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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
第五次十字軍
99/116

都市国家シャロンの内紛

 騒乱の種というものは、どこにでも転がっている。

 いつの間にか撒かれていたそれは、人の不満と不安を水に、憎悪を糧として成長し、ある日立派な花を咲かせる。内紛、革命、反乱……呼び名はいくつもあるが、咲いた花は、いつも決まって人の血の色をして、鉄錆た臭いをさせている。

 アウローラの護衛として放たれた分隊長ルルと、騎士見習いネリネは、周囲に視線を走らせながらアウローラを見失わない速度を保ったまま追跡をしていた。狭い路地を通って僭主ネクティアーノの館に向かったアウローラは無事に、館に到着し、そのまま中に入ったようだった。

「ネリネ、報告と交代要員」

 ルルは近くの家の壁に背を預けて、腕を組む。視線は館に向かっており、嫌々ながら受けた仕事も、きっちりとこなすようだった。

「はい!」

 一方のネリネも、騎士見習いと言う立場である。罠を張っての襲撃では、伝令として走り回っていたため、ルルに命じられた仕事はお手の物だった。

 一人になったルルは、館を見ながら、頭の片隅でアウローラとの関係を思う。

 三頭獣ドライアルドベスティエの中では、比較的少ない女性同士と言うことで、気軽に話しかけられる相手と言うのは貴重だった。

 最初の出会いは、追う者と追われる者。

 もし、三日月帝国(エルフィナス)の首切り総督イブラヒムが、都市国家シャロンに侵攻を企てなければ。もし、傭兵団がその依頼を断ってどこかに逃亡していれば。

 アウローラとルルが、こんなにも親しくなることはなかったのだろうと考えて、人生の不思議を考えざるを得なかった。

 取りこぼして来た者もあるが、新たに縁を結んだ者もある。

 悪いことばかりが起きる人生じゃないと、考えてルルはふっと苦笑する。

「……どんな決断をしようとも、生きてさえいれば」

 流暢な帝国語で、独り言ちしたルルは、静まり返った僭主ネクティアーノの館を見つめていた。

 一方、応援を呼ぶように命じられたネリネは、街中を走る中でその雰囲気を感じていた。敗戦国、と言う言葉がぴったりとくるように、全体的に暗い表情の人々が多い。

 行き交う人々は俯き、商売をする人々すら、笑い声もほとんど見えない。どこかしら自信を失ったようなそんな表情をした人々が行き交う街中を抜けて、三頭獣ドライアルドベスティエが居を構える交易所の近くまで戻る途中に足を止めた。

 悲鳴が聞こえ、思わずその方向に視線を転ずる。

 元々、騎士ショルツの元で密偵に近い役割を命じられることも多かった彼女は、目も耳も良い。雑踏を越えて、ネリネが見つけたのは複数人の男に絡まれる少女の姿だった。

 誘拐と言う雰囲気ではない。少女に対して、4人ほどの男が文句をつけている、と言った風だ。しかし、文句をつけている男達の腰には、長剣を差している。

 誰もがその様子に眉をひそめるが、それ以上に具体的な行動を起こそうとはしていないようだった。誰もが無関心で、誰もが自分だけのことで精一杯。

「4人か」

 呟かれた言葉の、温度の低さにネリネ自身が驚いた。

 知らず知らずに、癖で隠していた短剣に手が伸びそうになっている自分自身。そして何より、そんな自分に驚いていること自体に、彼女は新鮮味を覚えた。

 思えば、三頭獣ドライアルドベスティエに入って以来、密偵としての仕事は、その動向をたまに報告する程度しかなかった。

 短く切り揃えた髪を触ると、ふと考える。

 そう言えば、この髪型が似合うからと、切り揃えてくれたのもアウローラだった。

 年下なのに、あれやこれやと騎士になりたいというネリネのために、やれ礼儀作法は大事だ、やれ騎士として誓いのやり方はこうだと、お節介を焼いてくれたのを思い出す。

 ネリネは、そんなアウローラとの思い出を振り返りながら、少し落胆していた自分を自覚する。語ること自体は少なかったけれど、アウローラの語る彼女の故郷は、笑顔にあふれ、楽しい思い出と言う風に聞いていた。

 だから、ネリネは彼女が走り抜けた街の様子を見て落胆していた。

 敗北と言うのは、それだけでこんなにも人々から笑顔を奪うのかと。自然と、ネリネの足は少女とそれを囲んでいる男達の方に向いた。密偵失格だな、と頭のどこかで冷静に分析する自分に、彼女は苦笑を返す。

