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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
対外戦争
78/116

査察の時間

「久しぶりだな。騎士ロズヴェータ」

「こちらこそ、お久しぶりです。騎士ショルツ」

「今回は頼りにさせてもらうよ」

「いいえ、また勉強させていただきます」

 文官派閥から招待された社交から少し経ち、ロズヴェータは、次なる依頼を探していた。その時、逆指名と言う形で声がかかったのが今回の依頼だった。

 丁寧に口ひげを撫で付ける様子は変わらず、長身痩躯にポマードできっちりと撫で付けられた黒髪。浅黒い肌に威厳を出すためにちょっぴりついている口髭と細い目が牛蒡を連想させる男だった。

 かつて受けた依頼で旗頭(はたがしら)としてロズヴェータを指導した縁から、ロズヴェータを指名したという。

 受けた依頼は、前線に対する補給物資の護衛である。

 兵站を酒保商人に頼ることが多い獅子の紋と王冠の(リオングラウス)王国だったが、国軍は流石にある程度自給で兵站を確保する。ただし、その護衛ともなると確保するのが難しい。

 功績とは常に最前線で剣を振るって、その将軍に認められた者にしか与えられないのが常だった。

 だからこそ騎士隊にその仕事が回ってくる。

 今回の依頼は、西方で獲得した領地に大規模な物資を届ける必要があり、複数の騎士隊に依頼があったものだった。

「特に今回の依頼は、連絡を密にする必要がある。なぜだかわかるかね?」

 騎士校の教師然としたこの男に、ロズヴェータはなぜだか畏敬の念を抱いていた。物腰は丁寧でほとんど声を荒げることもない。

 指揮は沈着冷静であり、どこか自分が将来なるはずであった文官の姿を連想させるその姿。

 そこに、かつての自分の理想を見出していたのかもしれなかった。

「はい。おそらくですが」

「言ってみたまえ」

「各隊に離隔する場合が多数あり、各隊の動きが全体の効率に大きく影響するからだと思います」

「百点の回答だ。よく勉強しているな。騎士ロズヴェータ」

 人によっては上からの目線で気に入らないと反発を覚える態度も、ロズヴェータは上位者から教育を受けているのだから当然とばかりに、勢いよく頷く。

 むしろ褒められると、少しうれしくなってしまう自分を自覚していた。

「……そこでだ。互いの騎士隊から信頼できる者を連絡員として派遣してはどうかと思うのだが」

「騎士ショルツの提案でしたら、私に否はないのですが……」

 不安げな表情を隠さないロズヴェータに、ショルツは問い返す。

「何か不安が?」

「あぁ、いいえ。私の騎士隊は、まだ未熟で」

「自身の動きを伝えられる、もしくは理解して助言できるほどの者が育っていないと?」

「恥ずかしながら」

 そう言って俯くロズヴェータに、ショルツは頷きながらも、注意喚起をした。

「それはいかんな。常に自身の動きを理解させ、部隊に徹底することこそ、精強な部隊の第一歩だ」

 ショルツの指摘に、ロズヴェータはおっしゃる通りですと、頷くばかりだった。

「……ふむ。ではどうするか。よし、騎士ロズヴェータこうしてはいかがだろう?」

 そうして提案されたのは、ショルツの騎士隊から一名ロズヴェータの騎士隊に派遣し、ショルツの動きを伝える。ロズヴェータはそれを判断して自身の騎士隊の動きを伝えるというものだ。

「ネリネ」

「はっ!」

 ロズヴェータに、否はないと答えたところで紹介されるのは、未だ年若い少女。

「私の娘だ。よろしく頼む」

「え、はい。よろしくお願いします」

「騎士見習いのネリネと申します。陥陣営のお噂は聞いています。今回はよろしくお願いいたします」

「騎士ロズヴェータです。まだまだ勉強中の身ではあります。騎士ショルツに教えを請いながら、互いに勉強しましょう」

 そう言って頭を下げるロズヴェータ。

「うむ、では今後の計画としては──」

 ショルツから聞かされた計画は、二つの輸送隊を護衛して各兵站基地を回り、最終的に西方新領土に占領した砦を目指すものだった。

 

