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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
辺境の小さな英雄
64/115

村長との会合

 辺境の村落に到着したその夜に、ロズヴェータは早速村長との会談をもった。村で最も広い邸宅は、集会場を兼ねているのだろう。飾りつけなどはなされないまでも、人をもてなすのに最低限の料理がロズヴェータの前に並んでいた。

 村長と言っても、老人ばかりではない。現にロズヴェータの目の前にいるのは、迫力に満ちた村長である。年の頃はまだ30から40代頃だろう。盛り上がった腕の筋肉は、おそらくはロズヴェータよりもよほど太い。威厳のためだろう、顎髭を蓄え始めたばかりの顔は、眉間に深い皺を刻んで、険しい。

 椅子に座り合ってなお、ロズヴェータが見上げるのだから、その背の高さは想像に難くない。

 むっつりと押し黙って眼光鋭くロズヴェータを見下ろす姿は、椅子に座って不愉快な気分を表情に張り付かせた熊さんだ。

 その熊さんこと村長は、ぎろりと、対面に座るロズヴェータの周囲に視線を走らせる。

 睨まれたら睨み返さずにはおれないのだろうか。先ほどから、舌打ちがもれそうな猛牝牛(ヒルデンスレギ)のナーサ。

 暗黒大陸出身の偉丈夫は、それが礼儀だという風に泰然としつつも決して席に座ろうとせず、仁王立ちしている。砂漠の人(ベーベナル)のミスキンドにロズヴェータは言葉をかけさえしなかった。

 ロズヴェータは、やってられるかと自棄をおこしながら、素知らぬ顔で出された食事に手を付ける。

 ちなみにラスタッツァは、遅れる旨連絡が来ていた。ロズヴェータが頼んだ集落の市場調査に手間取っているのだろう。

 互いが無言のまま食事ばかりが進む。

 とはいっても手を動かしているのは、ロズヴェータのみ。

 熊さんこと村長は、腕を組んで周囲を睨みつけ、猛牝牛(ヒルデンスレギ)のナーサはそれに負けじと睨み返している。大柄なミスキンドは、仁王立ちから一歩も動かないという、謎の気迫と共に食事をしているテーブルから三歩の距離を微動だにしない。

 そんな中、上品に口元をナプキンで拭いたロズヴェータが、御馳走様と、食事の手を止めたのを皮切りに再び痛いほどの静寂が三人の間を覆った。

 熊さんの奥方が、平然と食後のお茶を出してくる。

 それにお礼を言って受け取ると、ロズヴェータは、口火を切った。

「熊……村長。お招き下さりありがとうございました。大変美味しい食事でした」

「うん? まぁ、そうかい。熊?」

「それはそうと、私達がこちらの集落に来た理由をお話しましょう」

「いや、そんなもんはいい。さっさと出て行ってくれるならな」

「我らもそうしたいところではありますが、何せ、近隣の地図もないもので……」

 じっとロズヴェータは、相手の視線を観察しながら口を動かす。

「できたら、融通していただけないかと思いまして」

「地図をか? 馬鹿いえ、こんな辺境に地図などないさ。地図などなくとも、生まれた時からここで育った奴が大半なんだ。何とかなるだろう?」

 まぁ、予想の範囲内とロズヴェータは考える。辺境の地では地図など作成する必要性がない。しかしそれは平和ならば、という条件が付く。

 少しひっかけてみるか、という意地悪な感想がロズヴェータに浮かんだ。

「そうですか。では、隣の集落が特殊なのですね。この村までの正確な地図を渡してくれましたが」

「隣の?」

 怪訝な表情をする熊の村長の様子を伺うと、眉間の皺を深くして考える様子だった。

「では、地図の作成のため、案内人の都合をつけていただけますか。何日か掛かるでしょうが……」

 その時、派手な音を立てて扉を開けて入ってきたのはラスタッツァ。

「いやいや、遅くなったね。お待たせ」

 道化風の化粧をした女商人の顔が笑みに歪む。

 ロズヴェータ以外の全員が驚愕に目を見開いた。

 ロズヴェータはと言えば、今かよ、と若干の呆れ気味の様子だった。ラスタッツァがこっそり自分にウィンクをしてきたのを見て、市場調査はうまくいったのだろうと思って安堵の息をついた。

