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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
第五次十字軍
91/116

十字軍の胎動

 ──異教徒は殺せ、殺せ、殺せ!

 ──死んだ異教徒の屍の上にこそ、神の栄光は輝く!

 ──我らの聖地を守れ!

 そんな声が、西方世界に満ちていた。発端は、第4次十字軍の三十年ほど前に現れた一人の修道士ベルドナール。

 後に、天の門(バティアン)から聖者認定を受け、聖ベルドナールと呼ばれた修道士である。

 十字教伝統派の修道士に求められるのは、清貧・純潔・神への奉仕であった。それを最もよく体現する人であったのは間違いない。五歳にして、聖書を読み解き、十五歳にして当時もっとも勢いのあったクリューニ修道院に入り、二十三歳にして、自身の修道院を立ち上げるという修道士としての栄光の階段を二段飛ばしで駆け上がった人。

 彼の立ち上げた修道院は、寄付された土地の名前からとって穢れなき谷(ジュエット)修道院と呼ばれ、それが彼の派閥の名前になった。

 ジュエット派の修道院を立ち上げてからも、聖ベルドナールの活動は消極的になるどころか、積極的になっていった。平民階級を中心にしていたのが、王侯貴族を相手にするようになり、ついには伝統派の守護者を自任する聖女の御旗の元に(ガリアフラディス)の王に親しく謁見する機会も得られるようになる。

 カリスマを持った人であった。

 理知的な話し方、情熱的な声音、そして何よりも伝統派修道士はかく在るべしと一目でわかる聖ベルドナールの姿に、西方世界の王侯貴族達は、コロリとやられてしまった。

 特にガリアフラディスの王ルディ8世は、二十代という若さでその地位に就き、聖ベルドナールと出会ったのだから、その印象は強烈であった。

 その日は、冬の寒い日だった。

 修道士は清貧を旨としている以上、平素から薄着で過ごす。だが、程度と言うものは皆もっている。いかに清貧の誓いをしたとしても、寒いものは寒いのだ。だから、ある程度厚着をして過ごすことを、批難をされることはない。

 下着の上には僧衣のみという格好は、着るものを持たない農奴でもない限り、否──農奴であろうともう少し重ね着はしていたが、それでも彼は、清貧のための誓いとしてその格好で一年を通していた。

 西方世界の冬は、寒風吹きすさび、気温が低すぎてさらさらになった粉雪が視界を遮るのが常である。その上で石造りの王城が一般的であり、堅牢さを何よりも重視している。当然ながら、住居性は最悪で、冬は寒さが直接住んでいる王侯貴族を直撃する。

 だからこそ、彼らは動物の毛皮を絨毯にして、採光の為の窓にタペストリーをかけ、暖炉には煌々と炎を焚いて、幾重にも服を着こみ、快適に過ごそうと注力するのだ。

 そんな中、聖ベルドナールは、杖をつき、素足に僧衣、そして外套のみの姿で現れた。

 ガリアフラディスの王ルディ8世は、その姿を見て驚愕した。

 身長は高く苦悩を刻んだ眉間の皺はまるで峡谷のようだった。顔の造形自体は悪くないはずだが、明らかに栄養が不足しているのか、頬はこけ眼窩は落ちくぼんでいる。まるで重い十字架を背負って贖罪の丘を登るように、ふらふらと揺れる様に歩くさまは、十字教が崇める神の姿を幻視させた。

 話し出せば、明瞭かつ明確な主張と、内心に秘めたる情熱は分かりすぎるほどに分かる。

 精神的に若いルディ8世は、聖ベルドナールの話を聞くうち、彼の姿を見るうちに、自身の心に羞恥が浮かんでくるのを感じていた。

 十字教の守護者たる自身は、何をしているのか。西方世界の全ての人々が、十字教に帰依してから、既に五百年の時代が経過している。多かれ少なかれ、彼等の中には罪の意識が醸成されているし、そうあれかしと、教えられてきた。

