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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
対外戦争
73/115

西方戦線

 天上から二つの軍勢を見下ろせば、獅子の旗を掲げる獅子の紋に王冠(リオングラウス)王国は広く鶴翼。対するロスデリア帝国は、堅固なひとまとまりの魚鱗。

 それぞれの陣形を取った軍勢の首脳部は、いずれも必勝を期した。

 鳥が翼を広げたような、相手を包み込むように陣形を広げた鶴翼の陣。

 相手を包み込み、衝撃力で圧し潰すことを目的として、その両翼の先端にはリオングラウス王国でも指折りの精強な部隊を置く。

 すなわち、王国直属の近衛騎士団である。

 騎士校を卒業した彼らの内、卓越した功績をあげたものを王国直属の騎士団として王家の戦力として取り込む。その意図をもって創設された彼らの数は、約5千。

 その全てを投入した今回の戦いにかける王国の意気込みを感じさせる。

 それを半分ずつ両翼の先端に配置し、魚鱗の両側から包み込むように突出させた。

 リオングラウス王国の軍勢を率いる英雄の弟子ディルアンは、軍勢の中央にあり、騎馬隊を率いて中央左右を睨む。

 ある意味、最も信用ならない戦力が彼の中央から左右に広がる豪族ユンカー達と、貴族の私兵、騎士隊の混成軍だった。

 ディルアン直属の王国軍1万が中央を固め、その左翼を貴族の私兵とユンカー達が。右翼を騎士隊が固め、最右翼と最左翼を王国軍直轄の騎士団が固める布陣。

 予備兵力として騎士隊のいくつかを、騎士団として臨時編成された部隊が拘置されている。

 対してロスデリア帝国を率いる将軍は、老練なるグノーシフォ。

 ロスデリア帝国に仕官して30有余年。軍歴を重ねてきた歴戦の将軍である。かつてリオングラウス王国の英雄とも直接干戈を交えたこともあり、その軍歴の長さは周辺諸国でも最長の部類に入る。

 未だ集結途中の自軍を魚鱗に組ませた彼は、表情一つ変えずに遠征軍の諸将に命じた。

「3刻耐えれば、勝てる」

 3刻(6時間)という言葉に、誰もが皆息をのむ。

 老将の見つめる先にあるのは、迎撃のための軍勢ではなく寄せ集めの雑多な兵でしかない。

 リオングラウス王国の軍勢はかつて見た時よりも数段弱体化しているとさえ、感じられた。かつて一人の英雄に率いられたその軍を見た時、壮年と言っていいはずだったグノーシフォは、震えた。

 幾度も戦場を経験しているはずのグノーシフォが、その勢いに呑まれたと言っていい。

 それに比べれば、なんと今のリオングラウス王国軍が脆弱に見えることか。

「魚鱗を敷いて堅固に守れ。最初の突撃を防ぎ止めてさえしまえば、奴らはもう動けない。しかる後、中央横に逆襲を加える」

 魚の鱗のように、小部隊で固まり、それを何十何百と一塊にして魚鱗の陣形を取る。

 中央には、老将グノーシフォの最も信頼する子飼いの騎士団富める黄金の鷹(ティディクファブリオ)

