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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
第五次十字軍
98/115

リオングラウス王国の選択とシャロンへの救援

 戦況の変化によって出された各派閥からの依頼の中から、ロズヴェータが選んだのは、都市国家シャロンへの物資輸送の護衛依頼だった。

 海湾都市の解放に伴って、都市国家シャロンからもエルフィナスは手を引いた。まるで潮が引くように一斉に引き上げていったその様子は、獅子の紋と王冠リオングラウス王国側からすると、キツネにつままれたような感想であった。

 しかし、現にエルフィナスはその兵を引いた。

 それは、潜り込ませていた諜報員達を始めとするリオングラウス王国独自の諜報網からも、諸都市からの救援依頼を携えて来た使者からも同じ結論だった。

 リオングラウス王国の首脳部が、兵を引いたエルフィナスの意図を図りかねていた所に、聖墳墓の国ジュルル・サルムの陥落である。リオングラウス王国の首脳部とされる者達にとってそれは、金づちで頭を殴られるような衝撃だった。

 ここ数十年なかった事態は、それぞれに報告を聞いた者達にとって、動揺をもたらした。それは首脳部程顕著であり、一部の者はその考えを改めなければならなかった。つまりは、十字軍の中止を企図していたリオングラウス王国側の考えを大きく修正しなければならない事態だと認識したのだ。

 もはや十字軍の派遣は止めようがないのではないか。それが不可能ならば、少なくとも被害を最小限にするためにはどうしたら良いのか。

 そんな諦念が漂う中で開始された御前会議で、武官派閥の長であり、英雄の弟子である将軍ディルアンの主張は、まだ諦めていない者のそれだった。

 ──ジュルル・サルムを奪還する。リオングラウス王国の独力で。

「……本気か?」

 王家派閥の長であるガベルの口から思わずといった風に疑問の声が漏れる。宰相コルベールからも、口には出さないものの、同様に視線だけでその成否を問われる。実務を握る二人からすれば、先の会議で述べたように拠出できる兵力からすれば、エルフィナスを撃破し、聖墳墓の国ジュルル・サルムを維持することは不可能だった。

