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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
辺境の小さな英雄
70/115

陥陣営Ⅱ

 夜の闇は、夜明け前が最も濃い。

 誰から教えられることもなく、経験からそれを学び取っているロズヴェータ達は、その闇に紛れて砦に近づいていく。夜の深い闇に色に塗ったローブを被り、体の線を消すため枝や木の葉を体中に巻き付けて、目だけは爛々と光らせた先遣隊30名が音を消して砦に近づいていく。

 猛牝牛ヒルデンスレギのナーサ率いる騎士隊は、先遣隊の30名の過半を占める。夜の闇に紛れた奇襲は、得意中の得意だった。口笛を鳴らして、砦の城門近くにまで到達したことを合図する。

 彼女らに続き森の中を音もなく這い進んでいるのは、三日月帝国(エルフィナス)出身の弓の腕が立つ者達と、元猟師の弓が得意な者達だ。

 彼等は、元々の技能として森を音もなく移動する術を心得ている。

 動き自体は遅いものの、ゆっくりと確実に自らの射程圏内に近づいて行った。

 別動隊として、3組が正門以外の方向へ進んでいく。三人一組程度の最小限の班を作って、火種となるものと革袋に油を詰めて進んでいく。風の向きを読みながら、彼らは砦の周囲へ散っていった。

 最後は本隊である。

 ロズヴェータが直接率いるこれらは、数が多すぎるために、無音というわけにはいかず、距離を取って待機するしかない。

 ナーサの騎士隊の先遣隊が口笛によるいくつかの符丁を取り決めてあり、それによってある程度の情報伝達が可能であった。

「……取り付いたらしい。順調だな」

 ナーサの騎士隊の一人が、ロズヴェータの側で符丁の意味を伝える。

「ここからだ」

 飲み下す唾の音さえ、やけにはっきりとロズヴェータには聞こえた。

 ロズヴェータの位置からではほとんど見えないが、これから城壁をよじ登り、正門を開ける作業となる。この土地に詳しいエフレムの話によれば、もう半刻もしないうちに夜が明ける。

 そうなれば、力攻めしかない。

 犠牲の多い戦いは、この先の戦いに重大な影響を及ぼす。そう考えただけで自然に力が籠る。濡れた服を乾かす暇もなかったために、握り締めた革の手袋から水が滴った。

 また再び口笛。

 聞きたいのをじっとこらえて、ロズヴェータは符丁の意味を待つ。

「成功だ! よじ登った。前進されたし!」

 ロズヴェータは思わず叫び出しそうになって、必死に堪える。

「……っ前進を!」

 逓伝されたロズヴェータの命令をもとに、本隊が動き出す。

 逸る気持ちを抑えつつ、砦までの斜面を下っていく。

 足元に注意しつつも、砦の篝火に注意を向けていたロズヴェータはその篝火の動きが激しくなっていることに気が付いた。

「こちらから連絡を取ることはできるか?」

 ロズヴェータの側で口笛の符丁を伝えてくれる男に聞く。

「可能だが……」

 戸惑う様子を隠せない男に、ロズヴェータは砦側が気が付いた可能性について説明する。無論、その間にも、足は止めない。

「といっても、難しいのは無理だぜ」

 ロズヴェータの説明を聞いた男は暗闇の中でも渋面を浮かべて返答する。

「敵襲に注意。これだけでいいが、可能か?」

「ああ、それなら」

 短い口笛を何度か吹き鳴らすと、ロズヴェータは本隊の速度を上げさせる。下りの斜面で暗い中にあって速度を上げるのは滑落の危険を大きくするが、それを取ってでも速度が欲しかった。

