盗賊の討伐依頼の裏でⅢ
武官派閥から出された盗賊の討伐依頼を請け負ったロズヴェータ率いる三頭獣は、特定の地域の討伐で、理不尽に功績を奪われた。
それに我慢がならないロズヴェータは、他の騎士に接触したが、結果は思わしくない。
ロズヴェータの任された地域の騎士は、5人。
旗頭であるゲラン。ゲランからやたらと優遇されているグロッゼン。人が良いだけが取り柄のマセナル、事なかれ主義のメルヒェン、そしてロズヴェータという組み合わせであった。
ゲラン及びグロッゼンに自らの主張を退けられたロズヴェータは、すぐにマセナルとメルヒェンに接触したが、結果は思わしくない。彼らはゲランに味方することはなかったが、ロズヴェータに同情的ではあっても、積極的に味方するとも言わない。
あろうことかマセナルなどは、全部功績を奪われなかっただけでもマシだったと、最も若い騎士であるロズヴェータを慰める始末だった。
ロズヴェータは、彼らがゲランとグロッゼンと戦うことを期待していたが、その期待は過大に過ぎたのだと憤る。
「……この国の騎士というものに、意気地のある奴はいないのか!」
罪のない地面に八つ当たりしながら、悔しさに握り締めた拳が震える。
だが、現状ロズヴェータにも打つ手はない。個々の兵士の質では勝るかもしれないが、まさか堂々と私闘を繰り広げるわけにはいかない。それに二つの騎士隊が連携されれば、数では圧倒的に三頭獣が劣る。
三つの騎士隊で圧力をかけながら、相手の譲歩を引き出すという最も穏便な抗議の行動がとれなくなったロズヴェータは、徐々に思考が危険な方向へ傾いていくのを止めようがなかった。
ロズヴェータが何より許せないのは、命がけで戦った兵士達に報いてやれないことだった。功績を奪われれば、当然ながら報酬が減る。報酬が減るということは、ロズヴェータの指揮下で命がけで戦った兵士の働きが低くみられるということだ。
ロズヴェータは、南部で失った兵士であるゲルエンのことを、その家族のことを忘れていない。
怪我をすれば、働きに応じて支払われる給料は減るし、死ねば当然ながら家族は路頭に迷う。そんな命がけで働く彼らに、ロズヴェータは、なんとか報いてやりたかった。
だが、扱いが悪いからと言って騎士隊同士で私闘を繰り広げれば、盗賊討伐よりもよほど兵士の死傷率のリスクが高い。しかも、喧嘩両成敗の原則はあるものの仕掛けた方が悪いというのは、騎士校で最初に習うことだった。
結局いい考えも浮かばないロズヴェータは、副官であるユーグと合流する。
「会議で何か?」
ロズヴェータの顔色を察した美貌の副官の表情が曇る。
乳兄弟として幼いころから一緒に過ごす彼には、ロズヴェータが何かを悩んでいるなどは、一目見てわかってしまうようだった。花も恥じらう乙女の心を蕩けさせる美貌を憂いに染めて、ロズヴェータを気遣う。
「ああ、少しな」
不機嫌な声が思わず出てしまうロズヴェータに、美貌の副官ユーグは、気分を悪くした風でもない。自然にロズヴェータを護衛する位置取りをすると、ロズヴェータの歩幅に合わせて歩き出す。
「先ほど、旗頭から指示が来ました。南西に向かって別の旗頭の指揮下に入れとのこと」
「っ!」
思わず足を止めたロズヴェータの様子に、乳兄弟であるユーグは何かを察した風であった。
「……気に入らないのであれば、無視するのも手です。そんな指示は来なかった、ともできますが?」
「……いや、了解したと伝えてくれ」
腹の底から沸き上がる怒気を鎮めるのに時間を要したロズヴェータは、腰にさした長剣の柄を握り占めてなんとか怒鳴り散らすのを堪える。
