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新しい物語⑧

「いやあ本当に驚いたよ。助けた人の中に君達がいたとはね。余計なことをしたかな?」

 ハンドルを握りながら幹也が楽しそうに話を振ると、助手席に座る俺はそっと視線を逸らした。

「そ、そんな事無いって、すごく助かったよ………。幹也がいなかったら冗談抜きで死んでいたと思うし……」

 バツが悪い顔を見せないように、左の窓から流れる景色を眺めていた。後ろからまだ許していないと語る麗華の視線から逃れるように。 

「やっぱりその眼鏡を掛けてると別人にしか見えないや。さっきの続きだけど、どうして眼鏡なんて掛けてるんだい?視力が落ちたわけじゃないよね?」

 ガラス越しに俺の顔が見えているのか、左にハンドルを切りながら幹也はそんなことを言ってくる。危ないと思いつつも器用だなと感心してしまう。

「両目とも1.0の健康そのものだよ。これはその、変装みたいなものというか……」

「変装ね……。つまり、その眼鏡は『ひと月前の事件』の対策というわけかな?」

「……まあ、その通りだよ」

 俺は隠すことなく肯定した。あまり広めてはいけないのだが、幹也なら悪戯に広めたりはしないだろう。

「変装して外出なんて、まるで有名人だね。出会ったばかりの頃からは考えられないよ」

「変なこと言わないでくれよ…………全く嬉しくないし………」

 俺は思いっきり顔を顰めてしまうと、幹也はアハハと楽しそうに笑った。

「実際、あの事件はそれくらい大きなものだったと思うよ。俺も最初聞いた時、度胆を抜かれたし」

 赤信号の前で車を止めるなり、幹也は当時を振り返った。

「上層部も大騒ぎでさ。陛下と父さん達があそこまで取り乱すところなんて初めて見たよ。今思うと貴重な経験だったかもしれないね」

「そのおかげで俺はめちゃくちゃ怒られたけどな。入院中なのに………」

「むしろそれで済んで良かったじゃないか。下手したら死罪になっててもおかしくなかったんだから」

「うっ!それは………そうだけど」

 思わず、その『もし』を想像してしまい血の気が引いてしまった。冗談ではなく、本当にありえたかもしれない未来だ。何か一つ歯車が狂えば、俺は今頃秘密裏に殺され、この世にいなかっただろう。後ろの麗華も同じ想像をしたのか、身震いしていた。

「ま、もしそうなったら俺が陛下に直談判してあげるよ。………減刑してくれる保障は無いけどね」

「保障してくれないんだ………」

 俺はガックシと項垂れてしまった。自業自得とはいえ、そこは嘘でも保障して欲しかった。

「あははっ!ゴメンゴメン。少し意地悪をしすぎちゃったね。俺達も苦労をさせられたから、からかいたくなっちゃったよ」

「………それはゴメン」

「申し訳ありませんでした」

 俺と麗華は深々と頭を下げた。知らなかったわけではなかったが、あの事件は色々な人達を巻き込むこんでしまっている。王国軍最強の幹也が無関係でいられるわけがない。

 恨み言の一つも言われて当然だ。

「ああ違う違う。謝って欲しいわけじゃないよ」

「えっ?」

 俺が顔を上げると、幹也はこちらへ向けて首を横に振っていた。

「確かに君たちの行動が全て正しいとは言えない。でもね、君たちが行動してくれたおかげでこの国が救われたのは紛れもない事実だよ。あの行動が無ければ、今頃この国はは戦争に巻き込まれたかもしれないんだから」