 現在を背負って、かつて贖罪の十字架に上った指導者はやがて神として彼らに問うているのだ。

 ──汝は、十字教徒として恥ずかしくないのか、と。

「──師父」

 そう呼びかけたルディ8世の心に、迷いはなかった。

 そうして第4次十字軍は発せられた。

 結果は見るも無残な結果であった。リオングラウス王国の誰もが、やらない方がマシであったと評する結果であったが、それは全て卑劣なロスデリア帝国と非協力的なリオングラウス王国らのせいとなっていた。

 そして先の教皇がなくなると前後して聖ベルドナールもこの世を去った。

 だが彼の影響力は、確実に西方世界に浸透し、大きくなっていたのだ。

 バティアンの新たな教皇グリゼルダ3世を、ジトー派で擁立する程度には……。

 そして、異教徒は殺せと叫ぶ精神的指導者の教えは、不甲斐ない第4次十字軍としての結果と相まって地に満ち満ちていたのである。


◇◆◇


 海風に吹かれること、30日余り。翼竜の女王(ジェノビア)の船に乗って降り立った港は、港をもたない内陸国で育った彼等には、新鮮に映った。

「ここが、ペエルですかぁ。なんともまぁ」

 呑気な声を上げるのは、武官派閥から副使として派遣された虎髭の男爵(ゼダンヒール)ナウリッツ・メル・ショーラ男爵。

 かつて王都の警備を担っていた壮年のナウリッツは、エメシュタンという不良貴族を排除したことを、豪快に笑い飛ばしたが、自身の進退は話が別であった。

 貴族を守るための役職なのに、その貴族を排除するなど、けしからんということで、他派閥から攻撃を受け、その役職を解任。長らく閑職に追いやられていたところを、派閥の領袖であるディルアンに一本釣りされた。

 曰く、ちょうど良いだろうとのことであった。

「我が国とは、また随分趣が違いますね」

 興味津々な視線を左右に向けるお上りさんは、王家派閥から近衛騎士団の団長リオリス。

 今回の十字軍を取りやめさせるという、密命の副使として王家派閥から派遣された。

「……はぁ」

 そしてため息を漏らすのは、今回のリオングラウス王国からの正使として選ばれたルフィーネ・オルシャ女子爵。

 文官派閥の領袖である宰相の一声で派遣が決まった彼女は、自身の置かれた状況と与えられた使命の困難さに景色を眺める余裕すらなく、ため息をついた。

 彼らが訪れたのは、西方世界の雄聖女の御旗の元で(ガリアフラディス)の王都ペエル。十字軍の発生を止めるか、延期をさせるべく可能な限りの情報収集と宮廷への働き掛けをするべく、リオングラウス王国から派遣されたのだった。

 また、彼等とは別に天の門(バティアン)に向けても、同じく使節が派遣されている。

「これは、ようこそ。噂に違わぬ見目麗しき正使殿だ」

 使節団としても良い彼等を出迎えるのは、ルディ8世の宮廷において中東情勢に詳しいとされるセティ・ド・ファーラ伯爵。老年期に差し掛かる五十台半ばの男である。

 鷹の如き鋭い視線、鷲鼻に、銀髪を脂で丁寧に撫で付けた背の高い痩身の姿形からは、権力闘争が大好きですと、顔に書いてあるようだった。

「初めまして、ファーラ伯爵閣下。この度はよろしくお願いいたします」

 丁寧に頭を下げた子爵として礼をするルフィーネをどう思ったのか、セティ・ド・ファーラは、上機嫌に笑って彼らを先導した。


◇◆◇


「お遣い、ですか?」

「ああ、そのようだ。父上から早馬で届いてね」

 問いかけたロズヴェータに、長兄ディリオンが苦笑しながら手紙を差し出す。

「……行き先は、三日月帝国(エルフィナス)になってますけど」

「そのようだね?」

「密貿易、ですか?」

「国が密貿易と定めるのは、領主が行うものだけだ。従って商人が独自で行うものは、その範疇に含まれない」

 次兄ナルクの言葉に、ロズヴェータはジト目を向ける。

「兄上、いくらなんでもそれは……」

 明らかな詭弁。少なくとも国に対しては、そのような言い訳が通用するしないことは、その場の誰しもが分かっていた。それでも敢えて次兄ナルクが食べたいの話をしたということは、カミュー辺境伯家の意思としてこれを進めると言うこと。そして、相手側もそれを承知しているということだ。

