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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
シンデレラへの挑戦
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舞踏会(エラの覚悟)

「では、エラ。私たちは出かけてくるから」

 継母の嘲笑を含んだその声は、今から行われる王家主催の舞踏会にどこか浮ついていた。愛情などかけらもないような、使用人に命じるかのようなその声に、温かみはない。

「さぼるんじゃないわよ」

「しっかりね」

 侮蔑や嫌悪を含んだ姉二人の声に、身を固くして耐える。

「はい。いってらっしゃいませ」

 強要された言葉使い。

 貴族の親しい者同士では決して使わないであろうその言葉の取捨選択に、継母と二人の姉は満足そうに頷いた。

「あんたはどんくさいんだから、すぐに取り掛かるんだよ」

「あー、やだやだ」

「ねえ、お母さま。今度新しいドレスを買ってよ。ユーグ様と踊る時に着たいの」

「あ、ずるいわよ。それなら私にも!」

 投げかけられる言葉は既にエラ自身に向けられたものではないはずであったが、それでも固く閉ざしたはずの心をどこか削っていくようだった。

 彼女ら3人が、馬車に乗り込み御者に命じて出発させるまでエラは頭を下げたままだった。時刻は昼に近いが、彼女ら3人からすれば十分に朝早くと言っていい時間。

 最近熱を上げている若い従士に誘われて王都の商店を散策するのだ。

 その予定を確認し、エラは頭を上げる。

 同時に使用人のいなくなった家を見渡し、埃を避けるために頭にかぶっていた布を勢いよく取り去った。

「やるわよ。エラ」

 自身に向けて言い放つと、覚悟を決める。

 これは戦なのだ。

 殿方の戦場で剣を振るう戦とはまた別種の、貴族としての戦。

 家督相続をしたのは自身である。

 家の正当な後継者としてあの三人を引きずり下ろし、自身の正当な権利を回復する。その為の戦。女貴族としての戦いだ。

 彼女の奥底に潜む激情に火が付いたように、見る角度によって色を変える彼女の瞳が、赤く輝いた。

 大きな盥に、井戸から水を汲んでくると、彼女は全ての衣服を脱ぎ去って、生まれたままの姿になる。井戸は塀に囲まれた一角にあり、外からは見えないとはいえ、淑女としては勇気のいる決断だった。

 しかし、彼女は羞恥よりも時間を取る。

 井戸から汲んだ水をそのままに頭から勢い良く被ると、自身の体を磨き上げる様にしっかりと洗う。手指の先から足先踵まで、生まれ変わるのだという意思を込めて彼女は丹念にしかしながら素早く洗った。

 すぐに盥にためた水が汚れていく。

 彼女の指先は、黒く汚れ、頭には灰がついている。 

 それを丹念にしかし、素早く洗い落としていくのだ。

 水を変えてもう一度、さらにもう一度水を変えて都合3度水を変えるころには、彼女についた汚れはすっかり落ちていた。こすり過ぎて赤くなった肌を見ながら、それでも彼女はそれで良しとする。

 時間が経てば、十分元に戻る。

 ヒリヒリとする肌を無視して、彼女は小さく魔法を唱える。

「──風よ(イルミス)

 父から習った初めてにして最後の魔法。

 思い切り長い髪を振り上げ、同時に体中の水滴を飛ばしてしまう。盥の水を捨てると、そのままの姿で彼女は家の中に入っていく。

 この魔法を使うとき、思い出されるのは亡き父の思い出だった。

 優しい父だった。尊敬すべき貴族だった。

 もう4年以上の前のことだ。

 ──淑女たれ。優雅な貴族たれ。

「……大丈夫だよ、エラ。誰よりも、お前は美しい」

 いままで辛いときに幾度となく繰り返した父の言葉。ある日眠ったまま青白くなってしまった優しい父の言葉。

 鏡台の前に座ると、悪戯好きな魔女猫(ニャーニィ)に用意してもらった準備を始める。

 白を基調とした下着だけを着て、手指、足指の爪先には丹念にネイルを塗る。素早くそして丁寧に、まるで戦場に挑む戦士のような真剣な視線で、エラは自分を一個の宝石として磨き上げていく。