「頼むぞ。サーリア、ミーリア」

 双子の騎士が、勢い良く返事をして鎧に覆われた胸に手を当てて一礼する。

 彼女達は、逆襲の刃。

 富める黄金の鷹の鋭利な爪だった。

「将軍に勝利を」

 二人揃った声に、満足そうに頷くと老将グノーシフォは、陣容を次々に発表していく。

 敵の左右の攻勢を受け止める役割は、ロスデリア帝国の国軍。皇帝直轄軍と称される兵士達に任せる。

 最前線を固めるのは、周辺諸国から集まった騎士や領主達の補助兵力。

 その内側に、彼の子飼いの騎士団とロスデリア帝国の貴族軍。

 補助兵力を使い潰して、敵の足を止め、逆襲に転じる。

 冷徹な計算の上に成り立つ、それが老将の作戦だった。

 早朝から二つの軍勢は陣容を整え始め、二つの陣営の陣容が整うと示し合わせたようにリオングラウス王国側から攻勢を開始した。

 天上から俯瞰すれば、その陣形の企図通り、左右両翼が突出するリオングラウス王国軍。

 馬蹄を響かせ、砂煙を上げて疾駆する騎馬隊の速度はリオングラウス王国の中でも指折りの近衛騎士団の名に相応しい速度であった。

 突出する彼等近衛騎士団の様子を両将軍は、見つめている。

「想定通りだ、魚鱗の陣形を固めよ」

 そう指示を出す老将グノーシフォ。

「よし、全軍攻勢に移れ、なお、先頭は俺だ」

 とんでもないことを言い出す英雄の弟子ディルアン。

「中央も突出することになりますが……」

 リオングラウス王国軍の本陣を形成する貴族の言葉に、ディルアンは猛々しく笑って槍を担いだ。

「そうだな。だからこそ、敵を突き崩せる」

 担いだ槍を横なぎに振るうとそれ以上の問答は無用とばかりに、ディルアンは声を張り上げる。

「突撃だ! 我と思わん者は俺に続け!!」

 軽く馬体を蹴って、突出した中央騎馬隊の先頭で騎馬を走らせる。

 文字通り全軍の指揮官が先頭に立つという行動に、慌てたのは周囲を固める貴族達だった。

 まさか、指揮官の後ろで作戦を立てていましたとは言えない。

 指揮官一人を突撃させ、お前は何をしていたのだと後ろ指をさされるなど、彼等中小貴族にとって死ぬよりも苦痛なことであった。

 騎士も貴族も、舐められたら終わりなのだ。

 ディルアンに反感を抱く者も好感を抱く者も、彼の後ろに続くしかない。振り返りもしないディルアンの背に続くしかないのだ。

「戦争屋め!」

 罵声を飲み込み精々がそう呟いて、次の瞬間には猛々しく突撃に参加するしかないのが彼らの選択だった。

 一挙に動き出した中央本陣の様子に、敵味方とも意表を突かれた。

 味方は困惑をもって彼らの突撃に続き、敵は更なる困惑をもってそれを受け止めた。

 否、正確には受け止めようとしたが、間に合わなかった。

 それほどまでに、本陣突撃というディルアンの戦術は意表をついた。

 将棋で言えば、最初から王が最前線に出てくるような状態だった。リオングラウス王国の本陣を示す獅子の旗が前進するのに伴って、当然ながら両翼を固めていた“翼の付け根”である寄せ集めの騎士隊と豪農ユンカー達も前進せざるを得ない。

 彼らも中小貴族と同様に、指揮官の後ろで戦争に参加していました、等と言ったら明日からの飯のタネに困る。勇敢さと面子を何よりも重視する彼等もまた、指揮官の突撃に追随させざるを得ない。

 一挙に攻勢に出たリオングラウス王国は、ディルアンの勢いに引きずられる形で、魚鱗を形成する第一陣を文字通り、木っ端みじんに粉砕した。

 全軍の先頭に立ったディルアンは、率いた騎馬隊の突破力をもって正面の敵を粉砕。その後、己の勘に従って方向を急転換。

 魚鱗の中央から、リオングラウス王国軍側から見て右翼方向に突撃を開始した。

 そこはロスデリア帝国の貴族軍が位置する場所。

 馬まで鎧で固めたディルアンの騎馬隊の突撃は、ロスデリア帝国の貴族達を震え上がらせた。既にディルアンの騎馬隊は、中小領主軍を血祭りにあげ、血濡れであったことも、彼等普段は戦にあまり関与しない貴族達を震え上がらせた要因だったろう。

