娼館での祝勝会
王都に戻り依頼の達成を、証拠品と近隣の村からの証明書と共に組合に提出する。
今回の依頼は、辺境伯家から直接指名されてのものだったこともあり、報酬はかなり高めに設定されていた。騎士校卒業の祝儀の意味もあったのだろう。あるいは使える手駒かどうかの試験にも似たものだったかもしれない。
今回は初めての依頼ということもあり、現金──つまりは、銀貨で払われたが騎士隊の規模が大きくなるに連れて、為替で払う場合もある。
無論、騎士隊などのヤクザな商売をしている以上、何時死ぬか分からない彼等が、現金以上に求めるものなどないのだが。
活動拠点として決めている王都に戻ってきた騎士隊を一度解散させ、辺境伯家の名前で借用している宿屋を集合場所に指定すると、ここからはロズヴェータの仕事になる。
「さて、計算しないとな……」
この役目は、専ら隊長であるロズヴェータが行う。他の誰にも触らせないのは、そもそも計算と言うものが特殊技能に含まれるものだからだ。
報酬の全てを、騎士隊の人数で分割、さっさと払い出すと言うような乱暴なことは出来ない。少なくとも、ロズヴェータは今の騎士隊を大きくしていきたいと考えているのだから。
まず、諸経費の計算。
今回の依頼に掛かった移動費、食費。三頭獣は、装備に関しては各人の自弁としていることから、装備の破損等は含まれないものの、これを支給としていた場合はこれらも含まれる。
「あ、これもか」
ヴィヴィが喧嘩をして破壊した酒場の修繕費の請求書を見て、これは報酬から天引きしないといけないとメモしておく。
拠点を辺境伯家から提供してもらっているだけでかなりの優遇と言っていい。そうでなければ、王都に拠点として宿や家屋を購入か借用しなければならず、それだけで毎月の経費がかかる。
次に税金を払わねばならない。
経費として含まれない収入自体に税金がかかるため、正しい順序で計算しないと過剰に高くなったり、兵士に払う報酬が安くなったりする。
残った金額が今回の収入になるわけだが、その内1割程度を、将来の騎士隊拡大のために貯蓄にまわす。また1割程度を、保険に回している。これは、ロズヴェータが領地持ちの騎士だから出来ることであったが、負傷して戦線復帰が出来なくなった兵士のための貯金として、自らの領地に家を用意しているのだ。
最後に残った金額が分け与える報酬である。
そうして出た金額を隊員の功績、職責に応じて振り分けていく。分隊長クラスは他の兵士より1割程度高く、従士や、隊長であるロズヴェータ自身は2割から3割程度一般の兵士よりも高い。
かなり抑えた給金にしているのは、ロズヴェータの戦い方が弓を中心としたものだからだ。接近戦よりも弓矢の方が得意であり、前線で斬り合うことが少ないため、自身で抑えた。
それでもユーグ等からは、ロズヴェータの給金が低すぎると注意を受けた程であった。他の騎士隊では、金額の半分を隊長が受け取ることも珍しくない。
一通り各人に渡せる金額を選定して、小分けしロズヴェータの仕事は終了となる。
「お疲れ様でした」
「あぁ、待っていたのか」
ユーグから差し出される湯飲みを受け取り、白湯を啜る。
「今回は怪我人無く出来たから、すんなり終わったな。彼等は?」
「遊びに行きました。娼館を紹介しておきましたので、朝まで帰ってこないでしょう」
「なるほど、ユーグも疲れたろう。先に休んでいて良かったのに」
「いえ、なにほどのこともありません。ロズは、この後?」
「ああ、辺境伯家に行く」
将来のための金を預ける場所は信頼できる場所でなければならない。その意味で、辺境伯家程信頼できる場所は稀だった。
何せ、銀行と言うものが存在するものの、預けただけで金額の2割から3割を持って行かれるのは当然の基準なのだ。
金の亡者、都市国家水の女王の支配下にある金貸しの商人達は、リオングラウスにおいては、忌み嫌われている職業だった。
すっかり日も暮れ、夜道を決して少なくない金額を携えて歩く。夜には仕事を終えた町の住人達が、酒場で騒ぐ声が聞こえる。
どこからか、調子の良い歌が聞こえる。
「次の依頼は、どうするかな……」