「っ」

 目を見開く俺に幹也は微笑みかけた。

「俺も色々言っちゃったけど、本当はすごく感謝してるんだ。だから、反省するなとは言わないけど、罪悪感は感じなくていいよ」

「………幹也」

「つまり、終わりよければ全て良し!だよっ」

 バチンと最後を締めるように綺麗にウィンクをされ、俺は思わず笑ってしまった。 

「………そうか。そうだな」

 いつの間にか、胸が軽くなったような気持ちになった。麗華にあんなことを言いながらも、罪悪感を抱えていたのは俺もだったみたいだ。

 もしかしたら。幹也はそれに気づき、俺の中にある罪悪感を自覚させ、消すために冗談混じりに言ってくれたのかもしれない。

 こういう気遣いが出来るのが、人気の秘訣なのだろうか。俺は励まそうとすると、よく失敗するからもっと見習おう。

「ありがとう幹也」

「ふふっ、なんのことかな?」

 俺は自然と笑みがこぼれると、幹也もとぼけながらも笑みを返してくれた。

「…………………っ」

 前を向いたまま俺達は笑い合う俺達を、麗華も後ろから穏やかに目を細めてくれているのがバックミラーから見えた。

 

 幹也の車は信号に捕まりながらも順調に病院へ進んでいった。

 到着まで、まだ時間はある。それを利用して俺も気になっていたことを聞くことにした。

「なあ幹也、聞きたいことがあるんだけど…………」

「『維新軍』のことかい?」

「えっ、うん……」

 あっさり言い当てられて、俺は面食らってしまう。

「君のことだから、遅かれ早かれ知りたがると思ったよ。ロータリーの事件に巻き込まれなかったとしてもね」

「あれだけのことをしてくる組織なら誰でも気になるよ。第一部隊の隊長までいたら余計に………」

 全てを見透かすように言う幹也に、俺は憮然と口を尖らせてしまう。

 第一部隊の主な任務は王城の警備や要人の警護だ。その任務から離れてあんな所にいたら、ただの事件ではないと嫌でも勘ぐってしまう。

「そもそも、何で幹也までロータリーに?第一部隊が出動しなきゃいけないほど深刻だったとは思えないけど」

「ええっと、そうなんだけどね。あそこにいたのはついでだったというか」

「ついで?」

 要領を得ずに首を傾げていると、幹也はハンドルから片手を離し、照れ臭そうに頬を掻いた。

「ロータリーには通りがかったから寄っただけなんだ。様子だけでも見ておこうってさ。まさか、あんな事件が起こるなんて思わなかったけど、君たちが巻き込まれていたのにはもっと驚いたよ。おかげですれ違わずに済んだけどね」

「通りがかったって、どこかに向かってたの?」

「君たちの家だよ」

「俺達の家?仕事中に?」

「まあ、仕事と言えば仕事かな。でも、それもついでなんだよ」

「???」

 ますます分からなくなった。仕事すらもついでって、それじゃあ何の用事でうちへ行くつもりだったのだろうか。バックミラーに写る麗華と目が合うと、彼女も首を捻った。

 すると、幹也は恥ずかしそうに頬を染め、その目的を語った。

「実は君達に会いに行くつもりだったんだ」

「俺達に?」

「昨日陛下から君が退院したって聞いてね。会って話がしたいとお願いしたら許可をくださったんだ。新しい家も見たかったし………」

「そんな理由だったんだ………」

 思ったよりもかわいい理由だった。ていうか、それって仕事より優先していいのだろうか?

 でも思い返してみると、幹也とはかれこれ一か月以上会っていなかった。あの事件から今日まで、お互い色々なことがあったせいで、こうして会って話をする機会も無かった。

「でも、昨日の今日で急には仕事を休みにはできなかったから、会うついでに『維新軍』のことを教えてあげて欲しいと命じられたんだ。聞いたよ。退院したばかりなのに部隊に復帰するつもりなんでしょ?力が使えないのに無茶するよ」

