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エピローグの前②

 それから一年以上の月日が経ちーーーー

 澄んだ青空がよく見える大通りの真ん中で、俺は一人当時を思い出していた。

「はぁ…………はぁ…………………」

 乱れた息を整えながら、ギュッと眉が寄った。何故、こんな時にこんな場所で思い出しているのか、自分でも分からなかった。

 今いるここは、あの平和な日本とあまりにもかけ離れているというのに。

「はぁ…………」

 ようやく呼吸を整えた俺は自分の背後、ここに来るまで通ってきた道を振り返った。

 アスファルトではない、灰のレンガで舗装された道には、

 

 真っ赤に染まる兵士が転がっていた。

 

 一人や二人ではない。夥しい数の兵士の血が道の果てまで染まっていた。川のようにも見える血の道は正に地獄絵図だった。

 誰がやったのだ。と、この国の人間に聞かれたら俺はこう答えるしかない。

 お前らの敵はここにしかいない、と。

「我が国の…兵士たちを……よくも……!」

 誰もいないと思っていた血の道の上から男の怒声が飛んできた。異変に気付いて駆けつけてきたのか、顔から滝のよう汗を流している。

 仕立ての良い軍服には10を超える数の勲章が陽の光を反射して輝いていた。

 贅肉まみれで軍人らしくはないが、勲章の数を見るに、それなりの地位はありそうだ。もしかしたら上から数えた方が早いかもしれない。

「これは立派な侵略行為だぞ‼貴様の王は条約を破棄して我々と戦争をしようというのか‼」

 足元の惨状に男は真っ青な顔を汗まみれさせながらも震える足を必死に抑え込んで俺に立ち向かっていた。高い地位にいるだけあって、簡単には恐怖に屈しない胆力はあるみたいだ。

 だがあいにく、その質問に答える事ができない。ここへは誰にも告げずに来た。

 言えるはずもなかった。日本が王国となって100年。その間も維持し続けてきた『平和』を壊しかねない暴挙だ。

 いくら戦争が珍しくないとはいえ、俺がやっていることは忌むべき行為だ。

 それでも俺は戦わずにはいられなかった。許されない罪を犯してでも譲れないものがあった。

 だから、俺は質問を無視して用件だけを告げた。

「『彼女』はどこだ?」

 自分のとは思えないくらい低い声が出た。

「何?」

 自分勝手に質問を返す俺に男は眉を寄せる。

 俺はもう一度尋ねた。

「お前らが奪った『彼女』はどこかって聞いてるんだよ」

「奪ったって……………まさかっ」

 男は答えに行き着くと、顔が紅い地面と近い色になった。

「何をバカなことを言っている‼あれは我々との条約で定められた正当な取引ではないか‼」

 男は俺の言葉が不当であると訴えた。こちらは何一つ悪くないと、そう言うように。

(取引?あれが?)

 その言葉が酷く、俺の癇に障った。

 男はそのことに気づくことなく、頬の肉を肉を揺らしながら捲し立てた。

「そんな事より、我が国の損害をどうしてくれる!貴様一人の命ではつり合いが取れんぞ。相応の賠償をさせてもら…ンガッ!」

 最後まで言わせなかった。

 俺は男の首を掴み、喉から伝わる不快な振動を完全に封殺した。

「なっ、あ………」

 瞬きをする間に迫られて、男は目を白黒させていた。5mも離れた場所から、ジャンプスケアのように目の前に現れれば恐怖だったに違いない。 

 だが、そんな事はどうでもよかった。

「なぜ、被害者面ができる?」

 俺は腹の底で煮え滾っている激情のままに首を掴んだ腕を上に掲げた。

「ああっ、がぁっ‼」

 肥えた体が軽々と宙に浮いた男は息が出来ずもがき苦しんでいた。俺の腕を両手で引き剥がそうとするが、ただの人間の膂力ではなす術が無い。

「うちの国で散々やりたい放題しておいて、逆になったら賠償しろだと?この国の人間は随分と面の皮が厚いんだな」

 表情を変えず、淡々と喉を掴む力を入れる。脳に酸素が回らず、目の焦点が合わなくなっている男に聞こえているか分からないが、構わなかった。

 こいつの末路はもう決めている。

「ま、待っ………ぇ」

 右肘を曲げ、男を引き寄せると、握った左の拳を顔面の高さまで上げた。焦点が合わなくても俺が何をしようとしているのが分かったのか、顔が絶望でさらに真っ青になった。

 力を持たないただの人間ならこの拳だけで首が吹き飛ぶ。

 躊躇は無い。物言わぬ死体が大通りに一つ増える、それだけの話だ。

「………っ!…っっっ‼」

 足を必死にバタつかせる男に、俺は無感情に拳をぶつけようとした。

「っ!」

 その寸前、首筋に悪寒が走った。

「…………っ」

 俺は反射的に腕を離し、その場でしゃがむと、白銀に輝く刃が頭上を流れ星のように通り過ぎた。

 間一髪だった。ほんの少し回避が遅れていたら首が真っ赤な地面に転がっていたところだ。

 命を拾ったことを安堵したい所だが、敵の攻撃はまだ終わっていない。

 俺は曲げた足に力を溜めて跳躍すると、左右の死角から串刺しにしようとする槍を回避した。

「今のも避けるか……」

 頭上を越え、3メートル離れた所で着地する俺に呟いたのは、白銀に光る剣を握る男だった。槍を持った二人を下がらせると、振り向いた剣の切先を俺へ向けた。

「総帥、助けが遅くなり申し訳ありませんでした。あとは我らにお任せください」

 剣の男は尻餅をつく総裁へ声だけをかけた。視線は俺から決して外さなかった。

「ウィ、ウィルム………」

 俺の手から解放された総帥は剣の男、ウィルムの登場に安心したのか、すぐに気を失い血の上に横たわった。

「城へお連れしろ」

「はっ!」

 ウィルムに命令された槍使いの一人は総帥に肩に担ぎ、俺を警戒しながら横を走り抜けた。

 追撃したかったが、やめた。正確には手を出すことができなかった。ウィルムに警戒されていたからという理由もあるが、それだけではない。

 俺はすでに大軍に囲まれていた。

(いつの間に……)

