んでやってのけたのだとしたらもっとかかっていたはずだ」

 数か月単位。俺が入院するよりも前から立てられていた計画だったわけか…………。

 もしそうなら、ずっと前から





「この状況について知ってることはあるか?特にロビーの様子とかさ」

「そんなの私たちが知りたいくらいだ!いきなりシャッターが下りたり、敵が来たりでパニックしっぱなしなんだよ!連絡を取ろうにも電話が繋がらねえし、どうなんってんだ!」

「そ、それは大変だったな……」

 胸倉を掴まれた和総は謝るしかなかった。未だかつて経験したことのない事態にカリカリしているようだ。

「ところで、テメエ一人だけか?麗華様はどうした」

「それが訳あって別行動で下に行っちゃったんだ。ロビーは維新軍が占拠しているから、おそらくは…………」

「まさか捕まったのか⁉それが本当なら洒落にならねえぞ!」

「だからロビーの様子を知りたく……って、揺らさないで水羅さん!」

 首をガックンガックンされ、は目が回ってしまう。看護婦達に止められるまで続いた。

「で、どうするつもりだ?まさかとは思うけど、一人で突っ走ったりしねえよな」

 水羅は息を整えると、出方を窺うように問うと和総は首を横に振った。

「約束は守るよ、俺は戦わない。それに確か、王国軍が警備に来てくれてるんだろ?」

「第二部隊が来てくれている。だけど、これだけ派手にやってくる連中だ。少数しかいない彼らで何とかなるかどうか。しかも外と連絡が出来ないから援軍も呼べねえし……くそっ!なんで急に電波が入らくなるんだ⁉」

「原因はこのシャッターだろうな」

和総は近くにある小さな窓の外にあるシャッター指さすと水羅は目を丸くする。

「んな馬鹿な‼前に動作チェックをした時はちゃんと電波は入ったぞ!」

「現に圏外なんだからそれしか考えられないだろ。多分だけど誰かが外と連絡ができないよう細工したんだ。一番に考えつくのは妨害電波を流す方法だけど……」

「この病院全体にか⁉一体どうやって!」

混乱のあまりまた掴みかかろうとして来る前に、両肩を掴んで落ち着かせた。

「それを考えるのは後にしよう。今は維新軍をどうにかするのが最優先だ」

「そうは言っても私たちにできることはあるのか?一応言っておくが、ここにいる全員は普通の人間だから戦えないぞ?」

冷静になった水羅は和総から離れるとバツが悪そうに背もたれに体を預け、問題点を指摘すると、和総は苦笑して頷いた。

「分かってるよ。第二部隊が踏ん張ってくれているのを信じて、俺たちは外と連絡を取れるようにしよう」

「そんなことできんのか?」

「大丈夫だ。任せてくれ」

 不安そうな水羅に和総は自信たっぷりに頷くとすぐに作業を始めた。

「そこの固定電話を借りてもいい?」

「いいけど、それも外には繋がらねえぞ?何に使うんだ?」

「まあ見ててくれよ」

 和総は水羅の机に置かれた無線タイプの固定電話を持ち上げると小さな窓の近くに置いた。

 何をするのかと、水羅や看護婦たちが注目する中、和総はポケットから携帯端末を取り出し少し操作すると、窓を開けシャッターに直接端末を押し当てた。

「何してんだ?」

「妨害電波を無効化する。予想が合っていれば上手くいくはずだ」

「そんなこと出来るのか?これで?」

水羅はシャッターにへばりつく携帯端末を胡散臭そうに見つめた。機種は一般に発売されている既製品だ。誰もが持っている機器でこの難局を打破できるとはとても思えなかった。

和総は看護婦からガムテープを受け取ると落ちないように上部に貼って固定した。

「暗殺者の事件の後、次また来た時に少しでも抵抗できるようにって、役立つアプリを作ってくれたんだよ。そのうちの一つが早速役に立つとは思わなかったけど」

「そうか。携帯からも電波を出せるから打ち消せる波を計算して発信するってわけか。それらをアプリが全部やってくれるんだな?」

「その通り。こうやって妨害の元に押し当てることで小規模なら打ち消せるんだってさ。ただ、その間は電話が出来ないから他の電話機を使う必要があるのが欠点だけどな」

 説明しなくても勝手に理解する水羅に流石だなと勝手に感心する和総は、アプリを起動したまま電話帳を開いた。

「それで固定電話が必要なのか。こんなのを作れるのはあの博士ちゃんしかいねえよな。相も変わらず常人離れのおつむをしてやがる」

 水羅は光明が見えて少し安心できたのか、アプリの作った本人へ感心する余裕が生まれていた。和総は苦笑すると、端末で目当ての電話番号を探しながら話に付き合った。

「しかも俺の眼鏡を作っている間の息抜きで作ったらしいよ。思いついたらすぐに設計するのが発明の肝なんだってさ」

 和総は肩を竦めながら目当ての電話番号を見つけると固定電話のダイヤルを押す。

「やっぱりその眼鏡もあの子が作ってたのか。私も医者だから頭はいい方だと自負しているが、あの子を見てると所詮は凡人なんだと思い知らされるよ」

「水羅さんが凡人なら俺はどうなるんだよ。よし、今からかけるから静かにしてくれ」

 和総は受話器に耳に当てるとプルルルと音が聞こえるとシィーッと人差し指を口に当てた。

 十秒くらい音が鳴り続けた後に音が途切れると、電話番号の主の声が受話器に届いた。

『もしもし、どちら様ですか?』

「繋がった」 

「「「「っ!」」」」

 受話器のマイクを手で押さえ小声で伝えると、看護婦たちに顔が喜色に染まった。

これで助かると水羅も初めは喜んだが、すぐに頭の中に「?」が湧いた。

(そういえばこいつ。誰に電話してんだ?)


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