「そんなことまで喋っちゃったんだ。あの王様………」

 あまりの口の軽さに俺はあきれてしまった。だけどもしかしたら、ひと月前に迷惑かけた分の仕返しもかねているかもしれない。したり顔でサムズアップする姿が目に浮かぶ。

「でも、王様もよく第一部隊の隊長をよく警備から外す気になったなぁ。『維新軍』の事を考えたら隙を与えるような事はしない方がいいのに」

 それとも『維新軍』の脅威性をまだ知らないのだろうか。あの抜け目のない王様に限ってそれは無いと思うけど、どちらにしろすごい胆力だ。

「そっちの心配も要らないよ。陛下の護衛は副隊長に任せてあるから」

 と、思っていたらとんでもない爆弾を投下されてしまった。

「副隊長に⁈なんてことをしてくれたんだ!」

 つい声が裏返る程叫んでしまった。そんな反応をすると思わなかったのか、幹也はキョトンとしていた。

「何かまずかったかい?」

「まずいよ!次会った時に絶対嫌味言われるじゃん………」

 俺は両手で頭を抱えてしまった。

 助けてもらっておいて言える立場ではないが、こんなことなら幹也には来て欲しくなかった。そう思ってしまう程、第一部隊の副隊長が苦手だったりする。

「大丈夫だよ。彼女は仕事を押し付けられた程度で怒るような狭量じゃないさ。昨日君たちに会いに行く話をした時は終始笑顔だったし、今日だって文句言わずに送り出してくれたよ。優秀な部下を持って、俺は幸せ者だね」

 と、めちゃくちゃイケメンスマイルな幹也。

 絶対勘違いしている……………。

 その笑顔は幹也が言うような笑顔じゃないし、口に出していないだけで自分より俺を優先したことへの文句がたらたらのはずだ。

 この男はどうして空気が読めるのに、人の機微に気付かない時があるのだろうか。

「これだから鈍感は……」

「和総さんも人のことは言えませんよ」

「え?」

 嘆いたら後ろの麗華から前科者を見る目で睨まれてしまった。なぜか、肩身が狭くなった。

 この話題をこれ以上続けるのは不味いと、本能がそう告げている!!

「そ、それよりさ、そろそろ『維新軍』について教えてくれない?時間も限られてるしさ」

「確かに話が脱線し過ぎたね。久しぶりだったから楽しくなっちゃったよ」

 幹也はいつの間にか半分近くまで進んでいた道のりを見ながら苦笑した。楽しい時間はあっという間に過ぎると言いたげだった。

「それじゃあ順を追って話すよ。少し長くなるけど、病院に着くまでには何とか終わらせるから」

 そう言って幹也は自らを戒めるように笑顔を消すと、第一部隊の隊長としての顔になった。

 そして、話を始めた。

「俺達が『維新軍』の存在を知ったのは君が入院してすぐの頃だったよ。あの時も、都内のいたるところで『王国の廃止』を訴えるだけだったから、最初はそこまで警戒していなかったんだ。それどころでもなかったし」

「何があったの?」

「問題が立て続けに起こったんだよ。しかも厄介な問題ばかりね……」

「そ、そうなんだ………」

 途端に疲れた顔をした幹也に、俺は顔を引き攣らせてしまう。

 どんな仕事も要領良くこなす幹也がこんな顔をするなんて珍しい。俺が入院していた間にどんな時間が起きたのだろうかと息を飲んでしまう。

「まず、演説とほぼ同時期に『亜人士』の暴走事件が起きたんだ。ひと月で数十件くらいだったかな」

「数十件も⁈しかも、ひと月の間に⁈」

 俺は目を見開いた。『亜人士』による事件は全くないというわけないが、この国ではせいぜい月に1,2件あるかないか程度しかない。『王国軍』には幹也も含め、強い『亜人士』が沢山いるおかげで、治安が維持されているからだ。

 数十件も『亜人士』が暴走しただなんて、はっきり言って異常事態だ。

「まあ、驚くのも無理はないかもね」

 幹也は嘆息しながら言った。

「俺も最近知ったんだけど、こういった事件は世界各地で稀に起こるらしいよ。『亜人士』は後天性だからね。いきなり力を手にした人が持て余して暴れてしまうなんて話は君も知っているだろ?」