 また、武官の派閥の長であるディルアンからも、先の会議で同じ結論に達していると認識していただけに、宰相コルベールなどは一層混乱した視線でディルアンを見る。

 だが、いつものように不敵に笑って将軍ディルアンは、持論を展開した。

 そもそも、問題はエルフィナスが十字教の聖地を侵すことにある。それさえ解決してしまえば、十字軍を派遣する理由もなくなるはずだ。

「……勝てるのか? 兵は兵糧の問題で……」

 集まった誰もが確かめる必要のある認識をガベルは口にした。

「無論、簡単ではない。しかし、今国内にいる兵力でなんとかしてみせよう」

 衆目の関心を集めながら、ディルアンがなおも口を開く。

「だが、そのためには必要な物がある。派閥で別々に出している今の騎士達への依頼を統一する必要がな」

「……それは」

「騎士を主力とするというのか?」

 宰相コルベールと少年王リサディスが同時に口を開いた。コルベールは驚愕を口にし、リサディスは疑問を投げかけていた。

 意外なものを見る様に、ディルアンは少年王を見る。

「その通りです。陛下」

「統率が効かぬのでは?」

「最低限、国軍の兵は連れて行きます。貴族の私兵もね」

「……ほぼ混成軍ではないか。数だけで勝てる相手ではない、と貴公が述べたばかりでは?」

 王家派閥の長たるガベルは、その時ばかりは本気で心配するような口調でディルアンに言葉をかけるが、ディルアンは意に介した様子はなく、深く頷いて返答する。

「当然、難しい。しかしながら、これでも英雄の弟子などと呼ばれていますからな。ある程度の影響力はあるでしょう。後は、相手次第と言うところで」

 誰もがディルアンの提案を考る。

 自身の派閥への利益もあるが、ここに集った者達は国を彼らなりに本気で憂う者達でもあった。何より、帝国の首狩り総督イブラヒムに、英雄の弟子ディルアンは勝てるのか。

「……勝てるのだな?」

 文官派閥、王家派閥の疑問を少年王が口にする。

「無論」

 軍事の専門家でない彼等には、ディルアンの言葉を信じるしかない。少年王リサディスは、軍事の勉強をしているが、その域はディルアンに及ぶべくもない。

「であれば、結論は出ている。少ない可能性であろうと、十字軍は阻止すべきと考えるが、いかがか?」

 少年王の問いかけに、宰相コルベールと公爵ガベルは頷いた。

「ディルアン将軍」

 玉座から立ち上がってリサディスは、ディルアンに近づく。少年王の突然の行動に、常にはその行動を抑制する側のガベルも、動きが取れなかった。

 ディルアンとリサディスとの距離が目と鼻の先になると、自然とリサディスに対してディルアンは、腰かけていた椅子から、腰を浮かせ、次いで片膝をついて臣下の礼を取る。

 だが、リサディスは自身も片膝をついてディルアンの肩を親しく叩いた。

「私はまだ未熟で、貴方に比肩するまでもない。だから、頼む。この国を救ってくれ」

「……臣の全力をもちまして」

 思わず口をついて出た言葉に、ディルアンは自分自身でさえも驚いていた。

 その後少年の王の突飛な行動はあったものの、国の方針を決める御前会議は順調に消化されていった。対エルフィナスに関しては、各派閥とも協調路線を取り、出される依頼も検討されてから騎士達に布告をかけられる。

 ジュルル・サルムからの難民の保護、これは合わせて情報の収集を兼ねている。

 解放された諸都市への手当、旧宗主国たる西方世界の都市国家が復権するまでリオングラウス王国が支援せねば、海湾都市などは干上がってしまうだろう。

 そして対エルフィナスへの下地の準備、これはジュルル・サルムへの経路偵察を含んでいる。

 対エルフィナス、対帝国の首狩り総督イブラヒムへの対策としてはリオングラウス王国は一致団結していたと言っていい。


◇◆◇


 王都において依頼達成後の休暇を楽しんだ三頭獣ドライアルドベスティエは、文官派閥からの依頼を受けて、都市国家シャロンの物資輸送の護衛依頼を引き受けていた。

 文官派閥が出す依頼だけあって報酬は高いものの、名声には結びつかない依頼である。

 その途上にあって、ロズヴェータは、これからのことを考えていた。

 出発する前に仲の良い同期で集まる機会があり、そこで王族のリオリスから依頼は、早めに切り上げることを勧められたのだ。

 ──挙国一致で、対エルフィナスを戦うらしい。主力は、俺達騎士らしいぞ。

 それを聞いて、興奮したのはエリシュだった。

 鼻息荒くことの真相をリオリスに強請り、粗方事情を把握した彼女は、途端に冷静になって主力を張るには戦力が足りないわね、と呟いたのだ。

 以前に間近でディルアンの戦術を見て以来、彼女の師匠はディルアンなのだろう。決して師事したわけではないが、彼女がそう決めて、そこを目指しているのなら、敢えて止めたりはしないのが同期の暗黙の了解だった。

 ──来月か再来月には、全ての依頼が対エルフィナス一色に塗り替えられるはず。

 その話を聞いてロズヴェータは、今回はシャロンをはじめとする海湾都市への輸送の護衛を引き受けようと思ったのだ。

 当然ながら、戦争になれば死ぬかもしれない。

 ──アウローラを都市国家シャロンに、故郷に連れて帰れる機会は、もう来ないかもしれない。

 そんな懸念を抱いたロズヴェータが、依頼を決めたのだ。

 ロズヴェータがちらりと、行軍の先頭付近にいるアウローラに視線を転じる。あれ以来、彼女とはシャロンのことで話していない。泣いてすっきりしたのか、接する態度は変わらないものの、稀に視線が合うと逸らされることから、若干避けられているのかとロズヴェータは考えていた。

