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悪意の裏側で②

「なるほど、変装か………」

 一通り説明を聞いた水羅さんは納得してくれたのか腕を組んで頷いていた。

「つまり、ひと月前の事件がきっかけで、その周辺国から狙われる可能性があるってことだな。碌に戦えねえテメエじゃ、暗殺者を送られただけでもたまったもんじゃねえもんな」

「ま、まあね……」

 俺は気まずそうに頬を掻いた。眼鏡を掛けている理由はそれだけではないのだが、今言ったら話がこじれそうだったので敢えて黙っていることにしたのだ。麗華は全てを察しているのか、懐疑的な目で背中を刺してくるが気付かないふりをした。

「確かに、その眼鏡を掛けていればテメエが入江和総だと簡単には気付かねえだろうな。顔見知りの私も最初誰だか全く分かんなかったくらいだし、一体どんな仕組みなんだ?レンズに秘密があるんだろうが………」

「『外』の素材を使ってるんだよ」

「『外』ってぇのは、海外のことか。どんなレンズなんだ?」

「え~っと。眼鏡というよりカメラのレンズに近いらしいよ。詳しくは分かってないけど……」

 俺は情けなく頬を掻いた。

 退院する前日、届けて来てくれた『開発者』に熱く語られたのだが、話が長すぎる上に内容が専門的すぎて殆ど理解できなかった。本人も本人で一方的に話して満足しちゃったのか、「割れやすいから気を付けたまえ~」と言い残して病室を出て行っちゃったから、質問する間も無かった。

「そんな素材があるのか。世界には知らないことが沢山あるんだな」

「へぇー」と水羅さんは興味深そうに唸った。以外と言っていいかは分からないが、水羅さんは結構『外の世界』に関心があるみたいだ。

「やっぱ交流が少ないと、海外の情報は集まらないのかねー」

「交易してくれる国ならともかく、戦争に明け暮れている国は教えてくれないよ。自国で取れる資源は最高機密だから」

「そうか~。そうだよなぁ………」

 水羅さんは残念そうに声を漏らすと、俺の右手にある眼鏡に視線を寄せた。

「ところでよ。そのレンズの素材はどうやって手に入れたんだ?」

「ああ、これは…………」

 俺は手の中にある眼鏡を見つめ、口を閉ざした。

 事情が複雑でどこまで言っていいのか、自分では判断がつかなったからだ。どこに耳があるか分からない場所で迂闊に話して、もし入手場所が漏れでもしたら、譲ってくれた国に迷惑が掛かってしまう。

 俺の沈黙を勘違いしたのか、水羅さんの眉が角度を変えた。

「おい、まさか法を犯したんじゃ……」

「わ、悪いことはしてないよ!一応合法だから!」

 俺は誤解されないよう、慌てて否定をした。しかし、水羅さんの疑惑の目は止まらない。

「本当だろうなぁ」

「本当本当!」

 ジト―ッと、睨んでくる水羅さんに、俺は信じて欲しいと何度も頷いてみせた。

「そこまで、言うなら信じといてやるけどよ」

 水羅さんは完全に信じ切っていない顔だったが、背もたれに体を預けながらも不承不承で納得してくれた。

「………まあ、バレたら法を変えられちゃんだけど」

「ん?今、不穏なこと言わなかったか?」

「う、ううんっ。何でもない!」

 危ない、思わず言わなくていいことまで口を滑らせてしまった。これ以上怒られたくないし、問い詰められたら共犯者(王様)のせいにしよう。

 そう企んでいたが、幸い水羅さんはそれ以上追及してはこなかった。

「ともかく、その眼鏡が必要なのは分かったよ。入院中はよくても、退院後に素顔でのこのこと出歩いたら暗殺者の格好の的だもんな。大学にも通うんだろ?」

「そうなんだよ。正直、この眼鏡が無かったら通学はしばらく見送ることになってたと思う。どこまでごまかせるか分からないけど、向こうも確証が無い限りは手を出してこないだろうから、ほとぼりが冷めるまでバレないことを祈るよ」

「ま、元はといえばテメエが暴走しなけりゃこんな面倒な事にはならなかったわけだし。実も蓋も無いことを言えば自業自得だよな」

「うっ!本当に身も蓋もないな。その通りだけど………」

 相変わらず容赦が無い水羅さんに、俺はガックリ首が折れてしまう。後ろで麗華が苦笑いしているのは見なくても分かった。

「けどよ。正体を隠すのは他国に向けてだけか?」

「えっ、それってどういう…………」

 俺は水羅さんの言いたいことが分からなかった。一瞬『維新軍』のことを言っているのかと思ったが、『王国軍』の関係者じゃない水羅さんが知っているはずがない。水羅さんは何が言いたいのだろうか?

「だってよ。あれ見てみろよ」

「ん?」

 くいっと顎で示され、扉の方へ見ると。

「見て、あれあれ」「本当だ。すごくカッコいい。俳優さんかしら」「見たことないからまだ駆け出しかもね。出演作が無いかチェックしないと!」

 少し開いた扉の隙間から数人の看護婦がこちらを覗き見ながらコソコソ話をしていた。眼鏡を拾ってくれた看護婦が連れて来たのだろうか。

「…………………」

 俺は顔から汗が流れてしまう。いつから見ていたのか、全く気付かなかった。

 ていうか、ロータリーでも思ったけど、もっと音量を絞って話してもらえないだろうか。

「あんな感じで、テメエが眼鏡を外してから看護婦たちが興味津々なわけだ。私の邪推じゃなけりゃ、その眼鏡ってああいうのを遠ざけるためでもあるんじゃねえのか?前科があるもんな」

「そんなことは……………無いんじゃないかな」

 完全に否定できず、目を逸らしてしまった。眼鏡をかけるよう指示した『あの人』なら、それくらいは考えていそうだと、途中で納得してしまった。

 水羅さんは足を組んで、はぁと大きなため息をこぼした。あきれたというよりも理解できないと言いたげな吐息だった。

「もったいねえ話だよ。それだけの面なら安全に稼ぐ方法なんざいくらでもあるだろうに。ほとぼりが冷めた後でもいいからアイドルとかやってみたらどうだ?」

「この年からじゃ無理があるって。それに、自分の顔ってよくわからないし………」

 冗談交じりに転職を提案する水羅さんに、俺は困った顔をしてしまう。確かに、アイドルなら今より大怪我することもないし、水羅さんも負担を減らしたいという打算からこぼしたのだろう。

 だけど、その冗談は良くなかった。

 直後、後ろから怒りが立ち込めるのを、肌で感じた。

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