 ロズヴェータ自身も足を滑らせて転びそうになったのが二度三度あった。

「開始の時間を早める。伝令を走らせられるか?」

「いや、この時間だと伝令が到着するより早く日の出が来るぞ」

 エフレムの言葉にロズヴェータの内心は焦る。正門の先遣隊にばかり負担が大きくなる可能性が高い。

「本隊の速度はこれ以上あげれない──くっ!?」

 言いかけて再び足を滑らせたロズヴェータ。

 砦の上では篝火がいっそう激しく動き、聞き取れない程の罵声や喚声が耳に入ってくる。

 気持ちばかりが焦る中、それでも確実に闇の中を歩いていく。

 徐々に近づいてくる喧騒、ロズヴェータは、はっきりと聞こえるようになったそれに向かって声をあげた。

「門に取り付け! 攻撃開始だ!」

 ロズヴェータの命令を待っていたガッチェ、ヴィヴィ、ルルがそれぞれの分隊員に声を上げる。

「突撃! 突撃! 突っ込めぇ! 野郎ども!」

 一気に上がる喚声。

 一瞬にして周囲の温度が上がった気がした。

 ひゅん、と風切り音と共に炎に向けて放たれる矢。闇夜から光源に向かって吸い込まれるそれは、まるで死神の羽音だった。

 上がる悲鳴を頭上に聞いて、ロズヴェータは闇夜に目を凝らす。

「──そろそろだな」

 呟いた声に、ぼんやりと周囲が明るくなっているのが分かった。

 僅かに視線を向けた方向。北寄りの東の山並みに黎明の色があふれ出てきている。

 手元が見える。

「開いているぞ。続け!」

 筆頭分隊長ガッチェの声だろうか。徐々に輪郭の見えてきた砦の正門。周りに倒れ伏した人影も確認できる。短槍を掲げるガッチェの声に、分隊員達が声を上げて彼に続く。

「ユーグ、そろ──」

 ひゅん、と風切り音とともに、鉄と鉄がぶつかり火花が散る。

「ロズ、あまり前に出過ぎては……」

 指揮に専念していたロズヴェータは、ユーグの言葉にいままさに自分に向けて矢が飛来していたのだと理解する。それを彼が打ち払ってくれたのだとも。

「──お前がいる。そうだろう?」

「敵いませんね」

 そう言いながら、ユーグはロズヴェータの前に身体を割り込ませる。

「ですが、せめて私の背に。その方が守りやすい」

「……頼む」

「ロズヴェータ様を守れ! 御身に傷一つでも付けたら、貴様ら、わかっているだろうな!」

 美貌の副官ユーグの声が、周囲にいる者達をロズヴェータに引き付ける。

 まるでおしくらまんじゅうをするように、押し合いへし合いしながら進んでいく。

 情けないとは思わなかった。次々起こる状況の変化。奇襲からとはいえ、砦に対する本格的な攻撃などロズヴェータは、初めてやるのだ。

 指揮に専念させてくれるのはありがたかった。

 騎士校時代においてさえ、それは王族や大貴族出身者の仕事であり、ロズヴェータのような辺境の貴族はその手足となる護衛役が精々だった。

 だが今は、その役目をロズヴェータ自身が担っている。

 それを考える余裕さえ、次の瞬間には思考から抜け落ちて、周囲の景色を指揮に反映させる。

「見ろ! 火だ!」

 誰かの声に、視線を転ずれば砦の三方から炎が盛大に闇夜を駆逐している。

「砦は落ちるぞ! 一気に進め!」

 策は全て為った。

 ロズヴェータは、ユーグの背に守られながら正門を潜った。正門の上では、今も敵と味方が激しく攻防を繰り広げている。

 正門を潜ってすぐに広場に出る。

 基本的には砦のつくりはどれも一緒なのだろう。

 周囲を見張るための監視塔、兵士を集めるための広場、いずれも敵と味方が斬り合っている。城壁の裏には足場が組まれ、その上でも激しい戦いが続いていた。

 ──思ったより抵抗が激しい。

 ロズヴェータはそう感じた。

 少なくても、最初に落とした石造りの砦は、正門を突破された時点で敵は敗走に移っていた。

 それを分けているのは何かといえば、敵の士気の差だろう。

 彼らには、正門を突破されても勝てるあるいは負けないという思いがあるからこそ、踏ん張って戦えるのだ。

 では、ロズヴェータがすべきことは何か。

 その敵の士気を叩き折ることである。敵の心を、あるいはその支えとなっている者を完膚なきまでに叩き潰すことだ。

 戦場に目を凝らす。

 兵士達の頭の隙間から広場を見渡し、一つの集団を見つけた。

 高々と掲げる敵の旗。赤地に梟の意匠。

 明らかに他の兵士とは違う統率された動き。あれが指揮官だとロズヴェータの直感が告げていた。

「ユーグ、あれに突っ込む!」

「え!?」

 数は五十程。倍近い数の敵に正面から突っ込むのは、無謀に過ぎる。

 驚きに目を見開きながらも、その美貌には些かの陰りもない。美男子は、いつどんな時も絵になる。

 既に正門を潜り抜けた他の分隊長達は、各個に敵の集団と当たっている。

 後続の部隊は、やっと正門を潜っている所だ。

「待った方が良いのでは?」

 周りの喚声、悲鳴や怒声に負けぬように、怒鳴りつける様に提案するユーグの声に、ロズヴェータもまた怒鳴り返す。

「時間が惜しい!」

 集団の戦いとは、向かい合って戦っているときはそれほど高い損耗が出ることはない。だが、止まらない出血のように徐々に損耗が増えていくことを、ロズヴェータは我慢できそうになかった。

