賭け狂い
おとぎ話のお姫様が身に着けた全ての品物を約束の刻限までに集めたロズヴェータは、ニャーニィが根城にしている宿屋に来ていた。
王都の外れにあるその宿屋は、旅人の泊まる宿ではなく、彼女の父親の息のかかった宿であった。彼女の家は南部の豪族であり、隊商のとりまとめのような仕事をしている。
護衛の斡旋、隊商を組むための日程調整など、南部から中央を通って北部、南部から外国へと物流を一手に引き受けている。つい先年同業者が派手に潰れてから南部の陸運を担っているのは、ニャーニィの実家が一強状態であった。
下手な小貴族よりも力を持っているが、敢えて貴族に列せられないのは、王国への献金等の目立った貢献を国に対してしてないからだった。
──国になんか頼るよりも、鼻薬をその使いに嗅がせた方が簡単だろう?
そう言って憚らないニャーニィの父親は、娘を騎士にして事業の武力面の強化を図るとともに、野心的に各地に拠点を作って、事業の拡大に余念がない。陸運に関わる者達がより仕事がしやすいように、心を砕きながら、植物が地中に根を張り巡らせるように、商売の基点となる場所に足がかりを作っている。
それが宿であり、商館であり、駅であった。
護衛や、荷物持ち、商人までもひとまとめにして面倒を見てしまおうとしているのは、懐の深さなのかそれとも野心の表れか。
そんな父親の息のかかった宿の一室で、彼女は手に入れた品物をロズヴェータの前に並べていた。同席するのは、美貌の副官ユーグ、面白そうだから着いていきたいと駄々をこねた亡命姫アウローラとラスタッツァ及びニャーニィの側に長いくすんだ金髪の乙女ターニャ。
「こんなもの良く手に入れたな」
並べられた品物にロズヴェータは思わず感嘆を漏らす。
用意した資金の大半を使い果たしたロズヴェータは、単純に感嘆の息を漏らす。
「全部、借りたの!」
「え?」
「ぜ、ん、ぶ、か、り、た、の」
んふふふ、と笑う彼女にロズヴェータは鈍器で頭を叩かれたような衝撃を受けた。
「……あ、その手があったかぁ」
思わず並べた品物の前に突っ伏すロズヴェータ。
「……いや、待てよ」
後でラスタッツァに買い取らせるか、頭の中でそろばんを弾き始めたロズヴェータは、口元に手を当てて考え始める。最悪後ろにいるラスタッツァに……と考えて横目で伺う。
「……なによぉ」
不満そうに口を尖らすラスタッツァに、別にと答えてロズヴェータは考えに没頭した。
そんな様子を見たニャーニィは、意識を本題に戻すべく、ロズヴェータの頬を引っ張る。
「はいはい、本題よ、本題」
「わかった、わかった!」
同期ゆえの気安さか、同じ貴族ではありえない程の軽さでロズヴェータはニャーニィの手を払うと、話を本題に戻す。
「品物は揃った。それじゃ後は?」
ロズヴェータの質問にニャーニィは、笑う。
「当然、お姫様を城に突入させるのよ」
攻城戦でも行うかのようなニャーニィの気合の入りように、ロズヴェータも頷く。
「すぐにやるか?」
「んふふふ、ノリと勢いで突っ走っても楽しそうだけど、準備は万全にしてこそ、勝率が上がるってものよ。騎士校での教えにもあったでしょ? 段取りが八割だって」
「言ってたな。言い過ぎじゃないかとも思ったが」
ほとんど準備なしで、辺境とは言え砦を落としたロズヴェータからすれば、少し疑問はあった。しかしながら過去の攻城戦が幸運が絡まなかったかと聞かれれば、大いに関係あったと謙虚に頷かざるを得ない。
「で、準備とは? 見取り図でも作るか?」
幸いにして王族の末に連なっている友人に頼めば、見取り図ぐらいは作れるだろう。
「そうね。それも作っておきましょうか。脱出用に」
「脱出用ね……」
「本題は、灰被りのエラをお姫様にしなくちゃならないってところよ」
「……素材は悪くないんだから、磨けば……?」
「そう、まさにそこ、磨く必要があるのよ。意地悪な継母と同居している姉どもの目を盗んでね」
「それは……彼女の家の規模によるな」
「まぁ、無理ね」
ロズヴェータの言わんとしていることを察してニャーニィは、即答した。エラが一人で掃除をして間に合う程度の家なのだ。それなりの広さしかない。
辺境伯家の屋敷のように騎士隊が宿泊できるような規模ではない。
