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獣達の騎士道  作者: 春野隠者
王都経略編
54/115

刻印の力

 敵の襲撃を探り当て、逆に奇襲を仕掛けることに成功した三頭獣ドライアルドベスティエ。奇襲をしようとしていた敵の騎士隊の虚を突いて、逆に奇襲を仕掛けることができたのだ。

 当然ながら優位は圧倒的に三頭獣ドライアルドベスティエ側に傾いた。森林での遭遇戦で主導権を握ったのだ。混乱する敵の騎士隊に付け込み、一方的に攻撃していく。特に別動隊として動かしたバリュードの分隊の活躍は著しかった。

 ロズヴェータ率いる本隊を弓で狙っていた敵騎士隊を発見すると、音もなく長剣を抜いて一気に近接戦闘へ移行する。木々が目の高さまでを覆う獣道すらない山の中を、バリュードの分隊は葉擦れの音すら少なく駆け抜けていく。

 ──声を上げるなよ。

 ハンドサインで分隊員達に指示をするとバリュードはバケツヘルムの奥で、口の端を釣り上げた。肩をすくめる分隊員達は視線を交わしあったが、その心情を言葉にするなら、いつも歓声を上げちゃうのは分隊長でしょ、といったところか。

 それでもついていくのは、面倒な分隊長という仕事をこなしてくれるありがたい存在が、バリュードだから。

 その分隊長バリュードに続いて彼らは、近接戦闘用の武器を取り出す。短剣から、短槍……短めの武器が多いのは、ロズヴェータの考案した通称“山走”をやらされるからだ。平原で戦うならともかく、障害物が多い山地での戦いとなれば、短い武器の方が取り回しが良い。

 バリュードを初めとして近接戦闘に慣れた者達は、獲物を狙う肉食獣のように足音すら忍ばせて敵の騎士隊に近寄り、一気にその喉笛に食らいついた。

 巧妙だったのは、襲い掛かる寸前ですら声を上げずに斬り込んだことだった。

 襲われた彼らが襲撃を知ったのは、味方の掠れた悲鳴と既にバリュード率いる分隊に喰い付かれて半壊した弓隊からの救援要請からだ。

「──って、敵襲!」

 叫びを挙げた瞬間には斬り込んできたバリュードの長剣がその喉笛を切り裂いていた。

 襲い掛かった敵の弓隊を壊滅させたバリュードの分隊は、声も上げずに移動を開始する。何人か逃げて行った弓兵の先に、さらなる獲物が待っていると直感で理解して、血濡れた長剣にこびりついた肉片を振るい落とした。

 一方のロズヴェータ率いる本隊は、喚声を上げて迫る敵の騎士隊と真正面から抗争に入っていた。盾を構えた前衛を揃えた三頭獣ドライアルドベスティエに、無謀にも敵は真正面から襲い掛かってくる。

「奴ら、何かまだあるのか?」

 弓での援護がない状態でそれでも向かってくる敵の前衛を見据えてロズヴェータは、訝しんだ。

「隊長、援護動くよ」

 帝国出身の弓兵ナヴィータが、弓を手に動き出そうと声をかけてくる。

「──ッあぁ! 高所を取れ! 周囲の索敵気をつけろ!」

 呆けている場合ではないと気持ちを切り替え指示を出す。

「はいはい!」

「隊長、後方敵なし」

「──引き続き警戒! ただし、弓が使える者はナヴィータに続け! 射線が取れたら、敵を各個に射撃だ!」

「了解」

 じっくりと考えている暇もない状況の中で、見えるだけの状況にロズヴェータは必死に対応する。

「隊長、前、やっちゃって良いんだよな!?」

 兵士を指揮しながら、怒鳴るヴィヴィに、ロズヴェータも怒鳴り返す。

「構わないぞ! 押し込め! 弓の援護は出してある。こちらが有利だ!」

 そう言いながら自身も弓に手をかける。ロズヴェータの視線の先で入り乱れて戦闘になる前衛の隙間を探す。ヴィヴィの分隊が前面を覆うように展開。狭い山道の迂回路すらない場所に、文字通り盾となって敵の前衛を食い止める。

