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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
立志編
8/108

最初の依頼(野盗の討伐)

 か細い道とも呼べないような獣道を進むこと二日。斥候に出した兵士からロズヴェータは、敵の居場所を知ることになる。

「その情報の確度は?」

 騎士隊の全員で車座になり、斥候からの情報を聞くロズヴェータは思わず問い返した。

 ふふん、と鼻を鳴らし自らの獅子の国(リオングラウス)の人間とは違う長い耳を指さして笑う。

「おいらの耳は、この国の住人よりも数倍は良いんだよ。間違いない……と言いたいんだけど、今回は違う」

「ん?」

 三日月帝国(エルフィナス)出身のその兵士の言葉に、ロズヴェータは首を傾げた。

「ああ、隊長。酷く臭うんですわ。ここいらは気温も高いし、獣もいたみたいで」

 同じく斥候に出した森歩きの得意な兵士からの言葉に、不愉快そうに眉を顰めながら頷く。

「居場所は?」

 副官を務める従士ユーグが、さらに問いかける。

「そっちも、問題ありゃしやせん。奴らの宿営地まで血痕が残ってやした。集落跡から北に向かった水辺近くの洞窟を根城にしてますね」

「……素人ってことか? まぁ、斬れればなんでもいいか」

 前衛の分隊長を務める男の言葉に、幾人かが同意する。

「相手の数は?」

 ロズヴェータの問いかけに、二人の斥候が顔を見合わせる。

「正確にはなんとも。見える範囲で7人はいやしたが」

 森歩きの得意な兵士の言葉に、ロズヴェータは頷く。

「よくやってくれた。グレイス、ナヴィータ。これで作戦が立てられる」

「へへ、どうも。若様のお役に立てたなら幸いです」

 フードを被り、あまり顔を見せたがらない森歩きの得意な狩人出身の男──グレイスは、それ以降口をつぐむ。

「おう、また頼めよ」

 ナヴィータと呼ばれたエルフィナス出身の耳長は、胸を張って頷く。

「さて、二人の持ち帰ってくれた情報をもとに、作戦を伝える」

「突撃して終わりでいいんじゃないですか?」

 目をぎらつかせた巨躯の女が、いまにも飛び出していきそうな勢いで口をはさむが、ロズヴェータは苦笑する。

「前衛分隊の力を疑っているわけじゃない。だが、無駄に消耗する必要もない。始末した後のこともあるしな」

「ああ……まぁそうなりますか」

 ロズヴェータの言葉に、倒した後を察して、げんなりとした様子で辺境伯家から参加した分隊長がため息をつく。

「作戦はこうだ。まず、弓隊で先制。ナヴィータとグレイスが潜入できたところまで進むぞ。乱れたところに前衛分隊3つが、突撃。依頼通り、全員始末する。洞窟の外に出てる奴を優先して始末して、水辺に追い詰める。洞窟側の警戒は、ガッチェ分隊に任せるよ」