 気恥ずかしいのはわかるが、情報共有が図れないのは、あまりよくない。

 そんな私情が多分に入った感想を持ちながら、17歳になったばかりの少年は、馬の背に揺られていた。

「……何やら不愉快な気配がしますね」

 美貌の副官ユーグは、長い銀髪を無造作に束ねた頭を掻いた。

「嫉妬かね?」

 兵站を担う道化化粧の女商人ラスタッツァが、泣き笑いの化粧の奥から楽し気に問いかける。

「誰が!」

「おやおや、突っ込み待ちかと思ったんだがね。けひひひ」

 楽し気に笑ってラスタッツァから差し出される果実を、ユーグは訝し気に見つめた。

「わい……って、──ああ、いや機嫌を損ねたら謝るよ。人間関係を潤滑にするための贈り物さ」

 明らかに賄賂だと言いかけて、ラスタッツァはユーグの視線に慄く真似をしながら、それでも差し出した果実は引っ込めない。

「喉は乾いていないが?」

「バカだねぇ、賄賂ってのは、効果がある人に送ってこそ意味があるのさ」

「その発言だと、私に送っても意味がないと聞こえるが?」

「無いとは言わないけど、効果的かと言われるとどうだろうね?」

 つまりは、差し出された果物を誰かに送れということか。

 ユーグは、差し出された果物を手に取ると、鼻を鳴らした。

「言い方が回りくどいぞ、強欲商人!」

「頭が固いね。顔の良いだけの副官殿? けひひひ」

 ユーグは馬を走らせ、ロズヴェータの側に並ぶと、ラスタッツァから差し出された果物を渡す。

「……随分、優しいのだな」

 分隊長ルルが、馬車によじ登りながら、その馬車の上で寛ぐラスタッツァに話しかける。

「帝国にも諺があるでしょう? 窮した鳥をこそ懐に入れよ。さすれば、無駄に矢玉を消費することもない、ってね」

「……そんな諺だったか? それよりも、さっきの果物美味しそうだったな?」

「……コイツは、抜かった! 思ったよりも高くついたね。けひひひ」

 物欲しげなルルの視線に、ラスタッツァは引き攣った笑いを返したのだった。


◇◆◇


 城壁に至る領域内の各所に、戦の痕跡がある。荒れ果てた畑に、焼け焦げた家屋、打ち捨てられた屍はないものの、都市国家シャロンの領域に入ってすれ違う人の表情はどれも一様に暗い。

 城壁を見上げれば、損傷や亀裂が目に付く。城壁自体にも激しい攻防の後として、焼け跡や、掲げられる旗がほつれていたりと、現在の都市国家シャロンの現状を映しているようだった。

 隊商を護衛して城壁を潜れば、それでもまだ活気はある。

 少ない品物を露天に並べる人々は、活気があるというよりは殺気立っているといった方が良い。特に目立つのは、傭兵か兵士か武装した表情の暗い者達が目立つことだろう。

 じろり、とロズヴェータ率いる三頭獣ドライアルドベスティエとそれが護衛する隊商を見る視線は、暗く淀んでいる。

「……随分と盗賊崩れが多いね」

「斬る相手には困らなそうで、良いぃ」

 分隊長ヴィヴィと分隊長バリュードは、彼らの様子を見て囁き合った。ヴィヴィは深刻そうに、バリュードは楽しそうに、コロコロと笑うものだから、ヴィヴィが盗賊崩れと評した者達も、不気味さを感じ取って避けて行っているようだった。

 生真面目な分隊長の筆頭たるガッチェは、最後尾を自身の分隊で固めながら隊商を守るように歩いていく。騎士見習いネリネなどは、どこかウキウキした様子で、きょろきょろと視線をさ迷わせている。

 その隣で分隊長ルルは、厳しい視線を周囲に向けていた。

「油断するなよ、攫われれるからな!」

「はい、ルルさん!」

 ルルの声に、騎士見習いのネリネなどは元気よく答えるが、緊張をしているというよりはどこか遊びを楽しむ子供のような笑いをかみ殺すところがあった。

 元傭兵団出身の彼女の下に集まるのは、帝国出身の者達が多いが、彼等からしてもルルは低身長で、童顔である。彼女のそんな指示を生暖かい目で見つつ、警戒は警戒として厳にしているのが、彼女の分隊であった。