ここから移動すれば、さらに功績を立てる機会は減る。
盗賊の情報もまた一から集めなおさなければならないのだ。目立った功績を挙げることは困難であろう。副官ユーグが分隊長達に移動の指示を伝えるためにロズヴェータから離れていく。
「……おのれ」
噛み締めた奥歯が鳴る。一人になったロズヴェータの口から自然に漏れた呟きには、鬼気迫るものがあった。
◆◇◆
ロズヴェータから離れた美貌の副官ユーグは、分隊長達と合流すると移動の指示を伝えた。
「それは良いんだけどさ、副長。隊長に旗頭の騎士隊の伝令が“くそ野郎”だって伝えておいてほしいんだけど」
ロズヴェータの態度を気にかけていたユーグは、その発言にふと気になるものを感じて思考を止めた。
「対応したのは、ヴィヴィ殿でしたね?」
丁寧な口調で問いかけるが、静かな中にも嘘を許さないという鋭い刃のような気配を滲ませてユーグは尋ねる。分隊長のヴィヴィは若干気後れしながらも、頷く。
「ああ、あの舐めくさった態度っていったら、うちらを手下か何かと勘違いしてるんじゃないのかね? 隊長から抗議してもらわないと、と思ったんだけど……?」
「なるほど、確か旗頭の騎士隊の名前は“バルムの猛犬”でしたか?」
「だったよな?」
ヴィヴィは隣にいる背の低い“兎”《ミグ》ルルに問いかけるも、彼女は首を傾げる。
「さあ?」
ユーグの鋭い視線に若干焦りを滲ませつつ、ヴィヴィは反対方向を見る。そこには、バケツヘルムを被って表情の伺えないバリュードが立っていた。
「だったよな?」
「ん? なんでもいいんじゃない?」
ヴィヴィはため息を吐きつつ、多分と言って、天を仰ぐ。
副長ユーグの視線が鋭さを増したように感じて、ヴィヴィは気が気でない。中途半端な答えは、事態のより一層の悪化を招くと、経験上知っているからだ。
「……まぁ、良いでしょう。問題なのは、そのなんとかの犬が、ロズヴェータ様に不快な思いをさせたことにあります」
低められた声に込められた底知れぬ情念に、分隊長3人はそれぞれの反応を示した。ヴィヴィはため息をつき、バリュードは興味なさげ、ルルは意味が分からないとばかりに首を傾げる。
指先だけで、顔を寄せろと指示をしたユーグは、分隊長達だけに聞こえるように密談を始める。
「移動の前に情報を集めておいてください。犬野郎の情報です」
鋭い視線を向けられたヴィヴィは、無言で頷く。こうなってしまったユーグは梃子でも意見を翻さない。副長の頑固さを彼女はよく知っているからこそ、ため息も出ようというものだ。移動前に余計な仕事が増えるのだから、部下達を手早くまとめあげねばならない。
幸いにも駐屯している町は大きく、情報を集めるのに苦労はしなさそうだった。
「ああ、俺知ってるよ。少しなら」
「で?」
「あァ!?」
怒れる副官ユーグと苛立ったヴィヴィから刃のような視線を向けられても、全く動じずマイペースを崩さないバリュードが、口を開く。
「前からあった噂だけど、他人の功績を盗むらしい。上に伝手があるのか、今まで問題になったことはほぼないらしいけどね」
「……なるほど、そのくそ犬がロズヴェータ様を不快にさせたと」
呟くユーグの声が不穏なものに変わる。
「ヴィヴィ殿、先ほどの情報収集に追加をして、くそ犬に尻尾を振りそうな屑の情報を集めてください」
「……良いけど、なんでさ?」
「ロズヴェータ様なら、単に功績を盗まれただけなら食って掛かり、決闘騒ぎまでもっていくでしょう。それができないのは、恐らく協力者がいて相手の戦力が上だから。お優しい方ですから、こちらの増える損耗に苦慮しているのだと思われます」
