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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
辺境の小さな英雄
65/116

次の村へ

 上手くいっている。

 ロズヴェータは上機嫌で報告を受けていた。去就定かならぬ集落を強行偵察を兼ねて辺境伯家側に引き込む偵察行は、殊の外順調な滑り出しを見せている。

 集落“熊さんの家(クリーグック)”に住むのは、元々この地に定住していた現地人だ。体の一部に入れ墨を入れることを伝統としている彼らは、自らを大熊の末裔(アディオン)を呼ぶ。

 熊さんこと村長も、二の腕から肩にかけて幾何学模様を組み合わせたような特徴的な刺青を彫っていた。

 ロズヴェータは、連日熊さんこと村長と会合を持っている。初日は村長宅にお邪魔したのだからと、次の日はロズヴェータ側が招く形で村長や村の主要な者達を三頭獣ドライアルドベスティエの宿営地に予備、酒宴を開いた。

 最初は硬い雰囲気だったが、普段滅多に飲まない葡萄酒をロズヴェータが奮発したことや、その昼にロズヴェータから各世帯に生活必需品である塩を配布したことなどから、徐々に態度は軟化。

 最終的には、酒の勢いも相まって程よく緊張が取れたのか、ロズヴェータの良く知るいつもの酒宴の様相を呈していた。

 その中でロズヴェータは、“熊さんの家(クリーグック)”の彼らの語る言葉に耳を傾けていた。元々文官を志望していたこともあり、ロズヴェータは各地に残る伝承や人口統計、あるいは平民たる彼らの悩みを聞くことに抵抗がない。

 いやむしろ、好きな部類ですらあった。

 普段は周りの大人たちよりも遥かに大人びて、いっそ酷薄とすら言える笑みを見せるロズヴェータが、目を輝かせて大熊の末裔(アディオン)の物語を強請る姿は、年齢よりも幼く見えた。

 招待された村長をはじめとする村人達も、悪い気はしない。

 突然やってきた招かれざる客だとはいえ、聞けば辺境伯家の御曹司。三男で庶子とはいえ、騎士隊をまとめ上げ、他の騎士隊や傭兵団を勢力下に入れているその権力者が、自分達の物語に興味を示している。しかも飽きることなく、語れば語るほどに面白いからもっと話してくれと懇願してくる様子は、彼らの自尊心を大いに満足させるものがあった。