「とすれば……やっぱり、しばらく継母には、怪我をしてもらうか」
横目でロズヴェータがユーグの方を見るが、頷く自信に満ちた表情のユーグ。
「いや、ダメだから。言ったでしょ、今回はそういうのじゃないの」
「けどなぁ……どうする?」
視線を同席者達に向けるが、どの顔にも妙案と呼べるほどのものは浮かんでいないようだった。
「だからね、彼女らにはそこらのパーティに行ってもらうのよ」
「そこら、とは?」
「目星としては、こんな感じかな」
並べられた招待状に、ロズヴェータは目を見開く。中小の貴族家からの招待状が五通。しかも宛名は全てティゴース家になっている。つまりはエラの家名になっているが、どうやって手に入れたのか。
「またやったのか!?」
驚いてロズヴェータは、金髪の乙女のターニャを見るが、彼女はにやりと笑うのみであった。
「じゃ、後はお願いね?」
「……」
クスリと笑う魔女猫にロズヴェータは視線を美貌の副官ユーグに向ける。
「……やれるか?」
「……お任せを」
ユーグの機嫌が急下降しているのを当然だろうと思いながらも、ロズヴェータはニャーニィに返事を返す。ユーグができる、というのだからできるのだろう。こと異性関係に関してロズヴェータは、ユーグより優れたものを知らない。
「後は、教師役ね」
そして視線は当然のようにアウローラに向かう。
「できるよな?」
借金を無理矢理背負わす悪徳商人のようなロズヴェータの視線と言葉。さらに隣から呪いでも籠っていそうなユーグの視線を受けて、アウローラは頷く。
「ふ、ふん。当然!?」
「まぁ、大丈夫なら?」
三頭獣の中の、微妙な雰囲気にニャーニィは戸惑いながらも頷く。
「あと、問題は?」
段々と腹も据わって来たロズヴェータは、視線も鋭く問いかけた。
「ふふん、そう来なくっちゃ」
悪だくみを話し合う悪友同士のノリは、騎士校自体から変わらぬもの。
「もう一つ、あるのよね……」
「それは?」
「私たちが王城に乗り込む」
「いや、それは……」
「こんなに面白い見世物を特等席で見たいと思わないの?」
「いや、だが……えぇ?」
「言い換えましょうか? 依頼の成功を見届けるまでが良い騎士の条件じゃないの?」
「……まぁそうかもしれないけれども」
「ニャーニィは、偽の招待状でなんとかなるかもしれないけれど、俺はどうするんだよ?」
「私の近親者ってことにすれば良いじゃないの」
「似てないだろ!?」
「似てない兄妹なんて、山程いるでしょ! ね、お兄ちゃん」
「っおい!?」
「くふふふ」
「っていうか、それは流石にばれるだろ。警備を担当しているのは、リオリスなんだぞ?」
「お化粧の道具はばっちりよ?」
ターニャから受け取る付け髪や、付け髭の類。目の前にいるのは、悪魔か何かかとロズヴェータは戦慄する。
「やるでしょ? ロズぅ?」
「ロズヴェータ様……」
「フーン……」
なぜか興味津々にロズヴェータを見つめてくるユーグとアウローラ。けらけらと笑っているラスタッツァに怒りを覚えつつも、ロズヴェータは段々と追い込まれた気分になっていた。
「……やる? やるよね? 当たり前だよね? だって楽しそうだものね?」
「やるが……だが、本当に大丈夫なんだろうな?」
「ん~? ろずぅ、大丈夫なことなんて、何一つこの世にはないのよぉ?」
「おぉぃい!?」
「美味しい果実を得るためには、それ相応の危険を承知しなきゃぁね。ふひひ」
頬が引き攣るのを感じながら、ロズヴェータは彼女の賭け狂いと言う綽名を思い出していた。
◇◆◇
準備期間は文字通り目の回るような忙しさだった。
三頭獣としての動きはほとんどなかったものの、三者三様にその中核たる彼等は忙しさの中にいた。
美貌の副官ユーグは、その美貌でもってティゴース家の継母と意地悪な姉二人を忙しなく中小の貴族のパーティーに誘い、家を留守に差せる時間を作り出す。
その間に、アウローラは宝石職人が原石を磨くがごとく、灰被りのエラに貴族としてのふるまい、パーティにおける注意事項を叩き込む。
そして三頭獣の中心たるロズヴェータは、なぜか普段絶対に着ないような王都にいる青年貴族の格好をして、傍らに破廉恥ともいえる程の異国情緒あふれる女性を伴い、王都の街中を歩いていた。
