盗賊討伐依頼の裏側でⅤ
三頭獣が拠点にしていた街を出発したのは、三日後のことだった。彼らは、ロズヴェータの指示に従い出発の準備を進めるとともに、ユーグからの指示もまた同時に受けて噂を広めていた。
ロズヴェータのためを思う副官ユーグは、彼には一切知らせず、一つの噂を拠点にしていた街にばらまいた。
曰く、三頭獣は、パルムの猛犬を襲撃するつもりだ。
彼らが医薬品をはじめとした物資を多く買い求めたことも、それに拍車をかける。旗頭であるゲランの騎士隊を襲撃するという噂は、酒場から酒場にまるで伝染病のように広がった。
この街の住人にしてみれば騎士隊の対立というのは、珍しい娯楽の一つである。普段は剣をちらつかせて、暴力を笠に着ている騎士隊同士の殺し合いである。自分に被害が及ばない限り娯楽の少ない街の住人にしてみれば、騎士隊同士の戦いは、多少刺激が強い娯楽であった。
“人権”など元より存在せず、人の命の軽い時代である。
人の命など金銭で売買できる時代であり、他人の命が大切だなどと宣うのは狂人か頭のめでたい温室育ちかのいずれかであった。
死刑があると知れば、それもまた娯楽ととらえ、落とした罪人の首でサッカーをするような野蛮な時代であった。
当人たちにちしてみても、例え仲間が死のうと、自分が死ぬとは思わないほど楽天的で、騎士隊が全滅しても自分だけは生き残れると考えているものが大半であった。そしてまた、三頭獣にも、パルムの猛犬にも仲間が全滅しても自分だけ生き残ってきた古強者な兵士は複数存在していた。
いよいよ出発する段階になって、三日間を準備に費やしたユーグは、計算違いに舌打ちしたくなった。
彼の計算では、噂が流れて来てからすぐにでも仕掛けてくると読んでいたのだが、ユーグの予想に反して旗頭のゲランは仕掛けてこない。このままでは、悪戯に不仲な騎士隊を作っただけに終わってしまう。
「悪縁は、断ち切るに限る」
そう考えているユーグにとって、ロズヴェータの前に立ち塞がる邪魔者はすぐにでも排除したくてたまらなかった。だが、従士であるユーグは、ロズヴェータの功績を誰よりも望んでいる。そしてこちらから仕掛けて騎士隊同士の殺し合いを街中で演じるのは、如何にも体裁が悪く、今後のロズヴェータの評判に響く。
だから向こうから仕掛けてくることを望み噂をばらまいたのだが、結果は街中での戦いには発展しそうになかった。
──思いのほか手綱をよく握っているのか、それとも挑発が足りないのか。
結果だけみれば謀略に失敗したユーグだったが、彼にも勝算はあった。
各町にある娼館へ足を運ぶことは、彼独自の諜報手段であった。絶世の美貌を誇るユーグは、内面はともかくも表面だけ見れば、この国の誰もが認めるほどの美男子である。
画像を映す機械や魔法などが存在せず、紙ですらも高級品の部類に入る。色彩画などに金を費やして紙を使えるのは金持ちの娯楽だった。だから彼ら彼女ら市民の目に触れる美男子の理想像というのは、街中に領主が自身の財力を誇るため稀に設置される彫像、あるいは稀にやってくる劇団の俳優達だった。
そしてユーグはそれらよりも遥かに顔立ちが整っている。
まるでそこに存在する奇跡。
そんな彼が娼館に訪れれば、女たちが放っておかない。そこを起点にして情報収集の結果を見れば、旗頭のゲラン率いるパルムの猛犬は、すぐにでも仕掛けてくる気配を見せていたのだ。
だからこそ、ユーグは噂を流して機を待った。
今準備している兵士が襲撃を受けるだろうが、逃げ切れるだけの訓練は積ませていると自負しているからこそ、踏み込んだ噂を流したのだ。
だが、結果は失敗。
ゲランの性格から判断した謀略は水泡に帰した。
そんな失敗に、ユーグは不機嫌に出発の途に就いた。
分隊長達からのチラチラと寄せられる視線など、彼にとっては蚊の刺すほどにも影響はなかった。
◆◇◆
次の街までの道行きに不安がなかったと言えば嘘になる。
襲撃を受けたのは街から離れて3日目の距離だった。まだ魔法を使えば遠くに街の明かりが見える距離である。次の任地までの距離を短縮するため、山地を通りがかった時に、それは突然に始まった。
「警戒した方が良い」
「……同意する」
先頭を進んでいた巨躯の女戦士であり歴戦の分隊長ヴィヴィと、最後尾を任せた帝国の傭兵“兎”ルルが、直接ロズヴェータの所にやってきて報告をする。
「どうにもキナ臭い。足跡を隠蔽した後や火の始末を消した後があるよ」
「ルルは?」
「静かすぎる。以前に来た時は動物の声が聞こえた。今は聞こえない」
その報告を受けてロズヴェータは考え込む。