 翌日には、三頭獣ドライアルドベスティエの若き騎士ロズヴェータの好感度は、熊さんの家(クリーグック)の中で急上昇していた。

 その様子には、一緒に自由市場(バザール)を回ったラスタッツァも苦笑を禁じ得ない。

「なんというか、期待の斜め上を行くというか……」

 少しだけ拗ねた様子の道化師風の化粧をした彼女は、それでも丁寧にロズヴェータを案内した。

「特産品というものは、なかなかないんだな」

 自由市場(バザール)を見たロズヴェータの感想に、ラスタッツァは苦笑した。

「そんなに簡単なことじゃないわ。村々にも、一定の水準があるのだし」

 そう言って彼女が示した先に並ぶのは、生活必需品。小さな村の自由市場(バザール)では、生活必需品が並ぶことが多い。ほぼそれしかないと言ってもいい。

「なのに、組合ギルドは、自由市場(バザール)を認めないんだな」

 ロズヴェータの感想に、ラスタッツァは苦笑を深くせざるを得ない。

「だからこそ、よ。自由競争なんて、望んでいないの」

「自由都市と呼ばれる彼らは、別なのか?」

「そうね、統制するだけの組合ギルドが育っていないか。敢えて併設させているか」

 ラスタッツァの語る経済の知識は、ロズヴェータの今まで知らなかったこと教えてくれていた。騎士校でも基本的なことを習うが、それは、そう言うものだとしか習わないのだ。

 だから、実地で活動する彼女の感想意見はロズヴェータに驚くほど新鮮なものだった。

 翌々日には、派遣していた分隊長達が戻り、周辺の地図を完成させる。

 そうしてつなぎ合わせた地図を清書して、目印への距離や、特徴的な地域の名称、一つの地図として必要な地形の名称を改めて記載し、地図が完成する。

 その地図をもって、ロズヴェータは再び村長宅を訪ねる。

 伴うのは、今回偵察行に同行することになった同じ騎士隊長の猛牝牛(ヒルデンスレギ)のナーサと暗黒大陸出身の砂漠の人(ベーベナル)大柄なミスキンド。

 なぜかその時に、娘を紹介されたが、ロズヴェータは謝意を示しつつも、単刀直入に切り出した。

「この村を発とうと思います」

 初日とは真逆に、慌てて引き留める村長の様子にロズヴェータは苦笑を誘われる。

 その誘惑を何とか振り切って、周辺の村の情報を求めると、渋々ながらも周辺の状況を話し出す。

「隊長殿がそこまで言われるなら仕方ありませんな。しかし……」

 そう言って慎重に発言する内容を考える様子は、唸り声をあげる熊にそっくりだった。眉間にしわを寄せ、腕を組んでじっとロズヴェータを見つめてから少し。村長は、やっと考えを整理できたのか、おもむろに口を開く。

「私の知る限り、近辺にはここより小さな集落が三つ。同等のものは一つだけです。問題なのは、その同等の集落と仲が悪い」

 ロズヴェータは分隊長達が集めてきた情報と照らし合わせながら、頭の中で村長の話す内容を吟味する。村長の話に嘘はないか。あるいは隠していることはないか。それでどこまで自分達に協力的か図ろうとしていた。

「ほう?」

 といって感心したように声を漏らしたのは、傭兵隊長のミスキンド。

 ちらりと視線をそちらに向けると、肩をすくめるだけでそれ以上発言をすることはない。

「距離は、小さい集落が約一日。同等のものは約二日」

 地図の空白地帯を考えてロズヴェータは村長の話に頷く。

「そして、できれば隊長殿には我らの争いに助力していただきたい。奴らは草原の国と繋がっていますからな」

 目を細める村長に、ロズヴェータは身を乗り出した。

 村長の話を聞く限り、仲の悪い集落は、最近とかく羽振りがいいそうだ。今までは、“熊さんの家(クリーグック)”でしか開けなかった自由市場(バザール)を自ら開いたり、集落の回りに柵を張り巡らせたりしている。

 きっと、草原の国(ツァツァール)と繋がって、利益を得て勢力を拡大しているのに相違ない。

草原の国(ツァツァール)と繋がっているにしても、向こうに何か利益を提供しているはず。何か心当たりは?」

「……さぁ、それは。ですが、奴らの羽振りの良さは、間違いないのです」

 身振り手振りで彼らの様子を語る村長は、額に汗すら浮かべてロズヴェータに熱弁を振るう。

 結局ロズヴェータが得られた情報は、この集落と村長の語る同等の集落の仲が悪いということのみだった。敵と繋がっている可能性はあるものの、決定的な証拠があるわけではない。

 村長宅から出たロズヴェータ達は、村長の話について検討する。

「……どう思います?」

 端的に意見が聞いてみたかったロズヴェータの質問に、宿営地に戻って周囲を気にする必要のなくなったナーサがため息を吐いた。

「御曹司ぃ~わざと聞いてる? ありゃダメだろ。完全に利益誘導、仲の悪い村の発展を潰したいんだよ。あの熊野郎はね」

 ふん、と鼻を鳴らす彼女を苦笑を浮かべてロズヴェータは見る。個人的には全くの同感であったからだ。だから大柄なミスキンドが口を開き、それと反対のことを言った時には、意外なものを見た気がした。