「それは、まあ………」

 もちろん知っている。たまに起こる『亜人士』絡みの事件も、殆どが力を制御できない人による暴走だ。

「それが短期間に大量発生することがあるんだってさ。この国でも俺達が生まれるずっと昔に一度だけ起きたらしいよ」

「そんなことがあるんだ………」

 初耳だけど、考えてみると矛盾はしてないのかもしれない。

 理屈は不明だが、『亜人士』は遺伝しない。両親が『亜人士』だったとしてもその間に生まれた子供が『亜人士』になるわけではないし、逆にただの人間がある日突然『亜人士』になることもある。時間も場所も規則性が一切ないのだ。

 だから短期間に多くの『亜人士』が一所に生まれることだってあるだろう。可能性が限りなく低くても、0でなければ現象は起こってしまう。それが世の常だ。

「それは大変だったな。そんな事件が起これば『維新軍』のことなんて気にしてられないよな」

「いや、相手は強くても"三桁"くらいしかなかったから、解決自体はすぐだったよ。むしろ俺は報告を聞いただけだったし」

「えっ、そうなの?」

 俺は目が点になってしまった。

 話の入り方的に、もっと苦戦していると思っていたから、とんだ拍子抜けだった。

 ”三桁”ならせいぜい小隊長クラスだ。多少数が多くても、それくらいなら一部隊だけでも十分に対処できる。

「それもあって、あの時の俺達は暴走事件をただの『珍しい事件』として捉えていなかったんだ………でも、そうじゃなかった」

「ただの暴走事件じゃなかったって事?」

「それが分かったのが、事件から2週間経った頃だったよ」

 幹也はスッと目を細めた。

 どうやらここからが本題のようだ。

「きっかけは、第五部隊が持ち帰ったある報告だったんだ」

「第五部隊って、諜報部隊だっけ?」

 そうだよ、と幹也は頷いた。

 俺はあまり関りがないが、聞いた話だと第五部隊は世界中のあらゆる場所に潜り込んで情報を集めるスペシャリストなのだそうだ。世界の情勢を知るうえでとても重要な役割を担っていて、お昼のニュースで流れされた情報も、第五部隊が集めたもののはずだ。

「その部隊からどんな報告が?」

 尋ねると、幹也はハンドルを握る手に力を加えながら答えた。


「『維新軍』と名乗る組織が、他国と同盟を結んで日本を潰そうとしているって報告だよ」


「なっ!!」

「………………っ」

 俺は思わず助手席から立ち上がりそうになった。後ろで麗華が口に手を当て絶句している。

「潰すって、本当に?!いくら民主主義のためだからって、そこまでやったら本末転倒なんじゃ………」

 民主主義を実現させたいのなら、国民はむしろ守るべき存在のはずだ。他国と手を組んで攻め込んだら多くの犠牲が出てしまう。やっている事がめちゃくちゃ過ぎる。

「驚く気持ちは分かるけど、まず間違いないよ。あの第五部隊の隊長が直々に陛下へ報告に来たからね。俺もその場にいたから証人になってもいいよ」

「そんな………」

 そこまで言われたら、信じるしかなかった。第五部隊で最も優秀な隊長が王様へ直接情報を持ってきたということは、それだけ重要で、誤りが許されなかったということだ。

 『維新軍』は、本気で日本王国に戦争を仕掛けようとしているのだ。

 どうしてそこまでして王国を滅ぼしたいのか、そこまでする必要があるのか、俺には分からない。何か恨みを持っているかもしれないし、ただの私利私欲かもしれない。

 色々な疑問と推測が頭の中を巡るが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 まず先に、確かめなければならないことがある。

「その同盟を結んだ国ってさ。もしかして今日本に侵攻を企てている…………」

「それを知っているということは、父さん達の記者会見を見たんだね。国の特定はまだできていないけど、その可能性は高いというのが陛下と四御家の見解だったよ」

 言葉を失っている麗華に代わって尋ねると、予想通りすぎる答えが返って来てしまった。

 やっぱり、幹也が聞いた情報とお昼に発表された情報は同じものだったみたいだ。

「それじゃあ、『維新軍』も『ひと月前の事件』を知っているんだ」

「多分ね」

「そうか…………」

 ギリッと鳴るほど歯を噛みしめていた。どうやら俺はまだまだ事態を楽観的に捉えていたみたいだ。

 侵攻を企てる国があってもすぐにはここまで来ないだろうと高を括っていた。だが、『維新軍』と手を組んだのなら話を別だ。標的の内部に味方がいれば侵入経路の確保は容易になる。下手をすれば既に侵入する手筈が整っていて、いつでも日本へ攻撃を仕掛けられる状態なのかもしれない。そうなれば………