彼にしてみれば危機を感じる決定的な証拠とは言えない。ロズヴェータにしてみれば、狙われる理由が思いつかない。まさか正当な主張をしただけで恨みを買うなど、思いもしなかった。一方的に譲歩させられ、功績を稼ぐ時間を奪い取られて飛ばされるのは自分の方であり、何より副官ユーグがパルムの猛犬との間に、火に油を注ぐような噂を流していることなど知らなかったのだ。
「引き返す程の決定的理由ではないが……」
引き返すとなれば、かなりの日数を無駄にする。
ロズヴェータが最初に想定した敵は、盗賊であったが、すぐにその可能性を否定する。やみくもに旅人を狙う盗賊であれば、武装した騎士隊などは狙わない。彼らは着の身着のままで生活をするものがほとんどである。明日の保証さえない生活で怪我は、病気の蔓延につながりかねないし、治療するための手段もない場合がほとんどだった。
だから盗賊が獲物とするのは、武装少ない旅人である。完全武装した騎士隊を狙うなどリスクとリターンが釣り合わない。
では、他の騎士隊はどうか。
それこそまさに、盗賊と間違えるにしては三頭獣は、身なりが良すぎる。この時代に一目で身分を証明する者は何かといわれれば、当人の服装である。
裕福なものは奇麗な服装をして、貧しいものは貧しい服装をしている。衣服に金をかけられるのは金持ちの特権とみなされ、貧しいものは明日の食事にも事欠く有様である。
だからこそ、ロズヴェータ率いる三頭獣は、清潔な身なりを心掛けていた。
「国軍の動きを聞いているか?」
「いいえ、国境付近での活動はありますが、この辺りはエウザーラ地方ですし……」
問いかけるロズヴェータも半信半疑であり、答えるユーグもその可能性は低いと考えていた。
「……俺達が狙われている理由に心当たりはあるか?」
考えつく全ての可能性を否定して、ロズヴェータはお手上げとばかりに集まった分隊長と副官に問いかけるが、皆首を傾げたり視線を逸らしたりするばかりだった。
「あー、あると言えばあるし、ないと言えばない。まぁ兵士なんてやってるとね?」
「個人的な恨みは、あるけど……騎士隊にってなると……でもまぁ、発展する可能性がないとは言えない」
バリュードが首を傾げると、ヴィヴィも言葉を濁す。
「……数件」
「お尋ね者になった?」
ユーグは視線をそらしつつ答え、ルルはあっけらかんとむしろ質問してくる。
「……お前ら」
頭を抱えるロズヴェータは、警戒しつつ前進を指示する。
「盾の準備、斥候組は左右の山地に入って痕跡を確認! 前進は継続するぞ」
悲鳴交じりの反論を封じて、ロズヴェータは戦闘準備をさせつつ前進を継続。
「ん~隊長にしては良い判断だねー」
バケツヘルムの奥で、狂人の笑みを浮かべるバリュードが自分の部隊を掌握し一人ほくそ笑む。
「どうしたんです? 分隊長」
「お前ら喜べ、戦いになるかもしれない。人が斬れるぞ?」
鼻歌交じりの分隊長に、彼の部下は肩をすくめて準備をする。先頭を進むヴィヴィの分隊も同様だった。斥候として派遣されるナヴィータやグレイス、そして帝国の傭兵達の中からも複数名選出された彼らは、狩りに出かけるような気軽さで言葉を交わし合う。
「なんか待ち伏せらしいぞ」
「おぉ、じゃ誰が一番先に見つけるか競争だな」
「隊長が悲しむから、死ぬなよ。怪我は別に構わないが」
「おいらが一番だから、おいらに賭けとけば間違いないよ」
「割り振りはどうするか……まぁグレイスに任せるか!」
出発するまではガヤガヤと騒がしかったものの、いざ出発してからはまるで森に溶け込むように音もなく移動を始める斥候兵達。
「速度は落として良いからな」
先頭を進む分隊長ヴィヴィに、ロズヴェータが声をかける。
「言われなくても、盾構えながらじゃ速度は出せないよ、隊長」
「優しい隊長に感謝ですね。姉御」
指揮下の兵士の言葉に、鼻を鳴らしてヴィヴィは号令を下す。
「それじゃその優しい隊長のために、さっさと森を抜けるぞ。もたもたしてると、隊長が訓練しようと言い出しかねないからな!」
沸き起こる笑いを受けて、先頭のヴィヴィ分隊が動き出し、それにつられて騎士隊全体も動き出す。
最後尾を守る帝国の傭兵ルルの分隊も、警戒しながら動き出した。
「……露骨な痕跡、罠でなければいいけど」
◆◇◆
「隊長、喜べ発見だ」
「見つけたのは、おいらだからね」
二人で戻ってきた帝国の傭兵とナヴィータがロズヴェータに報告をする。
斥候達の報告から待ち伏せをしている敵の所在地が分かった三頭獣は、迂回の分隊をバリュードに任せ、本隊はそのまま進む。
「まだ俺達を狙っていると決まったわけではないからな」
そう言うロズヴェータも、反撃のための手段を講ずるのは忘れない。
「やっちまおうよ。絶対狙ってるって、ほら、やってもばれないし!?」
バリュードの懇願を全員が華麗に無視して、反撃のタイミングを確認すると、そのまま三頭獣は、前進を継続した。
副題:ロズヴェータちゃん、手綱を握りきれていない。




