汚れ仕事の報酬
西方諸家の中心であるミディ家の根切を終わったロズヴェータ率いる三頭獣は、常よりも多い報酬を受け取っていた。
「これは……わかっていると思うが口止め料を含むものだ」
美貌の女将軍ルフィーネ・オルシャの語る言葉に、その場に集まった騎士達は少なくとも表面上は神妙な顔で聞き入る。例外は騎士ヘーベルぐらいであった。
趣味と実益を兼ねてこの仕事を受けた彼からすれば、ルフィーネ・オルシャの語る言葉など織り込み済みなのだろう。そういう意味では、最も彼女の言葉を忠実に守っているとも言えた。守らなかった者の末路がどのようになるかなど、想像したくもないものであった。
見せしめの意味を含めて行われた今回の根切に関して、宰相としては、知るべきものが知れば良いのであって、悪戯に拡散しようなどと言う者達は邪魔でしかない。
ルフィーネ・オルシャは直接それを指示されたわけではないが、派閥の長が何を考えているかわからないようでは、今の地位に上り詰めることはできなかったであろう。
「……さらに、今回各騎士隊には村の徴税をしてもらう」
ざわりと、今度こそ全員が驚きに目を見開く。
通常占領地の徴税は、騎士隊に任されることはない。
国の官僚の中で最も実入りが良い役職だと思われている徴税官の仕事だからだ。それを今回は報酬の一部として任せると言っているのだから、大盤振る舞いと言っていい。
辺境出身のクリウベルとマリルガルは互いに顔を見合わせて、笑みが止まらないようだった。ヘーベルも驚きはすれども、大盤振る舞いだという認識は変わらず、口笛を鳴らしてにやけた口元を隠そうともしていない。
唯一怪訝な表情をしているロズヴェータは、与えられた仕事の意味を頭の中だけで反芻する。
──つまり、多めに税金を集落から徴収して、差額を懐に入れろということか。
「今回諸君が徴税をしてもらう村落は、今回の謀反に加担したことが確認されている」
そのフィーネの言葉も、彼等の……と言うよりはおそらくロズヴェータの良心の呵責と言う枷を外すための言葉だったのだろう。
事実、彼女がその言葉を口にしたとき、視線はロズヴェータに向いていた。
「この徴税をもって諸君らは、今回の依頼を完了することになる。質問は?」
問われて誰も口を開かず、解散となった。
誰もが今回の結果を抱えて、自分の騎士隊の元へ帰っていく。
「閣下、随分大盤振る舞いでしたが」
壮年の護衛騎士がルフィーネ・オルシャに問いかける。よろしかったのですか、という言葉を最後まで言わさず、彼女は苦笑した。
「少しの感傷だ。有能な手駒は確保しておきたい。それに金払いが良いのが文官派閥に私が身を寄せている理由でもある」
その際どい冗談に、護衛の騎士は生真面目に首を振る。
「御冗談を」
苦笑を深くして、ルフィーネ・オルシャは彼らの去っていった天幕の扉を見つめた。
「これが我々のできる精一杯ですか」
「そういうことだ。……まぁ、地元の領主が反乱をするのだ。協力的でない集落など、ありはしないのだがな」
ロズヴェータに言わなかったルフィーネ・オルシャの言葉は、天幕の中に消えた。
◆◇◆
徴税任務に向かう途中ロズヴェータはずっと考え続けていた。
その様子を見守る美貌の副官ユーグも、何かあったのだろうと気を使って問いかけるようなことはなかった。緊急にロズヴェータに判断をしてもらう事案も起こっていないのだ。悩めるときに、ゆっくり悩めばいいとすら、彼は思っていた。
ロズヴェータが指定された村落に到着すると、出迎えたのはどこか辺境伯家の領域であった熊さんの家を彷彿とさせた。出迎えた村長も、険しい表情を崩さずロズヴェータ達を出迎える表情が、出会った当初の村長に似ている気がした。
総勢五十を超える三頭獣の騎士隊を迎え入れるだけの大きな屋敷はなく、いつものように天幕を張って露営する三頭獣。
交代で屋根の下で眠れるように処置をしているが、それでも隊員からは早く本拠にしている王都に戻りたいとの声も聞かれた。
分隊長以上の兵を集めた会議でロズヴェータは開口一番、この村から余計に税を徴収することはしないと明言し、全員から驚きの視線を向けられる。
「いやー、でも隊長良いの? いつも金がないって言ってるじゃん?」
定期的に人を斬らないと言動が怪しくなる狂人バリュードの言葉に、他の分隊長達も同意する。
「まぁ、はっきり言ってしまえばここは一時的に私たちが任されただけなんだから、もらえる時にもらっておくのは悪いことじゃないんじゃ?」
分隊長ヴィヴィも、敵からものを奪うのは当然とすら考えている。だからこそ、勝者の権利として認められている権利を行使するのに躊躇はない。
「……何か狙いが?」
元ハリール傭兵団の副隊長である兎のルルは、ロズヴェータの考えを問う。
「別に大した理由があるわけじゃない。今回の依頼で得るべき報酬はもう必要十分受け取っている」
「……名誉を優先する、ということでしょうか?」
筆頭分隊長ガッチェの言葉に、ロズヴェータは複雑な表情を浮かべながら頷いた。
名誉と聞くとどうにも気恥ずかしく、だからと言って他に言いようもない。敢えて言えば、ミディ家の本拠地で殺したあの使用人たちの姿に、ロズヴェータは思うところがあったのだ。
「……つまり、あれでしょ。無理矢理村人に抱かせろって迫るのか、従士様素敵、抱いてって言わせるのかの違いってことでしょ?」
「……う、うん? まぁ、多分。そんな感じ」
バリュードの妙な例えに、ロズヴェータは曖昧に頷く。
「なるほど……あり、だな」
なぜかルルは非常に鼻息荒く頷くと、横目でヴィヴィを見る。視線を向けられたヴィヴィも不敵な笑みを浮かべてにやりと笑う。
女同士何か二人の間で感じ入るものがあったのだろう。
「名誉ね。まぁ、良いんじゃない?」