歩きながらロズヴェータは、ユーグに問いかける。
「辺境伯家からの最初の依頼はこなしたわけですから、少し別の依頼を受けてみるのも良いかもしれませんね」
リオングラウス王国において、騎士隊を使ってまで定期的に依頼を出してくるのは、大きく分けて3つの派閥。
王家、宰相派閥、武官派閥の3つだ。辺境伯家からの依頼は不定期にもたらされるため、主軸とするには少し弱い。
中央集権を進めたい王家。
貴族に力を集め、地方分権を進めたい宰相派閥。
国軍に力を集めたい武官派閥。
辺境伯家からすれば宰相派閥と相性が良いように思えるが、辺境伯家は、それ程力が強いと言うわけではない。力があるのなら、さっさと独立した方が早いのだから。
幾分か武官派閥に力を持って貰い、隣国との係争には迅速に出張って貰わないといけない。だが、その為には、王家による迅速な命令系統の確立と、すぐに動ける国軍の創設が必要なわけで……。
理想的なのは、地方分権を進めつつ、辺境伯家が地方で力をつけるか。或いは武官派閥に入り込み、迅速な救援を成し遂げる体制を作ってしまうか……。
──王族の一部に復讐するためには、どこが最適だろうと考え、辺境伯家の利益を含んで考えれば、簡単には答えが出そうに無い。
ぐるぐると回る思考に、出口は見えない。
「……どれも、寄り添うにはいまいちだな」
そうこうしている内に、辺境伯家の屋敷に到着する。屋敷に資金を預け、拠点としている宿に戻る途中、ふとした拍子に従士ユーグが口を開いた。
「……父がよく、申しておりました。考えて駄目なら動いてみるのが吉である、と」
「ん、つまり?」
「どの依頼も一通り受けてみては如何でしょうか?」
「……外からは見えないことも、見えてくる、か」
「たかだか従士の意見ですが、一考の余地はあるかと」
「そんなことはないさ。そのたかだか従士の意見に俺は何度も救われた。確かに考慮に値するな」
また自らの考えに浸るロズヴェータの後にユーグが続く。宿に戻り、ロズヴェータが日課の自己鍛錬を経て寝入るまで、彼は考え続けた。
◆◇◆
「無事の生還を祝って乾杯!」
娼館の貸し切られた大部屋に三頭獣の面々を集め、宴が始まっていた。
当初頑なに出席を拒否しようとしたロズヴェータを、引きずるようにして連れてきたのは、意外なことにガッチェであった。
ユーグをもってしても、不誠実ではないか! お金で愛のない性欲を満たすなど!
と言って断固として娼館行きを拒否していたロズヴェータを引きずり出したのは、ある意味快挙であった。
金を出してくれる人が来ないのでは楽しめない。更には、郷土の絆を深めるために必要なことだ。そして最後には、俺らと一緒に酒が飲めねえのか、とまで言って、嫌がるロズヴェータを強引に娼館に連れてきた。
無礼講とまではいかなくても、一度酒が入れば、日頃の憂さを晴らすように飲めや歌えのどんちゃん騒ぎに発展する。
日頃は金がなくて会いに来れない娼婦等も傍に侍っているとすれば、その騒ぎは想像に容易い。
そもそも、この娼館も格安で借りているのだ。絶世の美男子ユーグの力は、ここでも発揮されたことと、辺境伯家の伝手の相乗効果と言うものだろう。
「……よぉ、お兄ちゃん。この後部屋で二人っきりでな……ぐへへ。良い尻してんじゃないか。たまんないねぇ……ぐへへ」
既に出来上がり、へべれけに酔って男娼に絡むヴィヴィを尻目に、あれだけ強引にロズヴェータを連れてきたガッチェは、一人静かに飲んでいる。
「……ひっく」
実は意外と酒に弱いのかも知れない。
バリュートは、酌に来た娼婦に長剣についた血痕をみせ、延々と敵を殺した話を語り出し娼婦にも周囲にもドン引きされていた。
ナヴィータは、初心な所を娼婦に見破られ、酒量が積み重なっていっている。まだ、グレイスはあどけない娼婦と静かに飲んでいる。
物凄いのは、ユーグの周りであった。まるで王侯貴族がハレムを築いたかのように、色とりどりの花が咲き乱れるように、女達が群がっていた。
笑顔が咲き乱れているはずなのに、何故が背筋が寒くなるような緊張感溢れる空間から、ロズヴェータは、少しでも距離をとりたかった。