◇◆◇


 兵站部隊の護衛という依頼は、何事も起きないのなら退屈と言っていいものだった。

 戦争と言うものが8割から9割が実は、退屈な待機であったり、その他の時間であったりするのだから当然ではある。

 会戦と呼べるほどの華々しい戦場は、戦争の極々一部でしかない。

 馬車や荷車に積載した荷物を遠く前線まで輸送する者と一緒に行動するだけなのだから、雑談の一つでもするのは当然であった。

 そのため、兵站部隊とともに実に騒がしく移動をしている。

 仏頂面を浮かべてロズヴェータの護衛についていた美貌の副官ユーグは、治癒術士アウローラに声をかけられ、その表情そのままぶっきらぼうに応じた。

「ご機嫌斜めね」

「ふん、何か?」

 会話することすら鬱陶しいと感じているユーグの対応に、アウローラは動じず話を先に進める。

「男の嫉妬はみっともないわね。で、本題だけど、あの娘どう思う?」

 親し気にロズヴェータと話しながら歩く少女に視線を向ける。

 黒い癖っ毛を一つにまとめ、新緑を思わせる瞳。顔の造形は決して秀でてはいないが、その恵まれた体つきは、既に大人のものだった。

「……っ、別にいつものことでしょう。ロズヴェータ様を誑かそうとしているのは、私の目の前にすらいますがね」

 嫉妬と言われて、僅かに怯んだユーグは、自分の心に正直だった。

 開かれた口から吐き出される愚痴に、アウローラはそれでも真面目に取り合わない。

「騎士ショルツから、うちに取り入るための切っ掛け、ね……」

「含みのある言い方ですね。何か気になることでも?」

 そこでやっと真面目に話を聞くつもりになったのか、ユーグは視線をアウローラに移す。

 と言っても一瞬だけで、すぐに警戒のために周囲に視線を走らせるのは、ロズヴェータの護衛として自らに課した責務からだった。

「……証拠はないわ。けど、目的がどうもソレじゃないと思うのよね。それと父娘と言ったけど、随分似てないものだと思ってね」

「証拠もないのに人を疑うなど、品性を疑いますね……流石女狐。しかし……そう感じた理由は?」

「はいはい。負け惜しみご苦労様。改めて言うけど証拠はないわ。けど、目がね。まるで査定でもしているみたいな冷めた目をしているのよね。ラスタッツァにも確かめてみたら?」

 その言葉にしばらくユーグは思考に沈む。

 今までのネリネと呼ばれたあの少女の言動を思い返しながら、一つ一つ検証をしてみる。

「……査定と言いましたが、する理由は?」

 一つの結論が出たのか、ユーグの纏う雰囲気に危険なものが混じる。

 ロズヴェータに不利になるようなら、排除するに抵抗はない。

 必要なものの為には、余計なものをそぎ落とすことを厭わない抜身の剣のような鋭さと危うさを感じさせる雰囲気がユーグにはあった。

「さて、私のいない間の知り合いなんでしょ? あの騎士ショルツって人は」

 軽く舌打ちしてユーグは思い返してみるが、これと言って考えつかない。唯一可能性があるのは、かつて三頭獣ドライアルドベスティエに襲い掛かってきた、あのバカな騎士のことだが。

 旗頭と言う地位を利用して功績を横取りしようとしたあのバカな騎士の紹介で、騎士ショルツに出会ったのだから、何らかのつながりがあってしかるべきとユーグは結論を下した。