 逆に言えば、敗走に移った敵は討ち取りやすいのだ。こちらに背を向ける敵の背中を斬り付けることほど、簡単で敵の損耗を増やす行為はない。

「行けないのなら、俺だけでも行く。道を作ってくれ!」

「──御意!」

 ロズヴェータの声を聞いてユーグも力を強く頷いた。それはどちらかと言えば、覚悟を決めたという意味での頷きだった。

「敵の指揮官を討ち取る! 赤い旗に向かって進め! 他は捨て置け!」

 ユーグが剣先で指し示す方向に、ロズヴェータを守る集団が進んでいく。

 ロズヴェータを守る集団は二十人程しかいない。二重にロズヴェータを囲むように兵士達を配置し、その先頭をユーグが務めた。

「旗を上げろ! 突撃だ!」

 先頭を走るユーグに合わせてロズヴェータが声を荒げる。

 ロズヴェータの背後で、三頭獣ドライアルドベスティエの旗が掲げられる。

 白地に銀縁、分厚い生地に描かれた栄光の獅子、狡猾な蛇、敵に不吉を齎す狼の頭を持つ幻想の三頭獣ケルベロス

 自然とロズヴェータの口から喚声が出る。

 火のように熱く、腹の底から沸き上がる興奮が剣を握る手に力を籠める。

「おおぉおぉおお!」

 それが燃え移ったかのようにロズヴェータを守る集団も喚声を上げる。

 二つの集団がぶつかり合った。

 先頭を務めるユーグの働きは、凄まじかった。未だ少年の、しかも決して身長が高いわけでも腕力が強いわけでもない彼が剣を振るうと、途端に敵が崩れ落ちていく。

 まるで熱したナイフでバターを切るように、二つの集団がぶつかったその瞬間からユーグの前だけ敵が溶けていく。

 と、同時にロズヴェータも前に出る。

 友を一人突撃させるつもりはなかった。

 その背を守れてこそ、彼の主たる資格がある、と。そこまで明確に意識したわけではなかったものの、ロズヴェータは自然と前に出た。

 ユーグの背中に振り下ろされそうになる敵の長剣を受け止め、弾く。

 どんどんと進んでいくユーグに遅れないため、足を止めずにロズヴェータは走る。

 そんなロズヴェータに降り注ぐ長剣を、周囲の護衛の兵士が受け止める。

「隊長、無茶しすぎ!」

「助かった! ユーグに続くぞ!」

「ああ、もう! 話を聞いて!」

 悲鳴を上げる護衛を置き去りにする勢いで、ユーグとロズヴェータが前に出る。それを助けるために護衛の兵士が敵の集団に身体を滑り込ませるようにして入ってくことによって、恐ろしい程の突進力が生まれていた。

 ぶつかり合う鉄と鉄が火花を上げる。

 その下をロズヴェータが走り抜ける。

 ユーグの背中越しに、派手な羽飾りをつけた将を見つける。

 一瞬、ロズヴェータと敵の将と思わしき男との視線が交差した。

 驚いたような表情、それに向かってロズヴェータが声を上げた。

「敵の指揮官だ! 討ち取れ!!」

 周囲から振り下ろされる敵の長剣を弾きながら、ロズヴェータが叫ぶ。

 敵の将が下がる。

 何事かを叫び、彼の前に兵士の壁ができる。

 ──遠い!

 内心で悲鳴を上げた。既にユーグとロズヴェータは孤立し始めている。

 倍近い兵力差は、流石に苦しい。息すら忘れて対応に追われるロズヴェータは既に全体の指揮をしている暇などなかった。

 ここで敵の指揮官を討ち取らなければ、死ぬのはロズヴェータだ。

 分かっていて飛び込んだ。

 弱気になる心を叱咤して、剣を握る手に力を籠める。

 ──負けるものか!

 少年特有の反発心に支えられ、敵の指揮官を睨む。ユーグも流石に疲れが見えたのか、先ほどまでの突破力に陰りが見える。

 ──だが、負けるものかよ!!