 辺境伯家から参加した従士家出身の男が頷く。

「承知しました」

 簡単な図を描いて、説明するロズヴェータの地図に全員が注目する。

「前衛分隊突撃順序は、ガッチェ、ヴィヴィ、バリュードの順だ」

「あたしらが一番じゃないのかよ?」

「洞窟を警戒する関係で、ガッチェが先頭だな」

「まぁ、そうか。仕方ないか?」

 首を傾げるヴィヴィに、バリュードと呼ばれた分隊長が笑う。

「まぁ、どっちでも人を切れれば良いさ。長剣新しくしたんだ。こいつでやっと試し斬りができる」

 浮かれ気味に話すバリュードに、ガッチェが気味悪そうな視線を向ける。

「ん? ガッチェ殿も、興味がおありで?」

「いや、ない。まったく」

「話を戻すぞ。うまくいかなかった場合の腹案だ。何が考えられる?」

「え? 完璧っしょ?」

 エルフィナス出身のナヴィータが疑問符を浮かべるが、ロズヴェータは苦笑する。

「信頼ありがとう」

 お道化るように笑って見せたロズヴェータは、舞台俳優のように一礼してみせた。一通り周りの笑いを誘うと、苦笑を張り付けたまま話を続ける。

「だが、残念ながら穴が二つほどある」

 分隊長達を見渡して、彼らの視線が自らにあることを確認。

「洞窟にどれくらい敵がいるかわからない。あとは別動隊の存在だ」

 顔を見合わせる彼らに理解が広がることを確かめたところで、ユーグが問いかける。

「そのためのガッチェ殿の警戒では?」

「うん、その通りだが洞窟の敵の数が予想以上だった時、対処できない手練れがいた場合及び全く別の方向から敵の別動隊が来た場合が問題となるな」

「……若様のためなら、身命を賭して」

「ありがとう、ガッチェ。お前たちの献身には必ず報いる。だがお前達の重要な戦力をこんなところで失いたくはない。事前情報では、ただの盗賊だしな」

「もし、ガッチェの分隊で対処できない敵であれば、ヴィヴィ隊を引き戻す。うちで一番の戦力だ。あとはユーグだな。遠慮するなよ。遠慮することの方が、俺に対する不忠だと思え」

「……はっ!」

「ヴィヴィ、そんな顔をするな。敵でなくても震えてしまうだろう?」

「わかったよ。隊長の言う通り動く」

 顔をしかめたヴィヴィが頷く。

「よろしい。頼むよ。そんなわけでもしもの時の追撃は、バリュード隊だけだ。好きだろう?」

「隊長の話は長くて面倒。さっさと命令してくれ」

 バリュードの言葉に、苦笑を深くしてロズヴェータは頷く。

「その通りだ。よし、やろう」

 弓を握り、ナヴィータとグレイスとともにロズヴェータ、ユーグが先行する。

「隊長ってさ、なんでそんなにごちゃごちゃ戦う前に考えてるの?」

 身を潜めながら這うようにして進む弓隊。先行するグレイス。ロズヴェータの横にいたナヴィータが不思議そうに口を開く。狩人出身のグレイスは、眉を顰めて非難する視線をナヴィータに送るが、エルフィナス出身の彼は、気にした様子もない。

「お前たちを、俺の指揮で殺したくないからさ」

「……死んだら、そいつの自業自得じゃないの?」

 理解しがたいように眉を顰めるナヴィータ。

「俺は、そうは思わないってだけだ。バリュードあたりもどっちかというとナヴィータの考え方に近いか」

「つきました」

 囁くように低く、だがよく通る狩人の声でグレイスが言葉をかける。

「よし、前衛は配置についたかな?」

「予定通りであれば」

 うまくいくことを祈りながら、ロズヴェータは音をたてないように矢筒から一本取り出す。

「最初の一射は俺からいく。続いて頼む」

 頷く三人を確認して、茂みから立ち上がり、近くにいた一人に矢を射る。矢の先は見ない。続けざまに矢筒から取り出して、さらに一射。

 動揺の広がる敵が、弓を射るロズヴェータに気づいた。視線とともに向けられる殺気、広がる戸惑い、次に狙われるかもしれないという恐怖を素早く看取って、ロズヴェータは口を開く。

「野盗どもを、討伐しろ!」

 続いて立ち上がる他の弓兵達が射撃を開始すると、さらに被害が増す。さらに一射。外したことに舌打ちして、全体の戦況を見る。

 予想外に前衛は、展開が遅れていたらしい。ロズヴェータが声を上げてもまだ突撃をしていない。そのため、敵の視線は矢を射る4人に集中する。

 ──これは、剣に持ち変えたほうがいいか?