「隊長は意外と直情的だからな。まぁ考えなしとも言うけど」
人を殺しそうなユーグの視線がバリュードに突き刺さる。
「あほ」
バケツヘルムをヴィヴィが軽くたたいて、考えを述べる。
「でも、だとしてどうする? 今回の命令は断らないんだろう?」
「ええ、断りませんとも。そこでバリュード殿、一つ頼みが、街に噂を流してください。三頭獣は、くそ犬を襲撃するつもりだ、とね」
「いやー、できるかね。そんな都合よく?」
「毎晩飲み歩いてたのは、どこの誰ですか。知ってるんですよ。しかも誰がそのツケを立て替えたと思っているのですか?」
「……隊長だけどさー」
「わかっているなら、さっさと動く。ルル殿、移動の準備を、あと物資は医療品を多めに」
こくり、と頷く帝国人の娘。
「では、それぞれに動いてください。隊長には私からうまく言っておきます。出発は三日後です」
ヴィヴィとバリュードはブツブツと文句を言いながらも立ち去る。一人残ったルルが、首を傾げながら問いかける。
「一つ聞きたい」
その意外に真剣な様子に、立ち去ろうとしていたユーグは眉を顰めた。
「なんで、貴方はそんなに隊長にこだわる?」
「あの方は、英雄になる。そう信じているからですよ」
と言って視線を鋭くする。
「英雄ね……。そのために入れ込んでいると?」
更に問いかけられたユーグは、はっきりと不快の念を眉根に刻んで背中を向ける。
「私は命がけであの方のものになる。そう決めているだけです。くだらないことを聞いている暇があれば、さっさと物資の準備をしてください」
「私はくだらないとは、思わないが」
「私は、急げと言いましたが?」
ルルは頷いて踵を返す。その様子に、帝国人と王国人は人間の性格が違うと思いながら、ユーグも自らの仕事をすべく踵を返す。
一つ鼻を鳴らすと、自分自身に言い聞かせるように呟いた。
「ロズの前を塞ぐ者は、誰であろうと……」
◆◇◆
ガベル・リード・ルクレイン。リオンセルジュの長兄がその報告を受けたのは、外交使節を隣国に送り出した後だった。王家派閥の長として諸所の調整を終え、やっと一息ついていた時、初老の副官ハーデギアから報告されたのは、己の領地の近くで武官派閥の盗賊討伐の話である。
王都にあるルクレイン公爵家の邸宅は、既に彼の実家も同然だった。幼少の頃は別として長じてからは、王都での暮らしが長い。もはや思い出すこともまれになってしまった故郷は、実際の距離以上に彼にとって遠かった。
「例の小僧、エウザーラ地方にて活動をしている様子」
平身低頭する初老の副官ハーデギアから報告を受けて、ガベルは例の小僧と言われる少年のことを思い出すのに少しだけ時間を要した。
「ああ、あの者か」
くつろぎ弛緩していた逞しい体に、途端に緊張が張り詰める。
「で、どうする?」
「武官派閥の騎士どもに、共食いをさせましょう。少しばかり鼻薬を嗅がせれば、難はないかと」
「……うむ。本気で命を狙うなら少し弱い、か。本命は?」
ガベルの勘の良さに、初老の副官は出来の良い生徒を見るように微笑んだ。
「流石です。本命は、武官派閥の勢力を削ることを主眼としたものになります」
「我らの足元で騒ぎを起こすようなら、それは王家に対する不敬となりましょう」
ガベルが国政の場に登場して以来、王家派閥の勢いはかつてないほどに強くなっている。その勢いを殺さないようにするには、余計な登場人物には消えてもらうに限る。
少なくとも副官ハーデギアはそう考えていたし、ガベルもその意見には同意だった。
「よし、許可する」
副題:ロズヴェータちゃん、表情から読み取られる。