 叫ぶ心の声を腕に込め、斬りかかってきた敵の剣を弾く。

 だが、ロズヴェータが次の瞬間に見たのは、敵の指揮官があらぬ方向を向いて驚愕の表情を浮かべる姿だった。

「おっしゃァ! 野郎ども! 突っ込むぜ!!」

 特徴的な牡牛の兜。突き出た角は、一本が欠けていたが、それが逆に迫力を増す要因になっていた。

 猛牝牛ヒルデンスレギのナーサが、城壁の戦いを制し、ロズヴェータの援護に来ていた。

 豪快に長柄の斧を振り回して先頭を切って敵の指揮官に向けて突撃を仕掛けている姿は、猛牛が怒り狂って突進してくる様子に似ている。

 ちょうど、ロズヴェータ達が突撃を仕掛けた場所から右手方向。

 邪魔にならず、そしてロズヴェータ達の援護になる歴戦の騎士ならではの位置取りだった。

 ナーサが一振りする度、敵の首が刎ね飛ぶ。まるで悪い冗談を見て居るかのように、近寄れば両手で持った斧に両断され、距離を取れば片手でもった斧で遠間から首を飛ばされる。

 一個の暴風と化したナーサの実力は、美貌のユーグすら超えていた。

暴れ牛(グリュースレギ)!」

 悲鳴のように叫ばれる敵の声。ナーサを指さす誰もが、恐れに似た感情を彼女に向ける。

 その陣形の緩みに、ロズヴェータ達が突っ込んだ。


◆◇◆


「はァァ!!」

 腰から抜いた破壊の短剣(マンゴーシュ)が敵の長剣を受け止める。同時に、反対の手に持った細身の長剣が敵の首をすっぱりと切り裂く。

 人を殺すのに、両断する必要などない。首筋をほんの数センチ切り裂いてやれば、あるいは腹腔に何センチかの穴をあけてやれば、人は自ずと死ぬのだ。

 一方で魔獣や魔物と呼ばれる者達は違う。

 致命傷を与えねば、奴らは止まらない。

 生命のある限り、根本的な何かを破壊せぬ限り、奴らは動き続ける。だからこそ、騎士隊の中でも魔物や魔獣を相手にする者達は自然と大振りになり、人を相手にするものは、必要最小限の動きになっていく。

 ユーグの剣は、それをよくわかっている者の動きだった。

 受け止め、あるいは受け流し、返す刀で敵の弱点をすっぱりと切り裂く。

 単純に見えて、受け損なえば致命傷を負うその高等技術。

 それが故の二刀流。

 それが敵の将までの道を拓いた。

 並べた兵士という壁を突き崩し、残すは敵の将のみ。

 息は弾み、額には玉の汗。傷を負っていないのが不思議なほどであった。同年代の中では、飛び抜けた剣の才能を持ったユーグでさえ、戦場という乱戦の中で振るう剣は、異常なほど疲労を彼にもたらしていた。