 依頼したのは自分なのだし、と思いながら苛立ちを抑えていると、ラスタッツァがロズヴェータの隣に座った。誰もが唖然としている中、ラスタッツァはするりとテーブルに着き、ニコニコと笑顔で熊さん村長に問いかけた。

 熊さん村長が怒声を発しようとしたその瞬間を、狙いすましたかのようなタイミングで、ラスタッツァは、機先を制する。

「明日には自由市場(バザール)が開かれるそうですね」

 どきりと、音が出そうなほどに熊さんの顔に動揺が浮かぶ。それがはっきりわかるほど、今まで周囲を鋭く睨んでいた村長の視線が動揺して泳ぎ、道化化粧のラスタッツァに向かった。

「……何のことだか」

 それは悪手だろうと、ロズヴェータでもわかる切り返しに、ラスタッツァは獲物を嬲る猫のような笑顔を浮かべた。あるいはそれが商売上手な商人の顔だとしたら、商人は須らく悪魔に近しい職業なのだろう。

「へぇ! それはそれは……集落の皆さんがお知りなのに村長がお知りではない?」

 まぁ、そうだな、そう攻めるなとロズヴェータが第三者的な感想を胸に抱いていると、熊さんは見た目にも動揺が激しく、寒くもないのに汗をかいていた。

 自由市場(バザール)とは、組合の許可を得ない市場のことを指す。リオングラウス王国では、商人というのは基本的に組合に所属して、己の身を守っているが、組合に所属するには相応の金が必要になってくる。 

 生産者たる農民や木こり、あるいは漁師などが手に入れた生産物を買い取り、加工し、販売するのが商人だ。遠くに運び、必要な人に必要な額で渡す。

 都市で、農村で、漁村で、戦場で……様々な場所に応じて商人はどこへでも出かけていく。

 だが、当然ながら商人を通せば値段が上がる。

 物を運ぶのにも人手を介するなら、当然金がかかる。

 手間賃と言う奴だ。情報網が発展していない地域では、それが本当に適正な値段なのかわからない。例えば塩の値段が、隣の村同士で倍も違うなどということも平然と起こる。

 だからこそ、商人が信用できないとなれば、生産者が自分達だけで売り買いをしたいと望むようになる。特に安く買い叩かれていると感じるようならなおさらだった。

 値段の理由。それを知っているのが商人達だった。当然、組合は市場を守る。それが商人を守ることだと信じて。

 だから、組合ギルドを通さずに、小規模に生産者同士がやり取りする場が自由市場(バザール)である。そして基本組合(ギルド)は自由市場を禁止している。

 それを破る組合員や、商人に組合は容赦しない。組合が公認する市場への出入り禁止や、商人同士のやり取りを禁止する等の措置を取られれば、行商人程度なら即座に干上がってしまう。

 禁止させるために、リオングラウス王国に多額の献金までして、主要な都市では禁止の通達を出している。だからこそ、近隣の都市国家は小さくとも、商人以外の自由な商売を許可するという意味で“自由都市”と呼ばれたりするのだが。

「……私は、チソッド商会の代表ラスタッツァと言いましてね」

 悪魔が笑みを浮かべて、獲物を嬲る構図は未だに続いている。

 ロズヴェータは、自由市場が開かれているという集落の規模を少し見誤っていたなとぼんやり考えていた。少なくとも、この集落は周辺に住んでいる村落の中心的な役割を果たしているのだろう。

 そう考えれば、目の前の熊さんが割と権力者であることも納得できる。そして権力者というのは、自分の地位を必死で守るものだ。

 だが、中心的な役割を果たす集落だとしても、そこに至るのは、か細い獣道程度しか道がない。辺境地域の経済の中心はあくまで辺境伯家の領都だ。

 それはとりもなおさず、彼らの弱点となっている。この集落にも行商人がやってくるのだろう。完全な自給自足というのは、かなり難しい。それこそ人間に必要な塩だって、どこからか仕入れなければならないのだから。