 ──仕方ないじゃないか。だって、私は、そうしたいんだから。

 長身で身軽な彼女は、腰に長剣を差したまま雑踏を抜け、揉めている人々に近づいていった。


◇◆◇


 ロズヴェータが呼ばれたのは、ラスタッツァと今後の打ち合わせをしていた所だった。見れば、騎士見習いのネリネが、まるでどこかで殴り合いの喧嘩でもしかのように、青あざを作って戻ってきていた。そして側にはネリネと比較すれば、だいぶ身長の低い少女が一人。

 道化化粧の女商人ラスタッツァは、面白そうに打ち合わせを中断するのを快諾し、意識をネリネとその連れに集中させる。

「まず、無事アウローラさんは、僭主ネクティアーノの館に到着しました。ルル分隊長からは、交代要員の派遣と報告をと」

 軽く頷いてロズヴェータが視線を隣の少女に向ける。

「……この少女は、その、偶然なのですが帰りにゴロツキに絡まれている所を保護いたしました」

「うん? この国は衛士はいないのか?」

 リオングラウス王国であれば、衛士と呼ばれる警察機構が機能している。そのため、迷子の保護や平民同士の傷害などは、衛士の仕事として割り振られている。

「……いいえ、いるには、いるのですが」

「信用できないんじゃない?」

 要領を得ないネリネの報告に、横から口を出すのはラスタッツァ。リオングラウス王国内外を問わず、手広く商売をしてきた経験から彼女は、ネリネが言いたいことを察する。

 一方、比較的治安の良好な都市で生活してきたロズヴェータには、衛士が機能しないという現状に眉を顰めた。

「……そこまで深刻なのか?」

「この国は、今揺れているのです」

 ロズヴェータの問いかけに答えたのは、ネリネの陰に隠れていた少女だった。見れば、上質な衣服に身を包んではいるものの、使用人に見える。

「貴方は?」

 丁寧なロズヴェータの問いかけに、少女は口を開く。

「申し遅れました。私は、僭主ネクティアーノの館で働く使用人でオリリ・ノルフェ・マーヤと申します」

 スカートの端を掴んで丁寧に礼をするマーヤは、リオングラウスでは少なくとも従士以上の家系に見えた。オリリ・ノルフェ・マーヤの話によれば、都市国家シャロンは僭主ネクティアーノを中心にまとまっていたが、敗戦を機にそれに罅が入っているということらしい。

 ネクティアーノの支配を良しとせず、エルフィナスからの支援をもって国を盛り立てて行こうという派閥ができ始めているという。

 その筆頭が、警備隊長エンディアム。

 かつては、武官派閥のナンバー3だったはずの男が、僭主ネクティアーノに反発して、派閥を率いているという。彼の上官たちが次々にその派閥を率いることができなくなり、退く中で、しぶとく生き残って派閥をまとめている人物だった。

 つまり、都市国家シャロンは最も当てにせねばならない武力を当てにできない状況らしい。

 話を聞いているうちに、ロズヴェータの眉間の皺は一層深くなっていった。

 エンディアムの息のかかっているのは衛士と常備軍の一部。

 僭主ネクティアーノの身を直接守る近衛衛士と呼ばれる者達はその限りではないにしても、かつて武官派閥としてまとまっていたはずの者達は、今や分裂している。

「……危険だな」

 誰がどう見ても危険でしかなかった。

 僭主ネクティアーノに敵対的な人物が、都市国家シャロンの中で蠢いている。しかも、その娘であるアウローラがリオングラウス王国から舞い戻った。

 ただの帰郷だと信じるだろうか。

「その、エンディアムと言う人は、どのような人柄でしょう?」

 ロズヴェータは、努めて平静を装って、しかも丁寧に使用人マーヤに問いかける。貴族の子女に対する礼儀は、アウローラの態度からして都市国家シャロンでは、リオングラウス王国よりも厳しいとみて良い。

「陰湿にして、臆病ですが……いざとなれば武力を用いるのを躊躇わないと思います」

 ロズヴェータが察するに、マーヤはエンディアムという人物の評価は偏っているのだろう。敵対派閥の人物なのだから、多少は割り引いて考えなくてはいけない。

 しかし、マーヤの言った特徴がないわけではない。

 陰湿、ということは、むやみに力を見せつけない策謀に強い人物なのだろう。臆病と言うことは、慎重な面があるということだ。そして武力を用いるのを躊躇わないという、一見臆病と矛盾する評価は、時に大胆に行動することを恐れない人物と言うことになる。

 であれば、そのような人物がアウローラの帰還を知れば、どう行動するだろうか。

 いつもの癖で口元を隠して考え込むロズヴェータ。

「……危険だな」

 アウローラの帰還が、どのような意図をもって行われたかをエンディアムが知らないのが、最も危険だった。下手をすれば、リオングラウス王国と密約を交わして帰郷したとも見える。