「落ち着いて」

「っ!!」

 不意に肩を叩かれて、俺は体を跳ね上げてしまった。

 右手だけでハンドルを操作する幹也の声は落ち着いていた。

「そんなに自分を追い詰めないで。さっきも言ったけど、君たちが責任を負う必要は無いよ」

「そうは言っても、悠長にはしてられないでしょ!今すぐにも攻めてくるかもしれないのに!」

 俺はつい苛立ちをぶつけてしまった。どうして幹也は焦っていないのか。病院まで送ってもらっている立場なのにどうしてそんな余裕があるのか、問い詰めたい衝動に駆られてしまう。

 対して、幹也の表情は凪いだ湖面のように穏やかだった。

「多分だけど、今すぐ攻めてくるってことはないはずだよ」

「なんで………」

 そんなことが分かるのかと瞠目すると、幹也は理由を話してくれた。

「他国と同盟を結んだにしては、『維新軍』の行動はちぐはぐなんだよ」

「ちぐはぐ?」

 要領を得ず焦れていると、幹也は苦笑を浮かべた。

「まあ、とりあえず最後まで話を聞いてよ。君の知りたいことに答えられると思うから」

「あ、うん。ゴメン」

 熱くなるあまり、話がまだ途中なのを忘れてた………。俺はバツが悪くなり、大人しく聞く姿勢に戻った。

 幹也は気にしていない風に笑みを深めると、すぐに真面目な顔に戻り、話を再開した。

「第五部隊の報告を聞いた後、『王国軍』でも『維新軍』の情報を集めることにしたんだ。沢山の機関にも協力してもらいながらね。そうしたら3日後に、暴走した『亜人士』を捕らえている拘置所から連絡があったんだ。彼らの様子がおかしいって」

「おかしいって、どんな風に?」

 暴走している時点で十分正気ではないはずだが、その上で連絡したのなら、余程の異常をきたしているということになる。

 幹也は、ため息を堪えるように淡々と告げた。

「牢の中で「王国は滅ぶべし」、「この国は変わらなければならない」ってうわ言のように呟いていて気味が悪いって」

「演説している『維新軍』が言ってたやつだ……」

 ロータリーで台の上にいた青年の事を思い出した。こんなことを言う人間は他に思いつかない。

「うわ言のようにって、洗脳でもされてたの?」

「精神鑑定をした人の話だと、その形跡はあったみたい。暴れる『亜人士』に、どうやって洗脳を施したかは分からないけどね」

「やったのはやっぱり『維新軍』?」

「そこはまだ断言できない。まともに話せる状態じゃないから『維新軍』との繋がりは確認できなかったんだ。ほぼ間違いないという結論にはなったけどね」

「むしろ『維新軍』じゃなかった方が困るもんな………」

 これ以上敵が増えたら、厄介どころではない。敵同士で潰しあってくれればいいけど、そんな都合よくはいかない。利害が一致して、手を取り合うのが関の山だ。

「それじゃあ、あの『暴走事件』が『維新軍』の仕業、というか操っていたとして…………あっ!何のためにそんなことをする必要があったのかということか」

「演説もね」

 幹也の補足も合わせて、俺はようやく彼の言いたいことが理解できた。いつでも攻め込む準備ができているのなら裏で暴走事件を操ったり、都内のあちこちで演説をやるなんて回りくどいことをする意味が無い。