 だが、今更復讐など時機を逸している。

 しかし確かめる必要はあるだろう。

「ロズ、少し離れます」

 速足にロズヴェータに近づくと、そう言って護衛の任務を一時離れ、酒保商人として今回も同行している女商人ラスタッツァに話を聞きに動く。

 相変わらずの道化化粧に、幌馬車の上で寛いでいたラスタッツァを見つけ、ユーグは確認すべきことを問いただす。

「あの時売り払った奴隷は、どうなりました?」

「ん~? そりゃ、鉱山で働いてるね。国営の鉄鉱山だったはずだけど?」

「その後、脱走などは?」

「いいや、聞いてないね」

「そうですか、時間を取らせました」

 細い(おとがい)に手を当てて答えを聞くとまた考え込む。

 その後分隊長達からも話を聞いたユーグは、再びロズヴェータの護衛に戻った。

「で、どうだったの?」

 野営の時間、炎を囲んで食事をとる中でユーグの隣に座ったアウローラが切り出した。

 炎に薪をくべながら、ユーグはそちらを見ることすらなく、小さく呟く。

「……恐らくシロ」

「ふーん? 珍しいわね」

 まるで道を歩いていたら奇麗な石を見つけたという程度の驚きで、アウローラはユーグに応じる。

「一つ、理由がない。二つ、リスクが高すぎる。三つ、動きがない」

 周囲に聞こえない程度に声を抑えて、視線は炎に向けたままユーグはそれ以上口を開かない。

「血のつながりは、ないそうだ」

「そう」

 ぼそりと、呟かれた言葉にアウローラもまたそれ以上の言葉を続けない。

 二人の脳裏には、捨て駒という単語が浮かんで消えていた。

 あるいは生餌と言っても良い。三頭獣ドライアルドベスティエの尻尾を掴むため、あのネリネという少女は、ショルツから差し出された生贄だった。

 喰い付けば良し、喰い付かなくとも査察として情報を得られる。

 アウローラは哀れと思い、ユーグは良くあることだと割り切った。

 いずれにしろ確証はない。後は、決断をするだけだ。 

 やるか、やらないか。

 騎士隊の依頼というのは、危険と隣り合わせである。

 依頼の途中で行方不明になることなど、多々あるのだ。

 アウローラは、空を見上げた。

 既に日は落ち、誰に対して不幸なのか、新月の夜。輝く月の天使の目も、地上までは届かない。春先の吹き抜ける風が、雲を攫っていく。

 綺羅星さえも、息を潜めているようだった。


◇◆◇


「ここ、良いかな?」

 そう言って静まり返っていたユーグとアウローラの間に割って入ってきたのは、ロズヴェータだった。

「え、ロズ!?」

「……あら、騎士様」

 相応に驚く二人の正面に腰を下ろすと、ロズヴェータは手にした木製のコップを二人に差し出す。反対の手には、ラスタッツァから仕入れたのだろう薄めたであろうワインの瓶。

「どうぞ」

 飲み水が貴重であった当時、ワインを薄めて水代わりにするということは良くあることだった。

 一般的な酒場で出されるものよりも、かなり薄めて飲むということをしていた。

 差し出されるままにコップを受け取り、注がれる液体に口をつけると、二人ともが驚いたように目を見開く。

「あら」

「これは」

 その驚愕の表情に、悪戯を成功させたかのようにロズヴェータは笑った。

「美味しいだろう?」

 柑橘系の香を利かせてあるその飲み物に、二人とも頷くと、目の前のロズヴェータに視線をあわせる。

 ロズヴェータが何の脈絡もなく、二人の間に入ってくると考える程、この二人は鈍くない。

 何か話があるのだろう。そしてその話は、ロズヴェータが直接二人に言わねばならないほどのことなのだと。

「ネリネのことだけど」

 そらきた、とばかりにアウローラは視線を泳がせ、ユーグは俯いた。

「どう思う?」

「どう、とは?」

 一瞬だけ視線を交わしたユーグとアウローラは、お互いにお前の仕事だろうと視線を戦わせるが、結局ユーグが苦々しく表情を歪める結果になり、口を開いた。

「騎士見習いとしてしばらく三頭獣ここで働いてみたい、と話があってさ」

「……それは、本人から?」

「ああ」

 しばらくここにいたいと言う彼女の言葉にユーグとアウローラは同時に眉間に皺を寄せた。

「騎士ショルツは、なんと?」

 今度はアウローラが口を開いた。

「彼女が望むなら、叶えてやってほしい、と。なんでも騎士ショルツは身寄りのない子供を引き取って養子として育てているらしい。その一人なのだそうだ」

 素晴らしいことだ、と頷くロズヴェータに、ユーグとアウローラは互いに顔を見合わせた。

「……それは、まぁ騎士の徳目にも献身はありますが」

「そうね、まぁ、孤児院も助かるでしょうね」

 どちらも歯切れの悪い言葉に、ロズヴェータが苦笑する。

「騎士ショルツは、そうして育てた養子の子供を使って騎士隊の査定を行うらしい」