「組合にも所属しているし、結構手広く商売をさせてもらっています」

 ラスタッツァが口を開くたびに熊さんの顔色が悪くなっていく。

 そろそろ潮時かなと、ロズヴェータが感じ始めていたところで、道化化粧の悪魔から視線をチラリと向けられる。

 それを合図と受け取ってロズヴェータは、口を開いた。

「く……村長」

 すっかり赤くなったり青くなったりしていた熊さん村長は、最初に見た威圧感が嘘のように肩を落としていた。

「我らの目的に協力して頂けますね?」

「……御随意に」

 ロズヴェータは、にっこり笑って村長に手を差し出した。力なく握り返す村長との間に、交渉は成立したのだ。

「美味しい食事でした。御馳走様」

 ロズヴェータのひどく優しい声音で、熊さん村長は更に小さくなったような気がした。


◆◇◆


 翌日から、ロズヴェータ率いる三頭獣ドライアルドベスティエは、精力的に動き出す。改めて村長に問いかけたところ、本当に地図はないとのことだったので、その作成に勤しまねばならなかったためだ。

 名前すらない集落に、仮称“熊さんの家(クリーグック)”と名付けて、地図の作成を指示するとロズヴェータは、小さな村を所有する領主としての面を見せ始める。

 なぜ、“熊さんの家”という名称なのかという疑問はそれを聞いた皆が思ったものの、たいして気にすることでもないかと全員がスルーした。

 ロズヴェータは意外と気に入っていたので、大いに満足して次の行程に入る。

「周辺の地図については、三日で完成させる。範囲は一両日で行ける範囲まで、地形と道、案内人はつけられるはずだから、特徴的な地名は必ず入れる様に」

 目を白黒させながらロズヴェータの話に素直に聞き入る分隊長達。

「なお、一番出来の良い地図を作った分隊には褒賞がでる! 分隊に金貨二枚を出す」

「待ってました!」

「隊長、太っ腹!」

「そう来なくっちゃ!」

 分隊長達の後ろでロズヴェータの話を聞いていた分隊員達が、喚声を上げる。

 金貨2枚と言えば、分隊全員で分けても、一晩たらふく酒を酒保で注文しても十分に足りる金額だった。

 筆頭分隊長のガッチェ、女戦士ヴィヴィ、バケツヘルムを被ったバリュード、元傭兵団のルルそれぞれの分隊員達をまとめて、四方に散っていく。

 ワーワーと歓声を上げながら、案内人を拉致同然に引き連れ、地図の作成に走る三頭獣ドライアルドベスティエの分隊を見送って、残った人員にも指示を出す。

「人員の名簿を作るから、そのつもりで」

「名簿ですか?」

「ああ、税が公平に取られているか確認しないとな」

 ロズヴェータの頭の中は、版図に組み入れられているならば公平に税を取る必要があり、それに応じて守られるべきだと考えていた。

 だがどちらかと言えば、それは為政者側の都合である。

 それを熊さんに納得させる必要があった。

「あの、素直に従うかどうか……」

 疑問を口にするのは、会計士メルヴ。メッシーも同様に頷く。

「ああ、だから餌で釣る」

「何か餌なんてありますか?」

 住民にとって税などというものは、安ければ安い程良いものだ。特にこんな辺境伯家の力が及びにくい地域にあっては。だからこそ、ロズヴェータは目の付け所として、ラスタッツァに振り返る。

「この村で必要とされているのは何だった?」

「やっぱり塩かな。後は娯楽が少ないって嘆いていたね」

「なるほど。ちなみに塩の値段は?」

 考え込むロズヴェータは、チソッド商会が扱う塩の値段を聞いてにんまりと笑う。

 このぐらいなら、辺境伯家に付けられる経費だなと笑う。

「また村長と交渉が必要かな」

 その日のうちにロズヴェータが提案したのは、一人に秤一つ分の塩を与えるという提案だった。自己申告制で、子供だろうと大人だろうと、構わない。公平を期すために、名前と年齢住んでいる家を教えてくれれば、一人に秤一つ分の塩を与える。