 思えば、ニャーニィとの縁も父を経由してだった。

 ニャーニィの父親とエラの父親が商売で意気投合し、娘自慢になったとか。

 それを惜しげもなく娘の前で話す父の、なんとも言えない誇らしそうな顔を思い出して、エラは僅かに口元に微苦笑を浮かべる。

 長い髪をまとめて、おとぎ話の貝殻の髪留めでまとめる。

 薄く肌にはシャンデリアの下で、見栄えするようにうっすらと白粧(ファンデーション)を。目元には目大きく見せるためのアイラインと、口元にはうっすらと紅を差す。

 欠けて歪みのある銅鏡に、歪んだ顔が映る。

 おとぎ話のお姫様が揃えたというドレスと装飾品を身に着けたところで、玄関のベルが鳴る。

 まるで狙いすましたかのようなタイミングで、現れたのは魔女猫ニャーニィと、銀獅子の騎士ロズヴェータ。東方世界の貴顕の服装をした二人に、思わずエラは目を見開いた。

「流石、似合ってる!」

 屈託なく笑うニャーニィと、目を見開いて固まるロズヴェータ。

 その様子に、エラは自信を深めた。

「準備は? 万全かな?」

 時刻は既に昼を過ぎ、夕刻に向かう時間。

 二人から視線をそらして、空を見上げる。

「コルセットをお願い」

「んふふ。りょーかい。ロズは外で待っててね」

 そう言ってニャーニィと二人、最後の仕上げにかかる。体のラインを美しく見せるための矯正具。本当のお伽噺のお姫様なら必要のないそれを、エラは使う。

 お姫様なら幸せな未来が約束されている。

 しかし、戦場に絶対はないのだ。

 考えられる限りの手を打って、だからこそ自信を深めて勝負に臨める。

 しばらく馬車の前で所在なさげに待っていたロズヴェータだったが、出てきた二人の様子に眼を見開いて驚いていた。

「ロズヴェータ様、今日はよろしくお願いいたします」

「あ、あぁ……」

 気のない返事を返すロズヴェータ。

「妬けちゃうな。お兄様?」

 にやにやと意地の悪い笑みを浮かべながら腕に絡みつくニャーニィ。

「見惚れてたんでしょ?」

 続けて耳元で囁かれたニャーニィの言葉に、ロズヴェータの顔は一気に赤くなる。

 首を傾げて無言で見上げてくるエラ。計算されつくしたその動作は、ロズヴェータの庇護欲をくすぐると同時に返答を求めていた。

「参りました。その通りです」

 ため息を吐いて、降参とばかりに両手を挙げるロズヴェータに、ニャーニィとエラは顔を見合わせて微笑んだ。

「さあ、行きましょう」

 魔女猫の先導で、おとぎ話のお姫様は馬車に乗り込む。

 御者台には、銀獅子の騎士。

 ニャーニィは、エラと一緒に馬車の中に乗り舞踏会へ出発した。


◇◆◇


 舞踏会に出席する者達が集められる広場は、参加者とその付添人でごった返していた。

 舞踏会の三日目ともなると、王城に招かれるのは最も数の多い中小の貴族達になる。一代限りの騎士、準男爵など、国にある程度の献金をすれば金で買えると言っても良い爵位も存在するため、その数は多く、その質は玉石混交であった。

 爵位は低くとも、歴とした血筋を保ってきた貴族もいれば、己の才覚の身で成り上がり、その地位を与えられた者、征服された地方の主導的立場にある者、あるいは有り余る金の使い道として名誉を求め爵位を買った者など、実に様々な者達が、その地位にいる。

 だからこそ、魔女猫ニャーニィが入り込む余地がそこにはあった。

「ティゴース家? それと……」

「リュ・ルーヴェル・ユ家の付き添い人です」

 舞踏会の参加人員を整理する近衛の兵士と文官の青年は、訝し気に視線を交わし合う。初日から二日目にかけてこそ、いわゆる雲上人ばかりで緊張を強いられたが、三日目ともなれば疲労と慣れとで彼らも参加者に疑いの目を向けることもあった。

「しばしお待ちを」

 そう言って招待者のリストに目を通す。

「あった、しかし……印が付いているな?」

 訝し気に近衛の兵士が眉を顰める。

「間違いですかね? 向こうの受付は、以前にもツケ間違いはありましたが……」

 文官の青年も同じく首を傾げる。複数同時箇所で受付をしている関係上、いくら連絡を密にしたとしてもタイムラグは発生する。

 また三日目ともなれば人的ミスによる間違いも、幾度か起こった後である。

 1時間に一度の頻度で書き写された招待者のリストが回されてくるが、それも完ぺきではない。

「どう、思う?」

 結局のところ受付の裁量に任せられる部分が大きくなるのは、仕方のないことであった。

 だが、招待者の受付は、近衛の中でも序列が高い者に任せられる場所ではなかった。悲しいかな警備を担当するリオリスの基準は、普段から真っ当すぎるほど真っ当であり、実力主義で塗り固められている。

 つまり、相応に腕が立つ者は舞踏会の内外の警護に回され、受付を担当するのは若手か、実力が下の者から選ばれる。これで近衛に選ばれる家格が高ければ言うことはないのだが、こちらの受付を担当した近衛騎士はどちらもなかった。

 つまり下級貴族上がりの若手の騎士。

 だからこそ、文官側の青年に問いかけねばならない。文官側の青年はと言えば、こちらは出世を約束された官僚の青年である。若くしてその地位にある彼としては、些細な問題ですら起こってほしくないのが本音だった。