 結果として三頭獣ドライアルドベスティエが城門を潜って、何かトラブルに巻き込まれることはなかった。総勢で50を超える程の騎士隊に、正面から喧嘩を売るなどと言う無謀な人間は、都市国家シャロンにはいなかった。

 ロズヴェータ率いる三頭獣ドライアルドベスティエは、隊商の集まる駅まで無事に荷物を搬入し、ラスタッツァをはじめとする商人達が、交易をする間、必要以外の人員には休憩を出す。

「……自由行動を許可する。取引完了は、明後日になる予定だ」

 そうアウローラに告げるロズヴェータは、俯く彼女に更に問いかけた。

「護衛は?」

「いいえ、大丈夫」

「そうか。気を付けて」

 無言で頷いた彼女は、最後に礼を言って、ロズヴェータの前から立ち去る。

「……御心配で?」

「いいや、ここは彼女の故郷だ。そう、心配することもないはずさ」

 そう言いながらも、ロズヴェータの視線はアウローラが去っていった方向へ向けられていた。

 ユーグはそっとロズヴェータの側から離れると、ラスタッツァからまた先日の果実をもらっていたルルを見つけて声をかけた。

「おい、ただ飯ぐらいの暴力女」

「何だ、顔が良いだけのひょろひょろ」

 心底嫌そうな顔で睨み合うユーグとルル。今にも手を出しそうな険悪な雰囲気の中、口を先に開いたのは、ユーグだった。

「のっぽの役立たずと一緒にあの女を追え」

「おや~? 私がどうしてそれを?」

「……それは、恐喝の結果では?」

 ユーグの指さす先は、ルルの手の中の果実。

「……」

 ルルの視線は、ラスタッツァに向かうが、彼女は道化化粧の奥から、けひひひと笑うばかり。

「くっそー!」

 地団太踏んでルルは、涙目になりながらネリネを伴ってアウローラの後を追っていった。

「面倒をかけてくれる」

 舌打ちしながら、ユーグもまたアウローラの去っていった方を見つめていた。


ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)


称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営


特技:毒耐性(弱)、火耐性(中)、薬草知識(低)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子、兵站(初歩)、駆け出し領主、変装(初級)


同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇

三頭獣ドライアルドベスティエ隊長:騎士隊として社会的信用上昇

銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇

毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。

火耐性(中):火事の中でも動きが鈍らない。火攻めに知見在り。

薬草知識(低):いくつかの健康に良い薬草がわかる。簡単な毒物を調合することができる。

異種族友邦:異種族の友好度上昇

悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。

山歩き:山地において行動が鈍らない。

辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇

陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続7回)

兵站(初歩):兵站の用語が理解できる。

駆け出し領主:周囲から様々な助言を得ることが出来る。

変装(初級):周囲からのフォローを受ければ早々ばれることはない。


信頼:武官(+25)、文官(+31)、王家(+17)、辺境伯家(+50)


信頼度判定:

王家派閥:少しは王家の為に働ける人材かな。無断で不法侵入はいかがなものかと思うが、まぁ大事に至らなくてよかった。

文官:若いのに国のことを考えてよくやっている騎士じゃないか。領主として? 勉強不足だよね。派閥に入れてあげても……良いよ? けれど、招待状の貸しは大きいわよ。

武官:以前は悪い噂も聞こえたが……我慢も効くし。命令にはしっかり従っているし戦力にはなるな。待ち伏せが得意とは知らなかった。 最近何かしたのか?

辺境伯家:このままいけば将来この人が辺境伯家の次代の軍事の中心では? 元気があって大変よろしい! 領主としてもしっかりやっているしね。


副題:ロズヴェータちゃん、シャロンに到着。そして事態は風雲急を告げてきた。

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