「カミュー辺境伯家がリオングラウス家に服属する前からの歴史ある取引ということで、残念ながら国の法よりも、歴史と伝統は重いというのが我が父上の御差配だよ」

 苦笑する長兄ディリオンの言葉に、ロズヴェータはため息を吐く。

「まぁ、私が断れば他の誰かがやるのでしょうから、仕方ないとしても……その兄上の言う歴史と伝統ある相手と言うのは?」

「うん、流石我が弟。お相手は、太守(エミル)アリマ・イヴン・クマール」

 満足そうに頷いて、長兄ディリオンが笑顔のまま告げた名前は、隣接する三日月帝国(エルフィナス)の都市を治める太守の名前だった。

「我が国の国境警備に見つかれば、即座に追捕されますね」

 諦めにも似たロズヴェータの言葉に、次兄ナルクは首を振る。

「それをうまくやるのが、お前の才覚と私の手腕と言うわけだ。ロズ、東のユントリ山を覚えているな?」

「ええ、幼いころは、よく遊びましたので」

「地元の者しか知らぬ抜け道がある。また、国境警備の警備副長オスニールには、賄賂を贈って買収済みだ。いずれを選んでも、大きな失敗をせねば、問題ないだろう」

 淡々と語る次兄ナルクの言葉に、ロズヴェータは頷く。

「向こうからも、迎えがあるはずだから、手土産も持って行ってね」

 長兄ディリオンは、朗らかに笑いながらいくつか見繕った物を目録としてロズヴェータに渡す。

「この取引自体が結構な手土産なのでは?」

「領主と領主の間ではそうだろうね。でも、個人的なのは別でしょう?」

「そういうものでしょうか?」

 なおも納得のいかないロズヴェータに対して、長兄ディリオンは優しく微笑む。

 ──全ては我が領民のためさ。

 疑問に首を傾げるロズヴェータは、兄の企図を理解しえぬまま目録の中から比較的安価なものを選ぶと、それを手土産に国境を超える計画を練り始めるのだった。


◇◆◇


 隊商の護衛は慣れたものであった。結局ロズヴェータは、商人の護衛と言う形で隣国エルフィナスの太守エミルアリマ・イヴン・クマールへの贈答品を届けに行く選択を取った。

「六か月と十五日ぶりだな」

 護衛すべき隊商との合流地点に向かったロズヴェータを待っていたのは、懐かしい声だった。以前辺境伯地域で共闘したことのあるエルフィナス出身の傭兵隊。しかめっ面のヨルヴィータ率いる傭兵隊静か森の矢(クラシカ)が、揃っていた。

「今回は、一緒に同行させてもらう」

「ありがたいよ。よろしく頼む」

 ロズヴェータ率いる三頭獣ドライアルドベスティエは、今回は辺境伯領に地盤のあるものだけで構成されている。そのため、今回彼が率いているのは総数の3分の1程度であった。