 俺は密かに舌を巻いた。

 剣と槍を避けた僅か1,2秒のできごとだった。大通りから脇の細道、更には屋根の上まで兵士で埋め尽くされていた。全滅させた先の軍勢にも迫る数だ。

 これだけでも十分絶望に値する。が、今回の敵はさっきまでとは訳が違う。

 たった数秒で数千はいる兵士が一糸乱れず包囲してみせるなんて常人の所業ではない。ハシゴ無しで屋根に登っている時点で察しはつくだろう。訓練だけでは説明がつかない身体能力、その正体は一つしかなかった。

(全員、『亜人士』か)

 彼らはただの人間では無い。

 その名の由来も含め、彼らの姿が全てを物語っている。


 耳が尖っている者。

 爪や牙が獣のように鋭く伸びている者。

 持っている武器が不自然な光を放っている者。


 これだけでも人の域を逸脱しているのは明らかだろう。この姿こそ『亜人士』と呼ばれる存在の証だ。

 世界中で散見されるとはいえ、これだけの数が一箇所に集まるのは珍しい。

 壮観と言ってもいい。王国になる前の日本人がこの光景を見たら歓喜するに違いない。

 全員がこちらに殺気を向けてこなければ、だが。

「何千もいた軍勢をたった一人で………『亜人士』がいなかったとはいえ、随分と暴れてくれたものだ」

 言葉を発したのは、包囲の中で俺と対峙するウィルムだった。

 ウィルムは足元に流れる血を見るなり顔を顰めると、その表情のまま視線を戻した。

「しかも、その一人が君だったとはね……。まさか、本当に奪い返しに来るとは思っていなかった」

「…………」

 俺は何も答えなかった。

 この男とは初対面ではない。王同士が会談をする時、護衛で日本へ来たことがあった。

 戦場で素性や目的がバレるのはデメリットでしかないが、顔も隠していないのに「人違いです」としらばっくれても誤魔化せるわけがない。無言はせめてもの抵抗だった。

「こんな時に言うべきでは無いだろうが、私は君と戦うことに躊躇している」

「……?」

 意味がわからず首を傾げると、ウィルムは自嘲の笑みを浮かべた。

「我々はやり過ぎた。君達に何もできないと分かって一線を越えてしまった。一方的に滅ぼされたとしても文句は言えないだろう」

「………」

 敵であることも忘れて俺は感心してしまった。

 まさかこの国から良識のある発言をされるなんて夢にも思わなかった。

「だが、私にはこの国を護る使命がある。外道と罵られても、民を見殺しにするわけにはいかない」

 罪悪感を覚えていてもウィルムに迷いはなかった。誇り高く、堂々と彼は右手を天へと掲げた。

 それを合図に全ての『亜人士』が力を解放した。 

「強い………」

 四方八方から押し寄せる洪水のような波動を浴びた俺は思わず口から言葉が漏れてしまった。

 全員が並以上の『亜人士』であることがいやでも分かってしまう。さっきまでのが準備運動だったと思わされる程の圧倒的なまでの力だった。

「君達の基準で『4桁』以上の精鋭だけを集めた。この後に大きな戦争が控えているのでな。これ以上余計な戦力を削られる訳にはいかないんだ」

 ウィルムは無感情に事実だけを述べた。戦力を打ち明けたのは情けをかけたというより俺の戦意を挫くためだろう。事実、俺ではこの中の一人とて容易には倒せない。

 しかも、目の前のウィルムはその中でも頭一つ抜けた力を持っているのが分かる。文字通り桁違いの力をその身に宿しているのが肌感でイヤでも伝わってくる。

 これだけの実力者に囲まれた時点で俺はもう詰んでいる。戦うはおろか、逃げることさえまともに出来はしない。一方的に蹂躙されるだけだ。

 死にたくなければこの場で膝をつき、命乞いをするしか道はない。

(でも………想定内だ)

 だが、まだ諦めるわけにはいなかい。何も、無策で乗り込んだわけではない。『4桁』で固められるのは予想外だったが、追い詰められる状況になるのは、最初から織り込み済みだった。

 だから、ここからが正念場だ。

(身体はまだ動く。けど、余裕は全くない………か)

 さっきから全身の痙攣が止まらない。表に出さないようにするのがやっとだ。これまでの戦いで疲労は確実に蓄積されている。万全の状態でも辛いのに、ガス欠寸前のコンディションでは一分も保たない。

(最低でもあと30分は時間を稼がないと……。最悪、代償の追加も考えよう……)

 俺は作戦成就のため覚悟を固めた。

 ナイフを握り腰を落とすと、勢いよく『亜人士』の群れへと飛び込んだ。

 俺はがむしゃらに戦った。

 殴られようと、斬り裂かれようと、全身を焼かれようとも戦いを続けた。血を流し、意識が薄れても最後までナイフを振る手を止めなかった。

 こうして、また一つ物語が終わりを告げた。

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