 それを熊さん村長の名前で辺境伯家からの施しだとして公布してもらいたいということだった。

「辺境伯家、ですか?」

「ああ、証明が必要かな?」

 熊さん村長と交渉したロズヴェータは、そう言って首を傾げる。

「いいえ、疑うわけでは……」

 昨日の交渉以来すっかり目に力のない熊さん村長が、気弱な返事を返す。

「では、早速実施しよう」

 ロズヴェータの提案は、完全に実施された。各家庭の各人ごとに秤一つ分の塩を“熊さんの家(クリーグック)”の住人は享受したのだ。その塩の存在で、各家では年を越せない家はなく、大きな家計の助けになった。

「結構な散財だね? 大丈夫かい?」

 その様子を見ていた騎士隊長ナーサの疑問に、ロズヴェータは笑って答えた。

「いずれ帰ってくる投資ですので」

 会計士メルヴとメッシーによって作成された住民台帳を見て、ロズヴェータは為政者の顔で笑った。

「ふ~ん? 慈悲深いんだね」

 ナーサの疑問をそのままに、ロズヴェータは次は自由市場(バザール)に関心を寄せる。そちらはラスタッツァの領分だった。

「いやいや、貴方といると退屈しないわね」

 道化化粧の悪魔が笑うが、為政者ロズヴェータは苦笑して取り合わない。

自由市場(バザール)を見たいんだ」

 その言葉に、ラスタッツァの道化化粧が、笑みに歪む。

「本当に面白いわね。組合ギルド所属の商人に、堂々と違反行為を見たいって言うなんて」

「大して気にもしないだろう? ここは辺境だ」

「ふふふふっふふふふ」

 笑いが止まらないという風にラスタッツァの笑みが深くなる。

「それでこそ、私の見込んだ騎士様だぁよ」

 ご満悦なラスタッツァは、ロズヴェータの提案を了承して、一緒に自由市場(バザール)を巡ることになった。


◆◇◆


 村長の一人娘ミーニャは、その日奇跡に出会った。

 季節は秋の深まる枯れ葉の絨毯が広がる頃。数日前から集落に外からの来訪者があった。父親であるマルグが交渉していたようだが、その結果なのだろう。来訪者の集団はおとなしいものだった。

 ミーニャにしてみれば尊敬できる自慢の父親。村一番の力持ち、村の誰もが尊敬する。

 体は大きく、力持ち、そしていつでも自分を守ってくれる父親。たまに母親に言い負けてしまうけれど、そんなところも愛らしい。

 普段は大概のことは大らかに許す母親が、真顔でミーニャに告げるには。

「外には、凶暴な戦士どもが来ているから外出はしちゃならねえ」

「お父さんが交渉して大人しくさせたんでしょ? なら安全よ」

「そうかもしれんが、万が一ということもある。ミーニャが傷ついてからでは、遅いんだ」

 いつもは大丈夫と言って憚らない父親マルグの深刻そうな顔に、ミーニャは頷いた。尊敬する父親から心配していると言われてしまっては、ミーニャはそういうものかと納得するしかなかった。

 そう言って止められているにもかかわらず、次の日には、どうしても甘味がほしくなる。そのありかは、村の近くの小川に生えている野イチゴの実だ。

 昼頃に、その“凶暴な戦士ども”が各家庭に塩を配るなんて提案をしていたため、父親と母親は大慌てで準備を進めている。

 塩は貴重だった。

 これがないために、一昨年は友達のミサリが死んでしまった。

 それを配るという、やっぱりお父さんの交渉の成果なのだろうと疑問に思わず、忙しい父母の目を盗んでミーニャは、軽い足取りで村の近くの小川に足を延ばした。

「少しだけなら、きっと大丈夫」

 今年で十三になるミーニャにしてみれば、この辺りは既に庭のようなものだった。自分よりも小さな子供たちを連れて遊びに来たことすらある。

 それに野イチゴは、この季節にしか実らない。これを逃せば次は来年まで待たねばならないのだ。それはもったいなさ過ぎた。それに塩が手に入るなら、野イチゴがあった方が良い。