「……しかし、前半はあの村長アンタに好意的だったように見えたが」

 思い返してみると、ロズヴェータにも確かに頷けるところがある。

「地図と照らしても、あの村長が嘘を言っているようには見えなかった」

 騎士隊総出で完成させた地図に視線を落としながら、ロズヴェータはミスキンドの意見にも頷いた。

「上手い嘘ってのは、全部嘘をつくよりも、一部の真実を混ぜるのがコツらしいぜ。知り合いの詐欺師がそう言ってた」

 にやりと笑うナーサに、ミスキンドも頷いた。

「俺の故郷にも同じような格言がある」

「あの村長が、こちらを騙そうとしているとして……それが今回の依頼に関係しているかが問題だと思うけれど……実際どう思う? この村は、敵と繋がっていると思うか?」

 ロズヴェータの質問に、ナーサとミスキンドは双方ともに考え込む。しかし、ややあって、すぐに二人とも首を振る。

「いいや、ないだろう」

「俺もないと思う」

 ロズヴェータも頷く。

「それじゃ、この村は拠点として適切っと……」

 完成した地図に印をつけて、周辺の集落へと視線を移す。

「この次は、小さな集落を目指すか……それとも敵対的な同規模の集落を目指すかだけど」

 次の選択肢を選ぶ段階になると二人の提案は真っ二つに分かれる。

「同規模の集落を目指すべきだろ。時間がかかりすぎるし、早く成果はだしたい」

 そう言ってナーサは敵対的かもしれない集落を目指す方に賛成。

「まずは周辺から固めるべきだろう。その敵対的な集落への反証も可能だろうしな」

 ミスキンドは小さな集落から固めていく方が無難と主張。

 二人から注がれる視線に、ロズヴェータは一瞬だけ目を瞑った。

「ここは、大胆に行こう。大きな集落を目指す」

「2対1だな」

 にやりと笑って騎士隊長ナーサがミスキンドの肩を叩く。

「別に数が正しいとは限らないだろうさ。それに安全が保証されるなら、確かに速度があった方が良い」

 不敵に笑うミスキンドは、肩をすくめる。

「明日には、出発しようと思う」

 話がまとまったことを確認してロズヴェータは、立ち上がる。

「先遣隊を出すからそれぞれ5名程度を選任してくれ」

 頷き出発のための準備に向かう二人の指揮官を見送ると、続いて自身の騎士隊に向かう。

「明日の朝出発するぞ。先遣隊は、ガッチェ!」

 筆頭分隊長のガッチェを指名するとロズヴェータは、他の先遣隊の人選を任せる。ラスタッツァや戦闘外の役割を担う者達を集めると、本隊として前進をすることを伝える。

「あ、やっと戻って来たか……」

 そう言って視線を転じた先にアウローラとユーグの姿。

「どこか、行っていたのか?」

「……散策よ」

「迷子です」

 ロズヴェータの質問に、そっぽを向いて答えるアウローラと全否定するユーグの言葉。

「村の近くの小川の辺りで迷子になっていた所を発見いたしました」

 笑みすら浮かべぬユーグの言葉に、アウローラの目が若干泳ぐ。

「まぁ、今度から気を付けてくれれば良いさ」

 軽くそう笑ってロズヴェータは、明日の出発を告げる。落胆するアウローラを尻目に、三頭獣ドライアルドベスティエは、着々と出発の準備を整えていた。


◆◇◆◇


 三頭獣ドライアルドベスティエの筆頭分隊長ガッチェは、辺境伯領の出身であり、小さな頃から槍を手に野山を駆け巡る生活をしていた。だからこそ、草原の国の脅威というものを肌で知っている。

 彼らはいくつもの部族を傘下に持ち、その部族が更に周囲の部族へ攻撃を仕掛けて服従を迫るという形で勢力を広げていく。

 そしてその勢力の広げ方というのは、よくあることだが、略奪だ。毛皮や鉱石と言ったものを直接税金として徴収するか、労働力として若い男を攫って行くかのどちらかだった。

 耐えきれなくなった集落が服従を誓い、税金として搾取された分以上を取り戻そうとさらに周辺を荒らしていく。

 かつて、ガッチェには仲の良かった友人がいた。

 ともに槍の腕を磨き、槍の腕一本でなり上がってみせると意気込んでいたガッチェを励まし、俺もその後に続くと言ってくれた友と呼べる人。

 同じ槍の師を持ち、幼いころから一緒に育った友人。

 親友だったと呼んでも良いかもしれない。

 だが、ガッチェはそれを蝗害で失っている。

 当時蝗害が発生した集落から救援依頼が辺境伯家にあり、先遣隊としてガッチェの友人は彼よりも先に出発した。

「俺の分も残しておけよ」

「はは、いや俺が全部片づけてやるさ」

 そう言って送り出したのを今でも覚えている。

 結果として、辺境伯家の判断は誤りであった。あまりのイナゴの数に救援部隊の編成が間に合わず、編成が出来た部隊から出発していたそれは戦力の逐次投入という愚を犯すことになる。

 ガッチェが駆けつけた時、友は体中をハリネズミのように矢に射抜かれて死んでいたのだ。

 あの時の無念を忘れたことはない。

 あの時の怒りを忘れたことはない。

 だからこそ、ガッチェはそれを見つけた時、目を細めて先遣隊を村に入るのを停止させ、周囲の偵察に切り換えさせた。

 獣のフードを被り、弓矢を携えた一団である。

 掲げる旗はないものの、皆腕に揃いの腕章をつけている。

「おいおい、何で止めるんだよ?」

 先遣隊として派遣されていたナーサの部隊の人員がガッチェの判断に口を挟む。ガッチェは、普段なら柔らかい笑みすら浮かべて対応するところを、口の端を引き攣らせるように笑みを形作ると、吐き捨てる様に言った。