「つまり、日本を攻めるよりも優先すべき『目的』あるって事か………」

「それを調べるために、今は都内のあちこちで行われている演説に見張りを立てたりしているんだ。他に手掛かりも無いから苦肉の策なんだけどね」

「それでロータリ―に『王国軍』がいたんだ………」

『維新軍』の『獣士』を氷漬けにした『天創士』がまさにそうなのだろう。薄々そうだとは思っていたけど、『維新軍』が演説をしている時からずっと射程内にいたんだ。

「一か所につき、最低一人は配置するようにしているよ。対象を警戒させないために大人数は送れないから、捕まえると言うよりは何かあった時の連絡と、尾行して本拠地を突き止めるのが任務だね。でも……奴らは隠密にも優れているみたいでね。演説を終えた彼らを追ってもすぐに撒かれる始末だよ。情け無い話、今日まで一人も捕まえられていなかったんだ」

「それはすごいな。『王国軍』相手に一か月も逃げおおせるなんて」

 げんなりする幹也の隣で、俺は敵相手につい感心してしまう。

『王国軍』はただの『亜人士』の集団ではなく、厳しい訓練を受けた歴とした軍人だ。戦闘以外にもあらゆる事態を想定して徹底的に鍛えられている。

 その『王国軍』を相手にひと月も逃げるのは、『亜人士』といえど素人では無理だ。『維新軍』も同じくらい訓練を受けているということになる。

「念のために侵入経路の捜索もしているけど、そっちも進展ありとは言えないね。空路だと『天創士』に狙い撃ちされるのは分かっているだろうから海路に候補を絞って海岸を片っ端から捜索しているんだけど、『維新軍』らしき影はどこにもないんだ。まだ確保できいないと喜びたいところだけど、隠密に優れた彼らなら誰にも見つからない場所の一つや二つは知っていそうだから油断はできないね。そのせいでここ最近は心が休まらない日々だよ。それを見かねて、陛下は気分転換も兼ねて君たちに会いに行くことを許してくれたんだろうけどね………」

「そうなんだ……………」

 疲れ切った顔をする幹也に、俺はかける言葉が見つからなかった。

 思えば、俺達の仕出かした事件からずっと休みなく、仕事漬けだったはずだ。本人は決してそれを口にしないが、多忙の原因の一端を俺達が担ってしまったのは間違いない。

 何か協力できることがあればいいけど、今の俺に『維新軍』と戦う力は無い。港の捜索だけならやれることがあるかもしれないが、演説の見張りなんて猫の手よりも役に立たなそうだ。

「せめて、『維新軍』の目的が分かればいいんだけどね」

「目的か…………」

 俺は腕を組んでその目的とやらを考えてみることにした。攻める準備ができているのに、わざわざ回りくどいことをするのには必ず意味があるはずだ。

「そもそも、何で演説までする必要があったんだろう………。暴走事件だけじゃ足りなかったのかな?」

「さあ………。『王国軍』もそこは議論を重ねたんだけど、これと言った結論はでなかったよ」

 どうせ攻めこむのに、わざわざ啓蒙活動をする意味があるとは思えない。そんなことで支持を集めようとしなくても、武力を行使してしまえば水泡に帰してしまうし、そんな事をしなくても暴力で脅せば不満に思う国民は黙らざるを得ない。

 となればやはり、演説も他の目的のためにやっていると考えるべきだが、その目的が何なのか俺の頭では思いつかなかった。幹也も同じなのか、ハンドルを回しながら眉を八の字になっていた。