 見える範囲で7人はいる敵がこちらに向かって動き出すのを確認し、内心で冷や汗をかく。不意打ちで射殺した敵が一人倒れているが、戦闘不能はそれだけだ。

 彼我の距離はそれほどない。一斉に来られば、厳しいだろう。

「行くぞ! 突撃だ!」

 その時、喚声とともに前衛分隊3つが突撃を開始した。敵味方全員の視線がそちらに向く。

「はっはー! さあ、斬られて死ね!」

「邪魔だ! オォオォオアァ!!」

 味方の鬨の声(ウォークライ)に、敵に広がる動揺を見て取って、僅かに安堵の息を漏らす。逃げるものと、戦うものに分かれ混乱の広がる敵の野盗。

「リオングラウスの追討軍だ!」

「やめてくれ、俺達はただ、食料を求めてただけなんだ!」

 抵抗する者は前衛分隊に飲み込まれ、逃げるものも追いつかれて斬り殺されていく。

「だったら、どうして殺した!?」

「仕方ないだろう!? 拒否されたんだ。飢えて死ねってのか!?」

「そうだよ、死ね! 斬られて死ね!」

 敵味方の罵声が交互に響く。だが、一度ついた勢いは止めきれない。

「……どうやら勝ったな」

「お見事です。図に当たりましたね」

「まだまだ、だな。合流しよう」

 洞窟の外に出ていた敵は追い散らし、慌てて洞窟から出てきた敵も全員を仕留める。幸いにも懸念されていた手練れの存在はなく、全員を仕留めることができた。

「……なんで、俺達を。ただ、生きたかっただけなのに」

 傷つき倒れた敵の一人に剣を抜いてとどめを刺したロズヴェータは、末期の言葉に、表情を歪める。

「……あまり、気にしないようにしてください」

 心配する従士ユーグの声に、苦笑する。

「そんなにわかりやすい顔を、しているか?」

「そうですね」

「……まだ終わっていない。最後まで気を抜かずに行こう」

 無理矢理話題を変えたロズヴェータに、ユーグは頷いた。ユーグが周囲を警戒する視線は鋭く、その気遣いにロズヴェータは感謝しながら頭を状況把握に切り替える。

 最早野盗の集団は壊滅し、僅かに息のあるもの達にとどめを刺すばかり。対して味方の損害は、ほぼ無い。倒れているのは、敵ばかりだ。

「各分隊長に、損害の報告をさせてくれ。後は逃げた敵が居ないかどうかだな」

 従士ユーグが声を張り上げると、ロズヴェータの指示を伝える。

 幸いにも逃げた野盗はおらず、全員を討伐することができたようだった。

「遺留品があるようですが、どうしますか?」

 従士ユーグの言葉に、ロズヴェータは考え込む。売り払えば、これからの騎士隊の活動資金になる。村1つ分の資産だ。戦場の常識からすれば、売り払って自らの物にしても、決して文句が出ることはない。

 一方で、今回の依頼の元を辿れば辺境伯家に頼った近隣の小村落から出た依頼ということだった。隣国との国境が近く、辺境伯家の中でも安定しない地域に当たる。

 今回得た遺留品を近くの村落に渡せば感謝されるばかりでなく、辺境伯家の安定にも繋がる可能性がある。

「今回のものは、近くの集落に渡すことにする」

「えぇ~!?」

 一斉に不満の声を上げる騎士隊の面々に、苦笑しながらロズヴェータは、代替案を出す。

「あぁ、勿論王都に帰ったら、臨時ボーナスを出す。希望するものは、ユーグが知っている良い店に案内してやろう」

「ヒャッハー! 隊長最高です!」

「ついてきてよかったー!」

 その変わり身の早さに、呆れるとともに、苦笑を深くして作業を急がせる。

 野盗の身ぐるみを剥いで、屍を埋葬するのだ。ウイルスと言うものが知られていなくとも、経験則から、屍を放置すれば疫病が蔓延すると知られていた。

 火葬か土葬が望ましく、水葬は好まれない。

 村から奪った物品と家畜の幾らかを、近隣の村に寄付すると、感謝の言葉と共に見送られた。

「たまには、慈善も積んでみるものだな。あんなに感謝されたのは、初めてだったぜ」

「ほんとだな。おらぁ、出身があんな村だったから奴らの気持ちも、分かるよ。なんとなくだけどな。近くの村が無くなると、今まで交易で得られてたものが無くなっちまうんだ。だから、どうしたってこの先は暗い。今度のことは村の奴らには、天の恵みだったろうよ」

 なんにせよ、初めての依頼は終わった。

ロズヴェータ:駆け出し騎士

称号:同期二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長

副題:ロズヴェータちゃん、最初のお仕事を頑張る。

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