 まるで柔らかい肉を切れ味鋭いナイフで裂く様に、するりと魚鱗の陣形に入ったディルアンの騎馬隊は、鱗を突き破り中の肉を思う存分掻き回して、突き抜けていった。

 自身も返り血を浴び、頬を汚したディルアンは、魚鱗の陣形を突き抜けた後、振り返って再び旗を振らせた。

「ふむ……再度、突撃する。それで終わりだ!」

 再び馬体を蹴るディルアン。その頃には、彼の後ろに続く者達も薄々と感じ始めていた。

「勝利は目前だ! 奴らを我らの大地から叩き出せ!! 突撃! 我に続け!!」

 指揮官から発せられたその言葉、彼に続く誰もが薄々感じていた勝利という名の栄光に、騎馬隊が咆哮を上げた。

「……正気か、あの男!?」

 一方、彼に追随する形となったリオングラウス王国軍の羽の付け根──豪族ユンカー、中小貴族、騎士隊の者達は、再び突撃を開始した指揮官の旗印に目を剥いた。

 今ですら、隊列を保って行動するのが精一杯だというのに、さらに突撃を仕掛けるということは、今以上の速度で敵を打ち破らねばならない。

「ええい! 行くしかあるまい! 指揮官の背に続け!」

 内心の不満を押し殺し、半ば自棄気味に声を張りあげ、敵の真正面の槍衾へ突撃していく。

 指揮官を孤立させて殺したなど、しかも勝ちつつある戦いでの悪評など、誰しも受けたくはない。

 そのため、リオングラウス王国軍の翼を構成する大多数の歩兵達は、死に物狂いで前進し、ロスデリア帝国軍の魚鱗の陣形を圧迫した。

 全周を守れる魚鱗の陣形と言えども、強弱はある。全周のどこでも同じ強さで守れているわけではない。

 正面から攻め寄せるリオングラウス王国軍の歩兵に対処していた所に、横腹から騎馬隊の突撃を受けたロスデリア帝国軍は、その多くが対処能力の限界を超えた。

 一つ流れが決まると、後は対処のしようがなかった。

 声を枯らして態勢の立て直しを図る指揮官達の企図を無視して、兵卒が逃げていく。負け戦とは、そう言うものだった。

 しかもロスデリア帝国軍が悲惨だったのは、リオングラウス王国軍の両翼がしっかりと仕事を果たしていたことだった。まるで包み込むように展開する鶴翼の両方の翼は、ロスデリア帝国軍の逃げる方向を限定した。

 正面左右を塞がれたロスデリア帝国の兵にとって逃げる方向は後方しかない。

 そこに殺到する彼等の背に、一切の容赦なくリオングラウス王国軍の攻撃が加えられた。

 被害が大きくなるのは、向き合って対峙する戦いよりも逃げる時こそ。

 後方にいた部隊は、まだよかった。中央左右前面で戦っていたロスデリア帝国の部隊は悲惨を極めた。味方を押しのけて逃げようとする者と立ち止まって戦おうとする者達で収拾のつかない事態に陥り、そこに馬まで鎧で武装した騎馬隊の突撃を受けたのだ。

 彼等は轢き殺され、槍で突かれ剣で斬られ、それよりも遥かに多く圧殺された。

 そんな混乱の最中、ロスデリア帝国軍の最深部まで食い込んだディルアン率いる騎馬隊は、目指すべき旗印にまで到達していた。

「よう、久しぶりだな。グノーシフォ将軍」

「ふん、英雄の後継者か」

 敵の本陣。老将グノーシフォ率いるロスデリア帝国軍の中央は、まだ統制を保ったままそこに厳として存在していた。

 しかし、その機能が影響を及ぼせるのは、わずかな範囲に過ぎない。既に数万の軍勢を統率し能動的に動かせる機能を消失していたと言っていい。

「いいや、俺などは後継者になんぞ、なれんさ。長話もなんだ。首貰っていくぞ」

 獰猛に笑うディルアンに、老将グノーシフォは苦笑する。

「抵抗させてもらうぞ! 若造が!」

 両将軍の一騎打ちなど、物語の中ですら稀な出来事である。

 軽口を交わした直後に彼らは互いの得物を抜く。

 担いだ長槍を構えるディルアン。長柄の大斧を構えるグノーシフォ。

 対峙は、わずか。決着は速やかについた。

 すなわち老将グノーシフォの皺首を、英雄の弟子ディルアンが落とすという形で。

「徹底的に追い落とせ! 我らの国土に踏み入った愚行を奴らに思い知らせろ!」

 掲げた槍の先に、老将の首を掲げ、ディルアンは叫んだ。


◆◇◆


「どう思う?」

「今話しかけないでくれる? 英雄の戦いの手腕……参考になる」

「……ああ、はい」

 予備隊として拘置されたロズヴェータ達の臨時の騎士団は、小高い丘の上からディルアンの戦ぶりを観察していた。土煙が多く立ち、その細部まではわからないものの、大きな兵力の動きは観察できる。

