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悪意の裏側で①

 どうして俺、入江和総が非常階段にいたのか。

 それを語るには少し、時間を戻す必要がある。


「はあ?復帰するだぁ⁉寝言は寝て言えボケェ‼」

 診察室の椅子で今後の予定を口にした俺は、男勝りのハスキーボイスで罵倒されていた。

「お、落ち着いて水羅さん、寝言じゃないよ。ただ現状と現実を鑑みた結果、そうするべきだと……」

「どこの現状と現実を見たらそんな結論になるんだっつってんだよ‼テメェ自分の身体がどうなってんのか分かってねえのか⁈」

 パンパンッ!とカルテを叩きながら女医の水羅さんは俺に『現実』を叩きつける。

「『亜人士』の力が使えなくなってんだぞ!そんな奴が復帰したって役に立つわけねえだろ!死にてえのか⁈」

 そのままバインダーを殴らんばかりに鼻先へ差し向けられて、俺は額から汗を流してしまう。角に当たれば悶絶は必至だ。

「たくっ、どうしてコイツを止めないんです?またろくでもない事やらかしますよ」

 ベリーショートの頭を掻くミラさんは、俺の背後に控える麗華に尋ねた。

 麗華は何も言わず、ロングスカートの前で合わせていた手を頬に当て上品に息を吐いた。分かってはいたが、助け舟は期待できそうにない。

 これは不味いと、俺は焦燥に駆られた。

 麗華との約束で、俺は担当医である水羅さんに復帰の許可を貰わなければならない。だけど水羅さんは患者に対して妥協をしない。完治するまで最後まで面倒を見るのを矜持としている。だから、ある程度は難色を示すとは思っていたが、まさかここまで拒否されるとは思わなかった。

 でも、俺も簡単に諦めるわけにはいかない。どうにか、説得しなければ!

「あの、さっきも言ったけど、俺は別に戦おうと思っているわけじゃ…………」

「一人で国に乗り込んで戦争しちまうやつの言葉なんか信じられるかっ!前の説教が全く効いてねえじゃねえか、このすっとこどっこいが!」

「いたい!」

 最後まで言わせてはくれなかった。

 スッパ―――ンッ!と悪あがきなどするなとばかりにバインダーの裏で叩かれてしまった。面でも威力はかなりのもので、衝撃で掛けていた眼鏡が白い床へ落ちてしまうほどだ。取り付く島が無い!

「矢田先生!患者に暴力を振っては!」と後ろに控えている若い看護婦が慌てて止めに入るが、水羅さんのボルテージは下がってくれない。

「言っておくがな。私の腕は平凡なんだよ!ひと月前みたいなレベルの手術を、頻繁にさせられたら心労と過労でぶっ倒れるっつうの。医者を殺す気か⁈」

「平凡って、そんな堂々と言わなくても………」

 キレながら自虐する水羅さんに、俺はどんな顔をしていいか分からなかった。それでも手術をしないと見捨てないあたりは優しかった。

「あの、大丈夫ですか?」

 叩かれた後頭部をさすっていると、看護婦が心配そうに拾った眼鏡を渡してくれた。

「あっ、ありがとうございます。拾ってもらっちゃって……」

 俺はわざわざ拾ってくれた眼鏡を受け取ると、顔を見てお礼を言った。

「いえ、こちらこそうちの矢田がとんだ粗相………を……」

 その看護婦は気にしないでとばかりに笑顔を向けてくれたが、直後に俺の顔を見てびっくりしたように固まってしまった。

「あの……俺の顔に何かついてますか?」

「い、いえすみません。何でも無いです………」

 看護婦は顔を真っ赤にすると、そそくさと診療室から出て行った。どうしたんだろう?

 水羅さんは閉まる扉を一瞥すると、眼鏡が無くなった俺の素顔を見るなりジト目になった。

「何うちの看護婦口説いてんだよ」

「え⁈お礼を言っただけなのに⁈」

 身に覚えが無さ過ぎてびっくりだ。お礼を言っただけで怒られるなんても思わなかった。

「………っ!」

 直後、背後に立つ麗華から不穏な気配をゾクリと感じ取り、背筋が寒くなった。一体何をやらかしたんだろうか……。

「大体、何だよその珍妙な眼鏡は。どうしてそんなもん掛けてんだ?」

 水羅さんが俺の眼鏡を胡乱な目で見る。やっぱり事情を知らない人には、見た目を変える眼鏡が気になるみたいだ。俺も初めてこの眼鏡を掛けた時、鏡に写る自分の顔が別人すぎて驚いたものだ。

 はぐらかしたりしてまたバインダーを叩きこまれるのは嫌だし、水羅さんは患者の情報を漏らしたりはしないという信頼もある。

 話題を変えるチャンスだし、俺は幹也の時は省いた『この眼鏡を掛けるに至った経緯』を水羅さんに話すことにした。

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