 数秒の間、俺達はう~んと唸りながら考えていると、答えは不意にもたらされた。

「もしかしたら、演説は囮なのかもしれませんね」

「「え?」」

 後ろからだった。不意だったこともあり、俺と幹也の驚きの声が揃った。

 幹也の代わりに後ろを振り向くと、上品な姿勢で座った麗華が閉じていた目をゆっくり開いた。それを見た瞬間、俺は麗華が真実に近づけたのだと確信した。

 麗華が深く思考する時、よく目を閉じる。そして、その目が開いた時の推理は外れたことがほぼ無い。

「演説が囮って、どういうことか教えて貰ってもいいかな?」

 それを知っている幹也も、バックミラーをチラ見しながら麗華に尋ねた。もしかしたらこの話をしたのは、麗華の推理を期待していたのもあるのかもしれない。

「情報が少ないので憶測の域を出ませんが、それでもよろしければ………」

「勿論だよ。たとえ間違っていたとしても君を責めることはしないと誓うよ」

 幹也にそこまで約束させると、麗華はわかりましたと言い、自分の推理を語り出した。

「まず、暴走した『亜人士』を洗脳した理由ですが、おそらく『王国軍』に演説の注目を集めるためだと考えます」

「どうしてだい?」

「幹也さんが先ほどおっしゃっていたように、演説だけでは『王国軍』が警戒すらしてくれないのは『維新軍』も気づいていたはずです。囮にするのなら、注目してくれないと効果がありません。だから、注目せざるを得ない状況を作ったのだと思います。洗脳して操る技術があれば、自陣の戦力を使う必要が無いので、捕まったとしても戦力が減ることはありません。むしろ、これからいくらでも戦力を増やせると『王国軍』を警戒させる事もできます」

「なるほど、言われてみるとそうかもしれない…………」

 麗華の分かりやすい説明に、俺は納得した。

 少し突拍子の無い部分もあるが、辻褄は合っているように思えた。演説で言っていたセリフを暴走した『亜人士』が口にすれば、いやでも『維新軍』との関係を疑わざるを得ない。他に手掛かりが無ければ尚更だ。

「あれ?でもさ。『維新軍』と他国が同盟を結んでいるのが分かっていたんだよね?なら暴走事件を操らなくても演説に注目は集まったんじゃない?」

 と、ここでふと頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。他国との同盟の方が暴走事件よりも余程インパクトが強い。わざわざ暴走事件を操る必要性は感じない。

「それは、その…………」

 すると、麗華は言い淀んでしまった。俺の疑問に答えられないというより、なんて言葉をかけているのか分からないと言う様子だ。

「和総君。それはおそらく、『維新軍』が第五部隊の存在に気付いていないからだと思うよ」

 幹也が、麗華に助け舟を出すように答えた。

「諜報部隊の隠密技術も『維新軍』と負けず劣らず優秀だからね。気配を悟られずに情報を集めるのはお手の物だよ。それに、仮にバレていたとしたらもっと慎重になるはずだから演説なんて目立つ事はしないんじゃないかな?俺達もそれを逆手に取って、『維新軍』を泳がせている部分はあるし」

「あっ、なるほど……………」

 俺は自分が愚問を言ってしまった事に気付き、羞恥で顔を火照らせてしまった。

 少し考えればすぐわかる質問だった。麗華も自分のことのように顔を真っ赤にしており、余計に情けない気持ちになってしまった。

「ま、まあ話を戻そうよ。それで麗華ちゃん。演説が囮であるのが本当だとしたら、真の目的は演説とは別の場所にあるという解釈でいいかな?」

「そうですね。演説の場所を全て知っているわけではないので、具体的な場所までは分かりかねますが………」

「結構な箇所で行われているから俺も覚えきれていないな………後で確認してみるよ」

「あくまで、憶測なので、それで分かるとは限りませんよ?全て見当違いということもありえますし……」

「それでいいよ。正直色々手詰まりだったから、調べる余地を見つけてくれるだけでも大助かりだよ。ありがとう」

「そうですか?なら良かったです」

 幹也にお礼を言われると、麗華は役に立てて安心したのかほっと胸を撫でおろした。

 そんな麗華に俺は尊敬の念を抱いてしまう。『王国軍』でも分からない謎をこの短時間で解いてしまうのだから、やはり麗華は探偵の才能がある。

「すごいなぁ………………」

 俺はぽつりとつぶやくと、そっと体を前に戻した。

「っ?今何かおっしゃいましたか?」

「ううん。何でもない」

 麗華は聞き取れなかったみたいだが、俺はもう一度言うつもりはなかった。言ったら心の内を読まれそうだったから。

「あっ、病院が見えて来たよ。話も終わったことだし、丁度良かったみたいだね」

 幹也はそんな俺を見て空気を読んだのか、左斜め前に見える建物を指し示した。

 俺は気を取り直すと、幹也が指さす方を見た。 

 まだ百メートルくらいは離れているが、それでも分かるくらい大きな建物だった。

 王立要塞病院。

 有事の際、非難場所も兼ねている王国内で最も大きい国立病院であり、俺が昨日まで入院していた場所だ。

 