 他の騎士団の団長達と攻撃に移る時期を話し合っているリオリス。

 戦場を観察しているロズヴェータとエリシュ。

 一人の世界に入り込み、目を見開いて食い入るように戦場を見るのは蛮族のお姫様エリシュであった。

 一方のロズヴェータも、戦場を見て居たが、エリシュ程に興奮も感動もしていなかった。その視線に冷めたものが混じる。

 芸術的な騎馬隊の運用であったと思う。

 特に、歩兵と騎馬隊の突撃のタイミングは、これ以上ないという程のものであった。

 特に連絡手段を使っている様子はなく、土煙の舞う視界の悪い戦場の中で、あれほどの連携を見せるのだから、一体どうやって統率をしているのか。

 もしこれが、技術的な問題ではなく、本人の資質によるところなのだとしたら、とても真似できないと考えながら戦場を見ていた。

 ロズヴェータはそう思いながら、自分の手持ちの戦力でそれがなせるか考え、次いで敵が崩れた原因についても考えていた。

 論理的に考えるロズヴェータに対して、エリシュは感覚派だった。

 まるで戦場に絵を描く様に、敵の弱い部分に味方の戦力を流し込んで行くと、殲滅という絵が出来上がる。敵の弱い場所を的確に破っていくディルアンの戦い方が、何よりも参考になっていた。

「……ロズ、エリシュ。このまま待機だそうだ」

 リオリスの疲れたような苦笑に、エリシュは無反応。ロズヴェータは、若干の驚きをもってリオリスを振り返る。

「良いのか? 戦果の立て時だと思うけど」

 逃げる敵の背を打つのは、格好の戦果の稼ぎ時だ。

 現に味方の騎士隊は勇躍して前進している。誰しも、稼げるときには大きく稼いでおきたい。

「……こんなことは言いたくないが、戦場に参加しただけで意味があるんだとさ」

 不本意な表情を隠さない王族の末端に連なる少年は、一瞬だけ悔しげに戦場を見つめたが、すぐにその表情を隠した。

「過保護だな」

 ロズヴェータの一言に、リオリスは肩を竦めてこの場にいない誰かの指示に従う姿勢を示した。

「そう言うことなら、了解。部下達に指示を出してくる。エリシュは……あ~、まぁこのままで良いだろう」

「頼む」

 部下に指示を出しに歩き出すロズヴェータと入れ替わりに、戦場を見始めたリオリス。

「エリシュは参加しなくていいのか?」

 隣に立ったエリシュに問いかけるリオリス。

「うっさい。今良い所」

「あー……はい」

 しんみりとした雰囲気を吹き飛ばす容赦のない一言に、リオリスもまた戦場を眺め続けた。


ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)


称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子、七つ砦の陥陣営

特技:毒耐性(弱)、火耐性(弱)、薬草知識(俄)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子


同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇

三頭獣ドライアルドベスティエ隊長:騎士隊として社会的信用上昇

銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇

毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。

火耐性(弱):火事の中でも動きが鈍らない。

薬草知識(俄):いくつかの健康に良い薬草がわかる。

異種族友邦:異種族の友好度上昇

悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。

山歩き:山地において行動が鈍らない。

辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇

陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続7回)


信頼:武官(+10)、文官(+7)、王家(+8)、辺境伯家(+30)


信頼度判定:

王家派閥:リオリスの為に働くのは、良いことだよね。

文官:そういえば、辺境で活躍しているみたいじゃない?

武官:悪い噂も聞こえるが……。まぁ、実力は確かなものかな? 我慢も効くし。

辺境伯家:このままいけば将来この人が次代の軍事の中心では?


副題:ロズヴェータちゃん、本格的な会戦は傍観して終わる。

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