 エルフィナスが兵を引いたこの瞬間だからこそ、リオングラウス王国からすれば、海湾都市群に手を伸ばす絶好の機会と、見えなくもない。

 帝国の首狩り総督アル・シャーユーブ・アミルイブラヒム。

 その人が自らの意図を、広く公言していないのは、情報の少なさからもわかる。

 だからこそ周囲は不安になるのだ。

 自分は生き残れるのか、と。

「あー……その、ロズヴェータ隊長」

 おずおずと、手を挙げるネリネに、考え込んでいたロズヴェータは視線を上げた。

「その、マーヤを助ける時にですねちょっとゴロツキを叩きのめしたんですが、4人ほど」

「うん……? よくやったと思うが」

 話の見えないロズヴェータは、首を傾げる。顔の青あざを見れば、その奮闘ぶりがうかがえる。

「で、そのゴロツキがですね衛士と繋がってまして……」

「おい、まさか」

 嫌な予感に、身構えるロズヴェータと視線を鋭くする美貌の副官ユーグ。

「実は、ゴロツキを叩きのめして、ついでに衛士も二人ほど叩きのめしまして……」

「そういうことは、先に言え!」

 思わず叫ぶユーグ。

「……マーヤ殿、僭主ネクティアーノと面会できるだろうか?」

 最悪、都市国家シャロンで内紛が起きる。いや、その前に逮捕されてお尋ね者になりかねない。

 そこまで考えて、ロズヴェータはマーヤに僭主ネクティアーノと会談を申し込んだ。

「分隊長! 集まれ! 緊急だっ!」

 ユーグの声に分隊長達が集まり、事情を話せば、筆頭分隊長ガッチェは渋い顔で頷き、バリュードは爆笑し、ヴィヴィはネリネの背を叩いてその奮闘を讃えていた。

「いやいや、よくやった。さすがはネリネ!」

 バリュードは好戦的に笑いながらネリネの肩を叩く。

「はぁ……」

 曖昧に頷くネリネを今度は、ガッチェが窘める。

「しかし少し迂闊だったな」 

「す、すいません……」

「だが、良くやったよぉ! 見捨ててたら、それこそ騎士たる者じゃないだろうしねえ」

 景気よくネリネの背中を叩くヴィヴィに、彼女は頷く。

「……まったく、うちの分隊長どもは」

 頭痛を堪える様に美貌の副官ユーグは、眉を顰め、ロズヴェータはため息を吐くと、気持ちを切り替えて彼らに告げた。

「警戒を厳に、最悪アウローラを連れて、シャロンを脱出するぞ。半刻後までに兵士達を呼び戻せ!」

 それぞれに返事をして、分隊長達が分かれる。

 三頭獣ドライアルドベスティエは、思わぬ騒乱に巻き込まれそうになっていた。

ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)


称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営


特技:毒耐性(弱)、火耐性(中)、薬草知識(低)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子、兵站(初歩)、駆け出し領主、変装(初級)


同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇

三頭獣ドライアルドベスティエ隊長:騎士隊として社会的信用上昇

銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇

毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。

火耐性(中):火事の中でも動きが鈍らない。火攻めに知見在り。

薬草知識(低):いくつかの健康に良い薬草がわかる。簡単な毒物を調合することができる。

異種族友邦:異種族の友好度上昇

悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。

山歩き:山地において行動が鈍らない。

辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇

陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続7回)

兵站(初歩):兵站の用語が理解できる。

駆け出し領主:周囲から様々な助言を得ることが出来る。

変装(初級):周囲からのフォローを受ければ早々ばれることはない。


信頼:武官(+25)、文官(+31)、王家(+17)、辺境伯家(+50)


信頼度判定:

王家派閥:少しは王家の為に働ける人材かな。無断で不法侵入はいかがなものかと思うが、まぁ大事に至らなくてよかった。

文官:若いのに国のことを考えてよくやっている騎士じゃないか。領主として? 勉強不足だよね。派閥に入れてあげても……良いよ? けれど、招待状の貸しは大きいわよ。

武官:以前は悪い噂も聞こえたが……我慢も効くし。命令にはしっかり従っているし戦力にはなるな。待ち伏せが得意とは知らなかった。 最近何かしたのか?

辺境伯家:このままいけば将来この人が辺境伯家の次代の軍事の中心では? 元気があって大変よろしい! 領主としてもしっかりやっているしね。


副題:ロズヴェータちゃん、向こうから騒乱がやってくる。

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