赤手イゴーロール……イナゴです」

 あまりにも冷たく言い捨てたその言葉、鋭すぎる目つきに、口を挟んだ先遣隊員の方が息を飲む。

「当たり、か?」

 ミスキンドの傭兵団からの先遣隊員が、確認するようにガッチェに問うが、あくまでガッチェは冷静だった。

「まだ、わからないでしょう。しかし、可能性は高い。その為の偵察です。殲滅する必要があるかもしれませんので、その前提で探りましょう。村には入りません」

 口を開けば、それだけを言ってガッチェは再び村の中に消えた赤手イゴーロールの姿を見つめ続けた。

 閉じたはずの口元は、いつの間にか笑みに形を変えている。

「害虫は殲滅しないと、また生まれますからね……」

 視線を同郷の先遣隊に選ばれた分隊員に向ける。三頭獣ドライアルドベスティエの中でもガッチェと同じく辺境伯領の出身者である。

「どう思います?」

 ミスキンドの傭兵団やナーサの騎士隊は既に偵察のために出発している。残っているのは、彼等ロズヴェータの指揮下にある者達だけだった。

「クロっす。やっちまいましょう」

「わかんねえっすけど。怪しければ、やっちまった方がいいんじゃないっスかね」

 各々の視線の先にある集落は、先日まで滞在していた“熊さんの家(クリーグック)”と同規模に見える。ということは、三百近い人口を抱える集落ということだった。

 あるいはこの周辺にそれに付随する小規模の集落が存在する可能性もある。

「隊長がどう判断されるか、次第ではありますが」

「う~ん、イマイチ甘ちゃんなところがあるからなぁ」

 微笑ましいものを思い出すように首をひねる分隊員の一人に、他の分隊員が同意して頷く。

「そうそう、略奪もあんまりしないしね」

「まぁ、俺達のこと大事に思ってくれてるのは分かるんだけど……イマイチ何考えてるかわからんよな。やっぱり騎士様は違うっつーか」

 ガッチェを含めて、全員がロズヴェータよりも年上であるが、騎士と言う者は彼らにとって雲の上の存在であり、ロズヴェータが何を考えているのかはよくわかっていない。

 だが、それでも。

「まぁ、悪い人じゃないのはわかるし」

「そうそう、この前も俺が借金しそうになった時、貯金しとけって説教されたよ。お袋か! って思っちまった」

「わかるぅ。もうちょっとパーッと遊ぼうとかないのかね?」

「あ、おい不敬だぜ」

「今更不敬もクソもあるかよ。わりと口調とか気にせんだろ隊長は」

「隊長じゃなくて、副長の方が、そういうの厳しいだろ」

「あぁ……」

 最後は皆が美貌のユーグの冷たい笑みを想像してため息をついた。

 同性の超絶美形な年下の少年に言葉で責められるとか、どんな苦行なのか。想像するだけに恐ろしい。

「雑談はそこまでにして、そろそろ仕事を始めましょうか。隊長に判断して頂くための情報を集めますよ」

 赤手イゴーロールが出入りしている時点で、完全なシロということはないだろう。後は、始末した後でどうとでもなりはするが、全てはロズヴェータの考え次第、と思い直してガッチェは目を細めた。


ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)



称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子


特技:毒耐性(弱)、火耐性(弱)、薬草知識(俄)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き


信頼:武官(+4)、文官(+2)、王家(+3)、辺境伯家(+10)



同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇

三頭獣ドライアルドベスティエ隊長:騎士隊として社会的信用上昇

銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇

毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。

火耐性(弱):火事の中でも動きが鈍らない。

薬草知識(俄):いくつかの健康に良い薬草がわかる。

異種族友邦:異種族の友好度上昇

悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。

山歩き:山地において行動が鈍らない。

辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇



信頼度判定:

王家派閥:そういえば、そんなのいたかな?

文官:最近割と活躍しているみたいじゃないか。

武官:こいつ、悪い噂も聞こえるが……。活きはいいみたいだな!

辺境伯家:頼りになるのは、やっぱり身内、期待している。



副題:ロズヴェータちゃん、熊さんの村を後にする。

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