 咳払いの声に、二人がリストから視線を挙げる。

 不機嫌そうに歪んだ若い貴族の青年の視線が二人に突き刺さる。

「……失礼ながら、リュ・ルーヴェル・ユ家がなぜディゴース家の付き添いを?」

「何か、不備でも?」

 不機嫌そうな顔の青年貴族の視線の鋭さが増す。

 まるで人を何人かぶった斬ったような戦場帰りのような、危うさがある。

 そんなはずはないのに、近衛騎士はぶるりと背筋に冷たいものが走った。

 青年貴族の格好は東方出身者か、それを真似た洒落者のそれだった。舞踏会でも何人か見かけたそれは、おかしなところはない。そして往々にして彼らは自分の手を汚すことを良しとしない。

 なんでも貴いその体を動かすこと自体が不敬である、という考え方があるらしい。だから戦場などに出るはずもなく、先ほど感じた違和感は自分の勘違いだと思い込む。

 チラリと、リストを見ながら伺ったその表情は、なぜ貴様ら程度にそんなことを話さねばならないのだがと言う傲慢さを隠すこともない。鼻持ちならない野郎だ、と受付を担当した近衛の騎士は思ったし、文官の青年も同様であった。

 年の頃なら彼等よりも恐らく下である。

「あの、なにか……?」

 困惑から不安へ移り変わる可憐な少女の様子に、受付の二人はハッと息を呑んだ。

 煽情的な衣装の女を連れ、更に息を吞むような可憐な少女を連れている。なぜか煽情的な衣装の女は、瞳を潤ませ、頬は赤いような気がする。

 まるで愛妾のような、と二人は同時に頭に思い浮かべ、嫌な予感に違に顔を見合わせた。

「今しばし、お待ちを……」

 そう言って文官の青年が近衛の騎士と相談すべく

「おい、まさかとは思うが」

「その先は言うなよ、招待状に不備はない」

 小声で囁く。

 二人が想像したのは、舞踏会で権力者に可憐な少女を差し出し保身を図る貴族と言う図式だった。

 大きく言えば、舞踏会にその側面がないとは言えない。国王に見初められるため、国中の少女が着飾って舞踏会に参加しているのだ。

 だが、二人が想像したのはもっと下種の話。

 舞踏会にはさすがに国王一人だけが参加しているわけではない。王家派閥の面々や、国内の有力な貴族の貴賓等も参加している。

 それらの中には、金と権力にあかせて少女に手を出すような輩がいないとも限らない。

 少なくとも、近衛騎士も文官の青年も、そんなことはありえない、と断言する程国の中枢を信頼しているわけではなかった。

 だからこそ、嫌な予感が走ったのだ。

 あの青年貴族の腕に、自信の腕を絡ませている煽情的な衣装の女をよく見れば、東方の衣装を着崩したいかにもな格好に見えなくもない。

「……気に喰わん」

「わかるが、証拠があるわけでもない」

 憤る近衛騎士を文官の青年が宥める。

 不承不承と言った風に頷く近衛騎士と青年の文官は、受付に戻り、ディゴース家とリュ・ルーヴェル・ユ家の通過を認めた。

 受付を通過した青年貴族──ロズヴェータは、そっとため息を吐いた。

「第一関門突破と言ったところかな?」

 それに対して彼の腕に自分の腕を絡ませ、しなだれかかる様に歩いていたニャーニィは、嫣然と微笑んだ。

「んっ……この緊張感が、堪らないぃ」

 蕩けるようなその声に、ロズヴェータは再度ため息を吐いた。


ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)


称号:同期で二番目にやべー奴、《三頭獣》ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営


特技:毒耐性(弱)、火耐性(中)、薬草知識(低)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子、兵站(初歩)、駆け出し領主、変装(初級)


同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇

《三頭獣》ドライアルドベスティエ隊長:騎士隊として社会的信用上昇

銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇

毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。

火耐性(中):火事の中でも動きが鈍らない。火攻めに知見在り。

薬草知識(低):いくつかの健康に良い薬草がわかる。簡単な毒物を調合することができる。

異種族友邦:異種族の友好度上昇

悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。

山歩き:山地において行動が鈍らない。

辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇

陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続7回)

兵站(初歩):兵站の用語が理解できる。

駆け出し領主:周囲から様々な助言を得ることが出来る。

変装(初級):周囲からのフォローを受ければ早々ばれることはない。


信頼:武官(+20)、文官(+28)、王家(+14)、辺境伯家(+30)


信頼度判定:

王家派閥:少しは王家の為に働ける人材かな。

文官:若いのに国のことを考えてよくやっている騎士じゃないか。領主として? 勉強不足だよね。派閥に入れてあげても……良いよ? この貸しは大きいわよ。

武官:以前は悪い噂も聞こえたが……我慢も効くし。命令にはしっかり従っているし戦力にはなるな。

辺境伯家:このままいけば将来この人が辺境伯家の次代の軍事の中心では?


副題:ロズヴェータちゃん、女衒と疑われながらも第一関門突破

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