 だが同時に、盾は強力な武器でもある。

 殴りつければそれだけで致命傷を与えることすらできるのだ。

 その盾の役目を知ってか知らずか、ヴィヴィは猛然と敵の前衛を殴り倒す。彼女の振るう棍棒が軽装の敵前衛の腕の骨を砕き、悲鳴を上げさせる。

 重い盾を長時間運ばされた怒りも相まって、彼女の前面に立てる猛者はいないように見受けられた。

 ──このまま一気に押し切れるか。

 そう考えたロズヴェータの思惑を嘲笑うように、後方を任せた元帝国傭兵団から伝令が走ってくる。

「隊長! 敵襲! 数は20! まもなく接敵!」

 20は多い。舌打ちしたくなるのを堪え、ロズヴェータは視線を後方へ向ける。前面の敵が約20名程。そして後方にも20名。そして山の中からこちらに矢を射かけようとしていた伏兵が10程度。これだけでも50近い兵士がいることになる。

 山賊や盗賊の類なら、こんなに戦意が旺盛なものか。彼らは弱い者から傷つかずに奪うことが最上だと考える。だからこそ正面切って騎士隊と戦うなど、ありえないのだ。

 だから、この相手は同じ騎士隊ということになる。

 だが、それにしても数が多い。

 どういうことだとロズヴェータは、まるで無限に湧き出てくるような錯覚に恐怖を感じた。しかも前後をはさまれた形だ。前はヴィヴィが抑えている。後ろはルルに任せれば、そう簡単には抜かれない。

だが、足止めを喰らったようなこの場所で、とどまっていていいものか。

 伏兵は潰したはずだ。しかし、それだけなのか。

 敵の思惑がわからず、焦るロズヴェータ。自身が指揮をって集団戦を戦う彼の心情は、若さゆえの焦りと興奮で狂騒状態にあった。冷静であろうと努めるほど、心は焦る。背筋に嫌な汗が流れ、武器を握り締めた掌に、滲む汗で武器が滑り落ちそうだった。

 ロズヴェータにとっては、我慢の時が続くが最前線で敵と向かい合う兵士にとっては、一瞬が命がけの戦いの最中だった。突き出される長剣を避けてヴィヴィが棍棒で相手の頭を叩き潰す。一人を戦闘不能にしたところで、止めを刺す前に更に短槍が降ってくるといった有様である。

 決して強くはない。しかしながら。弱くもないといったところだ。

 時間をかければ十分に倒しきれる相手である。今はまだ体力があるからいい。

「まったく! 来るならさっさと来いってんだ!」

 そう言いながら再び棍棒を振るって敵の短槍を弾き飛ばす。

 今はまだ体力がある。しかし、万全の状態で待ち受けていたはずの敵と盾を担いで警戒しながら進んできた自分達では、体力の消耗が気になる。戦闘の興奮で忘れがちだが、いったん劣勢になればその弱点は生死に直結する程の差になるのだ。

「さっさと片付けるぞ!」

 内心の焦りを隠して、ヴィヴィは吠えた。

 その咆哮に呼応したわけではないだろうが、ヴィヴィの目の前に立ち塞がっていた敵に矢が降り注ぐ。

「援護だ! 野郎ども! 一気に押し込め!」

 ロズヴェータの指示で動いた弓隊が高所にたどり着き、援護射撃の態勢を確立したのだ。そうと気づいたヴィヴィの声に、彼女の部下は勢いづく。

「おう!」「おう!」

 頭上から降り注ぐ矢とヴィヴィの咆哮に、明らかに敵は勢いを無くしている。歴戦の彼女には、勝利が近づいたことを、肌身で感じられた。

「行くぞ! 進め!」

 自身先頭に立って棍棒を振るい、一転突破を目指す。普段は反撃に重点を置く戦い方をかなぐり捨てて、大振りを繰り返し敵を威嚇するように敵の混乱を助長する。彼女の部下も心得たもので、ヴィヴィの棍棒を避けて動いた敵に対して、攻撃を加えていく。

 頭上からの矢の援護も、それに味方した。一度ついてしまった勢いは覆すことができず、ヴィヴィの分隊は、敵の攻撃を覆し、敵を追い返すことに成功する。

「叩きのめせ!」

 背を向け始める敵を追撃するヴィヴィの分隊。

 追撃を始めたヴィヴィの分隊を、ロズヴェータは見守りつつ後方を気にする。今追撃をやめさせて、後方に回すべきか、それとも追撃を加えて相手を完膚なきまでに叩き潰してから後方に回すべきか。小さな戦場では瞬時に答えを求められることが多い。

 一瞬の迷いが生死を分け、一瞬の閃きが勝利へ近づく。

 そのための経験が、ロズヴェータには圧倒的に不足していた。

「ヴィヴィ! あらかた叩いたら後方へ回ってくれ!」

 声をかけるロズヴェータに、ヴィヴィは軽く返事をするが、追撃に夢中になっているのは、はた目にも明らかだった。誰だって勝利の美酒を飲むのは愉しいものだ。それがたとえ自分の目の前だけだったとしても、逃げる敵の背を打つのは楽でいい。