 査定の言葉に、びくりとアウローラとユーグが反応する。

「それを、どこで?」

 ユーグの問いかけに、ロズヴェータは何でもないことのように苦笑を深くする。

「本人から」

「それは、信用できるのでしょうか?」

 鋭さの増した視線で、ロズヴェータに問いかけるユーグは今すぐにでも剣を手にネリネの所へ行きそうだった。

「わからないが、少なくとも、信用したいとは思っている」

「……飼い犬に手を噛まれる飼い主が哀れね」

 どこか諦めたように投げやりなアウローラの言葉に、その時ばかりはユーグも同意した。

「ロズはどこまでご存じだったのでしょうか?」

「ん? 何をかな? しばらく隊の運営に関わることだから二人に相談しただけだよ」

 その笑みに、二人は黙り込まざるを得なかった。

 まさか馬鹿正直に、怪しいから排除しようとしてましたとは言えない。

 しかもロズヴェータが保護しようとしている中で、その意向に真っ向から逆らうのは本意ではない。

 しばらく考え、二人はネリネを排除する時機を逸したのだと悟った。

「所属はどこにしようか」

「ロズの直轄でもよろしいですが、バリュードの分隊などいかがでしょう? 三頭獣ドライアルドベスティエの特性が良くわかる分隊ですので、見習いとして働いてみるのは良いかと」

「なるほど?」

 ユーグとしては常に最前線に晒して、隙あらば負傷してくれないかなと考えていた。

 あわよくば死んでくれれば、万事解決ですらある。

 ロズヴェータとしては、確かに山歩きをさせるならバリュードの分隊が良いかもしれないと考えていた。ほとんど音もなく山地を移動するのは、部隊としての一つの特殊技能ですらある。

 それを身に着けてもらえれば、大幅な戦力向上になる。

 そもそもバリュードが認めた人員しか彼の分隊に入れないのだから、その間の扱きに根を上げてくれないだろうか、ともユーグは考えていた。

「それじゃ早速聞いてみるよ。ありがとう」

「ええ、はい」

 無言で微笑むアウローラと頭を下げるユーグに背を向けてロズヴェータは歩き出す。

 その背を見送って、ユーグとアウローラは意味深に視線を交わした。

「意地が悪いわね」

「知ってて言わない奴が何を」

 ふん、と鼻を鳴らして食事の準備に戻るユーグ。

 楽し気に笑みを浮かべるアウローラ。

 二人の間にそれ以上の会話はなかった。

 後日、バリュードから満面の笑みでネリネの才能と、分隊に歓迎する旨の話を聞いた二人は、カエルの潰れたような声を出した。

ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)


称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営

特技:毒耐性(弱)、火耐性(中)、薬草知識(低)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子


同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇

三頭獣ドライアルドベスティエ隊長:騎士隊として社会的信用上昇

銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇

毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。

火耐性(中):火事の中でも動きが鈍らない。火攻めに知見在り。

薬草知識(低):いくつかの健康に良い薬草がわかる。簡単な毒物を調合することができる。

異種族友邦:異種族の友好度上昇

悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。

山歩き:山地において行動が鈍らない。

辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇

陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続7回)


信頼:武官(+15)、文官(+20)、王家(+14)、辺境伯家(+30)


信頼度判定:

王家派閥:少しは王家の為に働ける人材かな。

文官:若いのに国のことを考えてよくやっている騎士じゃないか。派閥に入れてあげても……良いよ?

武官:悪い噂も聞こえるが……我慢も効くし。命令にはしっかり従っているし戦力にはなるな。で、本当の所は?

辺境伯家:このままいけば将来この人が辺境伯家の次代の軍事の中心では?


副題:ロズヴェータちゃん、査察受け中。ネリネの真意はどっち。

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