 幹也の車はその後、信号に捕まることなくスムーズに病院の敷地内に入った。

 駐車場はまだ空きがあったが、幹也はそのまま王城に戻るという事で、入り口の前で下ろしてくれた。

「送ってくれてありがとう。お礼は気が向いた時でいい?」

「いいよ。飛び切り良いのをくれるならね」

 俺が冗談交じりに拳を突き出すと、幹也も冗談を返しながら拳を突き合わせた。

「ありがとうございました幹也さん。私の方からもお礼をさせて頂きますので」

 後ろから麗華が頭を下げると、幹也は悪戯っぽく目を細めた。

「麗華ちゃんは幼馴染だから気にしなくいいよ。和総君からたんまり貰うから」

「おいおい……………」

 冗談だと分かっていてもジト目を向けてしまうと、幹也と麗華に声を揃えて笑われてしまった。

「じゃあ、俺達は行くよ」

 俺と麗華が車から降り、病院の入り口へ歩き出そうとした時、

「和総君」

「ん?なに?」

 幹也に呼び止められ振り返った。

「その眼鏡だけど………作ってもらったのはひと月前の事件の対策なんだよね?」

「そうだけど、それがどうかした?」

「…………いいや、俺の考えすぎならいいんだ」

「?」

 幹也は笑みを浮かべながら首を横に振った。俺は怪訝に思ったが、幹也がそういうならそれ以上は踏み込むことはしなかった。

「引き留めてゴメン、俺は王城へ帰るよ。また会おう」

「うん、また」

 最後に別れの言葉を交わすと、俺と麗華は今度こそ病院の扉をくぐった。

「……おかえりなさい。二人とも」

 自動ドアが閉まる間際、そんな呟きが春の風に乗って俺達の耳へと入って来た気がした。


「……………………………っ」

 二人が病院に入るのを確認した幹也は、車に戻ろうと踵を返した。

 その時、

 ブルルルルルルルルッ

「っ?」

 ドアを開けようとする寸前ポケットが振動し、幹也はスマホを取り出した。

「副隊長?」

 画面に表示されている名前に首を傾げながら通話ボタンを押した。

「もしもし、どうしたんだい?…………俺?俺は和総君を病院へ送り届けたから、王城に戻るけど……………」

 幹也は応対しながら眉を寄せた。

 電話越しに聞こえる彼女の声は焦っていた。内容を聞かずとも、その声だけで余程の緊急を要するのが伝わってきそうなくらいだ。

 だが、伝えられた報告を聞いて嫌でも納得してしまった。

「えっ!?『維新軍』が⁈」

 人目を憚らず大声をあげてしまった。行き交う人々の注目を集めてしまった幹也は小声でも聞こえるように口に元に手を当てた。

「分かった。すぐに戻るよ。出動の許可はすぐに下りるはずだから他の部隊長も招集しておいて。それじゃあ…………」

 幹也は今で出来る範囲で指示を出すと、通話を切った。

「…………………っ」

 幹也は一瞬だけ、病院の方へ目を向けた。このことを二人に伝えるか迷ったのだ。

(いや、この件は和総君に伝えるべきじゃないよね。ここは安全だし、全てが終わった後にしよう)

 幹也はすぐに首を横に振り、車に乗り込んだ。

 戦えない和総に伝えても余計な心労を与えるだけだ。それにここは要塞病院。この中にいれば『維新軍』が攻められる心配はない。

(行ってくるよ。和総君、麗華ちゃん)

 幹也はアクセルを踏んで王城へ向かった。二人に何も告げることもなく。

 だが、この後幹也は後悔することになる。

 どうして『維新軍』の目的にもっと早く気づけなかったのだろうと。



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