「弓隊に連絡を……ああ、くそ!」

 後方の援護に弓隊を回そうとして、弓隊の正確な位置を確認するのを忘れていた。自身の指示を守っていれば高所にはいるはずだが、これでは元帝国の傭兵達を襲ってくる後方部隊に奇襲的な攻撃を仕掛けるのは困難だ。

 ──だとすれば、どうする。

 と考えてロズヴェータはすぐに答えを出す。逃げるなんて選択肢はありはしない。敵が来るなら、倒すだけだ。前の敵は打ち破った。後ろの敵も力技で打ち破るしかない。

「敵の挟撃の策は敗れたぞ! こっちが有利だ! 後方の敵に全力! 前はヴィヴィに任せる!」

 手にした弓を握り締めて後方へ向かう。周りにいた部下に言い聞かせるように声を上げると、喚声と共に周囲の部下がロズヴェータに付き従う。

「ルル! 無事か!?」

 たどり着いた後方で、混戦に舌打ちしながらなんとか分隊長を探し当てる。

「隊長……ほとんどは大したことはないが、一人手練れがいる」

 肩で息をしながら、相対する敵に視線を向ける。

「お前はっ!?」

 そこでロズヴェータが見たのは、グロッゼン。ゲランの腰ぎんちゃくだとばかり思っていた細身の騎士が悠然と構えていた。

「ようやく会えたな」

 粘着質なその笑みは、忘れようにも忘れられない。だが、問題はなぜ自分達を襲っているのかだった。こちらが恨みこそすれ、相手から恨まれる可能性は限りなく低いと思っていたロズヴェータである。

「何のつもりだ!?」

「おいおい、あれだけ挑発しておいて何のつもりはないだろう? おかげで私自ら出張る羽目になってしまったではないか」

 どこか陶然とした表情で続けるグロッゼン。

「訳のわからないことを言うな!」

「ふん、しらばっくれるか。それも良かろう。おかげで私は力を得たのだからな」

 西方由来の装飾過多な剣を舐めてグロッゼンは哂う。長さは長剣程だが、刀身には細かな刻印マールクエイジがびっしりと刻まれ、仄かに赤く発光している。

刻印武器マールクエイジャンだと……?」

 険しい表情のルルが、呟いたその言葉に、変異術アル・ハタルを使える元帝国傭兵が慄いた。

 かつて西方世界で言うところの聖戦。東方世界で言うところの大侵略において、東方世界を震撼させた十字軍の脅威がそれである。

 かつては城塞を砕き、持ち主を超人へと変え、数多の森林を焼き払ったと言われるその武器は、西方世界の秘匿兵器としてほとんど世に出回ることがなかったはずである。

 少なくても帝国で活動していた元ハリール傭兵団でいた頃には、伝説の武器程度の扱いはされていた。その嘘か本当かわからない程に誇張された伝説が、彼ら東方世界出身の傭兵達を慄かせた。

 だが、ロズヴェータが【騎士校】で習った知識によれば、その様相は全く異なる。

 かつて十字軍の聖戦において活躍した刻印武器マールクエイジャンは、確かに城塞を砕き、持ち主の能力を引き上げ、森を焼き払ったかもしれないが、それは“使い捨ての武器”という認識だった。

 力を求めたロズヴェータが騎士校に保管してある古い文献あるいは、武器に詳しい教員達に話を聞いて集めた情報によれば、刻印武器マールクエイジャンは、注意は必要だが東方世界の伝説にあるような万能の武器ではない。

 ルルと曲がりなりにも戦えていたのなら、グロッゼンの持つのは、身体強化系の刻印武器マールクエイジャン。そして、赤く発光するのは、恐らく……。

「そんな粗悪品でか?」

 ロズヴェータの挑発に、グロッゼンは哂う。

「ならば試してみるがいい!」

 踏み出すグロッゼンに応じてロズヴェータが瞬時に矢を放つ。赤く血走った目を見開いて、喉元目掛けて射られた矢をグロッゼンが払い落とした。

 突進の勢いを止めたロズヴェータが、長剣を抜いて相対する。

「隊長! 危険だ!?」

「任せろ! それより他の敵を殲滅してくれ」

 戸惑いながらも頷くルルが、ロズヴェータから離れたのを確認して、グロッゼンが表情を引きつらせたように笑う。

「何の真似だ? 貴様……」

「俺は、騎士だ。だから……与えられた屈辱には必ず応報する!」

「ガキが!」

 吠えるロズヴェータとグロッゼンの一騎打ちが始まった。



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