半ば予想通りだとドン引きしながら、ロズヴェータは若い娼婦に酒をつがれていた。
「お前はあっちに混ざらなくても良いのか?」
背が高く、どこかロズヴェータと婚約破棄したヒルデガルド・オース・マルレーに似ている女に問いかける。
「いや、その、お姉様方に殺されちゃいそうで」
いかにも慣れていない風な娼婦に、逆にロズヴェータの方が戸惑う。
「命は大事だな。確かに」
隣では笑顔の修羅場であった。余りにもその周囲だけ空気が重い。
「……あー、この商売長いのか?」
「え、ええっと。あんまり、長くないです」
上客に対して娼館の最大限のサービスとして、未だに男を知らない娼婦を相手に選ぶことが良くある。
まるでお見合いのように、ぎこちなさを残して会話を続けようとするが、どうしても沈黙が長くなる。
居心地の悪さを感じながら、ロズヴェータは、どうやって抜け出そうかと酒精の入った頭で考える。そもそもどうしてお金を払って居心地の悪さを感じなければならないのか、なんだか怒りが沸いてきたロズヴェータは、目の前の料理を八つ当たりとばかりに口に入れる。
ついでに、目の前にあった小さなコップに入った酒を一気に呷る。
「あっ、それは……」
隣で聞こえた不穏な声を確認するまでもなく、口の中に広がる刺激。痛みに近い酒精が喉を焼き、通り過ぎた後も口内と喉を焼き続け、胃を直撃する。
「!?」
目を白黒させるロズヴェータの目の前に、水が差し出される。慌てて飲んだそれがなんとか刺激を抑えたが、今度は急激に意識が朦朧としてくる。
「毒じゃないよな……?」
「お客様が、火酒を一気に飲まれて!」
隣で騒ぐ娼婦の声に、そう言えば今日は特別な酒があるとか聞いたような……とそこでロズヴェータの意識は途切れた。
次に目が覚めたとき、ロズヴェータは裸で、隣には昨日酌婦として侍っていた女が裸でいた。
「……」
左右を確認し、無意味に天井を見上げ、頭痛の残る頭を抱える。そして、もう一度一連の動作を繰り返すと、ロズヴェータは呟いた。
「やっちまった……」
「あ、お、おはようございます」
慌てて起きあがり、衣服を整える娼婦の様子をぼんやりと眺める。
「あ、あの、お客様?」
「……ぉぅ」
まるで若干頭の足りないハスキーが空へ打ち上げられ、あれ、どうしてここにおれいるんだっけ? と疑問を浮かべているかのような顔で、返事をする。
疑問符を浮かべる彼女が、何か気付いたように水差しを差し出す。差し出されるがまま受け入れ、水を飲んだロズヴェータは、少しすっきりした頭で、彼女に問いかけた。
「……ありがとう。他の奴らは?」
「あの後、皆さん三々五々にお部屋に向かわれたり、しましたけど?」
「俺の、隣にいた彼は?」
「さ、さぁ……お姉様方四人と部屋に入られたと思いますが、その後は……」
視線をそらしながら昨日の状況を思い出したのだろう。若干、トラウマレベルの何かがあったに違いない。
そうして会話の糸口を見つけたロズヴェータは、意を決して切り出す。
「俺は、昨日お前に、何をした?」
割と最低な質問だなと自覚しながらロズヴェータは問いかける。
「え? 何って……」
「いや、俺とお前とで、何をと言うか……」
胸が悪くなったように、苦しくなるのをこらえてロズヴェータは、彼女の答えを待った。
「お客様が泣いていらしたので、抱き締めていただけですけど……」
「そ、そうか……だが、それはそれで恥ずかしいんだが……」
最後は口の中でモゴモゴと言い訳をして、ロズヴェータは、着替えようとすると娼婦の彼女が、手を貸す。
「私、エレナと言います」
「あ、ああ。俺は、ロズヴェータ」
「ロズさんですね!」
キラキラとした目で、ロズヴェータをみる彼女に何故だか気圧される。これが弱みを握られた者特有の心理だろうか。
「また、いらして下さい。私待ってますから!」
「……ぉぅ」
どこか意識朦朧としたまま頷くロズヴェータに、エレナは嬉しそうに頷く。
「はい!」
ロズヴェータに、馴染みの娼婦が出来た日だった。
副題:ロズヴェータちゃん、無理矢理連れていかれた飲み会で、お酒を飲んで朝チュン。