 野イチゴの塩漬けは、なぜか甘さを引き立てる。

 いっぱいあるなら父と母にもお土産として持って帰ろう。そうしたらきっと許してくれるはず。

 周囲からは夢見がちで変わっているとよく言われるミーニャだったが、彼女からすれば周囲の大人たちの方が夢がないのだ。

 いいじゃないか、夢を見たって。

 ある日突然、王子様が来るかもしれない。

 ある日突然、思わぬことが起こって退屈な毎日が終わるかもしれない。

 全く知らない世界へ自分を連れて行ってくれるかもしれない。

 そんなことを、周囲へ漏らしたら、返って来たのは失笑だけだった。

 それが辛いとは思わない。ミーニャだって、わかっている。

 村長の娘だから、自分の家には少し余裕があって、毎日の家事の手伝い程度で済んでいるのだ。他の家の子は、大人と同じように働きに出ている。だから、子供っぽいだとか、そんなのは夢なんだと言われたところで、彼ら彼女達を責めるつもりは毛頭ない。

 現実というのは、そんなことを許してくれない程辛いものなのだ。

 例えば、父親が亡くなった友達のユガルは、ミーニャと同じ年なのに、大人に混じって働いている。

 例えば、母親が病気がちなココノアは、ミーニャよりも幼いのに、畑に出て手伝いをしている。

 みんなみんな知っているのだ。

 そんな鬱屈としたものを胸の奥に押し込んで、ミーニャは走る。既に秋の深い季節は、太陽(ソル)の沈みを随分と早くしている。

 夕闇(ルミル)は、足が随分と速くなって、あっという間に辺りを覆ってしまう。

 勝手知ったる小川までの道は木々の隙間からは温かい午後の日差しが差し込んでいる。細く村人達が踏み固めたはずの道は、落ち葉によって装飾されていた。

 色取り取りの木の葉は、踏めばかさりと音を立て冬の近いことを教えてくれる。彼女の住んでいる村から小川に降りるには、九十九折の小道を渡って小川に降りて行かねばならない。

 今は小さな流れだが、春先には水量が増して大人でも近づけば危ないのだ。

「急がなくっちゃ」

 手にした籠に一杯になるまで、取れるだろうか。

 そんなことに気を取られていたからだろうか、一瞬の気の緩みが、彼女の足を奪う。あっと悲鳴を上げる間もなく、彼女の体は斜面を落ちて行く。踏みしめたはずの大地がない。枯れ葉によって足が滑り、彼女の体を底へ落したのだ。

 咄嗟に伸ばした手が掴んだのは、枯れ葉と土くれだけ。

 とても彼女の体重を支えられるほどのものではない。彼女は、それでもなんとか落ちる速度を緩めようと伸ばした手は、地面を掴もうとして、またも枯れ葉に拒まれる。

 ずるずると滑り落ちた彼女は、それでもなんとか小川に落ちるのだけは回避した。

 その手前で止まった彼女は、痛みと呼吸の困難さでしばらく起き上がれなかった。途中でぶつかった岩に、強かに脇腹を強打したのだ。少しずつ呼吸をして、なんとか体を起こす。

「ぅ……」

 声を出すことすら苦しい。しかも悪いことに、立ち上がろうとした瞬間足に激痛が走った。

 落下の衝撃を和らげようとした指は、擦り切れて泥まみれの血が滲む。

「……痛い」

 その言葉を、口に出すことすら苦痛であった。

 それでも、彼女は立ち上がらねばならなかった。見上げた空は夕闇が迫っていることを告げている。秋の夕闇は足が速いのだ。追いつかれれば、どんな恐ろしいことが起こるかわからない。