 それを補う意味でも、助力はありがたい。

 もし何かあった場合と言うのが、大半ろくでもないことなのだが。

「今回の依頼、領主側からは何が何でもお前を守れと厳命されている。もし、万が一の場合は俺達を見捨てて逃げろ」

 しかめっ面のヨルヴィータは、苦虫を噛み潰したようないつもの表情でそう告げるが、ロズヴェータは苦笑するしかなかった。

「そうならないように、努力しよう」

「変わっていないようで安心した」

 差し出されたヨルヴィータの手を握り返してロズヴェータは、にこりと微笑んだ。

 その笑顔に、手を握り返されたヨルヴィータは苦笑する。

「相変わらず、人を誑し込むのが上手いな」

「……そんなことはないと思うが」

「まぁ、こちらがそう感じるだけだ。だが、得がたい武器だとも思う。大事にすることだ」

 曖昧に頷くロズヴェータは、早速軍議に入ろうとする。

「それで、護衛する隊商は? 兄上からは、現地で確認してほしいと言われているが……」

 周囲にそれらしい人影はいくつかあるものの、どれも決め手に欠ける。

「ああ、あれだ」

 エルフィナス出身者特有の長い耳がぴくりと動き、ヨルヴィータはいつものしかめっ面を更にしかめて指を差す。

 その方向にたむろしているのは、水の女王(フェニキア)の隊商だった。

 西方世界の水上国家の雄といえば、フェニキアとジェノビアが二大強国である。ともに共和制をとる国ではあるものの、その性格は真逆。

 集団主義と個人主義。

 国家が主導して利益を追求するフェニキアと個人の才覚によって利益を追求するジェノビア。この二つの国家は互いにライバル視しながらも、十字教側の海の覇者として十字教国家群の成立と存立に大きく影響を与えていた。

 彼らの海上戦力が担保する制海権は、陸上の輸送とは比較にならない輸送を可能にし、西方世界から中東地域にいたる膨大な兵站能力を確保した。

 それはつまり、十字軍を可能にしたということ。

 海上の敵対国家や海賊などを文字通り蹴散らし、その覇権を確立したのだ。

 聖マルティナを守護聖人としたフェニキアは、黄色字に黒で盾持つ長髪の乙女(聖マルティナ)を旗印としてロズヴェータの前にいた。

 ロズヴェータとしかめっ面のヨルヴィータが隊商に近づくと、その中から一人の壮年の男が進み出てくる。

「初めまして、ロズヴェータ殿でよろしいですな?」

 恰幅の良い壮年の男が品定めするように、挨拶をする。浅黒い肌と赤銅色の髪。日に焼けた海の男特有の慎重さと気性の荒さを併せ持ったような鋭い視線だった。

「私フェニキアの隊商をとりまとめておりますマルコーと申します」

 頷くロズヴェータに対して、視線の鋭さを些かも減じないままに、自己紹介をする。

 上質な衣服に丁寧に整えられた顎鬚。見るからに、大商人の風格を漂わせる男を前に、ロズヴェータは威圧感よりも、懸念を感じていた。

 一体、カミュー辺境伯たる己の父親は、なにをもってフェニキアと付き合い、隣国の都市を治める貴族と友好関係を構築してきたのか。

 兄たちの話を信じれば、古くからの付き合いということだったが……。

 考え事をしながら言葉少なめに対応するロズヴェータ。マルコーと名乗った壮年の商人は、しばらくロズヴェータを観察していたようだったが、打ち合わせることも終わりに近づいた際に、表情を崩して頷いた。

「うむ、信頼できる人のようだ。この旅路に、聖マルティナの御加護がありますよう」

 隊商に出発のための声をかけるべく、マルコーは戻っていった。

ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)


称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営


特技:毒耐性(弱)、火耐性(中)、薬草知識(低)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子、兵站(初歩)、駆け出し領主、変装(初級)


同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇

三頭獣ドライアルドベスティエ隊長:騎士隊として社会的信用上昇

銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇

毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。

火耐性(中):火事の中でも動きが鈍らない。火攻めに知見在り。

薬草知識(低):いくつかの健康に良い薬草がわかる。簡単な毒物を調合することができる。

異種族友邦:異種族の友好度上昇

悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。

山歩き:山地において行動が鈍らない。

辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇

陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続7回)

兵站(初歩):兵站の用語が理解できる。

駆け出し領主:周囲から様々な助言を得ることが出来る。

変装(初級):周囲からのフォローを受ければ早々ばれることはない。


信頼:武官(+20)、文官(+28)、王家(+17)、辺境伯家(+45)


信頼度判定:

王家派閥:少しは王家の為に働ける人材かな。無断で不法侵入はいかがなものか。まぁ大事に至らなくてよかった。

文官:若いのに国のことを考えてよくやっている騎士じゃないか。領主として? 勉強不足だよね。派閥に入れてあげても……良いよ? この貸しは大きいわよ。

武官:以前は悪い噂も聞こえたが……我慢も効くし。命令にはしっかり従っているし戦力にはなるな。

辺境伯家:このままいけば将来この人が辺境伯家の次代の軍事の中心では? 元気があって大変よろしい! 


副題:ロズヴェータちゃん、秘密の仕事に従事する。


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