「ねえ、お兄ちゃん。今日はあのお店にしましょ?」
最近普段聞きなれた声よりも、ワンオクターブ高いその声になんとか頬が引き攣らないようになってきたロズヴェータは、自身も努めて低く抑えた声で、返答する。
「ああ、そうしようか」
視線を交わしあえば、目だけで相手が爆笑していることがわかるロズヴェータは、こんな格好をしている経緯を思い出してため息を吐いた。
──変装はね、ぶっつけ本番なんて通じる程甘くないの! 体になじませ、変装する人になり切らなきゃならないの! 分かる!?
そう言ってロズヴェータの両肩を掴んで鼻息荒く力説するニャーニィに、ロズヴェータは若干引いた。
しかし結局のところ彼女の言う通りに、何日か置きに王都の街中を青年貴族のふりをして歩くようになってしまったのだから、彼女の熱意が勝ったのだろう。
頭には、ロズヴェータは名前も知らないがヴェールに似た日除けの為の被り物。健康的に日に焼けた肌を隠すため、白く化粧で隠したその素肌の上から薄いチュニック、上着には青色の上質なブリオー。下衣には幾重にも波打つようなひらひらした……これもロズヴェータは名前も知らないスカート。
彼女曰く、既知なる東方世界の王侯貴族の服装らしい。
すらりと伸びた手首と足首に絡みつく様に嵌められた金の腕輪と足環が、彼女の手と足の長さをより一層際立たせる。首に付けたチョーカーは、銀の鎖が編まれており、ロズヴェータをして倒錯的なざわりとした感情を撫でられる。
ロズヴェータの視線が吸い寄せられるその先に気が付いた彼女は、悪戯っぽく微笑んだ。
「今日は、珈琲が飲んでみたいわ」
「……お望みのままに」
渋く笑ったつもりのロズヴェータの笑みが硬さを取り切れなかったのを、彼女は微笑ましく見守っていた。
そしていよいよ、舞踏会の日を迎える。
ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)
称号:同期で二番目にやべー奴、《三頭獣》ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営
特技:毒耐性(弱)、火耐性(中)、薬草知識(低)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子、兵站(初歩)、駆け出し領主
同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇
《三頭獣》ドライアルドベスティエ隊長:騎士隊として社会的信用上昇
銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇
毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。
火耐性(中):火事の中でも動きが鈍らない。火攻めに知見在り。
薬草知識(低):いくつかの健康に良い薬草がわかる。簡単な毒物を調合することができる。
異種族友邦:異種族の友好度上昇
悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。
山歩き:山地において行動が鈍らない。
辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇
陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続7回)
兵站(初歩):兵站の用語が理解できる。
駆け出し領主:周囲から様々な助言を得ることが出来る。
信頼:武官(+20)、文官(+28)、王家(+14)、辺境伯家(+30)
信頼度判定:
王家派閥:少しは王家の為に働ける人材かな。
文官:若いのに国のことを考えてよくやっている騎士じゃないか。領主として? 勉強不足だよね。派閥に入れてあげても……良いよ? この貸しは大きいわよ。
武官:以前は悪い噂も聞こえたが……我慢も効くし。命令にはしっかり従っているし戦力にはなるな。
辺境伯家:このままいけば将来この人が辺境伯家の次代の軍事の中心では?
副題:ロズヴェータちゃん、変装名人への道を歩み始める。