 今は姿を見せない森の獣ですら、闇夜に乗じて人を襲う。

 猟師のタルモから聞いた森の話を、彼女は忘れていなかった。“奴らは血の匂いに敏感だ。狙いをつけられたら、どこまでも追って来るぞ”今の今まで忘れていたのに、なぜ今この時になって、と彼女は泣きだしたかった。

「あら、どうしたの?」

 毎日のお祈りも欠かしたことがないのに、神様ひどいよ、と絶望の中にいた時、彼女の頭上にさす影がある。

 はっとして見上げたミーニャの視界に映ったのは、まさしく彼女の思い描くお姫様であった。

 プラチナブロンドの長い髪が首を傾けた拍子に流れる。その細さまでが午後の日差しに反射して輝いていた。ミーニャとは全く違う日に焼けたことがないのではないかと疑う白磁の肌に、瞬く氷結の蒼(アイスブルー)の瞳。

 実年齢からすれば、ミーニャの少し年上でしかなかったが、ミーニャからの視点では十分な大人の女性と映る。

「……怪我をしているのね?」

 こくりと、頷く少女ににこりと笑いかけて、治癒術師のアウローラは手をかざす。

「大丈夫。心配いらないわ」

 アウローラの言葉を、ミーニャはほとんど聞いていなかった。頭がぼーっとして、目の前にある光景が現実とは思えなかった。夢を、見ているのだと思った。

 迂闊にも落ちた小川で、死んでしまって、天国にいる夢を見ているのだ。

 じゃなければ、こんな都合のいい夢があるはずがない。

 淡く光るその光が優しくミーニャを包む。まるで降り注ぐ午後の日差しのように柔らかなそれは、見る見るうちに彼女の傷を癒していく。今まであれほど苦しかった呼吸すら、楽になっている。

 遠くで何かの呼び声が聞こえたかと思うと、ミーニャの目の前の奇跡の人は、その身を翻す。

「あら、呼ばれちゃったわね。もう大丈夫だと思うけれど、立てる?」

 こくりと、頷くことが精一杯のミーニャ。

「では、私は行くわ。もうすぐ黒鳥(カーディア)夜の女神(エルレーン)を連れてくる時間よ。急いで帰りなさい」

 あの、貴女はという言葉は、ミーニャの口から出ることなく、彼女の背中を呆然を見送るしかなかった。ミーニャが我に返って家路につくのは、しばらく経ってから。

 泥だらけになり、服すら所々破れた彼女の姿に父母は怒り心頭だったものの、彼女の耳には全く入らず、逆にその様子を心配される有様だった。

 村長の娘ミーニャが、アウローラと再会するのは、もう少し時間が経ってからになる。

ロズヴェータ:駆け出し騎士(銀の獅子)


称号:同期で二番目にやべー奴、三頭獣ドライアルドベスティエ隊長、銀の獅子

特技:毒耐性(弱)、火耐性(弱)、薬草知識(俄)、異種族友邦、悪名萌芽、山歩き



信頼:武官(+4)、文官(+2)、王家(+3)、辺境伯家(+10)




同期で二番目にやべー奴:同期の友好上昇

三頭獣ドライアルドベスティエ隊長:騎士隊として社会的信用上昇

銀の獅子:国への貢献度から社会的信用度の上昇

毒耐性(弱):毒からの生還確率が上昇。

火耐性(弱):火事の中でも動きが鈍らない。

薬草知識(俄):いくつかの健康に良い薬草がわかる。

異種族友邦:異種族の友好度上昇

悪名萌芽:行動に裏があるのではないかと疑われる。

山歩き:山地において行動が鈍らない。

辺境伯の息子:辺境伯での依頼で影響度上昇



信頼度判定:

王家派閥:そういえば、そんなのいたかな?

文官:最近割と活躍しているみたいじゃないか。

武官:こいつ、悪い噂も聞こえるが……。活きはいいみたいだな!

辺境伯家:頼りになるのは、やっぱり身内、期待している。




副題:ロズヴェータちゃん、熊さんと仲良くお食事。

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[良い点] 「く……村長」でダメだった 天丼はずるい
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