 元々力任せに相手を圧し潰すというタイプではない。敵の動きを見極めて、その動きを先読みし、敵を仕留めるという戦い方なのだ。

 特別に力の強いわけではないユーグにしてみれば、他に戦い方の選択肢はない。

 どこまで行ってもそれは相手に合わせる戦い方。だからこそ自分の戦い方を相手に押し付けることに比べて非常に疲労が溜まる。

 それが一人や二人、そして決闘のような限定された相手なら疲労も少ない。

 ましてや、ここは戦場である。

 一対一等という贅沢は言えるわけがないし、味方が近くにいれば行動範囲が限定される。しかも後ろには、自ら願い出たとはいえ守るべき主君の姿がある。

 それこそ全神経を集中させて、敵の攻撃を回避、あるいは受け流し、受け止め、反撃に転ずる。しかも行動範囲は前か、味方がいる僅かな隙間。

 後ろの主君を守るため、周囲から飛んでくるかもしれない矢を警戒しながらとなれば、ユーグの精神的肉体的疲労は推して知るべしといったところ。

 極限の三歩手前ぐらいの疲労の中で、気を張っていたユーグだったが、ナーサの騎士隊の突進力に助けられ、敵の壁を突破することに成功する。

 油断と言えば油断。

 僅かに気が抜けた。

 普段ならあり得ないことであるが、ナーサの存在によって、このままでも勝てるという目算が立ったこと。

 そして焦り。

 敵の将を討ち取るのは、ロズヴェータでなければならないとする彼の思い込みがあった。

 この二つが重なって、敵の攻撃に対して普段ならあり得ない雑な対応をしてしまう。

 振り下ろされた敵の長剣に対して、ユーグはいつもの通り破壊の短剣(マンゴーシュ)で受け止めたつもりだった。

 決して敵の将の技量が勝っていたわけではない。良く言っても平均以上程度の凡百の剣。

 だがそれが、ユーグの破壊の短剣(マンゴーシュ)を弾き飛ばす。

「え」

 ユーグの口から思わず漏れた声。

 敵の攻撃を受け止め、支えるべき彼の足が既に疲労の限界を迎え、弾き飛ばされた破壊の短剣(マンゴーシュ)の余波を買って太ももをざっくりと切り裂かれる。

 沈む身体。

 横からユーグを狙う敵の壁からの攻撃に対して、細身の長剣で受け止めた。

 それでも、ユーグは敵の将の首を狙って頭を上げる。

 だが、そんな彼の深紅の瞳に映るのは、敵の将が長剣を振りかぶる動作。

 それがひどくゆっくりに見えた。

 ──いけない。間に合わない。

 後ろから聞こえる自らを呼ぶ主君の声。

 切り裂かれた足は力が入らず、体が沈み込んでいく。

 敵の将と視線が交差する。獲物を殺せると舌なめずりする様子が、よくわかった。

「……ぅ」

 今まさに敵の将が長剣を振り下ろそうとした瞬間、ユーグの背中を押す力。同時に、遠かったはずのロズヴェータの声が、圧力を伴って彼の背中を地面に向けて押す。

 視線が強制的に下にずらされる。

「ユーグ!!」

 ユーグの肩越しに突き出されたロズヴェータの長剣が、敵の将の首筋に吸い込まれた。

「ぁ……」

 僅かに何か言いかけた敵の将はそのまま倒れ、辺りは一瞬静寂に包まれた。

「大丈夫か!? ユーグ!?」

 慌ててユーグを助け起こすロズヴェータ。

 その瞳に敵将の姿は既になく、ユーグのみを心配していた。

 気が付けば周りは既にロズヴェータの護衛として連れてきた兵士が囲み、ユーグを助け起こすのに十分な余裕がある。

 ユーグは、命を拾ったという安堵感もさることながら、ロズヴェータから向けられる視線に、口元をもごもごさせながら、何と言うべきか迷っていた。

 助けることはあっても、助けられることは稀だった。

 守るべき主君に助けてもらう臣下など、本末転倒ではないか。

 しかし、それはそれとして嬉しいものは嬉しい。

「隊長! 隊長、討ち取ったならさっさと名乗りを上げて!」

 護衛の兵士の悲鳴に、ロズヴェータが我に返ったようにユーグから視線を外す。

「そうだった! ユーグでなくていいのか?」

 再び視線を向けられたユーグは、心の中に温かいものが満たされるような気持になり、首を振る。

「どう考えてもロズが、名乗りを上げるべきかと」

 深く頷いてロズヴェータは、敵将の首を掻き切り、近くに落ちていた槍を拾うとその穂先に括りつけた。

「敵将は、ロズヴェータが討ち取った! 後は掃討だ! 殲滅しろ!」

 気勢を上げる周囲に安堵した様子のロズヴェータがユーグに手を貸す。

「すいません。下手を打ちました」

 足の止血をしながら謝罪するユーグに、ロズヴェータは緩く首を振った。

「ここまで引っ張ってくれたのは、お前のおかげだ。怪我の一つくらいどうってことないさ」

 戦場の指揮官でも貴族家の息子としてでもなく、同年代の友人としての会話に、ユーグは心が浮き立つ。それから間もなく、勢いは決まった。

 ロズヴェータ達は、砦を落とすことに成功した。

ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)


称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子、陥陣営

特技:毒耐性(弱)、火耐性(弱)、薬草知識(俄)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き、辺境伯の息子


同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇

三頭獣ドライアルドベスティエ隊長:騎士隊として社会的信用上昇

銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇

毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。

火耐性(弱):火事の中でも動きが鈍らない。

薬草知識(俄):いくつかの健康に良い薬草がわかる。

異種族友邦:異種族の友好度上昇

悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。

山歩き:山地において行動が鈍らない。

辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇

陥陣営:連続で落とし続けている限り、味方の能力に強化効果。(連続4回)


信頼:武官(+4)、文官(+2)、王家(+3)、辺境伯家(+15)

信頼度判定:

王家派閥:そういえば、そんなのいたかな?

文官:最近割と活躍しているみたいじゃないか。

武官:こいつ、悪い噂も聞こえるが……。活きはいいみたいだな!

辺境伯家:頼りになるのは、やっぱり身内、期待している。陥陣営!!


副題:ロズヴェータちゃん、砦を落とす。(三日ぶり2度目)


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― 新着の感想 ―
[一言] 陥陣営って聞くと高順が浮かんでくる。個性や戦法も似てるのかなぁと思ってしまうとかしないとか(ΦωΦ)
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