捕虜の取次を任せていたアウローラを始めとした文官達は、最初のロズヴェータの説明で納得をしている。メルヴやメッシーの会計士、酒保商人のラスタッツァも名誉を優先しても問題ないとの納得の判断だった。
三頭獣の金を握る彼女達には、今回の依頼で充分な報酬が入ったことがあらかじめわかっている。
確かに今回、実入りが多かった。捕虜の身代金はまだにしろ、敵側の酒保商人の略奪がやはりでかい。
それに、ミディ家根切の報酬は、今後しばらくの活動資金に困ることはない程度の余裕を生むのに十分なほどだった。
それを考えれば、名誉をとって公正な騎士として振る舞っても問題ないと判断できる。
「よろしいかと、では兵に徹底させます」
筆頭分隊長ガッチェがそう言うと、後は解散の流れになる。各々分隊長達は自分の分隊員に言い聞かせ、不必要な略奪の禁止を徹底させる。
バリュードのあの妙な表現が、意外にも兵士達に受けたらしく──。
「やっぱ、女の子は心を落としてこそ、ってことですよね。さすが、陥陣営と言われるだけのことはある! 俺らにゃ考えもつかねえですよ!」
と妙な誤解をされていることが、ロズヴェータの唯一の困りごとだった。
それから、ロズヴェータ率いる三頭獣は、その集落で紳士的に振る舞う。日に一度は村長宅に訪問し、困りごとがないかを確認するとともに、必要な徴税のための準備をアウローラを筆頭とした文官達に準備させた。
必要な徴税の額を確認した村長は、目を丸くしてロズヴェータに再三確認をしたが、ロズヴェータは頑としてその事実を曲げなかった。
当初は警戒をしていた村人達も、村長から話が伝わったのか次第に三頭獣に対する態度が軟化する。
獣除けの柵を修繕したり、狩りの獲物を共有したりと交流を進めていくうちに、徴税の期日になり、三頭獣は、集落を去ることになった。
その頃になると村人総出で三頭獣を見送ることになり、送別の為の宴が開かれ、中には泣いて別れを惜しむ者達もいた。
バリュードの言った言葉が現実になったのも、多少はあったらしいとロズヴェータも聞いて、少しだけ心の靄が晴れたような気分であった。
その後、ロズヴェータ率いる三頭獣が徴税を担当した村は、国の統治下に移った際も、積極的に税を納め美貌の女将軍ルフィーネ・オルシャから苦笑された。
他の集落が遅延や困窮を理由として税の滞納をする中で、三頭獣が担当した集落は、しっかりと税を納めた。
「……余計な気遣いだったか」
微笑ましいものをみるようにそう数字の羅列から読み取ったルフィーネ・オルシャは、文官派閥への報告に一筆添えて三頭獣ひいては、ロズヴェータの評価を上方修正して送った。
「ロズ、何を持っているんですか?」
王都へ向かう馬上の人となったロズヴェータの懐に忍ばせた小瓶に、いち早く気付いたのはユーグだった。
「ああ、毒薬」
「──ロズ」
一瞬にして視線の鋭さが増して、周囲を伺うユーグは、そっとロズヴェータの近くに寄ってくると耳元で甘く囁いた。
「そんなもの使わなくても、私に言ってくれれば……で、誰を?」
女なら軽くめまいを覚えつつ頷きそうになりそうな傾国傾城の美貌のユーグの言葉を、ロズヴェータは苦笑しただけでそれを否定する。
「いや、違うさ。今回の件で少し考えることがあって、避けられぬ死なら、それを少しでも苦痛なくってさ」
「ロズ……」
ユーグの瞳が潤む。女をダース単位で落とせそうなその表情は、今はロズヴェータだけしか見て居なかった。
ロズヴェータは、手元の小瓶を弄びながら、呟くように宣言した。
「力が、いるな……」
自分が正しい、と思っていることを実現するためには力が必要なのだと、ロズヴェータは、改めて感じざるを得なかった。
ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)
称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営
特技:毒耐性(弱)、火耐性(中)、薬草知識(低)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子
同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇
三頭獣隊長:騎士隊として社会的信用上昇
銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇
毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。
火耐性(中):火事の中でも動きが鈍らない。火攻めに知見在り。
薬草知識(低):いくつかの健康に良い薬草がわかる。簡単な毒物を調合することができる。
異種族友邦:異種族の友好度上昇
悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。
山歩き:山地において行動が鈍らない。
辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇
陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続7回)
信頼:武官(+15)、文官(+17)、王家(+8)、辺境伯家(+30)
信頼度判定:
王家派閥:リオリスの為に働くのは、良いことだよね。
文官:若いのに国のことを考えてよくやっている騎士じゃないか。
武官:悪い噂も聞こえるが……我慢も効くし。命令にはしっかり従っているし戦力にはなるな。
辺境伯家:このままいけば将来この人が辺境伯家の次代の軍事の中心では?
副題:ロズヴェータちゃん、力の意味を考える。




