エピローグの前①
これはそう遠くない過去の記憶。その断片だ。
『完結した物語の後ってどう続くと思う?』
夕刻、高校からの帰り道だった。
路地と電線の隙間から見える狭い茜空をぼうっと眺めていると、隣を歩く彼女が神妙な顔で尋ねてきた。
『ん?いきなり何の話?』
唐突な質問に、俺は聞き返すと彼女は一から説明してくれた。
『あのね。すごく好きだった小説が最終巻を迎えちゃったの』
『ああ、毎日読んでた恋愛小説のこと?』
『そう!主人公が大好きな人と結ばれて幸せに暮らすという最高の終わり方だったんだけど、私はその後が気になってしょうがないの。結ばれた二人がどう幸せに過ごしていくんだろうって!君もそう思わない?!』
『思わないって言われても、その小説読んだことないしな……』
ぐいっと顔を近づけて捲し立ててくる彼女に、俺は気圧されのけぞってしまう。余程その恋愛小説が好きなのだろう。いつも勉強ばかりする彼女にしては珍しかった。
だけど、国語の授業意外で小説を読まない俺には彼女の求める答え用意することはできなかった。
『ていうか、そういうのって書いた本人しか分からないんじゃない?俺たちが考えてもどうにもならないと思うけど……』
『もう冷めてるな~。想像するのが楽しいのに』
興味が無いことを見抜かれたのか、彼女はつまらなそうに唇を尖らせてしまう。少し、素っ気なかったかもしれない。
『せめて漫画みたいに絵があれば想像しやすいんだけなぁ………』
そう正直に告げると、彼女はうーむと頤に人差し指を当てた。
『絵か~。要するに顔が分かればいいと………あっ!』
するとなにか閃いたのか。パン、と両手を叩いた。
『そうだ!それじゃあ、登場人物を私と君に置き変えて考えてみてようよ!』
『な、なんでそんな話になるんだよ……』
発想が突飛過ぎてたじろいでしまうが、彼女はお構いなしだった。
『そっちの方が想像しやすいでしょ?私達が主人公の物語を考えるのも面白そうだし』
『何か主旨が変わってない?』
『そんな事無いよ。そ、それに……実際その通りになったら、とても素敵だと思わない……?』
『た、確かに………悪くは、無いけどさ』
上目遣いにドキッとした俺は顔を逸らして肯定すると、彼女はぱあっと顔を輝かせた。
『でしょ⁉それじゃあ、君は結婚したらどんな生活がしたい?私はね、大きくなくていいから二階建ての一軒家がいい!庭がついていたらなおよし!』
『そうだな。俺は………』
そこから互いの未来を語り合う俺達は、アスファルトの上で伸びる長い影を引きずりながら帰路を辿った。
俺は幸せだった。大切な人とこうして肩を並べて歩けることが、たまらなく嬉しかった。
昔の俺が今の自分を見たら言葉にならないくらい驚いただろう。地獄のような日々が当たり前だった俺が、平和で穏やかな時間を過ごせるなんて夢にも思わなかったはずだ。
だから俺はこの日常を壊したくなかった。そして、彼女と作った物語の通りに人生を歩みたいと、願いながらも叶えられると本気で信じていた。
でも、俺は失念していた。違う、気付かないふりをしていたんだ。
物語も現実も必ずハッピーエンドになるとは限らないことを。
主人公が死んでも終わってしまうということを。
この世界がどういう世界なのかを、おれは考えないようにしていた。
それに気づいた時にはもう、全てが遅かった。